作品タイトル不明
36話 vsニック1
「やれやれ、他の勇者達にも困ったものだな。他者の力を借りなければ空も飛べないとは……」
シックス公国にある女神教総本山中庭から、元貧農の出である『聖剣の勇者』ニックが『巨塔街』を目指し、1人空を飛ぶ。
彼は自身の武器である『聖剣ゼット』の力によって空を飛ぶことが出来るが、他二名の勇者は違う。
『聖槍の勇者』コロルと『聖印の勇者』アンレンは、『聖鎧の勇者』モザの『風』の力がなければ空を飛ぶことが出来ない。
その姿を目にして『勇者として情けない』と彼は感じてしまったのだ。
他勇者が居る場でそれを口に出すほど空気が読めない訳ではないが、『巨塔街』を目指し1人空を飛んでいる最中、口にせずにはいられなかったらしい。
「『奈落』最下層にいる『巨塔の魔女』を討ち取った後、先頭に立って世界を導くのはやはりぼくしかいないか。他者の力を借りないと何もできない勇者達では、そんな大役務まらないから仕方ないかな。本当にやれやれだよ」
口と態度では『世界の先頭に立ち、皆を導く勇者役なんて面倒だから本当はやりたくないんだけどな』と言っているが、実際は優越感でいっぱいなのが如実に伝わってくる。
ニックは自身の薔薇色の未来を脳内で描きつつ、聖女ミヤと神官クオーネを始末するため『巨塔街』を目指すが、その飛行が途中で止まってしまう。
「? 空に人が立っている?」
『巨塔街』近くの森。
その上空に1人の女性が、ニックを待ち構えているかのように立っていた。
頭からすっぽりとフードを被っているが、胸は大きく、腰もくびれているため女性だと一目で分かる。
また顔をフードで隠しているが、漏れ出る雰囲気だけで美しい女性なのだと理解出来た。
『巨塔街』近くの森上空で、空の上に立つ、頭からスッポリとフードを被っている美しい女性……あまりに特徴的な姿にニックの頭で1人の人物が自然と浮かぶ。
「『巨塔の魔女』?」
「ええ、そうですわ。わたくしが『巨塔の魔女』ですの」
ニックの独り言に近い呟きに、フードを被った女性……エリーが『自分こそ「巨塔の魔女」だ』と認めた。
エリーが首肯しているにもかかわらず、ニックは不思議そうに小首を傾げる。
「当然、『巨塔の魔女』が『巨塔街』にいる可能性は考えていたけど、まさか本当にここにいるなんて……。女神様曰く『奈落最下層に魔女が居る』と仰っていたから、ぼくとしてはてっきり『奈落』にいるかと思っていたんだけど。あっ、もしかして影武者ってやつかな?」
「失礼な。本物ですわ。『巨塔街』に手を出されると知って、わざわざわたくし自ら出迎えて差し上げましたのに。失礼な殿方ですわね」
「そうなんだ? 本人が『巨塔の魔女』って言っているならそうなのかな? 別に影武者だったとしても『巨塔の魔女』の部下だろうしとりあえず殺して、最終的に本人を見つけ出して殺せばいいだけだしね。それに今回のぼくの目的は邪教の聖女ミヤ、神官クオーネの殺害だし」
『聖剣の勇者』ニックの発言に、エリーは気分悪そうな顔を作った。
「まったく……躾のなっていない犬ですこと。所構わず噛みつこうだなんて。わたくし自身殺されるつもりも、折角苦労して育てた街に傷がついては困りますから。ここで倒して頭の中の情報を引き出させて頂きますわね―― 氷の終わり(アイス・エンド) 」
エリーはノータイムで戦略級攻撃魔術を放つ。
氷の終わり(アイス・エンド) ――対象に向かって冷気が捕捉するまで永遠に襲いかかり、凍らせる。一度凍ったらそこそこのレベル程度では脱出はほぼ不可能。術者が解凍する意思を示さなければ脱出できない。
エリーはニックの頭から情報を引き出すため、威力が高すぎて最悪の場合、敵の肉体そのものが吹き飛んでしまうものではなく、氷漬けにして拘束する魔術を選択した。
『 氷の終わり(アイス・エンド) 』によって、ニックは『巨塔』並の巨大な氷漬けにされてしまう。真下の森林も凍り付き、緑色の世界の一部だけ真っ白に変色してしまう。
このまま倒せれば話が早いが……。
『 氷の終わり(アイス・エンド) 』が内側から砕け散る。
その衝撃で凍り付いた木々すら粉々になってしまう。
中から一切ダメージを負っていない『聖剣の勇者』ニックが、空中から落下。
とくに慌てた様子もなく、凍り付いた地面へと着地した。
着地後、彼は飄々として態度で賛辞を送る。
「さすが『巨塔の魔女』、凄い魔術だね。ぼくには無意味だけど」
「はぁ……予想はしていましたが、面倒な……」
彼女はニックが無傷で『 氷の終わり(アイス・エンド) 』から出て来た事に驚愕など一切せず、心底面倒臭そうに溜息を漏らした。
最も古い物語の一つ『魔王と勇者』の中に『聖剣の勇者』が登場する。
『聖剣の勇者』はその物語の中で、7つの剣を駆使して、魔王を倒す。
故に『聖剣の勇者』の『聖剣ゼット』は『7つの剣を作り出すことが出来る』のだ。
ニックが『 氷の終わり(アイス・エンド) 』を受けてもダメージを受けず、打ち破ったのも『聖剣ゼット』の能力の一つ『魔剣』の力によるものだ。
この魔剣の能力は『魔を支配下に置く』である。
つまり、『聖剣ゼット』を魔剣に変化させている間は、敵味方関係なく、魔術に干渉することが出来るようになるのだ。
先程の『 氷の終わり(アイス・エンド) 』も、ニックは魔剣の力で攻撃魔術の攻撃そのものに干渉にして無力化した。
この魔剣がある限り、この場の魔術は全てニックが支配下に置かれることになる。
『聖剣の勇者』ニックは『巨塔の魔女』の態度から、自身がどうやって攻撃魔術を防いだのか理解していると察する。
とはいえ、『聖剣の勇者』が持つ『聖剣ゼット』は、『魔王と勇者』の物語でも特に有名な武器だ。
それ故、ニックは『巨塔の魔女』に魔剣の能力を予想されていても、大して慌てない。むしろ見せつけるようにその力を振るう。
「もう少し驚くかと思ったけど、さすがに『聖剣ゼット』は他勇者達の武器より有名だから、タネが割れているか……。『巨塔街』に僕が向かうのが決定したのも、魔力を支配下におく魔剣があるからなんだよね。こんな風に」
未だに『巨塔の魔女』が魔術で上空に待機していた。
しかし、ニックが魔剣を見せつけるように軽く振るうと、魔術によって上空に待機していた力が消失。
魔術を無効化された『巨塔の魔女』は重力に従い、凍り付いた地面へと落ちてしまう。
もちろん捲れるスカートは、淑女としてしっかりと押さえながらだ。
上空から放り出される形になったが、エリーはレベル9999だ。
特に怪我もなく地面に着地。
その様子を、魔剣を片手に自身の肩を軽く叩くニックが意外そうな顔を作る。
「魔女――魔術師だけにあの高さから落ちたら死ぬか、死ななくても骨折の一つでもするかと思ったけど、案外動きもいいし、本当に魔術師なの?」
「魔術師ですが、身を守る程度の護身術程度は嗜んでおりますから、これぐらい造作もありませんわ。しかし魔術を支配下に置く魔剣……本当に面倒ですわね」
圧倒的不利な状況にもかかわらず、エリーは一切絶望的な表情などしていなかった。
ただただ心底面倒臭そうに『聖剣の勇者』ニックと向き合うのだった。