軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

後日談109話、ドラゴンにさらわれた末路

カーセンにとって、それは初めての空であった。

ナダから話を聞かされていたものの、実際にその状況になると冷静さを保つのに一苦労だった。

いや、おそらく冷静ではない。体の内側から弾けるように血液が沸騰し、汗が噴き出る。これで冷静なはずがなかった。

「お兄様! お兄様!」

ドラゴンの左手に捕まっているリーシン姫がパニックを起こしている。無理もない――無理もないのだが。

――なんだ?

カーセンは違和感をいだいた。リーシンが突然ドラゴンに捕まり混乱するのはわかる。しかしその取り乱し方に、何か違う感をカーセンは感じた。

――何が違うのだ?

こういう危機的状況な姫を見る機会は早々にない。妹のことは隅から隅まで知っているとは、口が裂けても言えないカーセンだが、何故かおかしいと思うのだ。

おそらく幼少の頃の、混乱するリーシンの姿を重ねたのだろう。成長すれば昔と違って当然かもしれないが、それでも違和感は拭えない。

「お兄様、助けて!」

「落ち着け、リーシン!」

どう考えても落ち着ける状況ではない。が、ナダへの信頼をとったカーセンには、このドラゴンがこちらに害を与えないことはわかっている。

もちろん、実際のドラゴンの手に掴まれ、本当に大丈夫なのかという疑いはある。内心から震えが込み上げている。もしドラゴンが握る手を強めれば、二人はあっさり潰されてしまうのではないか。

わかってはいても、恐怖を感じずにはいられない。

――震え……?

カーセンは気づく。リーシンはドラゴンを恐れている。しかし言葉が出ないとか、震えて縮こまるとか、そういうものではなく、どうにか逃れられないか、その方法を探してめまぐるしく頭を動かしている。

普段、城にいる箱入りが、ドラゴンに襲われて、恐れつつも事態を打開しようと考えを巡らせることなどできるのだろうか?

否、カーセンの知るリーシンは、そこまで活動的な思考ができない。虫を怖がり、トカゲを前に声も出なかった幼いリーシン。その彼女が、頭真っ白にならずに考えていることがあり得ない!

『うるさいぞ、小娘』

ドラゴンが、ひどく重々しい声を、脳内に響かせてきた。念話か。カーセンはもちろん、リーシンもビクリとした。

『いや、人に化けた魔族よ』

「な、何を……!」

リーシンがドラゴンを見上げ、そしてすくんだ。

飛行しながら、ドラゴンの瞳孔が細くなる。

『臭い。臭い魔族の臭いがプンプンしておるわ。あぁ、もうこのまま握り潰してしまいたい』

「や、やめ――わ、私は人間」

『お前は、我らドラゴンを謀ろうというのか?』

はっ、とドラゴンは、小馬鹿にした。

『ドラゴンの嗅覚は騙されんぞ、魔族め。人間は誤魔化せても、我らを騙すことはできぬぞ』

「ッ!」

『それに、我は本物のリーシン姫を知っておる。何故、お前が我が手に囚われたか、わからぬではあるまい、魔族よ』

その念話に、リーシンは返す言葉もなく顔を下げる。一連のやりとりをハラハラしながら見守っていたカーセンは、違和感の通り、このリーシンは偽物だったのだと思うようになっていた。

本物のリーシンを知っていると聞かされ、偽物にはもはや誤魔化すこともできないのだろう。

「……」

押し黙るリーシン。その表情は恐れよりも悔しさや、この状況をどう切り抜けるか頭を巡らせていて、カーセンが知る『か弱き妹』とはかけ離れていた。

――あぁ、やはりこの者は……。

カーセンが心の底で思った時、再びドラゴンの念話が飛び込んできた。

『見えるか、魔族。あそこにいる本物の姫が』

ドラゴンは、いつの間にか王都の上空を出ていた。近くにある林の手前に、人影が二つ。そこにもリーシン姫がいて、さらにお供であり護衛でもある従者のフォイの姿があった。

――ナダ殿の言った通りの展開だ。

カーセンは、ドラゴンの手の中の偽物を見やる。こちらの表情は、ただただ苦渋に満ちていて、もう一人の自分がいるという光景に驚くことはなかった。もしこちらが本物であったなら、大変驚き、兄であるカーセンにそれを訴えたに違いない。

つまり、偽物は、もはや本物であると主張しても勝てないと諦めたのだ。

ドラゴンが地面に着地した。カーセンはすかさず解放されるが、そこへ、フォイと共に立っていたリーシン姫が感極まった様子で飛び込んできた。

「お兄様ぁぁっ! うわああぁ!」

その美しい顔立ちをくしゃくしゃにして、子供のように泣きじゃくる。その瞬間、カーセンの中にとても熱いものが込み上げた。

――あの頃のままだ。

込み上げたのは懐かしさ。幼き日の妹が、何かあってすがりついてきた時の光景が、カーセンの脳裏に蘇った。

不思議だった。姿形は同じなのに、肌で触れた時の熱量というのか、感情にくるものがここまで違うのは何故なのか。これが真の肉親とでもいうのか。

『いつまで、その姿でいるつもりだ、魔族よ』

ドラゴンが相変わらず手に姫――偽物を掴んだまま離さなずにいる。

『偽りの姿のまま死にたいか? それとも持って生まれた本来の姿で死にたいか。好きな方を選ばせてやる』

「何故だ。ナゼ、こうなるっ!?」

リーシン姫の姿をしたそれは、本人とはまったく異なる口調になった。

「何故、捕まえた姫がそこにいる!? 何故、ドラゴンが、人間の国に潜り込んだ我らの邪魔をするっ!?」

「その顔でしゃべるな!」

カーセンは怒りを露わにする。妹の顔のままで、魔族の汚らわしい企みなど聞きたくない。

「正体を現せ、魔族!」

その怒号を浴び、偽物姫はその姿を変える。人型だが、肌の色も異なり、血の気の薄い灰色の魔族娘だった。

カーセンは怒鳴る。

「白状してもらうぞ! 我が妹に化けて、何を企んでいた!?」