作品タイトル不明
『無限ガチャ』小説5巻発売記念毎日更新短編 髪の毛を切る?
「にゃー」
「? アオユキ、どうかしたのですか」
『奈落』最下層、廊下。
メイが書類を手に事務仕事に向かう途中で、同格の『SUR 天才モンスターテイマーアオユキ レベル9999』に声をかけられる。
とはいえ『にゃー』という鳴き声のため、その内容はまでは理解できず、聞き返したのだ。
アオユキはメイの聞き返しに、普段被っている猫耳フードを取り、髪の毛を弄る。
以前と比べると伸びていた。
彼女はうっとうしそうに髪の毛が伸びたことを訴えるように、
「にゃー」
再度、鳴いた。
お陰で意図が伝わる。
「ああ、髪の毛が伸びたから切って欲しいのですね。理髪店を利用すればいいのに……。まったくしょうがないですね」
メイは頼られて嬉しいが、同時に仕事が少しだけ増えたというような微苦笑を浮かべた。
ちなみに『奈落』最下層には髪を切り整える『理髪店』が存在する。
別に『レベル9999だから利用できない』というルールはない。
実際、エリーが普通に利用している。
ライトは『不老の腕輪』の力で髪が伸びないせいで、彼自身は利用していない。
それなのになぜアオユキがメイに髪を切って貰っているかというと、単純にアオユキ的に『理髪店の店員よりメイの方が上手い』と思っているからだ。故に髪が伸びたら理髪店ではなく、メイに髪切りを依頼しているのだ。
メイは何度もアオユキの髪を切っているため、気軽な態度で了承する。
いつも通り、アオユキの自室で髪の毛を切ろうとしたが――。
「なんだ、アオユキ髪の毛を切りたいのか? ならあたいが切ってやるぜ!」
廊下で話をしていたせいで、ちょうど通りかかったナズナが声をかけてきた。
彼女は善意からと、『他者の髪の毛を切る』という行為に興味を抱き名乗りを上げたのだ。
ナズナは 神話級(ミトロジー・クラス) 、『大剣プロメテウス』を手にアオユキに話しかけるが……。
「フシャァーーー!!」
髪を切られるアオユキ本人は猫耳フードを被り直し、 幻想級(ファンタズマ・クラス) 『 獣の鎖(ビースト・チェイン) 』を取り出し、本気の威嚇をナズナへと向ける。
この威嚇に怯えはしなかったが、ナズナはショックを受けてしまう。
「なんで威嚇するんだよ!? あたいが剣の扱い上手いの知っているだろ!?」
「確かにナズナが刃物の扱いを得意にしているのは理解していますが……。これはそういう問題ではないのですよ」
メイがこめかみを片手で押さえつつ、説明する。
「第一、髪を切るだけなのにプロメテウスを持ち出すなど大袈裟すぎます。なによりナズナは他者の髪を切った経験はありませんよね? なのにアオユキが任せるはずありませんよ」
「むぅう! 確かにあたいは人の髪の毛を切ったことないけど、それぐらい出来るし、楽勝だし!」
メイの説明を聞き、ナズナが不機嫌に頬を膨らませる。
ナズナ的には『髪の毛を切らせるほど刃物扱いの腕を信用していない』と言われていると誤解してしまう。
メイはその誤解に気づかず、話を進める。
「とにかく、さすがに髪の毛を切ったことがないナズナに任せるわけにはいきません。今回は諦めなさい。ではアオユキ、行きましょう」
「にゃ!」
メイの声に、アオユキはナズナが強行に出る前にさっさと離脱をはかった。
二人の背中をナズナは頬を膨らませながら見送る。
「むぅ~あたいだって髪の毛を切るぐらい出来るのに! 二人して馬鹿にして!」
ぷんぷん怒るナズナは、感情を落ち着かせる所か――余計なことを思い付く。
「そうだ! 髪の毛を切ったことがないのが問題なんだから、実際に誰かの髪の毛を実際に切ってやって、メイとアオユキに『あたいだって髪の毛ぐらい簡単に切れる』って証明してやればいいんだ!」
ナズナ的には非常に良いアイデアを思い付いたと自画自賛。
瞳を輝かせながら、『大剣プロメテウス』を片手に、早速髪の毛を切る相手を探しに出かけたのだった。
☆ ☆ ☆
自身の腕を証明するため、『髪の毛を切る』相手を探していたナズナだったが……。
「ど、どうして誰もあたいに髪の毛を切らせてくれないんだよ……」
自室、リビングテーブルにナズナが落ち込み突っ伏す。
彼女はアオユキに髪の毛を切ることを拒絶された後、自身の腕を証明するため他の者達に声をかけて回ったが……。
結果は見ての通り惨敗だった。
妖精メイドやアイスヒート、ネムム、最後はモヒカン達にも声を掛けたが、全員、ぎこちない笑顔で『まだ髪を切るほど伸びていないので』や『他の仕事があるので今は忙しくて』、『急用を思い出したので』と断られ、逃げられてしまった。
その表情は揃って引きつっており、さすがのナズナも拒絶されたことを察してしまう。
自分が声をかければ、髪の毛を切る相手ぐらいすぐ見つかると高をくくっていたナズナはこの結果に、落ち込んでしまったのだ。
自室の扉がノックされる。
「……はーい」
ナズナが力のない返事をすると、『SUR 禁忌の魔女エリー レベル9999』が顔を出す。
エリーはテーブルに力無く突っ伏すナズナを前に、溜息を漏らした。
そのまま彼女の側まで近付き、見下ろす。
「テーブルに突っ伏すなど行儀が悪いですわよ。……とりあえず、今回は姿勢についてはまあいいとして、それより皆さんから苦情が来ていますの。皆さんに髪を切らせて欲しいと大剣片手に迫っているようですが……。いったいぜんたい何があったというのですの?」
「エリー~!」
彼女の問いに、ナズナがテーブルから体を起こし訴える。
なぜ自分が皆に『髪を切らせて欲しいと迫ったか』を。
一通り話を聞き終えたエリーは、メイのようにこめかみを片手で押さえつつ、溜息を漏らす。
「なるほどそういうことですか……。ですが、ナズナさんは勘違いしているようですの。別に皆さんはナズナさんの腕に隔意があるわけではないですわ」
「嘘だ! だったらなんであたいに髪を切らせないんだよ! おかしいだろう!」
「おかしくありませんの。むしろナズナさんは『髪を切る』ことを軽々しく考えすぎですわ」
ナズナの反論にエリーが断固とした態度で返答した。
あまりの断言っぷりにナズナがたじろぐ。
エリーは続けて理由を述べる。
「ナズナさんはヴァンパイアのため肉体的成長がありませんから、これまで髪を切る機会がなかった。それ故、『髪を切る』ことを軽々しく考えているのでしょうね。いいですか……そもそも髪の毛は一度切ったら、再度、適度な長さになるにはそれなりの時間がかかるものですの。もし誤って変な髪型に切られたら元に戻るまでそのままで居続けなければならないのですのよ? だから、皆さん、ナズナさんに切られるのをためらうのですわ」
「け、結局、あたいの腕が信用できないってことじゃないか!」
エリーの説明にムキになったナズナが反論した。
彼女は立ち上がると、力強く返答する。
「刃物の扱いには自信があるから、間違った髪型に切るとか絶対にないし! なのに皆が断るってことはあたいの腕を馬鹿にしているってことだろう!?」
「そういうことではないのですが……。ならいっそ、試してみますの?」
エリーがムキになったナズナをどう説得しようか迷い、答えを出す。
『ならば実際、髪の毛を切らせてみればいい』と。
「幸い、メラさんなら髪の毛を切られてもすぐに戻せますから。チャレンジするにはもってこいですわ」
『UR キメラ メラ レベル7777』はキメラのため、体を小さくしたり、別人、モンスターに変化することも可能だ。
短くなった髪の毛を再度伸ばすことも簡単に出来る。
だがエリーの言葉はこれで終わらない。
「ただし指定の髪型にならなかった場合、ナズナさんには一生オヤツを食べられないという条件つけさせていただきますの」
「い、一生オヤツを食べられない!?」
ナズナはあまりの条件の重さに、強大な敵を前にしたかのような絶望的表情を作る。
彼女の胸中は未だかつてない恐怖に覆い尽くされていた。
エリーが追撃する。
「当然の条件ですの。いいですか『女性にとって髪は命』。その髪の毛を切ろうというのです。これぐらいの条件当然ですわ」
「で、でも、いくらなんでも一生オヤツが食べられないのはあまりに重すぎるっていうか……」
「そうやって言い訳をしている時点でナズナさんが髪を切るというのを軽々に考えている証拠ですの」
「うぐぅッ!」
あまりの正論にナズナはぐうの音も出なかった。
ナズナは衝撃を受けた表情で、百面相をした後、観念し、震える声で告げる。
「ま、まさか髪を切ることがそこまで命懸けの行為だったなんて……。つまり、理髪店で働いている店員達は毎日それぐらい、命をかける気概で髪を切っているということか?」
「……当然ですわ。仕事に誇りを持っているのなら当たり前ですの」
ナズナが妙な勘違いをしているようだが、ここで否定した場合、話がややこしくなるためエリーは同意した。
彼女は続けてお説教をする。
「ナズナさんの行動力の高さ、何事にもチャレンジする精神は非常に尊いですが、何でもチャレンジすればいいというものではありませんの。今回は特に、貴女のような高レベル者が迫ったせいで断りきれずなくなく髪の毛を切る方が将来出たかもしれませんの。本人の希望通りの髪型なら問題ありませんが、もし失敗して――」
さすがに今回はナズナも深く反省しているため、素直にエリーのお説教を正座して聞き続ける。
本気で反省しているナズナに、良い機会だとエリーは今回の一件だけではなく、普段の生活態度にも言及したのだった。
☆ ☆ ☆
――後日。
『奈落』最下層理髪店出入口から、ナズナが固唾を呑んで店内を窺っていた。
「あの店員達は毎日自分の命をかけて仕事をしているのか……。あたいだって、そこまでの覚悟は持てないぞ。マジ、凄いぞ……」
1人シリアスな空気を纏わせ、ナズナは固唾を呑んで理髪店内部を眺め、緊張感から唾液を飲み込む。
一方でなぜか真剣な表情で店内を窺うナズナに対して、店員&客達は揃って『?』を浮かべ、ただ困惑し続けたのだった。