作品タイトル不明
23話 一目惚れ
行商人ヨールムの願いでエリオは護衛として、『人種王国女王就任式典』がおこなわれる人種王国首都へと訪れる。
彼の口利きで紹介されたのは外見こそボロい宿屋だが、室内は出来る限り清潔を心がけようと努力しており、外見が悪い分宿泊費も安いので滞在しつつ『人種王国女王就任式典』――お祭りが終わるまで街に滞在する予定だ。
(彼らはもう出たのか、早いな……)
ヨールムと村から一緒に護衛者として連れて来た若者達と相部屋のエリオだったが、目を覚ますとどちらもいなくなっていた。
ヨールムは仕事に、若者達は既に起き出し街へ繰り出しているようだ。
エリオも若者達に祭りを見て回る誘いを受けたが断っていた。
街は既に一度歩いているため、若者達も宿泊している宿屋までの道順は既に理解しているだろう。もし道に迷ったら歩いている警備兵士に声をかけて尋ねればいい。
なので上司であるエリオが一緒にいるより、同輩同士で見て回る方が気兼ねなく楽しめるだろうという彼なりの配慮である。
……実際、これは建前でしかない。
(あいつらと一緒に見て回ったら上司として、奢らない訳にはいかないし、買い物に付き合ったら俺も我慢できず買っちゃいそうだしな。だったら別行動した方がこっちとしてもありがたいんだよな)
エリオは今回の護衛料を『お祭りだから』と言って、無駄遣いしたくなかった。
シックス公国の魔術学園に通う妹ミヤへ仕送りしたいからだ。
授業料は学園側のお陰でなんとかなっているが、生活費は自分で稼がなければならない。
ミヤが勉強に集中できるように、兄として生活費の足しになればと仕送りをしたくてお金を貯めているのだ。
なので村から出てきた若者達と別行動した方がエリオ的にはありがたかった。
「…………」
エリオが寝泊まりしている宿屋は、表通りから外れた裏通りに建っている。
にも関わらず、部屋に居ながらも外の楽しげな喧噪がかすかに聞こえてきた。
(予定通り、ミヤへの土産話として祭りを見て回るぐらいはするか)
無駄遣いするつもりはないが、折角、お祭りに来ているのだ。
お金を使わなくても、見て回るだけで楽しいだろう。
エリオは着替えて、裏手の井戸で顔を洗った。
宿屋の食堂に顔を出すと、祭りのためか一切客がいない。
一番安い食事を頼み、朝食とする。
首都に滞在する間は、宿泊と飲食費はヨールム持ちだ。
一番安い食事のお金を事前に滞在期間分、既にもらっている。
もしそれ以上飲食したい場合は、『自腹で』ということになっていた。
エリオはもちろんそれ以上頼むつもりはなく、食事を終えると、一度部屋に戻って外出の準備をする。
準備を終えると、外へと出た。
――そして、エリオは彼にとっての運命の出会いを果たす。
☆ ☆ ☆
(凄い賑わっているな……賑わっているけど……)
エリオは宿屋から出てお祭りを見てまわることに早々後悔を覚える。
賑わっているお陰で出店の数も多く、そのせいで誘惑が多いのだ。
(あの店にある焼き菓子とか美味しそうだな。あっちの焼き肉巻きや串焼きも美味しそうだし……)
若い体のエリオにとって甘いお菓子も美味そうだが、肉の焼かれた臭いは暴力的に胃を刺激する。
体が肉を求めているのだ。
しかし、妹の生活を少しでも楽にしたいためお金を使うわけにもいかず、欲望と理性が彼の内部で戦いを繰り広げる。
(誘惑に負ける前に、宿屋に帰るか?)
このままだと肉を食べたい欲望に負けそうなため、『宿屋に帰ろうか』と考えたが、一部興味を引く騒ぎに気付く。
ナイフ投げ屋が異様に盛り上がっているのだ。
エリオの位置から距離があるにもかかわらず、ここまで熱気が伝わってくるほどに。
(なんであんなに盛り上がっているんだろう? あそこだけ見て、確認してから宿屋に戻るか)
区切りを付けるため、胸中でエリオはルールを決めて足を向ける。
エリオのようにナイフ投げ屋の盛り上がりに気付いた者達が、興味を引かれて足を向け出す。
彼もその流れに乗って近づいていくと、
「けけけけけ! そこのおにいちゃん、ちょっといいかな?」
「!?」
エリオの先を遮るように帽子を被った少女が声をかけてくる。
帽子を含めても、エリオ自身の胸元ぐらいしか身長がない幼い少女だが、大きな瞳に黒髪。まるで肉食動物のように大きな口から覗く牙のような小さな歯が並ぶ。
顔立ちは整っており、『美幼女』と断言してよい容姿をしているが、エリオ的には可愛さより、得体の知れない怪しさが先立つ。
だが、そんな怪しさなど吹き飛ばす存在が、彼女の背後に控えていた。
(め、女神様が地上にいらっしゃる……)
エリオは目を限界まで広げ、自身の顔が熱くなるのを自覚する。
少女の背後に、頭からフードを被っている少女が付き添う。手には布を巻いた長い物を抱えていた。
フードを被っているが、顔立ちが覗くため目にすることが出来た。
妹と同じ黒髪を短く切り、大きな瞳に、薔薇色の唇。
かすかに覗く歯は、宝石のように輝いている。
血色が良い滑らかなシミやほくろ、汚れなど一切ない肌。
物静かな顔立ちで、読書や刺繍が趣味そうな大人しい雰囲気を持つ、将来確実に傾国の美女になるだろうと思わせる成長途中の美少女が立っているのだ。
エリオは思わず、子供の頃に母親から聞かされた女神の話を思い出す。
この世界を創り出した女神が、気まぐれで地上を見て回るため自身の一部を人種に変えて、大地に下りるという童話だ。
人種に姿を変えて下りた女神様は楽しく地上を見て回るが、そのあまりの美しさに男性なら誰もが一目惚れし、求婚してしまう。
人種だけではない。
エルフ、ドワーフ、獣人、魔人、竜人種――種を問わず人種女神様の美しさに惚れて求婚するのだ。
困った女神様は、求婚してきた男性達に無理難題を要求する。
当然、無理難題のため、誰も達成できず、最後は女神様が天へと帰る――という子供に聞かせる童話だ。
種によって女神様の姿が変わる。
また話によっては、誠実に無理難題を達成した者と約束通り夫婦となり、『仲良く地上で暮らしました』というオチがつく場合もあった。
エリオはフードを被った少女のあまりの美しさに、その童話を思い出し『地上に女神様が舞い降りた』と考えてしまったのである。
早い話がエリオは目の前の少女に『一目惚れ』してしまったのだ。
「けけけけけ! あたい達、お祭りを見に来たんだけど、少し騒ぎ過ぎて疲れてさ。おねえちゃんとどこか休める場所を探しているんだ。ねぇ、おねえちゃん」
「(こくり)」
姉と呼ばれた顔を隠す少女の頭部が揺れる。
フードの下、かすかに揺れる前髪の動きすらエリオとしては可愛らしかった。
彼は目の前のフードの少女――スズしか目に入らない。
「けけけけけ! ……おにいちゃん?」
「……ッ!? や、休めるば、場所だね! お、俺もちょうど人混みに疲れたから、休める場所に移動しようと思っていた所で! 静かな穴場的場所があるんだけど、そこでいいかな!」
「けけけけけ! もちろん、おねえちゃんもいいよね?」
「(こくり)」
妹らしい少女が尋ねると、姉であるフード少女が黙って頷く。
寡黙な少女の態度すら、今のエリオの瞳には可愛らしく映る。
彼は自分の両手足が緊張感から同時に動くのを認識できず、ギクシャクとした姿で歩き出す。
「ちょ、ちょっと分かり辛い場所にあるから、俺の後について来て」
「けけけけ! 了解、了解」
ライトからの念話指示に従い、メラとスズがエリオをライトとユメ達から遠ざけることに成功する。
メラはエリオの視線がスズに固定され顔を真っ赤にしていることから、彼の内心をある程度見透かす。
一方でスズは人混みの多さに辟易しながらも、ライトの指示を今の所、上手くこなしていることに満足感を得ていた。
当然、エリオの心情など一切気付いていないし、興味もない。
(ケケケケケケケ! ちょっと面白くなってきたぞ)
そんなスズ、エリオの一方的な懸想を横目にメラは愉快そうに胸中で笑ってしまったのだった。