軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

2話 聖剣の勇者

人種王国のとある村。

貧農の長男であるニックという青年がいた。

背丈は170cm、髪は短く、畑仕事などのお陰で体つきは良い。年齢は15歳で、村から一度も出たことはない。

彼は夜、布団に入るたび、同じ事を繰り返し考えてしまう。

『この世界は間違っている』と。

(ぼくのような優秀な男が、貧農の息子で終わっていいはずがない! チャンスさえあればぼくだって、他種に負けないほどのし上がれるはずなんだ!)

ニックは自分の生まれを呪っていた。

チャンス――例えば生まれが大店の商人の元だったら、大きな商売をして多額の金銭を稼いでいたはずだ。

もしどこかの貴族に子息に生まれていれば、自領を大いに発展させていたはずだ。

もしも有効な 恩恵(ギフト) が与えられていたら。

もし――。

彼は布団で横になるたび『もしも』を考える。

考えるたび、生まれに恵まれなかったこの現実を呪ってしまう。

生まれた際に多くのものを得てさえいれば、この世界に名を轟かせ、賛辞される自信があった。

(なのに貧農の息子なんて……! このままぼくの才能を腐らせるなんて世界の損失だ!)

現状、貧農の息子という環境ではニックは『自分の才能を生かすことが出来ない』と考えていた。

何も考えず、ただ体を動かし、畑を弄り、飼鳥の世話をして、税を支払うために生きる。

これ以上発展性がない行き止まりのような人生。

そんな人生をニックは、心の底から憎んでいた。

爪の間が土で汚れることも、冬場はまともに水浴びもできず垢にまみれ、飼鳥の糞に汚れることも我慢できなかった。

歳を取るたび、『この世界は間違っている』、『自分はこんな狭い場所で終わっていい人間じゃない』、『チャンスさえあれば、ぼくなら大成功することが出来るのに』と年々思いが強くなっていた。

その日の夜も、世界を憎み、上手く行っている者を憎み、自分の現状を憎みながら眠りについた。

目が覚めれば再び、自分の理想とは程遠い現実と向き合うことになる――はずだった。

(……これは夢?)

ニックは夢を視ている。

いや、正確には夢ではない。

何もない真っ白な空間が広がり、上下左右もなく、地に足もつかず浮いているような感覚を覚える。

(ぼくは眠っていて、ここは夢の世界なのは間違いないけど……)

まるで母親の胎内に戻った赤子のように居心地が良い。

そんなニックに語りかける声が聞こえてくる。

(女神様だ)

ニックはすぐに気付く。

聞くだけで心地よく、体の細胞全てが喜びに震え、『女神様だ』と証拠もなく断言できる確信を得る。

女神様がニックに語りかけてくる。

『巨塔の魔女』は魔王である。

聖剣の勇者として、他勇者達と協力して打ち倒して欲しい。

魔女は『奈落』最下層にいる――と。

言葉として語りかけてきた訳ではない。

言語ではなく、魂でニックは自分の使命を理解する。

自分がこの世界に産まれた意味を。

自分の命がこの瞬間から始まったことを。

「…………」

朝、いつも通り陽が昇る前、暗い時間に目を覚ます。

いつもなら、明かりがないため暗い部屋を視覚に頼らず着替えて、外に出てまず飼鳥の世話へと向かわなければならない。

だが、明かりがないのにニックは自室を見回すことが出来た。

ベッドの縁、小物の一つ、壁の汚れすら視認できた。

お陰ですぐに自室にはなかった物――『聖剣 ゼット』に気付く。

ニックは『聖剣』を手に取る。

まるで生まれた時からずっと使いこなしてきた愛剣のように手に馴染む。

さらに彼はステータスを開き確認する。

「昨日までレベル10のぼくが、レベル7000……」

一晩眠っただけで、レベルが700倍になっていた。

故に視覚の暗視が強化されて、明かりがない部屋でも苦もなく視認することが出来るのだ。

全て夢の中『女神様』のお告げ通りだ。

「やっぱりぼくは選ばれた存在だったんだ……ッ!」

幸福感が頭から、爪先へと広がっていく。

脳味噌からドバドバと快楽物質が流れ出すぎて、脳細胞がボロボロになりそうだと思うほどだ。

『今、自分こそが世界で一番の幸福な者だ』とニックは実感する。

一通り幸福を噛みしめると、彼は現状、一番綺麗な衣服へと袖を通す。

これから女神様のお告げに従い、使命を全うしに向かわなければならないからだ。

まずは女神教総本山があるシックス公国へと向かわなければならない。

「? ニック、どうした。収穫祭で着る服なんて取り出して。それじゃ畑仕事なんてできないだろう」

「もう、何しているのあんたは。ほらサッサと着替えてらっしゃい。鳥の世話が終わったら、卵を取ってきて。朝食に使うから」

居間に出ると、両親が既に起きだしていた。

父は息子ニックの姿に小首を傾げ、母は叱りつつ、朝食の準備を進める。

どうやら2人とも、ニックが寝ぼけて一番綺麗な衣服に袖を通してしまったと勘違いしているようだ。

まだ陽が昇っておらず、居間の煮炊きようの竈から漏れ出る光が唯一の光源のため、ニックが逆手に握っている『聖剣ゼット』にまだ気付いていない。

彼は舞台上の俳優のごとく、キメ顔で告げる。

「父さん、母さん、ぼくは女神様からお告げを受け、今から魔王『巨塔の魔女』を倒すために旅立ちます。辛く長い旅になるかもしれませんが、仲間と共にきっと使命を果たしてみせましょう! お二人ともどうかお元気で!」

「「…………」」

朝、いつも通り畑仕事などをおこなおうとしていたら、一人息子の長男が『女神様からのお告げで旅立つ』云々と言い出した。

両親はすぐに反応できず、凍り付いてしまう。

ニックは2人の反応を前に『息子が立派になって感動し声も出ないのだ』と勝手に解釈し、玄関へと意気揚々と歩き出す。

ここでようやく息子が逆手に立派な剣を握り締めていることに気付く。

もちろん、貧農の家にそんな立派な剣などあるはずがない。

父親が青い顔でニックの肩を掴む。

「おまえ、なにを言っているんだ!? だいたいその剣、どこから持ってきた! 村長の家からでも盗んできたのか!?」

村長の家にもこれほど立派で荘厳な剣などあるはずがない。

しかし、唯一所持しているのなら村の最上位である村長宅しかないため、父親はそう判断したようだ。

母親が続く。

「ニック! あんたまだ寝ぼけているの!? 早く水で顔を洗ってきなさい。そして、その剣をどこから盗んできたのか言いなさい! 今すぐ謝りに行くわよ!」

「父さん、母さん、何を言っているんだい? ぼくは女神様に選ばれたといったじゃないか。この『聖剣ゼット』も女神様から下賜された勇者の剣なん――」

「お、お父さん!」

ニックが誇らしげに笑顔を浮かべ説明している途中で、父親がニックの顔を殴ってその言葉を遮るが、レベル7000の彼にダメージはない。

むしろ母親の甲高い悲鳴の方が、うるさく、耳に痛いぐらいだ。

父親は暗がりでも分かるほど顔を真っ赤にして叱る。

「この馬鹿息子! 何をごちゃごちゃ訳の分からないことを! いいから、その剣をどこから盗んできたのか言え!」

「…………」

父親の激怒とは正反対に、ニックは酷く冷めてしまった。

先程まで世界中から祝福されているような幸福感から一転、冷や水をかけられような不快感を抱く。

文字通り天上に昇るほどの幸福感から、汚い地上に落とされた気分だ。

その落差が酷すぎて、両親に対して強い怒りを抱いてしまう。

(息子が勇者に選ばれたことを喜ぶどころか、話も聞かず、理解もせず、殴り怒鳴りつけてくるなんて……。こいつら本当に勇者であるぼくを生んだ両親か?)

冷たい氷のような視線を両親へと向ける。

それに気付かず2人はさらにヒートアップした。

「黙っていたら分からないだろうが、この馬鹿息子! いい歳をして物語の勇者ごっこなどして恥ずかしくないのか!」

「お父さんの言う通りよ。本当にもう、恥ずかしい! ニックはもう畑を継いでもいい様な歳になったのよ? なのに、どこからか盗んできた剣で女神様に選ばれたなんて……。こんな姿を村の人達に見られたら、お母さん達恥ずかしくてもう表を歩けないじゃない……ッ」

「…………」

父は激怒し、さらに殴ろうと拳を固める。

母は悲しみで涙し、村内での体面ばかりを気にしている――とニックの目には映った。

(なんでこの人達は息子の門出を祝うどころか、足を引っ張るようなマネをするのかな……)

ニックは暫く考え、面倒になる。

女神様の言葉に逆らう者など、人種ではない。

取るに足らない、カスのような存在だ。

「――もういいや」

「もういいやとはなんだ!? オマエ、いったいどうなっ――」

ニックは『聖剣ゼット』を鞘から抜くと、激怒する父親の首を躊躇いなく切断したのだった。