作品タイトル不明
『無限ガチャ』小説7巻発売記念SS 雪合戦
『奈落』最下層にある広大な訓練場の一つが、雪に埋もれた。
「こんなところですわね」
エリーが腰から下げている魔術本の一つを手に取り、自分がおこなった行為――『訓練場を雪で埋める』の出来映えに納得し頷く。
彼女は魔術本を片手に、背後へと振り返る。
「それではアオユキさん、配下の皆さん、今日はよろしくお願いしますわね」
「にゃ~」
エリーの背後にはアオユキ、彼女が配下にしているモンスター達が揃っていた。
エリーに声をかけられると、アオユキが代表して返事をした。
別にエリーも遊びで広大な訓練場のひとつを魔術を使って雪で埋めたわけではない。
これにはちゃんとした理由があった。
将来的に場合によっては、ライト達『奈落』勢は、地上へ向けて大規模な侵攻をする可能性がある。
その際、侵攻する季節を選べるとは限らない。
場合によっては、季節が真冬で雪が降り積もっている時に侵攻しなければならない可能性もあるだろう。
そこでエリーが魔術で雪を積もらせて、アオユキが率いるモンスターと模擬戦をおこない、『雪が降り積もった時、戦闘時にどのような問題がおきるのか』の洗い出しをしようとしているのだ。
机上で頭を悩ませるより、実際に模擬戦をおこなった方が問題の洗い出しが早いし、その場合の対処方法もすぐに見当が付きやすい。
まさに一石二鳥といえるだろう。
アオユキ達の相手は、エリーが召喚する予定だ。
魔術で召喚すれば、魔力が一時的に減るだけで時間が経てばすぐに戻る。
問題点の洗い出しに、ライトの『無限ガチャ』カードを使うのはもったいないと考えているからだ。
「雪上戦闘を始める前に事前に決めたパターンは頭に入っていますわね?」
「にゃ~」
雪上での戦闘も『ただ戦えば良い』というわけではない。
いくつかの状況――少数での戦闘、大規模戦闘、魔術あり・なしなど、検証する複数のパターンを事前に話し合っていた。
それらを順番に、計画に沿って試そうというのだ。
エリーはアオユキの返事を聞いて満足そうに頷くと、早速、対戦させるモンスターを召喚しようとしたが、
「――ひゃぁ!?」
エリーの背中に雪玉が当たり、彼女は可愛らしい悲鳴をあげた。
彼女は慌てて背後を振り返ると、そこには悪戯っぽい笑顔を浮かべたナズナが立っていた。
別に彼女を呼んだ覚えはない。
どうやらナズナは日課の見回りで、雪が降り積もった訓練場に気付いたらしい。
エリーは、得意顔で複数の雪玉を片手でお手玉のようにしているナズナに抗議の声をあげる。
「ナズナさん! 突然、何をしますの!」
「何って、エリーは『雪合戦』も知らないのか? 雪を固めて、相手に投げる遊びだぞ。こんな風に!」
「きゃぁ! な、ナズナさん、止めてくださいまし!」
「にゃ~」
ナズナは片手でくるくると空中で廻転させていた雪玉を掴むと、エリーとアオユキへと順番に投擲。
エリーは雪玉を回避できず、両手でガードした上に当たった。
アオユキは猫語で鳴きながら、軽く体を反らし華麗に回避して見せた。
悪戯を仕掛けてくるナズナに、エリーは声を上げ注意を飛ばす。
「ナズナさん! いい加減にしなさい! 悪戯をしてわたくし達の邪魔をしないで欲しいですわ!」
「悪かったよ。邪魔をして。……でもエリー、さっきの不意打ちはともかく、正面から雪玉を投げて防げないのは問題じゃないか? アオユキはしっかり回避したのに。エリーはもう少し頭より体を鍛えて、運動神経を身につけたほうがいいぞ?」
「なっ!? わ、わたくしは魔術師として十分に問題ない運動神経を持ち合わせていますわ! むしろ、お馬鹿なナズナさんこそ、もっと勉強して戦闘、戦術、戦略、政略の違いぐらいは分かるようになりなさいな!」
ナズナの台詞に思わずエリーが反論した。
この反論に、ナズナが頬を膨らませる。
「あたいは馬鹿じゃないし! 運動音痴のエリーこそまず体を鍛えるべきだろ、そんな運動神経じゃ地上で活動する時、ご主人様の足をひっぱりかねないぞ!」
「貴女からすれば大抵の者は運動音痴ではありませんか!」
気付けばいつの間にか、エリー&ナズナは顔を近づけて『ぐぬぬぬ!』といがみ合う。
互いに意見を一歩も譲らず、二人は仲良く同時に声をあげる。
「「……勝負だ(ですわ)!」」
こうして急遽、エリー&ナズナの勝負が決定したのだった。
「にゃー……」
一人流れに残されたアオユキの鳴き声がむなしく雪原に響き渡った。
☆ ☆ ☆
急遽、エリー&ナズナの勝負が決定した。
勝負内容は雪合戦。
ルールは、以下になる。
・敵軍陣地にある旗を手に取った側が勝者。
・雪玉に当たったらアウト。もしメンバー全員が雪玉に当たりアウトになったら、その時点で旗を取らなくても勝利となる。
・魔術禁止。
・魔術道具禁止。
・エリーが負けたら、自費でナズナにお菓子食べ放題の会を開く。
・ナズナが負けたら勉強する。
他細かい規定が設定される。
簡単に言えば、チームごとに分かれて、先に相手の旗を取るか、相手チームメンバー全員に雪玉を当てて全員アウトにすれば勝ちだ。
さすがに魔術&魔術道具なしで、エリーが正面からナズナに勝つことは不可能。
なのでエリー側にはアオユキ、モヒカン達×5人、妖精メイド×5人が加わる。
ナズナ側は、彼女曰く『一人で問題無し』とのことだった。
一見するとナズナが不利そうなルールだが……。
彼女はこの時点で自身の勝利を確信していた。
(モヒカンと妖精メイド達は相手にならない。エリーも魔術なしなら、身体能力的にあたいが負けることはない。実質、あたいとアオユキの一対一の勝負だぜ! アオユキ相手でも、正面からの勝負はあたいは余裕で負けないぞ!)
たしかにアオユキの身体能力は警戒に値するが、ナズナ的にはそれでも正面から戦えば『自分が余裕で勝つ』という自負があった。
ナズナは既に自身の勝利を確信し腕を組みながら、作戦会議をおこなうエリーチームを眺める。
一方、ナズナから距離を取り、試合開始前の作戦会議をエリー達が開く。
妖精メイド&モヒカン達は、雪合戦とはいえ、ナズナと正面から戦えば勝利がないことは理解している。
なので唯一勝機があるとすればエリーの作戦次第なのだが……。
「貴女方は、正面からナズナさんに突撃してくださいまし」
『……え?』
エリーの口から告げられた作戦に妖精メイド&モヒカン達が疑問の声を漏らした。
エリーは彼・彼女達に上手く作戦が伝わっていないことに気付き、改めて告げる。
「貴女方は雪玉を持って、ナズナさんに正面から突撃してくださいまし。雪玉なので死ぬことはありませんわ。怪我をしてもわたくしが試合後、回復魔術で治して差し上げますし。できれば、なるべく雪玉に当たらず時間稼ぎをお願いしますわね」
妖精メイド&モヒカン達の目から光が消えた。
どうやら作戦内容は聞き間違いではなかったらしい。
そんな作戦ともいえない作戦を告げられるとは想定していなかった。
とはいえ、エリーに逆らえるはずもなく、妖精メイド&モヒカン達は『はい』と素直に了承するしかなかった。
「アオユキさん、お耳を拝借ですわ」
「……にゃ~」
絶望顔の妖精メイド&モヒカン達を脇に置いて、エリーはアオユキに内緒話。
アオユキは話を聞くと『了解』と言いたげに、猫語で返事をした。
作戦会議が終わり、それぞれ自軍に分かれて配置につく。
『ワオ~~~~ン!』
各自が配置につき、手に雪玉を持ったのを確認後、アオユキ配下として本来は雪上戦闘訓練のために来ていた『UR 神獣・始祖フェンリル レベル9000』が雄叫びを上げ開始の合図とした。
「ちくしょう! こうなりゃ自棄だぜ!」
「妖精メイド魂、見せてあげますよ!」
モヒカン&妖精メイド達は試合開始の合図と共に、雪玉を持って作戦指示通り、ナズナへ向かって突撃。
ナズナも最初『えっ?』と驚きの表情を作った。
ナズナ的にもエリーのことだから、何か凝った作戦を仕掛けてくると考えていた。
にもかかわらず、モヒカン&妖精メイド達が雪玉を投げながら、真っ直ぐ突撃してくるだけのため、最初は意外性から驚きの表情を作った。
しかし、その表情もすぐに楽しそうな笑顔のものに変わる。
「さすがのエリーもあたい相手に、雪玉を投げるだけのゲームじゃろくな作戦が思いつかなかったみたいだな。でも、あたいをただの力押しで倒そうだなんて無理無理だぞ!」
まだ距離があるが、モヒカン&妖精メイド達が手持ちの雪玉を投げ続けていた。
彼、彼女達も当然、当たるとは考えていない。
少しでもナズナの動きを鈍らせる牽制になればと考えて投げているのだ。
しかし、モヒカン&妖精メイド達が投げる雪玉など、ナズナからすれば止まっているようなものだ。
彼女は自分に向かって投げられてくる雪玉へ向けて、雪玉を投擲!
ナズナはその場から動かず、あえて向かってくる雪玉に雪玉を当てて無力化したのだ。
これにはさすがのモヒカン&妖精メイド達も驚きで足が止まってしまう。
まさか空中を高速で動く雪玉をピンポイントで全て打ち落としてくるのは予想外だった。そのせいで驚き足が止まってしまったのだ。
背後からエリーが足の止まったモヒカン&妖精メイド達へ指示を飛ばす。
「足を止めてはなりませんわ! それではナズナさんに対して少しの時間稼ぎもできずに良い的になるだけですの! とにかく動き、雪玉を投げて、相手のミスを誘うのですわ!」
エリーの声に驚きから復帰したモヒカン&妖精メイド達が、指示通り動き出す。
だが、ナズナは余裕の態度を崩さない。
「その程度の動きじゃあたいの雪玉からは逃れられないぞ!」
「ぐえッ!?」
「キャッ!」
ナズナはその場から動かず、モヒカン&妖精メイド達へと次々に雪玉を当てていった。
最初にモヒカン達が全滅。
モヒカン達よりレベルが高い妖精メイド達も、すぐにナズナの投げる雪玉が回避し切れずヒット。
あっという間に全滅してしまう。
モヒカン&妖精メイド達が全滅するのにほんの僅かな時間もかかっていない。
雪上に倒れたモヒカン&妖精メイド達を間に挟み、エリーとナズナが一対一で向かい合う。
ナズナは既に自身の勝利を確信した笑顔で、雪玉を人差し指の上でくるくると回転させつつ、エリーを煽る。
「どうやらあたいの勝ちみたいだな。エリーのお小遣いがなくなるまでお菓子を食べてやるぞ!」
「そんなに食べたら絶対にお腹を壊すから止めなさいな。第一、まだ勝負が決まったわけではありませんわよ?」
「ぷぷぷぷぷ……ッ。魔術ありならともかく、魔術なしであたいがエリーに負けるわけないだろ。あたい、そういうの知っているぞ。『負け惜しみ』って言うんだろ?」
ナズナの煽りにエリーは、激怒するどころか鼻で笑った。
彼女は逆に指摘する。
「ナズナさん、まだ勝負は終わっていませんのに油断が過ぎますわよ。そういうのを何というか知っていますか? 『油断大敵』ですの」
「し、知っているし! だいたい、エリーが魔術なしであたいに勝つなんて――」
「にゃ~」
ナズナの台詞途中で、アオユキの気が抜けた猫語が響いた。
ナズナは背後から聞こえてきた猫語に反射的に振り返る。
背後10数メートルには守るべき旗があり、アオユキがその旗を既に掴みパタパタと揺らしていた。
ナズナは自分の敗北を悟り、顔色が一気に悪くなる。
こうして第一回、雪合戦の決着が付いたのだった。
☆ ☆ ☆
エリーの立てた作戦は至ってシンプルだ。
モヒカン&妖精メイド達を突撃。
ナズナの意識を前方だけに集中させる。
その間、アオユキが気配を消して、ナズナを大きく迂回。
旗を取って決着を付けるだ。
アオユキが気配を消してナズナを雪玉で狙わなかったのは、それでは彼女に気付かれる可能性があったからだ。
伊達にナズナは『奈落』最下層最強ではない。
そんな危険を冒すより、旗を狙った方が成功率が高かった。
「うううう……」
敗北したナズナは、エリーの前に正座し、負けたのが悔しいのか瞳を潤ませていた。
そんな彼女に対してエリーはというと……。
勝利に喜ぶ所か、ナズナより落ち込んだ態度を取る。
「まさかこんな三秒で考えた作戦が成功するなんて……。本当に貴女というナズナさんは……」
「どうして勝利したエリーが落ち込むんだよ!?」
ナズナの頭の残念さに逆にエリーが落ち込んでしまったのだ。
さすがの彼女もこの反応には納得できず、非難の声を上げた。
そんなナズナの叫びにエリーが反応し、瞳を吊り上げ見下ろしてくる。
「落ち込みもしますわ! あんな適当な作戦にひっかかるナズナさんの残念頭には! 約束通り、ナズナさんには最低限、戦闘、戦術、戦略、政略の違いぐらいは覚えていただきますわよ! 今のままでは、作戦を伝えても忘れる可能性があって使いものになりませんから!」
「あぁあぁっぁあ!」
エリーはナズナの襟首を掴むと、ずるずると勉強部屋へと連行していった。
ナズナも負けた手前、逃げる訳にはいかず悲しげな悲鳴をあげるしか出来ない。
一方、その場に残されたアオユキ、モヒカン、妖精メイド、配下のモンスター達はエリー、ナズナを見送ることしか出来なかった。
「にゃー?」
アオユキはモヒカン、妖精メイド、配下のモンスター達へと振り返り鳴く。
『今日の雪上戦闘訓練はどうなるの?』と言いたげだった。
しかし、アオユキの愚痴に対してモヒカン、妖精メイド、配下のモンスター達は返答につまり誰も口を開かない。
皆、互いに目を合わせて困ったように首を横に振るのだった。