作品タイトル不明
番外編 探求者メイド、メイの1日
「ん……」
『SUR 探求者メイドのメイ レベル9999』の朝は早い。
陽が昇る前に私室で目を覚まし、身支度を調える。
身支度を調えて、鏡の前で乱れがないかを確認後、まず最初に向かう先は『奈落』最下層の夜勤責任者を務めている妖精メイド達の所だ。
「おはようございます。夜の間、何か問題は?」
「おはようございます、メイド長。とくに問題はありません。こちらが報告書になります」
時によってメイ自身が夜勤責任者を務めたり、アイスヒートが担当することもある。
今回は一般的な妖精メイドが務めたが。
彼女から昨夜の夜勤報告書を受け取り、目を通す。
一見するとパラパラと流し読みしていると思われそうだが、メイド技能とレベル9999が合わさり、それだけで内容を詳細に把握する事が出来た。
一通りチェック後、メイが指示を出す。
「ご苦労様。では他妖精メイド達と交代して休みなさい。交代する際、引き継ぎを忘れずに、それと――」
メイは妖精メイド達にその日の細かい指示を出していく。
他その場に待機して『奈落』最下層警備、料理、消耗品補充などの担当者からの報告を聞いて全体の指示を出す。
もし極めて重要な用事がなければ、基本、朝食を摂るまでその場に待機して報告と指示出しに専念するのが日課だ。
今回は『極めて重要な用事』――ライトが『奈落』最下層で就寝しているため、時間になったらメイ自らが起こしに向かう。
最近は地上での冒険者活動が多く、『奈落』最下層で就寝する頻度が著しく落ちている。
なので表情にこそ出さないが、ライトを起こしに向かう準備のための指揮をメイは喜々としておこなう。
彼女に指揮されつつ、ライトを起こしに向かう妖精メイド達も嬉しそうに準備をする。
メイ以外の『ライトを起こしに行くメンバー』は、基本的にローテーションだ。
自分達を顕現してくれた敬愛するライトを朝に起こしに行くのは、妖精メイド達にとって何者にも代え難いご褒美である。
故に変に偏らせて不満を募らせないようにローテーションでおこなっているのだ。
朝の汚れを落とす『R ウォッシュ』カード、髪をとかす高級 櫛(くし) 、眠気を覚ますための冷たい柑橘系果実水に蒸した温かいタオル、下着、着替え、朝一で報告する内容のメモなど、準備は意外と多岐にわたる。
一通りの準備を終えると、妖精メイドを連れてライト私室へと向かう。
メイを先頭にして歩くライトを起こしに行く妖精メイド達に、他仕事をしている妖精メイド達が羨ましそうな視線を向ける。
羨望の視線を向けられる妖精メイド達は、優越感より、ライトを起こしに向かえる喜びの方が圧倒的に強く非常に気分が高揚し、外部の目など逆に気にならないほどだ。
「ライト様、おはようございます。起床のお時間になりました」
「んんぅ……めい?」
「おはようございます、ライト様」
ライトがベッドの上で寝ぼけた声をあげる。
メイはいつも通り淡々とした態度を取っているが、背後に控える妖精メイド達はライトの寝ぼけた姿、可愛らしい姿に胸がきゅんきゅんと締め付けられ、あまりに素晴らしい光景を前に意識を失いそうになるのを我慢するほどだ。
ライトがベッドの上に体を起こすと、メイが『R ウォッシュ』カードを 解放(リリース) し彼の寝汗、歯、他汚れを一息に落とす。
それでもまだ眠い目を擦るライトの目を覚ますため、程良く蒸らし温めたタオルをメイが妖精メイドから受け取り、
「失礼します」と顔を拭く。
「んんぅ……」
寝起きのため、されるがままに顔を拭かれるが、さすがにライトもこの段階で意識がほぼ覚醒。
メイに対して軽くお礼を告げ、ベッドの端へと移動し、完全に意識を覚ますため妖精メイドの1人から柑橘系の酸っぱさが優先された目覚まし用の果実水を受けとり、口にする。
柑橘系のさっぱりとした酸っぱさのお陰で、脳が刺激され、ようやく完全に目を覚ますのだ。
「ライト様、お着替えをお手伝いいたします」
「自分で……いや、何でもないよ。お願いするね」
元農民出身のライトからすれば着替えぐらい1人でも出来るが、断る訳にもいかず妖精メイド達になすがままに着替えさせられる。
着替えを終えたら、席に座り、寝癖を直すため髪をすく。
彼女達からすればご褒美タイムだ。
一方、メイは着替えなどを妖精メイド達に任せて、報告するべき内容をライトへと告げる。
「特に緊急性のある報告はありません。地上で活動している者達の定時連絡も通常通りおこなわれ――」
もし緊急性の高い内容があれば例え深夜でもライトを起こして伝えるが、無い場合は今回のように朝にまとめて報告した。
メイの報告をライトが耳にして、ライトが気になった点に2、3質問する頃にはしっかりと着替え、寝癖も直され、いつも通りの恰好になっている。
着替えを終えると、ライトは朝食を摂るため専用の食堂へと移動する。
彼自身、『奈落』メンバー達が食事を摂る一般食堂でも問題無いが、トップとしての威厳を保つ為にも許されず、基本的に専用の食堂で摂ることになっていた。
メイはそのまま専属メイドとしてライトの側に。
着替えなどを手伝った妖精メイド達は、朝食の手伝いをする別の者達と入れ替わる。
さすがにメイ以外の妖精メイドが引き続き独占するのは、不平不満を溜める原因になりかねないためだ。
ライトが食事を終えると、食休みのお茶を飲み、用件がなく『奈落』最下層に滞在する場合は、引き続きメイが専属メイドとして側に控える。他にもメイの補助として妖精メイドがライトの側付きメイドとしてつく。
上手くいけば1日中、ライトの側に合法的に居られる役目のため人気は高い。
メイが忙しい場合は彼女の役目をアイスヒートが担当したり、完全に妖精メイドに任せることになっていた。
今回はライトが地上で冒険者ダークとして活動する日だ。
既に準備を終えているネムム、ゴールドと合流し、地上へ行くのを見送る。
「ライト様、行ってらっしゃいませ。無事のご帰還を心よりお待ちしております」
「メイは相変わらず大袈裟だな。ネムムとゴールドも居るし、僕達を害せる存在なんて今日の活動予定場所にはほぼ居るはずないのに」
「もちろんライト様の実力、ネムム、ゴールドの能力は信頼しておりますが、忠実な臣下として御身の無事をどうしても願ってしまうのです。脆弱なる私の心をどうかお笑いくださいませ」
「いやいや、笑わないから。むしろ心配してくれてありがとう。それじゃ行ってくるね」
「主のことは我輩達に任せると良いですぞ」
「ライト様のことは身命に代えてお守りいたしますので、どうぞご安心ください!」
ゴールドとネムムが挨拶後、他妖精メイド達にも見送られ『SSR 転移』で地上へと移動する。
ライト達を見送った後、メイは軽く妖精メイド達に指示を出した後、執務室へ移動し書類仕事に取り掛かる。
「…………」
執務室の主であるライトの机の側にある机で、メイは上がってきた書類をチェック。
ライトの判断が必要な書類。
自分達で処理して問題ない書類。
他者に任せなければならない書類など分類していく。
分類とメイが処理しても問題ない書類を終わらせ、妖精メイドに他書類を預ける。
アオユキ、エリーと打ち合わせをする時もある。
もちろん午後にずれ込むことがあるが。
午前中までにこの程度の仕事は終わってしまう。
昼食後、午後からは『奈落』最下層の見回りをおこなう。
書類や報告だけでは分からない、直接現場に出ないと分からない空気感などがある。見回ることでまだ小さい内から対処できた問題も実際にあった。
そのため見回りは必要なことだ。
メイが仕事として『奈落』最下層全体に問題がないかを確認して回っている途中、食堂近くを通りかかると、彼女を呼び止める声が響く。
「めぇひぃ~!」
「…………」
メイを呼び止めたのは『奈落』最下層でライトを除けば最強の存在ナズナだ。
彼女は涙目で、口を『はひはひ』と開き、両手を突き出し泣きついてくる。
ナズナはメイに抱きつくと、涙ながらに訴える。
「ようへいメイどたひが、オひゃつをたへていてぇ、あたいにもわけてくれはんだけど――」
「…………」
メイは頭が痛そうにナズナの訴えに耳を傾けつつ、片手で自身のこめかみをグリグリと押す。
彼女の訴えを翻訳すると……『ナズナが見回りをしている最中、妖精メイド×4人がオヤツ休憩中で、シュークリームを食べていた。通りがかったナズナに妖精メイド達が声をかけてきて余ったシュークリームを貰ったが……。元々バツゲーム仕様のシュークリームで五つ中、一つだけカラシ入りだった。最後に残ったのはカラシ入りで、そうとは知らずナズナが騙されて食べたらしい』。
ひどい悪戯だとちょうど通りかかったメイにナズナは訴えているようだ。
メイはあまりの内容により一層頭痛が酷くなる。
メイは魔術で作りだした水をナズナに飲ませつつ、悪戯をしかけた妖精メイド達を叱る。
「休憩中とはいえ、貴女達は何を馬鹿なことをしているのですか。食べ物を使って遊ぶなんて品がありませんよ。反省文を提出するように」
「酷いです、メイド長!」
「我々は休憩中、仲間内で遊んでいただけですよ」
「ナズナ様が確かにカラシ入りのシュークリームを食べたけど、あれはウチ達が運良く当たりを引いたからで、最終的にはナズナ様の自己責任っていうか~」
「い、い、一方的な肩入れに対してう、訴えるしかない!」
可愛すぎて逆に個性が薄い、眼鏡、ギャルっぽい、オタクっぽい妖精メイド達が次々に訴えてきた。
メイは彼女達の訴えを冷たい視線を向けつつ、
「ならば、食べ物の悪戯に対し良い顔をしないであろうライト様に、今回の一件をご報告し判断を仰ぎますがよろしいですね?」
『すいませんでした!』
妖精メイド×4人がその場で綺麗に土下座する。
敬愛するライトの耳にそんな報告が入って、嫌われたらと思うと彼女達は震え上がる。
土下座し、反省文を提出するだけで黙っていてもらえるなら、安いモノである。
水を飲み落ち着いたナズナにもメイは釘を刺す。
「ナズナも何でもすぐに口にせず、少しは疑ってください」
「ううぅ……分かったぜ。今後は気を付けるぞ」
(……たぶん、釘を刺しても無駄でしょうね)
ナズナは反省するが、3日後には頭から抜け落ちている姿がメイにはありありと見えた。
戦闘では非常に頼りになるのだが……。
突発的な問題をメイはその場で解決し、引き続き見回りを再開する。
夕食を終えた夜、タイミングがあったアイスヒートと一緒に汗を流しにお風呂場へ。
一通りお湯を堪能した後、メイはサウナへ入り汗を流す。
彼女は気持ちよさそうに汗を流しながら、アイスヒートと雑談を交わす。
「な、ナズナ様にカラシ入りのシュークリームを食べさせるとか……。彼女達はナズナ様の反撃が怖くないのですか?」
「恐らくそこまで考えていないわ。ナズナの威厳が足りないと嘆くべきか、彼女の誰でも分け隔て無く友誼を作る無邪気さを褒めるべきか……」
「むしろ、ナズナ様よりその妖精メイド達に問題があるような?」
「仕事は非常に真面目で、有能なのに……」
メイは頭が痛そうにこめかみを押さえる。
アイスヒートが気を利かせて話題を変えるため、話を振る。
「今夜はご主人様はお戻りにならないのですよね?」
「ええ、冒険者の関係で、地上の宿屋にお泊まりになるそうよ」
「目的のためとはいえ、不便の多い地上でお泊まりするなんて、お可哀相です」
「そうね。地上にはまともな食事を摂れる場所も、ライト様に相応しい宿泊地、お風呂施設どころか、サウナもないでしょうから……」
『奈落』最下層の施設に比べれば、地上などたとえ国王の生活だって圧倒的に不便で、比較にも値しない。
とはいえライトは元々貧農出のため、地上での宿屋生活も別に不便は感じていないし、メイが好きなサウナも一度『奈落』最下層で体験したがいまいち楽しさが分からなかった。
ライト的に『サウナに入ると体が整うのがいいって言われたけど……。整うってなんだろう』という感想を抱く。
ライト的にはただ暑いだけだった。
メイに対して感想を口にしていないため、彼女は知らないが。
お風呂から上がると、メイは夜勤の妖精メイド達と打ち合わせをして、自室へと戻る。
自室で妖精メイド達から上がってきた反省文などをチェック。
一通り仕事を終えた後、就寝時間までがメイの自由時間になる。
ライトが着るかもしれないセーター、靴下、マフラーなどを無心に編む。愛しいライトが自分の編んだ衣服などを身に纏う光景を想像するだけで、口元が綻んでしまう。
そして、就寝時間になると、寝間着に着替えてベッドへと潜り込む。
こうしてメイの1日が終わるのだった。