作品タイトル不明
22. 役に立てるのなら(ラハルト視点)
ハルは夢を見ていた
(また、この夢か)
何度も目にしてきたあの日の夢が目の前に広がると、ハルは両の目をきつく閉じた。しかし、いくら彼が手を伸ばし、目を閉じようとも、記憶は残酷なほど鮮明にあの方の出来事を繰り返していた。
冷徹な佇まいのラハルト・ライセンが、目の前のユフィネルを見つめながら言い放つ。
「もはや、貴様のような穀潰しに割く予算などない」
痛いほどに冷酷な言葉を浴びせられても、ユフィの表情に変化はなかった。いいえ、あまりにも辛く苦しくて、すべてを諦めてしまったかのような顔をしていた。
彼女にそんな表情をさせたのが、他の誰でもない自分自身だという事実に、ハルは息をすることさえままならなかった。
ユフィネルに近づき、彼女を抱きしめようとする。しかし、彼の両手は彼女をすり抜け、ただ虚空を彷徨うばかりだった。力なく応接室を去っていく彼女の後ろ姿に、ハルは一体あと何度向き合わなければならないのだろうか。
涙を流す資格さえもないというのに、涙すら流さぬまま一人で応接室を出ていくユフィネルを見ると、いつも涙が溢れた。してやれなかったことのすべてが枷となり、彼の心を打ち砕いた。
いつもと同じ夢。いつもと同じ後悔。すべてがいつも通りであったが、一つだけ、異なることがあった。冷たくなったまぶたに、温かい何かが触れたのだ。その温もりはゆっくりと下りていき、彼の頬に届いた。いつか感じたことのある、柔らかい温もりに、ハルはゆっくりと目を開けた。
「起きられましたか? ハル」
聞こえてきた言葉の意味を、目の前に映る人影を、最初、彼は理解することができなかった。
だからこそ、彼女の柔らかな手の温もりを、蜘蛛の糸を掴むかのように強く握りしめた。包帯が巻かれていて触感をまともに感じられないはずなのに、その小さな手の温もりが、酷く彼の心を安らげた。
「ユフィ」
「はい」
「すまない」
「大丈夫です」
「私を許さないでくれ」
「あなたがそれを望むなら」
すっかり掠れた声で言葉を紡いでいたハルが、呆然と顔を上げると、現実では決して見せることのない、彼女の穏やかな微笑みがそこにあった。これは良い夢だ。決して目覚めたくはない、都合の良い夢。
夢の残像を繋ぎ止めようと、ハルは自分の頬を愛おしむように撫でる彼女の手へ、自らの顔をすり寄せた。応えるように、ユフィが冷や汗に濡れた彼の髪を優しくかき上げてくれる。ユフィの声が続いた。
「ハル。体調が優れないのですか? 師匠がお呼びですが……辛いなら、もう少し休みますか?」
「……?」
思いがけない問いに、閉じていた目をカッと見開いた。反射的に体を起こそうとして、バランスを崩してしまう。ハルの体が傾くと、ユフィが素早く彼を支えた。
「す、すまない」
「大丈夫です。ですが、かなりお体が悪いようですね。やはり今日は休まれた方が良さそうです。私から師匠に伝えておきますから」
「いや、大丈夫だ。魔女様がお呼びなら行かねば」
「ですが……」
ユフィの心配そうな視線がハルへと注がれた。いつもと同じ視線であるはずなのに、今日に限って妙に胸が疼くように高鳴るのは、先ほどの夢の残像のせいだろう。
ユフィを掴んでいた手にぎゅっと力を込め、それから離したハルは、努めて笑みを浮かべながら答えた。
「私は平気だから、先に行っていれくれないか? すぐに追いかける」
「いいえ。お肩をお貸しします」
「大丈夫……」
「駄目です」
毅然としたユフィの返答が、困惑しながらも嬉しくて、差し出してはならない手を、思わず握り返してしまう。
ユフィに支えられながらリベリカの部屋へと向かうと、早朝から机に向かって何かを書き記していた魔女が、顔も上げぬままに声をかけてきた。
「いらっしゃい、ユフィ。それとハル。体の具合はどう?」
「魔女様のおかげで、ずいぶんと良くなりました」
「まともに動くこともできない状態です。当面の間、リハビリは中断すべきかと思います」
互いに相反する主張に、机へと視線を固定していたリベリカが顔を上げた。神秘的な魔女の視線が自分へと向けられ、やがてユフィへと移っていく。
魔女が尋ねた。
「ユフィ。あなたの目から見て、ハルはいつ頃になれば動けるようになりそうかしら?」
「最低でも半月は、絶対安静が必要です」
「ふむ。それではハル、あなたはどう?」
「果たすべき役割があるならば、お言いつけください。動けます」
「駄目です」
相変わらず食い違う二人の返答に、リベリカの口角が上がった。ハルが困ったような目でユフィを見つめると、彼女は厳しい表情を浮かべて彼を見上げた。
視線が交錯することしばし。席を立ったリベリカが、二人のもとへと歩み寄ってきた。
「私もユフィの意見に同感だわ。けれど、それでは遅すぎる。私は自分の庭を荒らし回る羽虫どものツラを、一刻も早く拝みたいのよ。だからハル。あなたに選択肢をあげるわ」
リベリカの言葉に、ユフィが驚いた顔で師匠を見つめた。選択肢とは一体何なのか、彼女がこれほどまでに動揺する理由は何だろうか。
「どのような選択肢でしょうか」
「あなたに一週間、全盛期と同じだけの体力を取り戻す魔法をかけてあげる。ただし、その反動として、次の等しい一週間は起き上がることさえできなくなるわ」
「私は反対です、師匠。その魔法は『起き上がれない程度』では済みません。忘れていた痛みまで、何倍にもなって押し寄せるではないですか」
「死ぬわけじゃないでしょう?」
「死ぬほど痛むと言っているのです!」
リベリカの提案に、ハルは安堵の笑みを浮かべた。全盛期と同じだけの体力があるならば、ユフィの役に立てる。ならば、彼が口にすべき言葉は一つだけだった。
「魔法をおかけください。お願いいたします」