作品タイトル不明
後日談104話、偽者の証明
グーファイ国王都に、偽者の姫がいるらしい。
これは本物のリーシン姫にとっては、ショック以外の何ものでもなかった。自分の居場所を見ず知らずの者に乗っ取られたのだ。
帰れば、逆に偽者扱いされ、逮捕、下手すれば死刑もあり得る。
王族になりすますという行為はそれだけ重い。もっとも、こちらが本物で、偽者は向こうであるわけだが……。
「真正面から言って、ろくなことにはならんよな……」
ナダは夜空に輝く月を見上げた。
「本物であるのは間違いない。しかしそれを証明する過程で、リーシン姫には屈辱的な問答もあるだろう」
話を聞いてもらえるだけ、まだマシ。最悪、問答無用の可能性もある。
姫の従者であるフォイは口を開く。
「しかし、ナダ殿。ここでただ待っていても何も解決いたしません」
「それはそうなのであるが……」
ナダは視線を戻した。
「正直に申して、我が方、圧倒的に不利。負ける 戦(いくさ) はするものではない」
「……っ、しかし」
フォイは力なく項垂れた。
「こちらが本物の姫様なのですよ……」
その姫もまた、うつむいている。先ほどから黙ってはいるが、その目は震え、悔しさを滲ませていた。こういう時に何もできない己の無力を噛み締めているように。
――自分のことで、何もできぬのは辛いよなぁ。
ナダは、頭を掻く。人には、自分一人ではどうにもならないことが多々ある。
たとえば婚姻など、家族が決めて本人には決定権がないなど……。自分の能力を高め、価値を付与することで、多少相手について選択権が増えるが、それも家族の話であり、本人にはどうしようもない。
「何も、馬鹿正直に正面から行く必要はないわな」
「若?」
ナギが片方の眉をひそめれば、ナダはきっぱりと言った。
「敵が姫を誘拐し、入れ替わったのならば、こちらも同じ手で、偽者と姫を入れ替えればよいのだ」
「それは……」
「つまり、さらうのですか!? 王宮の姫君を!?」
ナギはもちろん、リーシン姫本人も驚いた。ナダはニヤリとする。
「これは異なことを。本物はこちらにおる。さらうのは周囲を謀る偽者だ」
王族になりすます偽者は厳罰が下される。そのような者をさらって何が悪いことがあろうか? いや、ない。
「魔族が、ニーウ帝国でやった手口。今回のそれもだが、それをそっくりお返ししてやるのだ」
「おおっ!」
フォルスが楽しそうな声をあげた。リーシン姫は開いた口が塞がらず、フォイもまた目を丸くしている。
「それで、若。どのように偽者をさらって参りましょうか」
ナギが顔を上げた。
「わたしが王宮に忍び込んで――」
「いや、いくら貴様でもそれは難しいだろう」
忍びとしては、警戒厳重な城に潜り込むこともできるのだろうが、偽者姫を見つけ、その後、王都の外まで連れてくるのは至難の業と言えよう。
まさかナギの小柄な体で、偽者姫を抱えるわけにもいかないだろうし、意識があるまま連れ去るのは時間もかかるだろう。偽者も隙を見て周りの兵を呼ぶなりするだろうし、そうなれば、打つ手なし。
「暗殺であるなら、まあできなくもないが、誘拐は無理であろう」
「いっそ、偽者なのですから、暗殺してしまうのも手かと。死体を検分すれば、偽者――魔族の化けの皮もはがれ、本物のリーシン姫を探すことになるのではありませんか?」
「……一瞬、それがよさそうに思えた」
しかしナダは首を振った。
「物事はそう理性的には動かぬもの。姫を暗殺されたとあれば、逆上した者たちが真相を知る前に動き出し、殺気だって暗殺者を探そうとするだろう。後で偽者だと判明しても、その前に――」
暗殺者を追い詰めて、つまりナギがグーファイの兵に殺されてしまうのではないか。
忍びのナギが、そう簡単に捕まったり殺されたりはしないとは思うが、怒りにかられた敵は己の潜在能力を超えた力を発揮することもある。腕のいい追っ手だったら、と考えれば、決して分のよい賭けとは言えない。
それにここは、グーファイ。ナダもナギもこの国の人間ではない。困っている者を助けたいという気持ちはあるが、それで命を賭けるに値するか、という問題もある。
――いや私はかまわないが、ナギを付き合わせて死なすわけにもゆかぬ。
「……よい考えだと思ったのですが」
ナギがしょんぼりする。
「暗殺の際に、置き手紙で『これは偽者』と大書きしてやれば、気づくんじゃないですか?」
「成功前提で話しているが、貴様が忍び込む途中で見つかる場合もあるかもしれん」
「そんなヘマはしません」
「やる奴は皆、そう言う。しかし世の中、実力以外のところで、つまり自分ではどうしようもないところで失敗をすることもあるのだ」
属に言う『運がなかった』というやつ。どれだけ自信があろうとも、自分以外の要素でしくじることだってあるのだ。
「若は、相変わらず慎重過ぎるんですよ」
ナギは拗ねたように言う。
「昔から、そう」
「……かもしれぬ」
しかし、己の決断に責任が出る立場ともなれば、考えもしよう。
それに、ナギは、この国とは違う国の忍びである。失敗し正体が発覚することになれば、ナダの国とこの国で、争いの火種にもなりかねない。慎重になって当然だ。
「うむ……。やはりこの手で行くか」
ナダは考え、策を思いつく。そして手順に間違いがないか確かめ、そして頷いた。
「一つ策を思いついた」
その言葉に、リーシン姫とフォイは期待の目を向ける。ナダは、フォルスを見た。
「すまぬが、フォルス。少しばかり悪役を演じてくれぬか?」