軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4・1 笑ってくれたの?

頼まれていたお遣いを終えてシルヴァン様の執務室に戻ると、私の上司は作業台の上に魔法陣を出現させていた。

中央に置かれているのは魔石。今日の予定にはなかったことをしている。きっと私が部屋を離れていた間に、緊急の仕事が入ったのね。

薬草園からいただいてきたものが乗ったトレイを、自席に置く。と、シルヴァン様はチラリと私を見て、

「俺の机に置け」と命じた。

すぐに魔法陣に向いてしまう。

術中に見えるけど、喋っても大丈夫らしい。

「こちらはすべて、すり潰すのですよね? 私にやらせてくださいな」

だって、どう見てもシルヴァン様は手一杯だもの。まだ彼に任せてもらえたことのない業務だけど、私は自信があるのよ。

「失敗している時間はない。俺がやる」

「大丈夫です」

「やったことがないくせに、無責任な発言をするな」

「何度も練習をしていますわ」

シルヴァン様が疑わしげに私をにらんだ。

「本当ですわ。友人のルシール・シャルーに退勤後、教えてもらっているんです」

私にできそうな補助の仕事を。もちろん、きちんと授業料を払っている。

彼女が『なんでも訊いて』と言ってくれたので、せっかくだから教師になってもらうことにした。

少しでも多く稼ぎたいという彼女と、シルヴァン様の役に立ちたい私の利害は一致しているもの。毎日とても有意義な時間を過ごさせてもらっているわ。

「だから任せてくださいな。もし失敗したら、雑用係をやめてもいいですわ」

「――それはいい提案だな」

「でしょう?」微笑んで答えると、道具置き場から適切な大きさの乳鉢と乳棒、それから液体の入った小瓶を取る。

シルヴァン様を見ると、『正解』とでもいうように頷かれた。

頷きかえして、それらを自分の机に置く。

キャビネットに置かれた水差しでハンカチを濡らして手を拭うと、トレイの上の薬草を選り分ける。

これらでなにを作るかは聞いている。王妃様に頼まれた、鎮静剤だ。

魔力が込められたエッセンスを数滴ずつ足しながら少しづつすって、基本のペーストを作る。

シルヴァン様が作っていた様子を思い浮かべ、また、ルシールに教わったことを反芻してから薬草を全種類ひとつまみだけとり、乳鉢に入れる。素早く、だけど丁寧に乳棒を動かす。

私は雑用係としても有用だと、シルヴァン様に認めてもらいたい。彼の負担を減らしたい。

やがて良い色艶になったペーストができあがった。シルヴァン様のもとへ運ぶ。

作業台の上の魔法陣は消え、シルヴァン様は魔石を手にして、ためつすがめつしている。

「できました」

と、声をかけるとシルヴァン様は指でペーストをすくって口に含んだ。

ドキドキしながら、判定を待つ。

「……問題ない」

「よかった! これからはもっと私に任せてくださいね」

「……考えておく」

「嬉しいですわ。あと、指を舐める仕草がとってもセクシーです」

とたんにシルヴァン様は眉を寄せ、

「お前は余計な一言が多い!」と、怒る。

「だって素敵なんですもの」私は微笑んでから、「こちらは瓶に移し替えておきますか?」と尋ねた。

「……気は回るのにな」

ものすごく残念そうに嘆息するシルヴァン様。

「血のにじむような王子妃教育のたまものですわ」

乳鉢を持って自席に戻ろうとしたら、制止された。

シルヴァン様が乳鉢の上に手を翳し、呪文を唱える。するとシャボン玉のような虹色の輝きが、上面を流れた。

「これでいい。俺の机に置いておけ」

乳鉢にはラップのような膜がかかっていた。

さすが、魔術師様だわ。こんな魔法は初めて見た。

乳鉢をシルヴァン様の机に置く。

「確か」と、シルヴァン様が作業台に新しい魔石を置きながら。言葉を続けた。「お前がみた予知夢によると、オラスには婚約破棄をされるのだったな?」

「ええ。早くその日を迎えたいものですわ」

彼にはそのことを細大漏らさず伝えてある。

オラスは男爵令嬢ピアに夢中になり、ついには妃に迎えようと考えること。私の悪行を理由に婚約破棄を断行すること。

そして、陛下や私の兄に多少は非難されるものの、私の『悪行』があまりに酷いので、最終的に許されること。

「『悪行』なんてするつもりはありませんわ。ですが婚約破棄はしてもらいたいので、そうなるように努力していますの」

「王子妃教育が無駄になるのに?」

「『もったいない』と、しがみついていたら、私の一生を犠牲にすることになりますのよ? オラスと結婚して、私が幸せになれると思いますかしら?」

「無理だろうな」

「目指せ、自由の身! 達成したあかつきには、シルヴァン様がめとってくださると嬉しいのですけど」

「いいぞ。挙式前日に病死させてやろう」

「あら、殺人予告」

私がそう言うと、こちらに背を向けたシルヴァン様から、

「フッ」と息を吹き出したような音がした。

もしかしたら、笑ってくれたのかもしれない。

そうだとしたら初めてのことだわ。