作品タイトル不明
38話 乙女心
「ぎぎぎぎぎぐがぁあぁ……ッ!」
メイド、下男、兵士達の手のひら返しに、ディアブロは泡を吹き出しそうになるほど怒り、絶望し、困惑を深めた。
ディアブロは怒りでドス黒く染まった顔でマントを翻し、腰を落とす。
「この恩知らず共が! ならばミーが直接、『巨塔の魔女』の首を落としてやりますよー!」
使用人達から距離を取られ、怒りで完全に理性が蒸発したディアブロが、『ヴォロス第一王子直筆の委任状』、魔人国国王陛下代理人権限を持つ『巨塔の魔女』に襲いかかる。
相手は人種だが、現在は魔人国トップの代理人としてこの場に立っているのだ。
やっていることは立派な国家反逆罪だが、怒りで我を忘れているディアブロは躊躇いなく攻撃魔術を放つ。
「魔力よ、顕現し氷剣を作り、舞い踊れ! アイスソード・ロンド!」
戦闘級(コンバット・クラス) 上位、『アイスソード・ロンド』。
一度に数十本のアイスソードを作り出し、攻撃をしかけることが出来る。
腐ってもレベル400前後の魔人種。
冒険者時代で戦闘経験も十分にあり、魔術詠唱も淀みがない。
「死ね! 『巨塔の魔女』ぉおおおぉッー!」
とはいえ所詮はレベル400程度であり、相手は『巨塔の魔女』ことエリーだ。
レベル9999あり、『禁忌の魔女』と呼ばれるほど魔術に精通しているため、魔力抵抗値も『奈落』メンバーで一番高い。
この程度の攻撃など、それこそ何もせずとも傷一つ負わないが……。
アイスソード・ロンドを発射。
ほぼ同時に『巨塔の魔女』の背後に控えていた冒険者ダークが、彼女を守るように前へと出る。
彼は手にした杖で、人種にあるまじき反射速度で襲いかかるアイスソード・ロンドを打ち、はらい、砕く。
「なっ!?」
「『巨塔の魔女』様に手出しはさせない」
「ぅっ……ふぅ……」
背後に控えていた冒険者ダークは『巨塔の魔女』の護衛者として、アイスソード・ロンドから『巨塔の魔女』を守護する。
まさか人種に自身の攻撃魔術を防がれるとは想定していなかったらしく、ディアブロが驚愕の表情を作った。
一方、『巨塔の魔女』エリーはダークに守られる状況に、今までの淡々とした態度とは打って変わって、恍惚とした声を漏らす。
表情はフードを被っているため一切見ることは出来ないが、漏れ出ている雰囲気で歓喜しているのが第三者の使用人達にも伝わってきた。
――ディアブロが暴発した際、ダークことライトが、『巨塔の魔女』エリーをガードすることは事前に打ち合わせ済みだ。
エリーとしても、ディアブロの攻撃など自分に毛ほどの傷も付けられないとしっかり認識していたが、実際ライトに守ってもらうシチュエーションに彼女の乙女回路が過剰動作してしまう。
結果、喜びを我慢するつもりだったが、気付けば自然と溢れ出てしまった。
(あぁぁぁ、ですがいくら事前に打ち合わせ済みで、攻撃に脅威がなくても、愛しい殿方に守ってもらえるシチュエーションに胸をときめかせない乙女などおりませんわ! これは不可抗力ですの!)
と、ついエリーは胸中で言い訳を漏らす。
もしこの胸中台詞をメイ、アオユキ、スズ、メラ、アイスヒート、妖精メイドなどが耳にしたら深く頷き、同意しただろう。
――話を戻す。
ディアブロの暴発は規定路線だ。
暴発させるため貴族権利を剥奪し、使用人達を離反させて、言葉&態度で散々挑発をした。
もちろん、使用人達がそれでもディアブロを慕い庇うなら、ライトは事前に宣言した通り彼を生かしていた可能性もあった。
しかし結果はごらんの通りである。
故に第2段階へと進む。
ダークは殺さないよう注意して、ディアブロを蹴り飛ばす。
「ぐがぁ!?」
彼は大きく吹き飛び、屋敷ドアを突き破り室内へと姿を消す。
ダークに『騎士に守られるお姫様』のようなシチュエーションに歓喜していた『巨塔の魔女』ことエリーだったが、いつまでも喜びに浸っている訳にはいかない。
ダークとディアブロをなるべく2人っきりにするため、他使用人達を下げる。
「――ディアブロさんには国王代理権限を所持するわたくしを襲った罪、国家反逆罪を追加いたしますわ。兵士の皆様は、屋敷に居る使用人、この場に居る者達を屋敷の外、安全な場所に移動させるように。ディアブロさんへの対処はわたくしの護衛に付いている腕利きの冒険者さんにお任せしますので」
「か、畏まりました!」
兵士達、使用人含めて今更『巨塔の魔女』に逆らう者達などいない。
数名が屋敷に走り、裏手から屋内に入って避難を促しに向かう。
その場に残った兵士達は、使用人達を連れて退避。屋敷から距離を取る。
避難することで現場に、ダークと『巨塔の魔女』、そして屋敷のドアを突き破ったディアブロしかいなくなった。
「行ってきます」
「存分にお楽しみくださいませですわ」
ダークが1人、正面から屋敷の中にいるディアブロへと歩を進める。
『巨塔の魔女』は、弱ったネズミをいたぶる猫を送り出すかのように、楽しげな声でダークを見送った。
ダークが屋敷に向かって歩く。
復讐心を胸に燃やしながら。
☆ ☆ ☆
「ぐがッ、げほっ、ごほッ……」
ダークに蹴り飛ばされたディアブロは、咄嗟に両腕でガード。
しかし、勢いに耐えきれず蹴られたボールのように勢いよく飛び、屋敷の分厚い正面扉を破壊して、玄関ホールへと転がった。
蹴られた腕も痛いが、衝撃が貫通した腹部、扉を破壊した背中、玄関ホールを転がり壁にもぶつかって体中が痛かった。
常人なら即死する一撃だったが、ディアブロはレベル400前後だ。
お陰でこの程度のダメージで済む。
扉の残骸を踏む足音。
顔を上げると、黒髪に、低い背丈、手には杖を持ち、火傷で被っていると口にしていた仮面越しに自身を見下ろすダークが立っている。
ディアブロは怒りでこめかみに青筋を浮かべ、体を起こし、片膝を床に付けながら脅す。
「き、貴様…… ヒューマン(劣等種) の分際で、魔人種貴族であるミーを蹴り飛ばすなんて! 貴様のおこないはミーだけではなく、魔人種という国に手袋を叩きつける行為! 国家を相手に喧嘩を売るなど、貴様、死にましたよー!」
「貴族、国家、喧嘩を売る? 何を言っているんだ」
ダークが最高の笑顔で嗤う。
「貴様は既に貴族位を剥奪されたただの一般人だろ、ディアブロ」
「!?」
ディアブロは悔しげに息を呑む。
彼は震える唇で、誤魔化すように大声を上げた。
「ち、違う! 違う違う違う! あれは魔女が勝手に口にしただけですよ! ミーは貴族だ! 貴族家の子供に産まれて、長年魔人国に尽くし、偽『ますたー』の始末もしたのに! そんなミーが貴族ではなくなるなんて、あっていいはずがないんですよー!」
「いいや、だからこそ、貴族位を剥奪されたんだよ」
ダークが空いた片手で顔を隠す仮面を外す。
ディアブロは最初、その行動に何の意味があるのか分からず、再度、醜い火傷を見せられるのかと身構え、目を逸らそうとしたが――逸らすことが出来なかった。
食い入るように、顎の骨が外れるほど口を開き、喉を振るわせる。
「馬鹿な、どうしてー……ッ」
驚愕するディアブロを無視してダーク――。
「ディアブロ、おまえが貴族位を失った最大の理由は……僕を裏切り殺そうとしたからだよ」
「ら、ライト……い、生きていたのですかー!?」
ディアブロの驚愕する顔、台詞にライトは心底満面の笑顔で答える。
「ディアブロ、オマエ達に復讐するため『 奈落(地獄) 』の底から戻ってきたよ」