作品タイトル不明
生存報告短編 メラの風呂嫌い
「メラ、これから一緒にお風呂に行かないか?」
「ケケケケ……普通に嫌だが」
アイスヒートが一日の仕事を終えて、親友であるメラを風呂へと誘った。
メラは心底嫌そうな表情で拒絶。
「ケケケケ、だいたいアイスヒート……アタシが風呂嫌いだって知っているだろ。汚れだって別に『R ウォッシュ』を使っているから清潔だしな」
「もちろん、知っている。だが、実際に入ったことはないだろ? 一度入ったら気に入るかもしれないじゃないか。何より、たまには友人と一緒にお風呂に入るのも悪くないと思うんだが……どうだろうか?」
普段、アイスヒートは、お風呂に入る際、一人で入っていた。
時間が合えば、メイと入ることもあるし、大浴場で仲の良い妖精メイド達と一緒に会話をしながら入ることもあった。
しかし、風呂嫌いのメラとは一度もしたことがない。
なので『一度くらいは』と誘ったのだ。
もしかしたら、その一度で彼女が風呂を気に入り、入るようになるかもという打算はあるが。
メラはそんな心情も見抜きつつ、親友からの善意の申し出に渋々同意する。
「ケケケケケ……確かにまぁ一回ぐらい付き合いで入るのも悪くないかな……」
「そうか! なら早速、入ろうじゃないか!」
返事を聞き、アイスヒートは笑顔を作った。
メラは苦手な病院に向かうような若干重い足取りで、大浴場に向かってアイスヒートと一緒に歩き出したのだった。
☆ ☆ ☆
『奈落』大浴場女湯は文字通り、女性しか入れない風呂場だ。
その風呂場、脱衣所に身長約2mのメラが立っていた。
彼女の風呂嫌いは有名なため、風呂に入りに来た妖精メイド達が驚きの視線を彼女へと向けてくる。
メラは視線に気付きながらも、気にしない。
むしろ、風呂場に続く扉が開くたび、漏れ出る白い湯気、湿った空気、匂いなどにげんなりしてしまう。
まだ浴槽に入ってもいないのに、メラは既に内心でげんなりしてしまうが、アイスヒートに『一回ぐらい付き合いで~』と口にした手前、今更反故にするわけにもいかない。
彼女は覚悟を決めて、大浴場、風呂場へと続く扉に向かって歩き出した――が、
「おい、メラ、服も脱がずにどこへ行くつもりだ? 服を脱がないと入浴どころか、体も洗えないぞ」
「? ケケケケ、何を言っているんだアイスヒート。忘れているかもしれないが、アタシはキメラだぞ。こいつは一見すると服に見えるかもしれないが、実際はアタシの細胞で作り出したもので、既に裸のようなものだぞ」
「……確かに言われてみればそうだったな」
一緒に風呂に入るのが今日初めてで、普段の生活でも、キメラな面が出るのは食事の時、裾から食べるぐらいだ。
そのためメラが着用している衣服――正確には彼女が細胞で作り出した生地だというのをすっかり忘れてしまっていた。
だが、風呂場にその格好のまま入るのは違和感が強く、何より体が洗えない。
なのでアイスヒートは若干、困惑しつつも指摘する。
「そのままだと入浴前に体を洗うことが出来ない上、周囲から訝しがられる可能性がある。面倒かもしれないが、お風呂場の礼儀として裸にタオル姿になってくれないか?」
「ケケケケ、面倒だが、そういうことなら了解だ」
メラはアイスヒートの指摘に素直に従い手足を隠すほど長い衣服を、タオルをまいた姿に変化させた。
メラの手足は身長に合わせて長く、タオルで隠している胸も大きく、腰もくびれていた。
『奈落』最下層メンバーの中でも、メラのスタイルは一際整っており、他妖精メイドが見惚れた視線を向けてくるほどだ。
アイスヒートもメラに遅れないため、手早くメイド服を脱ぎ、タオルをまく。
二人は揃って風呂場へと足を踏み入れた。
お風呂初心者のメラに、アイスヒートは得意気にアドバイスを送る。
「メラ、入浴前に汚れを落とすんだ。こっちが体を洗う液体で、こっちが髪の毛を洗う液体だ。個人的には先に頭を洗うのがお勧めだぞ」
「ケケケケ、そうなのか? なら先に頭でも洗わせてもらおうかね」
メラはアイスヒートのアドバイスに素直に従い、シャンプーに腕を伸ばしつつ、物理的に髪の毛を短くする。
「!?」
アイスヒートは目の前で背中まで長かった髪が、縮み、ショートまで短くなったメラの髪を驚きで見つめてしまった。
彼女の驚きにメラが気付き、なんてこともない態度で返答する。
「ケケケケ、髪を洗うなら短くした方が楽だろ?」
「そ、そんな理由で短くしたのか……。キメラだからこそ出来る芸当だな……。しかし、意外と短い髪型も似合うな」
「ケケケケ、そうか? アタシ的には長い方がいいんだが」
メラは短くなった髪にシャンプーを乗せて泡立て始めながら答えた。
珍しく女子らしい会話に、アイスヒートは瞳を輝かせて告げる。
「そうか! メラは長い髪の方が好みなのか! オマエの好みを初めて知ったぞ!」
「ケケケケ、いや、好みっていうより、長い方が戦闘に有利だからな。戦闘の時に、触手のように動かしたり、相手がこちらを拘束するため掴んだ時、逆に絡ませて喰ったり、初見殺しに最適だからな。短いと、いちいち伸ばさないといけないから、相手に警戒心を与えるだろ?」
「いや、確かにそうなんだが……」
メラの正論にアイスヒートは微妙な表情を作ってしまった。
彼女が期待した内容ではなく、あまりにも血なまぐさいものだったからだ。
二人とも一通り髪、体を洗い終える。
メラはショートヘアーのまま、水滴がついた獣のように体を振るわせ余計な水分を落とすと……。
「ケケケケケ、髪、体も洗ったし……出るか!」
「いやいや! 待て待て待て! まだ体を洗っただけだぞ。出てどうする!?」
「ケケケケケ、だが、髪、体を洗った以上、『清潔にする』という目的は達成しただろう? このまま上がって問題ないじゃないか? だが、そう考えると、湯船の意味ってあるのか?」
「あるに決まっているだろ!? 確かに汚れは落としたが、湯船に入ると体を芯から温めて、心と体をリラックスする効果があるんだ。そして、体に残った疲れ、肩こりなどが溶け出すように湯に抜け出るんだ」
メラがアイスヒートの説明に首を傾げる。
「ケケケケケ、体内を温めることぐらいなら、湯船に入らなくても物理的に出来るぞ? それで代用できるんじゃないのか?」
「いや、そういうことではないのだ。と、とにかく、折角、ここまで来て、体も洗って準備したんだ、一度入ってみようじゃないか! 何か気になる湯はないか?」
「ケケケケケ、気になる湯ね……」
『奈落』最下層、大浴場の名前通り、巨大なお風呂で種類も多い。
普通のお風呂は当然として、サウナ、白濁湯、果物湯、シャワー、花を浮かべた湯などがある。
メラはその中で気になる湯を発見した。
早速、アイスヒートは、メラが気になる湯へと向かい移動する。
メラが気になった湯とは……果物湯だ。
湯船に柑橘系の果物が複数浮かんでいる湯だ。
アイスヒートは、メラに『タオルを湯船に入れないように』と注意しつつ、一緒に果物湯に体を沈める。
「柑橘の匂いが爽やかで、入っているだけでアイスヒートの気持ちも爽やかものになってくるな。お湯も丁度よい熱さで気持ちいい」
「ケケケケケケ、個人的には湯に果物を浮かべているなんて気が利いていると思うな。まさか風呂に入りながら、果物を食べることが出来るなんてな」
「!? め、メラ、それは食べる物ではないぞ!」
メラは興味深そうに湯船に浮かぶ果物を掴むと、皮も剥かず口に入れて食べ出す。
その行為に、思わずアイスヒートが驚き、声を上げた。
メラも彼女の注意に、小首を傾げる。
「ケケケケ? そうなのか? この果物は湯で洗って、温めて、食べるためにある物じゃないのか?」
「いや、違うぞ。これは果物の匂いを楽しんだり、湯に溶け出したエキスでより一層体を温め、健康にするためのものだ。決して食用ではないんだ」
「ケケケケケ! そうなのか? アタシはてっきり、食前酒、ウエルカムドリンク的な、おもてなしの果物かと思ったぞ」
メラの一連の行動に、アイスヒートは自身の中にあった思い込みに気付いた。
(普段、メラと言葉を交わし、二足歩行で、衣服を身にまとい常識的な応対が出来るから勘違いしてしまっていたが、彼女は群体生物『キメラ』なのだな……)
普段は長身の女性のような姿をしているが、本質的には普通の人種のような存在とは異なる生物だ。
寝る場所もベッドではなく、むき出しの石畳の上で人型を崩し丸まって眠っているらしい。そのことから、むしろ獣に近い存在なのかもしれなかった。
アイスヒートは今回のお風呂の一件、メラとの常識、感覚の違いをまざまざと実感してしまった。
そんな彼女の内心に気付かず、メラが愉快げに笑いながら告げる。
「ケケケケケケ、でも、ナズナさま辺りは、アタシのように湯船に浮かんでいる果物を食べそうじゃないか?」
「……ま、まさかそんな訳ないだろう。いくらナズナ様でもそんなマネはしないだろう」
メラの指摘に、その姿が簡単に想像できてしまい笑いそうになるのをアイスヒートは堪えつつ、返答した。
アイスヒートは笑いを誤魔化すように、別の話題を振る。
「そ、それでどうだ初めのお風呂は?」
「ケケケケケ! そうだな……服を脱いで、体を洗って、果物が浮かぶ湯に浸かる――鍋の具材になったような気分だな。やっぱりアタシ的には落ち着かないぜ。いや、アイスヒートの心遣いは本当にありがたいんだがな」
「そ、そうか……付き合わせて悪かったな」
やはり姿形が同じだが、メラは生物として根本的に違う存在だということを改めて実感してしまった。
しかし、今回はメラへのお風呂布教活動は失敗に終わったが、また機会があれば別の形で挑戦したいと内心でアイスヒートは考えるのだった。