作品タイトル不明
プロローグ
竜人帝国のとある一室に黒板が持ち込まれて、現在の進捗情報が記されていた。
その情報を前に、竜人帝国側『マスター』達が最終確認をおこなっていた。
ヒロがチョークを手に黒板にチェックを入れる。
「栽培用のタネ、苗等の積み込みOK。家畜も既に搬入、放牧済み。ルカンさん、湖の魚養殖は問題ないですよね?」
「はい、問題ありませんよ。こちらは前から環境を整えて、生態系を作っていましたから」
ヒロが黒板にチェックを入れながら、アーク内部にある湖の養殖魚について、責任者のルカンに尋ね彼は問題ないと太鼓判を押した。
「セスタくん、アークが旅立つ際、ダンジョンの天井を破壊するための爆弾設置は終わっているよね?」
「もちろん! むしろ、そっちはとっくに終わって暇だったから、例の最後の最後、できれば使わずにおきたい最終切り札の爆弾強化に手を出していたぐらいだし」
「え? そっちに手を出していたんですか? なら小生の方を手伝って欲しかったんですが……」
ソファーに座っていた爆弾魔セスタは、元気よく席から立ち声をあげた。
そんな彼の返答に未だ搭乗者名簿と睨めっこしているヒソミが、細い目をセスタへと向ける。
ヒロがヒソミに尋ねる。
「あの……カイザーさんから許可が下りたらすぐに出発する予定なんですけど、まだ搭乗者選定と部屋割りが決まっていないんですか? 大丈夫ですか、ヒソミさん? もう出発までそれほど時間はありませんよ?」
「小生も頑張っているんですよ。ただ、未だに『アークに乗せてくれ』と縋り付いてくる者達や、『あいつより狭い部屋など絶対に嫌だ』とだだをこねる者達もいて……。小生、アークに積み込む食料品、嗜好品、家具などの買い付け業務も同時並行でおこなっていたんですよ? むしろ名簿作成、部屋割りなどはヒロ殿の担当ではないのですか?」
元々、竜人帝国との折衝、交渉、情報交換をおこなっていたのはヒロだ。
本来であれば、彼がアークに乗る者達の選別、リスト作成、部屋割りなどを担当するはずだったのだが……。
ヒロは遠い目をする。
「最終チェック&全体指揮の役目を交代してくれるなら、喜んで代わりますよ?」
「……無理ですね。ゴウ殿ですら、搬入の手伝いをしていますから、根本的に人手が足りないんですよね、人手が……」
ヒロ、ヒソミが揃って溜息を漏らした。
彼ら、竜人帝国、その『マスター』達は、アークに乗り込み『C』から逃げるためこの星から脱出。
宇宙をさまよい生存可能な星を新たに見つけて移住するのを目的にしているのだ。
しかも、『巨塔の魔女』を警戒して、約三ヶ月かかるところを、カイザーがほぼ不眠不休で働き約一ヶ月半に圧縮している最中だ。
カイザーの護衛と称して、碌に働かない 黒(ヘイ) でさえ、手が足りないからと彼に尻を蹴られつつ、アークの修理の手伝いをさせられているらしい。
苦労しているヒソミに、ルカンが助け船を出す。
「私は湖の確認が終わったので手が空いているので、ヒソミ君のお手伝いをしましょうか?」
「ルカン殿!」
彼の申し出に、ヒソミは喜びで頬を染め彼の名前を嬉しそうに口にしたが、ヒロがストップをかける。
「すみません、ルカンさん。手が空いたならカイザーさんから、アークの冷凍庫のチェックをお願いするよう頼まれているので、そちらの確認を優先してもらっていいですか? 長期間食料を保存するという意味で、絶対にミスは許されないので。 恩恵(ギフト) 的にルカンさんが一番の適任ですから」
ルカンの恩恵は水に関係していた。
物体を凍らせるのも水が関係しているため、冷凍庫のチェックに適しているのは確かだ。
ルカンはヒソミに対して申し訳なさそうに告げる。
「分かりました、そちらを優先しますね。すみませんヒソミ君……」
「ルカン殿……」
「あっ、僕様ちゃんもパスで。そういう細かい仕事、絶対に無理だから。僕様ちゃんはゴウの搬入の手伝いをしてくるよ」
ルカン、セスタ、増援が無いことを知り、ヒソミはあからさまに肩を落とした。
仕事の割り振りが再度決まった所で皆が自分の仕事を全うするため動き出すが……。
ルカンが気まずげに不満を口にする。
「……今更ですが皆さんは本当にこのままこの星から脱出するつもりなんですか?」
「ルカンさん、本当に今更ですね……」
ヒロが代表して呆れたような声をあげた。
ヒソミ、セスタも『何を言っているんだこいつ』という視線を思わず彼に向ける。
ルカンは暗い表情と声で不安を口にする。
「正直、いくら『C』から逃げるためとはいえ、移住可能な星を求めて宇宙をさまようなんて正気の沙汰ではない。不安がゼロなんて絶対にいえませんよ。だったら、まだこの星にいた方がいいじゃないか……。私はたまにそんなことを考えてしまうんですよ」
「……まぁ小生だって、ルカン殿の仰る通り、不安がゼロとはいいませんよ。でも『C』から逃れるためにはこれしか方法はありませんからね」
「あと、念のため用意している最終手段ぐらい? あれも本当に『C』に効果あるかどうか疑わしいけどね。やらないよりはマシだけど」
ヒソミのやや暗い台詞に、セスタがからかい口調で肩をすくめた。
皆、口にはしないがやはり『C』から逃れるためとはいえ、宇宙に当てもなく旅立つことを不安に思っているのだ。
だが、ヒロが代表として皆の気持ちを代弁する。
「ボクだって不安がゼロではありません。しかし、このままこの星に残って『C』の玩具になるよりはマシですよ。だったら後ろ向きなことを考えるより、前向きなことを考えるべきですよ。ほら、以前も話した通り、新しい星に移住したら、何をしたいのか? ボクは代わらず牧畜してのんびり暮らすつもりです!」
「小生も変わりませんね。窯を作って土から選んで焼き物をするつもりです」
「はいはい! 僕様ちゃんも新しく移住した現地生物を爆殺したい!」
皆の視線がルカンに向けられた。
『不安を消すため何か希望を口にして欲しい』と、皆の目が語りかける。
「私は……浜辺近くに家を建てて海の幸でフランス料理の研究をしたいですね。どのような魚介類があるのか楽しみです」
「? なんでフランス料理?」
セスタの疑問にルカンが微苦笑で答える。
「現実世界では、元々魚介類料理を得意とするフランス料理を専攻していたんですよ」
「えっ、そうだったの初めて知った……。皆は?」
セスタの問いにヒロ、ヒソミ共に首を横に振った。
ルカンは微苦笑しながら頬を掻く。
「私はフランス人とアイルランド人のハーフで、ルーツとしてフランス料理に興味を抱き専攻したんです。実家も海が近くで、両親に魚介類料理を振る舞っていたんですよ。皆さんに話さなかったのは、ちょっと照れくさくて……」
良い歳をしたおっさんが、本気で恥ずかしそうに照れた。
だが、逆にその姿がヒロ達を和ませる。
「ならその目標を叶えるためにも、皆で頑張ろう!」とヒロが。
「そうですね。自分のできることをやっていきましょうか」とヒソミが肩をすくめながら告げた。
「それじゃ僕様ちゃんもゴウの手伝いに行ってきます!」とセスタが元気よく部屋を出て行く。
「では私も冷凍庫のチェックに行きますね」
ルカンは自分を励まそうとする皆の反応に笑顔を零しつつ、セスタの後に続いて部屋を出た。
――部屋を出たルカンは一人になると、胸中で思案を巡らせる。
(最悪の場合、妨害しなければ……。いくら 物語(シナリオ) に冗長性を持たせてあるとはいえ、『C』様がお目覚めになる前に脱出されたら完全に 物語(シナリオ) が破綻してしまいますからね。第一、『C』様が目覚めるまで完成するはずなかったのに、『巨塔の魔女』のせいで前倒しに完成するとは……。とりあえず冷凍庫のチェックを偽装にいくつか細工をしておきましょうか。そして最悪の場合……)
こつこつとルカンは考えを巡らせつつ、一人静かに廊下を歩くのだった。