作品タイトル不明
70話 先が見えない地獄(双葉視点)
特に当てもなく、私はふらふらと町中を徘徊していた。
学校を退学してから自室に引きこもり続けていた私だったが、何日も部屋から出ようとしない怠惰な生活に親たちが流石に痺れを切らした。
部屋の中でぶつけられた母の言葉が胸に突き刺さり続けていた。
「いつまでそうやって引き込まっているつもり!? 成人したらあんたはこの家から出るのよ? 今のうちにバイトでもいいからお金を稼ぐことを覚えなさい!!」
「ほうっておいてよ……」
「そうはいかないわ! 成人までは面倒を見ると言ったけどね、ごく潰しを養う私たちの身にもなりなさい。家事を手伝わないならせめてお金を稼いで貯蓄しなさい。言っておくけど18歳になったらあんたが無一文でも叩き出すからね!!」
母の容赦もない言葉は私の心を抉った。その激痛に耐え切れず、私は日中は外出するようになった。だがこの外出には意味なんてない。本当に両親から逃げ出して意味なく徘徊しているだけだった。
母が言った『ごく潰し』と言う言葉が忘れられない。
本来であれば成人前の実の娘に対して言う言葉ではない。それをああまでハッキリ言い切ると言う事は、もう母の中では私は〝娘〟として認識されていないのだろう。父に至ってはもうほとんど会話すらしてくれない。廊下でばったり顔を合わせても、そのたびに溜息を吐かれる。
当たり前よね。幼馴染へいじめを教唆した私なんて、もう娘と思える訳ないに決まっているよね。
両親の言葉や態度が辛くて仕方がない。まるで本当に刃物で刺されたかのような痛みが消えてくれないのだ。
だが私に嘆く資格なんてある筈もない。だって全部自業自得でしかないのだから。
全てが終わった後から何度も嘆いた。どうして私はあれだけ大好きだった彼を貶める事を行ったのだろう?
「大好き……だったはずなのにね……」
こんな末路を辿った今でも、私は誠也のことを愛していたと言える。
ただ、彼に対して行った行動が間違っていたのだ。自分だけを見てほしい、自分に相応しい男になってほしい、そんな独善的な思考に染まっていた私は彼の心の痛みなんて度外視していた。
私が暴言を吐くたびに彼は顔を歪ませていた。そして嘘告のあの日、ついに涙すら零していた。
だけど当時の私はそんな彼の受けた痛みなんて見向きもしなかった。これも全部誠也の為で、必要な行程なんだって本気で思っていた。
どこまでも自己中のクソ女、そんな自覚すらあの頃の私は持っていなかった。
「あはは……北條に……星良に負けて当然じゃん」
改めてこれまでの誠也に対しての振る舞いを振り返ると、私がもう1人の幼馴染に勝てる道理などなかった。
ただただ、自分の理想や我儘を押し付け一方的な関係を築こうとする傲慢な女と、隣で支えて共に笑って未来を進もうと手を取り合う女性、どちらが誠也に相応しいかなど明白だ。
ああ、ごめんなさい誠也。私がこうなる前に気付けていれば良かったのにね……。
こんな心中で謝罪などしても意味などない。本気で謝る気があるなら、誠也に直接頭を下げなければいけない。
だけどもう私は誠也に対して直接謝る事すらできない身だった。
彼の母である雪子おばさんが面会を拒絶したからだ。もう今後、自分たちの前に現れないでほしいと母を通して告げられた。
誠也だけでなく、私を実の娘の様に可愛がってくれたおばさんにももう逢えないんだ。
「そこまで分かっているのに……どうして私はこんな場所まで来てるんだか?」
当てもなく、辛い現実から逃れる為に徘徊していたというのに、気が付けば私は誠也の自宅前までやって来ていた。
だが今は平日の日中、学校を辞めた自分と違い誠也は今頃は勉学に励んでいるはずだ。
この期に及んで私はまだ過去の輝かしい記憶にしがみついている。
「バカみたい。ほんっと、私は何をしたいのよ?」
失ってからようやく私は気付いてしまった。誠也と過ごした日々は何物にも代えられない宝だったのだと。
「それを自分から捨てるなんてね」
そうして残ったのは後悔だらけのお先真っ暗な未来だ。
「もう……消えてしまいたい……」
死ぬ度胸もない癖にまた軽々しくこんなセリフを吐くだけ吐いて、そして結局はこのまま自宅に戻って布団に包まるだけ。用意される食事を食べて、追い出されるその日まで思考を放棄して生きた屍となる。
「どうしたらいいの?」
自分の進むべき未来が見えてこない。
先の見えない絶望と恐怖から、私はその場で蹲って啜り泣く事しかできなかった。
そんな私へ1人の人物が声を掛けてきた。
「まさか……双葉ちゃん?」
「え…誰……あ………」
名前を呼ばれて顔を向けると、私は思わず声を詰まらせてしまう。
そこに立っていたのは、私の接近を禁止した雪子おばさんだったのだから。