作品タイトル不明
32話 愛玩犬偽装
「野郎共、そろそろ仕事の時間だ。準備はいいか?」
「もちろんです、カシラ」
「こちらも問題なしです」
鋭い瞳をしている10数名の集団が、人種王国王城――他国に比べると城というよりちょっと大きめの屋敷程度の規模だが……。その裏門を監視するように、近くの建物の影に隠れていた。
傭兵リーダーが背後に控える部下達に声をかける。
彼らはクロー第一王子派閥のゴドー、ファイト子爵家嫡男達が金で雇った汚れ仕事すら厭わない人種傭兵達だ。
人種は他種と比べてレベルが上がり辛く、腕力、魔力など、全体的に低いため傭兵社会ではそこまで強くはない。
だが、『弱い』ことが必ずしもデメリットばかりという訳ではなかった。
他種に比べて弱い故に、警戒を受けず、人種だからと侮られるが故に相手の懐に飛び込み情報などを抜き出すことが出来た。
また弱いとはいえ、暴力を生業にしているため他種の女子供(もちろんレベルが低い戦闘訓練などしていない一般人ならば)に後れを取るほどではない。
仕事で相手の妻、子供を誘拐。
人質に取って相手を殺害後、不必要になった妻、子供を殺すこともあった。
人種で構成されている傭兵団だからこそ、どれほど汚い手を使ってでも結果を出すことを求められた。
だからこそ、ゴドー子爵家嫡男達が目を付けて依頼したのである。
人種のため、人種王国首都に潜り込んでも他種と比べ目立つこともない。
仕事であれば人種、他種関係なく赤ん坊すら殺すことを厭わない傭兵リーダーが小声で今回の仕事内容を確認する。
「今回の俺達の仕事は陽動だ。城内に侵入し、とにかく場を混乱させる。人種女王――この言い方は依頼主が眉を顰めるが」
傭兵リーダーが場を和ませるため、肩をすくめた。
彼の態度に部下が小さく笑いを漏らす。
傭兵リーダーが話を続ける。
「その人種女王を殺せたら、依頼主から追加の金がもらえる。だが、あくまで俺達の仕事は街が混乱している中、さらに城内もぐちゃぐちゃに掻き回して依頼主が動きやすいようにすることだ。そのために目に付いたメイド、兵士、使用人、老若男女問わず全ていたぶって殺せ。傷を与えて悲鳴を上げさせ、場を混沌に落とせ。だが目的を忘れ楽しみ過ぎて、撤退の合図を逃した馬鹿野郎は容赦なく見捨てるからな」
部下達が傭兵リーダーの言葉に頷くと、ほぼ同時に遠く爆音が響く。
その音に合わせて上空を見上げると、黒い煙が昇っていた。
傭兵達の視線が鋭くなる。
「時間だ……」
傭兵リーダーの短い言葉に、部下達が目立たぬように布にくるんでいた装備を取り出す。
傭兵達は動きやすさを優先に革鎧を身につけ、冒険者風を装っていた。
しかし取り出した剣や斧等を手に取る姿は、冒険者以上に暴力的な雰囲気を漂わせている。
まるで血に飢えた野犬のような危険な空気感が漂う。
彼らが装備を調えている間に、裏手の門番兵士達が、上空から突如聞こえてきた爆音、煙などに驚き、動揺した態度を取る。
次に内側から出入りするための小さな扉が開き、兵士の1人が門番に声をかけて内側へと呼び寄せる。
門番達は慌てた様子で内側へと入り、裏門をフリーにしてしまう。
(依頼人の話では街の爆発に混乱。落ち着かせるため兵士を派遣し、手薄になった所を攻めろと言われていたが……)
街の爆発は先程の大きな音以外、続かない。
明らかに誘われている空気だが、立場上、中に入り込むチャンスを見過ごす訳にはいかなかった。
傭兵リーダーは、覚悟を決め部下達へと叫ぶ。
「行くぞ。手筈通り、目的を忘れるなよ」
『応!』
傭兵リーダーの言葉に部下達が返事をすると、斥候職が先へと進む。
すぐに裏手門にとりつき、先程兵士達が出入りしていた扉をチェック。
鍵はかかっておらず罠も無し。
斥候職が頷き、先へと一歩入る。
その後を皆が続いた。
裏庭に足を踏み入れるが、街の騒動によって城内がざわついている気配が感じられなかった。
静寂とまではいかないが混乱し、騒ぎがおきている様子はない。
(あまりにも事前に聞かされた状況と違いすぎる……。だが、俺達の立場上、引くわけにもいかないのが面倒だな)
金さえ支払えば、どのような汚い仕事も引き受ける人種傭兵。
既に前金をもらっている以上、ここで『罠だと判断して、怖くなって逃げました』では、以後、彼らに仕事が回ってくることはない。
犠牲者を出しても依頼人からの仕事を達成するから、人種傭兵稼業が成り立つのだ。
故にここで引き下がる訳にはいかない。
せめて言い訳できるようにメイドの2、3人は斬り殺す必要がある。
部下達もそのことを理解しているため、無言で獲物を探し裏庭から、内部を目指し移動した。
ここで今、自分達が声をあげても意味がない。
獲物となるメイドや使用人が逃げて、兵士が集まって来るだけだ。
せめて良い感じに使用人達に悲鳴を上げさせて、騒ぎを引き起こさないうちは意味がない。
「わんわん!」
「……犬? いや、犬なのか?」
傭兵達が内部に入り込むため移動していると、裏庭で犬と出会う。
尖った大きな耳に、つぶらな瞳、短い足。胴が長く、尻尾は短い。
歩く姿を後ろから見たら、尻尾が左右に揺れて非常に可愛らしいのが想像できた。
ただ普通の犬と違って頭上に天使のような輪が浮いている。
一目で普通の犬ではないと理解できる。
ならば『何なのか』と問われたら困ってしまうため、『犬なのか』とつい傭兵リーダーが漏らしてしまったのだ。
そんな天使の輪っか犬が、つぶらな瞳に可愛らしい舌を出しながら、告げる。
「―― 雷針(らいしん) 」
『!?』
天使の輪っか犬が見た目に似合わない渋い声で、詠唱破棄。
相手に刺さると暫く痺れさせて動きを止める攻撃魔術を使用した。
見た目に騙され油断していた傭兵達はあっさりと全員痺れ、その場に転倒する。
最も、例え油断せずとも彼らを痺れさせ、拘束するのは天使の輪っか犬――ウルシュにとっては造作もないが。
彼こそ『レベル5000 雷鳴の統括者 ウルシュ』だ。
彼は万が一、王城を襲撃する者の中に『ますたー』級が混じっていた場合、足止めのために派遣されていた。
妖精メイド達はレベル500しかないため、万が一があった際、抵抗できず死亡してしまう可能性がある。ウルシュなら喋らなければ、愛玩犬の見た目をしているため妖精メイド達が連れていてもおかしくはないため抜擢されたのだ。
(……どうやらライト様がご懸念されていた『ますたー』などは混じっていないようですね)
ウルシュは胸中で渋い声で呟き、倒れている傭兵達を見回す。
一見するだけで、彼らの中に『マスター』などが混じっている気配はない。
しかし、ウルシュは油断せず、ライトに与えられた指示を全うするため、引き続き犬の振りをするのだった。