作品タイトル不明
13話 リリスの思惑
「…………」
人種王国執務室。
リリスが席に座り、書類仕事をこなすペン音だけが響く。
だが途中、肩がこって、目がかすみ、文字を読んでも上滑りして読めなくなる。
「むぅ~、あぁ~……」
行儀が悪いと理解しつつも、背もたれに体を預け、両腕を天井へと向けて背筋を伸ばす。
まだ若い体にもかかわらず、やや年寄り臭い息を漏らしつつだ。
体を伸ばすと、パキポキと関節が鳴る。
(ダークさまから頂いた『不眠不休薬』のお陰で眠る必要はなくなりましたが、それでも書類仕事が終わりませんね……)
普段ならもう終わってもおかしくないが……。
近々リリスが人種王国民衆に対して、『自分が現在の人種トップだ』と喧伝するための『人種王国女王就任式典』をおこなう予定である。
大々的におこなうため、多数の人々が参加するし、人材や資材が大量に必要だ。
人が大量に動くと食料、資金、他物資が必要で、それらを動かすためにはさらに大量の手が必要になって――と、文字通り雪だるま式に必要な書類が増えていく。
もちろんダーク――ライトやエリーから人材は派遣されているが、それでもリリスが最後にチェックしてサインしなければならない書類は多い。
結果として、『SSSR 不眠不休薬』が手放せない状況が続いてしまっているのだ。
(私の女王就任を大々的に祝う式典のはずなのに、どうして祝われるべき私がこれほど苦労しなければならないのでしょうか……。この人種王国で最も偉いのは私なのに……)
『無限ガチャ』アイテムのお陰で眠らずに済むが、疲労しない訳ではない。
思わず胸中で愚痴が漏れ出てしまう。
リリスの愚痴を遮るようにノック音が響く。
声に返事をすると、ユメ(偽)がお盆にお茶と甘いお菓子を手に現れる。
「リリス女王陛下、そろそろご休憩なされた方がよろしいかと」
「ありがとう、ユメ……そうするわ」
現在、リリスの側付きメイド長に収まっているユメ(偽)は、素直な彼女の態度に微笑みを浮かべ、ソファー前にお茶とお菓子を配膳した。
リリスは根っこが生えそうなほど座り続けていた執務室席から立ち上がると、柔らかなソファーへと体を預ける。
「あぁぁー……」
「女王陛下、お行儀が悪いですよ」
「これぐらい大目に見てくださいユメ。書類仕事から一時的とはいえ解放されたのですから」
リリスはだらしなくソファー背もたれに体を預け、声をあげた。
ユメ(偽)以外の前では決して出来ないだらしない態度に、彼女がチクリと釘を刺す。
リリスはそれでもだらしなくソファーに体を預けつつ、甘味のクッキーに手を伸ばした。
「大変なのは理解していますが……。ユメ以外の前では本当にしないでくださいね。リリス女王陛下の名誉に傷がついてしまうので」
「分かっているわ。私だってそんな間抜けじゃありませ――」
ノック音。
だらしなくクッキーを咀嚼し、返事をしていると扉がノックされる。
反射的にリリスは背筋を伸ばした。
第三者の目にだらしない姿を見られて女王としてのイメージに傷が付かないようにするためだ。
リリスが行儀良く座っているのを確認してから、ユメ(偽)は扉へと近づく。
扉を開くと文官男性がお盆に手紙を乗せて、1、2言と会話を交す。
ユメ(偽)は、手紙を受け取ると、罠が無いかどうかチェックし、開封。問題が無いのを確認してからリリスへと差し出す。
リリスは宛名を確認すると、眉根を潜めた。
「お兄様の派閥の監視を任せている者達からの報告ね」
宛名は当然偽名だ。
リリスの配下の一部に依頼し、問題を起こしそうな兄クロー派閥の一部を見張っていた。
定期的に手紙形式で、報告書が届く。
本来なら、直接顔を合わせて色々報告を聞きたい所だが……。
そこまで人員に余裕が無いため、基本よほどの緊急事態が起きない限り手紙形式で報告を受けているのだ。
リリスが内容を確認すると……頭を痛そうに押さえる。
「予想はしていたけれど……まさか本当に動き出すなんて……」
内容を簡単に説明すると『クロー派閥の子爵達が「人種王国女王就任式典」に合わせて蠢きだした』というものだ。
内外に大々的にリリス自身が『人種女王陛下だ』と示す『人種王国女王就任式典』を開催しようとすれば、当然、クロー派閥が何かしらの反応を示すと考えていたが……。
まさかここまで予想通りに動き出されると、喜ぶ前に頭が痛くなる。
「ただでさえ準備で忙しいのに、彼らをどうにかするための対処まで考えないといけないなんて……」
彼らの狙いも大凡予想が付く。
兄クローの救出に、リリス自身の首だろう、と。
目的がある意味はっきりしているため、対処指示を出すのは難しくないが……確実に今以上に忙しくなることにリリスは頭を痛めずにはいられなかった。
(ダーク様から頂いた『不眠不休薬』がなかったら……。考えたくもありませんね)
改めてリリスは『SSSR 不眠不休薬』が手元にある幸運を噛みしめる。
リリスの発言から、手紙の内容になんとなく予想が付くユメ(偽)は、彼女の体調を心配した。
「女王陛下……いくらダーク様から下賜されたお薬があるとはいえ、これ以上の無理は体に響きますよ」
「ユメ……心配してくださってありがとう。でも、この激務を乗り切れば、きっと楽になりますから。忙しいのは一時的なモノですよ」
ユメ(偽)の心配に、頭痛を堪えるように頭を押さえていたリリスが、はかない笑顔で返答する。
また言外に示された『これ以上、自分達で対処するより、ダーク様を頼っては』という提案をやんわりと却下した。
(私だって出来ればダーク様のお力にすがりたいです。ダーク様に頼れば快く引き受けてくださるでしょう。ですが、彼は人種ですが、人種王国に思い入れなどありません。だから危ういのです)
リリスが胸中で、吐露する。
(人種王国――いえ、私に対してダーク様が甘いのはあくまで『実妹であるユメの命を救った恩人』だから。ですがもしもダーク様の目的の邪魔になるなら、私などつま先に弾かれる小石程度の存在でしかないのです)
リリスからすればライト達は、唯一無二の存在だ。
しかしライト達側からすれば、同じ人種ということで人種王国に共感は持っているだろうが、人種王国の主がリリスである必要などない。さらに言えば人種王国と自分達の目的のどちらを選ぶかと問われたら、当然ではあるだろうが自分達の目的を第一に考えるだろう。
(人種の明るい未来を得るためなら、私はどれだけの自分の手を汚そうと覚悟を決めていました。なのでもしどちらを選べと言われたら、私もダーク様同様に、自分の大切なモノ――私の場合は迷わず人種王国を選ぶでしょう)
リリス自身、『なぜこれほどの苦労をしているのか』の理由を思い出す。
全ては人種の明るい未来を得るためだ。
そのためにダーク、『巨塔の魔女』などの力を借りて、クーデターじみた人種王国国王の地位を得たのだ。
(だからこそダーク様に『頼ってはいい』ですが、『依存』しては駄目。彼の優先順位の中で『私が女王である人種の未来』はそれほど高くない。だからいくら苦しくても自分達でやりくりしなければならないのよ……ッ)
ユメ(偽)は、ライトの 恩恵(ギフト) 『無限ガチャ』から生まれ出たカードの力によって存在している。
そのためリリスは素直に感情を吐露することは出来ないため、胸中で思いを漏らすしかなかった。
現在は互いに利益が一致しているため、手を離すことはないが、依存しないように戒めることは人種王国女王として必要だ。
リリスは紅茶で口を湿らしつつ、追加の台詞を頭の中でまとめる。
「……それにダーク様達には、既に多くのご支援を頂いているわ。魔人種からの攻撃についても結局は押しつけてしまった形だし……。これ以上、甘える訳にはいかないの。なるべく私達の手で対処しないと」
「リリス女王陛下……」
ユメ(偽)の表情はリリスの体調を慮って心配そうに眉根を下げる。
リリス同様に胸中で何を考えているかまでは、分からないが。
(『国家には家族や依存していい都合の良い友などいない』と父から教えられたけど、本当ね……)
リリスはユメ(偽)に気付かれないように溜息を漏らしつつ、再度、クッキーで糖分を頭に補充しつつ、クロー派閥の動きを阻害する指示案を脳内でまとめた。
彼女の誤算が一つだけあるとするなら……竜人帝国側『マスター』がなぜかクロー派閥を支援し、援助、介入していることだろう。