軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

99.杖職人の懊悩

無実の罪を着せられようとしていた女性冒険者の事件は、ギルバートの迅速で的確な手配により、無事に解決を迎えた。

彼が軍の大佐という権限を適切に用い、第一皇子からの後ろ盾も得て動いてくれたおかげである。

真実が権力や数によって闇に葬られることなく、女性冒険者は正当防衛が認められて解放された。

そして、自分の作った杖が人を殺める道具になってしまったと絶望していた若き職人ルカの心も、誇りを取り戻すという形で救われたのだ。

すべてが丸く収まり、工房での事後処理や関係者への報告を終え、ソフィアは改めてギルバートに深く頭を下げた。

「ギルさん。今回はしっかりとサポートしていただき、本当にありがとうございました。私一人の力では、決して彼女を救うことはできませんでした」

「いいんだ。俺も軍の人間として、自分の仕事をこなせただけだからな。それに、真実が闇に葬られずに済んで本当に良かった。フィーの職人としての確かな腕と、誰かを救いたいという優しさのおかげだ」

ギルバートは照れくさそうに笑い、ソフィアの頭を大きな手で優しく撫でた。

(なんだか。自分がとても子供っぽく感じてしまいます)

ソフィアは彼の温かく武骨な手のひらの感触を頭に受けながら、胸の奥でひっそりと深い自己嫌悪に陥っていた。

あれほど自分が理不尽に不満をぶつけ、ふてくされていたというのに、ギルバートはまったく怒っていないのだ。

自分が精魂込めて作った杖に対してヤキモチを焼くという、客観的に見れば意味の分からない理由で機嫌を損ねていた。

彼が杖を撫でて愛おしそうにしているのを見て、嫉妬して冷たい態度をとってしまったのだ。

自分がひどく恥ずかしくなる。

彼は大人で、余裕がある。

急な不機嫌をぶつけられても怒らず、事件が起きれば的確に仕事をこなし、完璧な対応で問題を解決してくれた。

それに比べて、自分だけがひどく子供じみているように思えてならない。

(ごめんなさいと、ちゃんと謝りたいです。私の心が狭かったのだと)

しかし、ソフィアはそこで完全に立ち止まってしまった。

彼女はこれまでの人生で、他人に一方的な不満をぶつけて喧嘩をしたことなど、ただの一度もなかったのだ。

だから、喧嘩の後の仲直りの作法も、どう謝ればいいのかも、まったく分からないのである。

ただいつものように、頭を下げて言葉で謝るだけで良いのだろうか。

今回の不機嫌は、明らかにいつもの仕事のミスなどとは違う。

自分の醜い嫉妬から生まれた、ドロドロとした感情が原因なのだ。

分からない。

分からなすぎる。

こんなときは、どうやって関係を修復すればいいのか。

「あの、ギルさん。今日は色々とありましたから、私は先に失礼いたしますね」

「ああ、気をつけてな。少し遅い時間だから、公爵邸まで馬車で送っていこうか」

「いえ、一人で大丈夫ですわ。お仕事の書類も残っているでしょうし、そちらに戻られてください」

ソフィアは足早に工房を後にした。

去り際まで自分の身を案じて気遣いをしてくれるギルバートの姿を背中で感じながら、なんて素敵な大人なのだろうと思う。

そう思えば思うほど、ますます自分の子供っぽい態度が申し訳なくなるのだった。

「ヨランダさーんっ」

ばあんっ。

ヴォルグ公爵邸に帰り着いたソフィアは、勢いよく自室の扉を開け放った。

(きゅぴーんっ。わたくしの高性能メイドセンサーが、ラブコメイベントの発生を察知しましたわっ)

部屋の中でふかふかのタオルを畳んでいたヨランダが、眼鏡の奥の目を鋭く光らせて振り返った。

まるでソフィアがこの顔で飛び込んでくるのを待ち構えていたかのような、完璧な反応である。

「実は、少しご相談がありまして」

ソフィアは重い足取りでベッドにへたり込み、これまでの経緯と自身の悩みを包み隠さず正直に打ち明けた。

ギルバートに理不尽なヤキモチを焼いてしまったこと。

彼が大人な対応で事件を見事に解決してくれたこと。

そして何より、どう謝ればいいのか分からないことである。

「なるほど。謝り方が分からないと」

「はい。人に自分の不機嫌をぶつけるなんて、生まれてから今までしたことがありませんでしたから」

ソフィアは小さく肩を落とし、膝をきゅっと抱え込んだ。

「私……他人に対して常に申し訳なさを抱きながら生きてきました。自分が我慢すれば丸く収まると、ずっとそう思っていたのです」

愛する人ができて、初めて我慢できない独占欲や嫉妬という感情を知った。

今は昔とは違う。

今回は、ただ自分が悪いのだと分かっている。

だからこそ、自分がしでかした子供じみた振る舞いに対して、どうやって関係を修復し、謝罪の気持ちを伝えればいいのか、正解が分からないのだ。

「この恋愛超絶マスターであるヨランダさんに、すべてお任せあれっ」

ヨランダは胸を張り、見えない効果音が鳴るような勢いで自信満々に親指を立ててみせた。

「お願いしますっ。どうか、恋愛初心者の私に知恵をお貸しください」

「簡単ですわ。デートです。デートに誘うのですっ」

「デート、ですか」

ソフィアは目を丸くして首を傾げた。

謝罪の場でいきなりデートに誘うというのは、少しハードルが高く、的外れな気がする。

「なるほど。誘った後、それからどうするのですか」

「それから、なんやかんや良い感じの雰囲気になるのです」

「は、はぁ」

ヨランダの説明が、急にひどくあやふやになった気がした。

「そして、最後にきっす、ですっ。これですべてが解決。ざっつおーる、ですわっ」

「ええええっ」

ソフィアは顔を真っ赤にして叫んだ。

どう謝ればいいのかという深刻な相談に対して、なんやかんやしてキスで誤魔化すというのは、あまりにも乱暴で直情的な解決策である。

「えーっと。その、なんやかんやって、具体的にどうすれば良いのでしょうか」

「なんやかんやは、なんやかんやですっ。細かいプロセスは気にしないのが、大人の恋愛というものですわっ」

「そこ丸投げですかっ。ううっ」

ソフィアは頭を抱え、ベッドに倒れ込んだ。

自称恋愛マスターの助言は、予想以上にポンコツで大雑把であった。

「そういえば」

ポンと手を打ち、ヨランダが何かを思い出したように顔を上げる。

「近く、魔法学園で体育祭が開催されますわ。お二人で、一緒に見に行ってはいかがです」

「体育祭ですか。学園でそのようなものが。でも、見に行くと言っても、別に私やギルさんの家族が参加するわけでもありませんし」

ソフィアが首を傾げると、ふとある少年や少女の顔が思い浮かんだ。

「あ、でも。グリフィス君とか、知っている学生の子たちはいますね」

「それもありますけれど、魔法学園の体育祭は、文字通りお祭りのようなものですの。学生のイベントですけれど、屋台もたくさん出て、一般の客も大いに楽しめますわ」

ヨランダの言葉に、ソフィアは少しだけ興味を惹かれた。

確かに、かしこまった高級レストランなどよりも、お祭りのような賑やかな場所であれば、気まずい空気も自然と和らぐかもしれない。

「なるほど。それを見に行って、なんやかんや良い感じの雰囲気になって、最後にごめんなさいと謝るのですね」

「そして、きっす、ですっ。これで坊ちゃまは完全にメロメロになり、ソフィアちゃんの可愛すぎる嫉妬を永遠に許すのです。お二人の絆が深まり、わたくしは晴れて公爵家の乳母となるのですっ」

ヨランダは拳を力強く握りしめ、自身の野望を高らかに宣言した。

前半はともかく、後半は完全に自分の欲望が漏れ出ている。

「よく分からないですよう」

ソフィアは困り果てて眉を下げた。

「それに、やっぱりなんやかんやって、どうすれば良いのでしょうか。私、男性とそういう雰囲気を作る経験なんて、まったくありません」

「それは。その場のノリと勢いですわっ」

ヨランダが満面の笑みで言い切る。

恋愛マスターとしての具体的なアドバイスは、やはり皆無であった。

「だ、大丈夫なのでしょうか」

ソフィアは深い深いため息をついた。

ただ素直に謝りたいだけなのに、なぜかキスを目標にした難易度の高いデートを企画することになってしまった。

恋愛マスターの無責任な助言は、純朴な乙女の心をさらに複雑な迷宮へと迷い込ませるのだった。