作品タイトル不明
22話 クマ種兄弟
「あ、兄貴……本当に行くんですか?」
「……行くしかないだろう。族長からの命令なんだからな」
エルフ女王国の南にある港。
そこから2人の獣人クマ種兄弟が、鬱蒼と茂る森の前に立つ。
2人ともレベル200を超えており、獣人クマ種の冒険者として活動している兄弟だ。
しかも『巨塔街』に向かう場合、手形を持つ正規ルート以外は、『不法侵入』として殺されても文句はいえない――と『巨塔の魔女』が告知している。
なので物資を運ぶ商人達は、身元がしっかりとしている者達だ。
物資を運ぶ利益は一般的な行商価格の1.5倍程度となり、帰りに運ぶ『巨塔街』商品も品質が高く、街で高値で買い取られる。
最初こそ恐れられていて商人達は近付こうとしなかったが、『巨塔街』との取引が露骨に『儲かる』と分かると、何とかして参入しようとしだす。
しかし、最初期からかかわっている商人以外、なかなか新規参入許可が下りない。
下りても、最初期からかかわる商人の紹介で僅かな数程度だ。
……早い話、最初期は『無限ガチャ』カードから出た商人で、途中参入もほぼそれだ。
他行商価格の1.5倍の利益が支払われているのも、内部でお金をグルグル回しているに過ぎない。
そのせいで手形もないのに森へ侵入し直談判しようとした商人が、護衛ごとモンスターに倒されてしまうのも珍しくなかった。
もちろん、最初に警告を受けて、それでも無理に引き下がらなかった者達限定だが。
最近はさすがにそんな無茶をする商人もいなくなった。
そんな危険地帯にこのクマ獣人兄弟が手形もなく足を踏み入れなくてはならなくなる。
今回の依頼が、クマ種族長直々の依頼だからだ。
内容は……極秘に『巨塔街』へと向かい、手紙を『巨塔の魔女』へ渡すことだ。
2人は手紙の内容を知らないし、もしひどい怪我を負ったり、または第三者が襲って来た場合、即座に手紙を燃やすように指示を受けている。
もし第三者に手紙が渡った場合は、最悪、獣人連合国の滅亡。良くてクマ種一族の消滅らしい。
そんな責任重大な依頼など受けたくないが……。
もしここで相手側が納得できる理由以外で断った場合、クマ種一族の両親、兄弟、親戚関係が冷遇されるのは火を見るより明らかだ。
よって彼らに『拒否』という選択はない。
「族長の話じゃ、手紙さえ読んでもらえれば、不法侵入者として殺されることは絶対にないらしい。エルフ女王国の港街の話でも、不法侵入しても即座には殺されずに一度は警告を受けるらしいからな」
「で、でもあくまで噂でしょ? 怖いよ、帰りたいよ……」
「俺だって同じだが、行くしかないんだよ。ほら行くぞ!」
兄より体格の大きな弟クマ種が体を縮めて震える。
そんな彼を振り返り、強く言うと兄は1人森へと足を踏み入れた。
彼らが侵入場所に選んだルートは、正規ルートではない。
第三者の人目に付かない港街からも外れた場所だ。
族長から『なるべく人目に付かずに森へと入れ』との命令だからだ。
手入れされていない森のため、草が茂っているが、体格の大きいクマ種獣人からすれば苦にはならない。
2人は手に鈍器を持ち、匂いや聴覚を駆使して警戒しながら『巨塔街』がある方角へと進む。
一時間ほどだろうか、周囲を警戒しながら進むと、異変に気付く。
一見すると静かな良い森だが……。
「い、いくら何でも静かすぎるよこの森」
「ああ……モンスター、動物、小動物の気配すらない」
獣人連合国にもエルフ女王国との間に鬱蒼とした森がある。
クマ種兄弟も幼い頃から森に入って薪を拾い、動物を捕らえるための罠設置、モンスターから逃げるなど色々な経験を森でしてきた。
森にはいくつもの生き物がいて、もっと命の気配があって、匂い、音などがあるはずだが……。
現在の所、この森にはそれらが一切無いのだ。
「止まりなさい」
「「!?」」
自分達が知る森とは異なる違和感に戸惑っていると、凛とした第三者の声が響く。
クマ種獣人兄弟はレベル200で、モンスターなどに襲われないように周囲の気配を必死に探っていた。
獣人種だけあり、他種に比べて耳、鼻などの感覚が鋭敏なため、索敵に関しては自信があったし、このお陰で冒険者として何度も命の危機を乗り越えてきた。
にもかかわらず、声をかけられるまで正面に立つメイド服姿の少女と、『尻尾が蛇で巨大な4足獣』の神話世界から抜け出してきたような巨体モンスターに気づけなかったのだ。
クマ種獣人種は無意識にガタガタと体が震え出す。
そんな2人に妖精メイドの1人が再度警告する。
「貴方達は『巨塔の魔女』様の所有する森に許可なく足を踏み入れています。道に迷い森の奥まで来たというなら、出入口までお送りしましょう。もし悪意を持ち侵入したというなら……」
『グルルルル!』
妖精メイドの背後に立つスネークヘルハウンドが威嚇の唸り声をあげる。
「その命を以て贖って頂きます。貴方達はどちらを選択しますか?」
「あ、い、あ……」
兄弟が揃って恐怖心から声を失ってしまう。
辛うじて兄の矜持で震える体を動かし、族長から渡された手紙を震える手でまさぐり取り出し差し出す。
「て、て、てが、み、手紙をあずかってき、き、きました」
「はぁ……よくある直訴状ですか……」
妖精メイドは『またか』という表情で、スネークヘルハウンドに目だけで取りに行くよう指示を出す。
実際、冒険者を雇って商人などが『巨塔の魔女』に直訴することがままある。
大抵、ろくな内容ではないが、無視も出来ず一応確認してはいた。
「ヒィ!」
スネークヘルハウンドが音もなくゆっくりと近づき、器用に差し出された手紙を加え咥えて戻ってくる。
妖精メイドは手紙を受け取り、スネークヘルハウンドを撫でた。
スネークヘルハウンドは飼い犬の如く嬉しそうに目を細める。
一通り褒めた後、手紙を開封。
内容を確認し、いつも通り拒絶の言葉を告げようとしたが――
「……ッ!? この内容に間違いはないのですか!?」
「? い、いえ、俺――自分達は手紙の内容については一切教えられていなくて……」
「少々お待ちを」
妖精メイドが『念話』カードを取り出し、どこかへと連絡を入れ出す。
クマ種獣人兄弟からすれば、突然、虚空に向かって語り出しているようにしか見えない。
報告を終えた妖精メイドが、先程まで不法侵入者を見下すような態度だったのが一変。
客人に対する態度で、接し出す。
「大変失礼いたしました。『巨塔の魔女』様のご指示でお二方を客人として『巨塔』へと招かせて頂きます。転移アイテムを使用するので移動は一瞬です。ご足労願えませんでしょうか?」
正直に言えば断って、さっさと自宅へ戻りたいが……。
兄の背後に隠れるように立つ弟など涙目で今にも泣き出しそうなほど怯えているが、選択肢として拒絶など選べなかった。
兄は引きつった笑顔で答える。
「よ、よろしくお願いします」
「寛大なご配慮ありがとうございます」
妖精メイドは再度一礼し、2人の側に近付くとスネークヘルハウンドを残し、『転移』カードでクマ種獣人を連れて『巨塔』内部へと移動したのだった。