軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3・幕 筆頭魔術師は警戒中

(シルヴァンのお話です)

ベルジュとオラスが言い合いをしている。彼女は無表情を保っているが、オラスのほうは顔が紅潮し興奮している。

だが会話の内容まではわからない。この術は音声には対応をしていないのだ。

俺が魔法省エリアの全廊下にかけている、監視映像システム。専用の魔道具の鏡に、廊下の様子がリアルタイムで映る。

これは魔法省と魔術師の安全のためとの名目で、設置してあることを大臣も国王も知っている。だが、実際は俺のための術だ。国王に反逆するのだから、用心は常にしなければならない。

ベルジュ公爵令嬢も、どこまで信じていいのかは不明だ。初日の勤務を終えて誰かと接触することがあればと思い、様子を見ていたのだが。

接触はしたが、明らかに予定外だとわかる。

恐らくあの様子だと、オラスが文句をつけているのだろう。彼女が俺の雑用係になったことに対して。

オラスも昔はもう少しまともな少年だったが、今ではすっかり自分勝手な人間になり下がった。親が親だから、当然だな。

外面だけは完璧で、中身は腐りきっている。あんな男と結婚せねばならないベルジュには多少同情する。もちろん、彼女が俺に近づいてきた理由に裏がなければ、の話だが。

――まあ、あの蕩けきっただらしがない顔が演技だとしたら、驚嘆に値するとは思う。俺の作り物の顔より素のほうがいいというのも、裏があるとしたら不必要な主張だし。

鏡の中に、魔術師のルシール・シャルーが加わった。そのままベルジュと共に廊下を戻る。

しばらくの間ふたりの様子を見ていたが、ルートを変えてエントランスホールに向かうようだったので、映像を切った。鏡はただの壁掛け鏡に戻った。

邪魔な前髪をかきあげる。

一日中、ベルジュに張りつかれたせいで、ひどく疲れた。存在を意識しないようにしたくとも、あいつの視線をビシビシと感じるのだ。うっとおしいこと、この上ない。

椅子に腰かけ、日付しか記入が終わっていない報告書を取り出す。今日行った魔術について、書かねばならない。『依頼者・国王』と書いたところで、扉がノックされた。

うんざりした気分になるが、笑みを浮かべて「どうぞ」と答える。

やって来たのはアロイス・カルリエだった。侯爵家の嫡男で、俺よりふたつ年上。幼いころからの知人だ。

俺と同等の魔力量と技術を誇る。こいつが筆頭魔術師になれなかったのは、俺が王族だから。たったそれだけのことだ。

アロイスはいつも愛想が良い。俺とは違って本心からのことだろう。今も柔らかな表情をしている。

だけどその腹の中はわからない。自分が王族だったら、とほぞを嚙んでいるんじゃないかと思う。

「どうかしましたか?」と、俺も笑顔のまま尋ねる。

「ベルジュ公爵令嬢のことだ」と彼は答え、応接用の長椅子に座る。

そこから俺に、

「今朝、書類返却の使いに出しただろ?」と問いかける。

「ええ、それがなにか?」

「総務課で、ひどく陰口を叩かれているのを聞いてしまっていた。フォローはしたが」

「それは礼を言わねばいけませんね」

とはいえ、それくらいは彼女も想定の内のはずだ。

「お前は人当たりはいいが、他人の気持ちには疎いところがある。気をつけろよ」

――は?

俺がいつ、疎かった。周囲を常に観察をして、常に最適な対応をしているぞ?

「君にそのように思われていたとは、驚きました」

内心の苛立ちを完璧に隠して、そう答える。

「他人の気持ちというより、『女性』の気持ちだな」とアロイス。「それから、彼女にちゃんと仕事を割り振れよ? 人に任せるのが嫌いな性分は仕方ないが、仮にも雑用係として預かったのだからな? いずれ本格的な補佐を持つときの練習だと考えろよ」

「わかりました、気をつけましょう」

余計なお世話だ。なぜお前にそんなことを命じられねばならない。

アロイスがなぜか真顔になった。

「友人としての忠告だからな」

腐れ縁ではあるが、友人ではないだろう?

そう言ってやりたいが、

「ありがとうございます」と無難に返事をする。

――知人の中では付き合いが一番長いし、アロイスの妻が生きていたころは、よく晩餐にも招待された。

「そういえば、そろそろエレーヌたちの二回目の命日ですね。休みは取ってありますから、墓参します」

彼女との付き合いも長かった。公爵令嬢だった彼女とアロイス、俺の三人は端からは幼馴染と思われている。

アロイスたちの結婚は政略的なものだったが、それでもふたりは社交界でも有名なおしどり夫婦だった。

だが、第二子の出産中に、エレーヌは赤子と共に亡くなった。

かなりの難産で、アロイスの魔法をもってしても助けられなかったらしい。当時の彼の焦燥ぶりは酷いものだった。

最近はだいぶ妻の不在に慣れたようだが、まだエレーヌへの愛は尽きていないのだろう。

「……ああ。彼女も喜ぶ」と、答えた彼の表情は暗い。

「たくさんの百合を用意しますよ」

彼女が好きだった花の名をあげると、アロイスの顔は苦痛に歪んだ。

愛妻を思い出して辛さが耐えがたくなったのか。

愚かな男だ。

大切なものなど持たなければ、そんな苦しみに悩まされることもなかっただろうに。