軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

13. 勝者と敗者(ラハルト視点)

魔女の村には、かつてのカラン兵が多数暮らしているという話は聞き及んでいた。ロンカエトの軍人や国民も一定数はいるものの、大部分は戦時中に流れ着いたカランの兵士たちだという。

ゆえに、扉を開けて獣人が入ってきたときも、格別驚きはしなかった。だが、その聞き覚えのある声を耳にした瞬間、血生臭い戦場での記憶が突如として脳裏をよぎった。

バンデオン。戦争の間、執拗にロンカエト軍を苦しめ続けた「怪物兵士」。圧倒的な力と速さに、どれほどの同胞が命を落としたか数え切れないほどだった。もちろん、彼を恨むつもりはなかった。戦争において互いに殺し合うのは当然のことであり、バンデオンが同胞を殺した数と同じだけ、ラハルトもまた彼の同胞を殺してきたのだから。

だからこそ、「睨むな」と言って扉を閉めたバンデオンの言葉に、ラハルトは反射的に応じた。

「別に、殺すつもりで睨んだわけでは……」

「ほう? 胸に手を当てて、もう一度言えるか?」

「……」

言えない。実際に、殺す勢いで睨みつけていたのは事実だ。しかし。

「すまない。積年の恨みがあるわけではないのだ。ただ……」

先ほど、胸の内に芽生えた感情を思い出し、ラハルトは自嘲気味な笑みを浮かべた。呆れたことに、自分は今、バンデオンに嫉妬していた。あまりにも容易くユフィと親しげに口を利くバンデオンに、怒りが込み上げていたのだ。

ユフィが彼に向けて見せる悪戯っぽい微笑みが、甘えるような声で紡ぎ出す言葉が、羨ましくて狂いそうだった。ラハルトには一度も見せたことのない微笑み。聞かせてくれたことのない声。

その愛らしい振る舞いのすべてを、自分ではない他の男に向けるということ自体、殺したいほどに口惜しかった。資格などないというのに、情けないほどに嫉妬してしまう。

今も、親しげに笑いながらバンデオンの尾を撫でて通り過ぎたユフィの姿が目に焼き付き、腹の底が煮えくり返る。いっそ以前のように何も見えなければいいものを。被曝により視力は落ちているはずなのに、なぜそのような光景ばかりが、これほど鮮明に両の目に刻まれるのか。

「貴殿を不快にさせるつもりも、魔女様の規律を破るつもりもない。もう一度謝ろう。すまなかった。許してくれるか?」

「恨みもないのに、無意識にそんな視線が出るのかよ? 話が……ん? 待て。お前、まさか嫉妬でもしたのか?」

「……許してくれたものと見做そう」

勘が良いのか悪いのか。ラハルトが話を逸らすことで肯定を示すと、バンデオンの目が馬鹿げているほど見開かれた。あんなに目を丸くしていると、素朴な大型犬のように見えるのが癪に障る。

「マジかよ。まあ、病床で見るユフィは天使みたいに綺麗だからな。本気であの子との未来を夢見てる野郎も少なくねえし」

ベッドから立ち上がろうとしたラハルトの動きが、バンデオンの言葉に止まった。露骨なまでの反応に、バンデオンがケタケタと笑った。

「灰燼の中に独り立つことで有名な『灰の将軍』様が、こんなに感情を剥き出しにする御仁だったとはな。驚きだぜ」

「私の方こそ驚きだ。死んだ仲間さえ食らうと言われた『怪物兵士』が、ここまで軽口を叩くのが好きだったとはな」

互いの視線が鋭く交錯した。

「よせ。ユフィに怒られたくないから、この辺にしようぜ。外出するんだろ? そのまま行くのか?」

「……服を着替えるだけだ」

「外で待ってる。終わったら出てこい」

先に白旗を上げたのはバンデオンだったが、強烈な敗北感を味わっているのは、皮肉にもラハルトの方だった。そもそもユフィがバンデオンを親しく思っている時点で、何をどうしてもラハルトに勝ち目のない戦いだ。今のラハルトには、何一つ残っていない。

外見も、財力も、能力も。すべてを失い、杖なしではまともに歩くこともできず、倒れた時のための案内役まで必要な、いつ死ぬとも知れぬ死に損ないのような男。

バンデオンがこの村に辿り着いた当時はどのような姿だったか知らぬが、獣人兵士である彼は、ラハルトより悲惨ではなかったはずだ。ユフィの手を、どうしても膿で汚してしまう自分より、バンデオンの方がずっと清潔だ。

それなのに、無益に張り合おうとする自分が滑稽だ。ユフィが自分を見て笑ってくれることを望む、その利己的な心を捨てきれないのが嫌悪感すら覚える。

今だって、杖なしで自らの足で歩けるようになれば、彼女が喜んでくれるだろうという浅はかな信じ込みを抱く自分に呆れてしまう。ただの患者。患者としてしか、彼女に近づけない自分。

それでも、そうすることでしか彼女を喜ばせることができないのなら、ラハルトはすべきだ。己の心はすべて埋め隠したまま。彼女を喜ばせる何かを。

巡る思考を断ち切り、ラハルトは歩を進めて部屋の外へと出た。壁に寄りかかって口笛を吹いていたバンデオンは、ラハルトをじっと見つめてから、彼の歩幅に合わせて歩き出した。別段、言葉はなかった。黙々とその後をついて行くと、いつの間にかラハルトは食堂の入り口に来ていた。

「ここは、何故だ?」

「挨拶くらいして行かなきゃならねえだろ?」

そう答えたバンデオンが食堂の扉を開けると、小さな口いっぱいに食べ物を詰め込み、もぐもぐさせているユフィと目が合った。大きな目をしばたかせながらも、口の中のものをしっかりと咀嚼していたユフィが、すべて飲み込んでから尋ねた。

「バンデオン。それにハル。お散歩に行くのですか?」

「ああ」

「どこまで行かれるのですか? お弁当は必要ないかしら?」

「いらねえよ。昼前には戻ってくるさ。行ってくるぜ」

「行ってらっしゃい。バンデオン」

「お前も挨拶しろ」

「なっ……」

「挨拶しろってんだよ」

バンデオンの言葉に一瞬たじろいだラハルトは、ゆっくりとユフィへと視線を向けた。そして、たどたどしく口を開いた。

「行って……くる。ユフィ」

「はい、行ってらっしゃいませ。ハル」

ユフィが口角を上げて微笑む。

その笑顔に、遥か昔に埋もれていた記憶が蘇る。あの日と同じ笑顔、あの日と同じ声。

――お待ちしていますね。

もはや、その言葉は聞かせてくれないが。