作品タイトル不明
後日談150話、困惑のルフ
地底城は、かつて栄華を誇っていたその威容が、影も形もなかった。
その強固な城壁は、ドラゴンのブレスや圧倒的暴力の前に引き裂かれ、穴を開けられ、崩れている。
改めて、ドラゴンを敵に回してはいけない。一人、呼び出されたルフは、そのような感情を抱いた。
圧倒的な力。その爪痕は、人間が逆立ちしたとて真似はできない。
唯一、できるとすれば、三年前に魔王と相討ちとなって倒れた勇者ソウヤくらいか。その豪腕ぶりは、世に知れ渡っていた。
ルフは警戒しつつ、破壊された城門だったものをくぐる。ドラゴンは情け容赦ない。こんなことができるのだから、城など何の意味もない。
魔族兵の生き残りに備えるが、動くものも見当たらない。気配すら感じない。
外も酷ければ城内は酷かった。魔族兵の屍だらけである。
「……」
城内に侵入したドラゴン……いやドラゴンなのか? 死骸を見るに武器が使われているものが多かった。
まるで人間か、そのサイズの亜人がここで戦闘したような感じだ。
「あぁ、ガル様か」
ドラゴンばかりに気をとられて、肝心なことを忘れていた。仇を狙い、ガルとその仲間であるカリュプスメンバーが城内に潜入していたのだ。
そういう目線で見れば、この現場も納得でき――
「……ないわね。これは」
常人のそれとは思えない魔族兵の死体がかなりあった。特に丈夫な外皮を持っている種類の魔族が引き裂かれているなど、人間のそれより、むしろドラゴンのパワーでなら納得できるようなものが多かった。
あまり考えたくないが、人間サイズになったドラゴンが武器を持って暴れたという解釈の方が正しいように思える。
――ドラゴンって、人型になれる……?
ぼんやり考えつつ、しかし注意を怠らずに進むルフ。広間を抜けて、通路を抜けて、転がっているのは魔族兵ばかり。ドラゴンたちの仕事ぶりには、感心さえさせられる。ペルスコットの殺し屋たちにもこれくらいができれば理想なのだが……。
進むにつれ、魔族兵の気配を探るのが難しくなってきた。死んでいるから気配がないのは当然だが、息を潜めている者がいたとして、それを探るのが困難になってきた。
ドラゴンのプレッシャーが強くなっていたからだ。
まだ見える位置にはいない。しかしそれでも、存在感が凄まじい。ドラゴンの巣穴の奥に向かっているという幻想が脳裏をよぎった。
ここは魔王軍の残党の拠点のはずだった。だが今ではドラゴンの巣だ。そこへ一人、丸腰で――もちろん武装はしているが、ドラゴンを相手にするならば非力な玩具も同然だろう――近づいているという事実。
そして道中、天井が破壊された大部屋についた時、ルフは来たことを猛烈に後悔したくなった。
城を外から破壊していた青いドラゴンと灰色ドラゴン、そして白、黒のドラゴンが上から見下ろしている。
四体のドラゴン。まさしくドラゴンの巣である。
「やあ、待っていたよ。ごくろうさん」
男の声がかけられ、ルフはそちらに視線を向ける。殺し屋たる自分が、ドラゴンにばかり気をとられ、人がいることに気づかなかったとは、これほど酷い失態もない。
そこにいたのは、瓦礫に座っていた青年と老魔術師。そしてこの二人からもドラゴンの空気を感じた。
人型に化けているドラゴン。ルフはメイドドレスのスカートをつまみ、頭を下げた。
「お招きにあずかり、参上いたしました。ルフ・ペルスコットと申します」
『遅い!』
ドラゴンの一体から念話でぶん殴られた。呼ばれたら走ってこい、と言わんばかりの剣幕である。
「まあまあ」
老魔術師が、穏やかにそのドラゴン――青いそれに言えば、すん、とそれまでの怒気が消えた。
青年も苦笑している。
「いやいや、すまないね、ルフ・ペルスコットさん。うちの先輩、気の長さがドラゴンだからさ、人間の尺度と合わなくてね」
「いえ、こちらこそ、配慮に欠けておりました。お許しを」
ルフの所作は、どこまでもメイドのそれだった。青年は立ち上がる。
「自己紹介が遅れた。オレはソウヤ。アースドラゴン見習いだ」
『見習いぃ?』
ドラゴンたちがクスリと笑ったようだった。まあまあ、とソウヤと名乗ったドラゴン青年は言った。
――ソウヤ……。勇者と同じ名前。
かの魔王を倒した勇者。もしかしたら彼は相討ちになった後、ドラゴンに転生したのか、と変な想像をしてしまうルフである。
「せっかく来てもらって、雑談するのもあれなんで、手短にいこうと思う。来てくれたということは、ガルのことは知っているな?」
「はい、ソウヤ様。我らがペルスコット家の主にございます」
「主……あいつ、いつそんな偉い人になってたんだ?」
『言ってなかった? 言ってなかったかも?』
「知っていたのか、影竜」
などとやりとりするソウヤ。だがすぐに視線を戻した。
「それはそれとして、ガルと、一緒に乗り込んだカリュプスのメンバーだが、全員命を落とした」
「……!」
覚悟はしていたものの、ガルの死を告げられ、ルフは硬直する。――あぁ、自分はこれからペルスコット家を真ボスとしてまとめていかなければいけないのか。
当主役をやっている以上、その流れは必然か。
「――で、ガルたちはオレにとっても大切な友人でね。このまま死なせておくのは、惜しいというか、ちょっとした自己満足ではあるんだけど、これから復活させようと思う」
「……!」
復活?――何を言っているのだろう。ルフは困惑した。
「色々聞きたいことはあるだろうけど、オレもちょっと詳しくは話せない。オレ自身、命をかけないといけないから、絶対復活させられるとも言えない。今言えることは、ちょっとガルたちの遺体はオレが預かる、というくらいか」
ソウヤは言ったが、当然ながらルフにはわからなかった。だがガルの遺体を引き渡せ、とか、彼の提案を拒否する権利はなかった。上から見下ろしているドラゴンたちの前では。
「と、オレからの話はここまでだ。……あ、それとここでの話は他言はしないでくれよ」
そう言うと、ソウヤという人間の青年だったものは、ドラゴンへと姿を変え、他のドラゴンたちと共に飛び去っていた。
そういえば老魔術師はと見れば、そこにその姿はなかった。