作品タイトル不明
37話 視察
『巨塔の魔女』が視察に来る当日。
ディアブロはこの日のために『巨塔の魔女』の機嫌を全力で取るため金に糸目を付けず美食を集め、屋敷の清掃を徹底させ、使用人達も綺麗どころを目立つところに配置するように準備した。
当然、魔女に何かを求められても『絶対に逆らうな』と使用人達に念押し。
他、彼が思い付く限りのことを一通りこなして、待ち構えた。
先触れの予告時間に従い、ディアブロは当主として屋敷正面玄関で直立。
他使用人、下男達も新品の衣服に身を包み、『巨塔の魔女』の到着を待つ。
「来たようですねー……」
ディアブロが緊張感から唾液を嚥下する。
彼が向ける視線の先。
遠い空から複数の飛行する影を捉えることが出来る。
影の数は多く、遠目だと『渡り鳥の群だろうか』と勘違いしてしまうが、ぐんぐんと近付いてくるとすぐに違うものだと理解出来た。
一匹一匹の大きさが鳥の大きさの比ではないのだ。
ドラゴン。
大きく羽ばたき大空を進む姿は力強さがあり、それだけで芸術品のようだった。
一匹だけではない。
100匹以上も居て、それだけで一見の価値がある大迫力な光景だ。
ドラゴン達が近付いてくると、ディアブロだけではなく、他使用人達も息を呑み始める。
ドラゴンの群の中で一番巨大な個体が真っ直ぐ降下してくる。
降りてくるドラゴンはその巨体に見合わず、着陸の振動を押さえるようにゆっくりとディアブロ達正面にある開けたスペースへと着陸をした。
近くに居るディアブロ達を気遣った訳ではない。
背中に乗せている人物達に配慮して、少しでも振動を押さえるように着地したのだ。
「ごくろうさまですわ」
「…………」
『グルゥ』
ドラゴンが着陸後、犬のように地面へと伏せる。
背中に乗せている人物である、『巨塔の魔女』とダークが下りやすいようにするための配慮だ。
魔女は地面に下りると、伏せているドラゴンの鼻先を撫でる。
さらに冒険者『黒の道化師』リーダーであるダークが、彼女の後に続いてドラゴンから下りてきた。
仮面で顔が隠れて表情は分からないが、彼は押し黙っていた。
(な、なんで『巨塔の魔女』と一緒にダークが下りてくるのですかー!?)
表面上、笑顔を貼り付けているディアブロだが、胸中は疑問符で一杯になる。
ダークとは、シックス公国会議以来、久しぶりに顔を合わせるが、ディアブロは決して彼を忘れることはない。
なぜなら、ダークが『奈落』で殺害しようとしたはずの『ライト』の可能性があるからだ。
だが、ディアブロはその可能性を自身へ言い聞かせるように否定する。
(よ、良く考えればダークがライトなどありえませんー。第一、ライトの姿を『奈落』で見失ったのが今から約3年前。もし生きていたとしたら15歳になっているはず。人種で15歳ならもっと背が伸びているはずですよ。ダークは見た目12歳前後で全然違います。なによりあの ヒューマン(劣等種) のライトが、暗殺者を退けるほど強くなれるはずなどありえませんよー)
胸中でディアブロは可能性を否定するが、2人が一緒に下りてくるのを目にして、嫌な予感を拭えなかった。
しかし、まさかそのことを口にするわけにもいかず、貼り付けた笑顔のまま、歓迎の言葉を口にする。
「遠いところ、わざわざおこしくださってありがとうございます。『巨塔の魔女』様にお会いできて恐悦至極に存じますよー」
ディアブロはプライドを完全に押し殺し、揉み手する勢いで『巨塔の魔女』に歓迎を示す。
彼は精一杯の愛想笑いを浮かべつつ、自身の屋敷へと自ら案内を買って出る。
「立ち話も何ですから、早速ミーの屋敷へ。『巨塔の魔女』様をお招きするには貧素な屋敷ではございますが、ご自宅だと思い――」
「いえ、結構ですわ。歓迎の必要はありませんの」
だが、『巨塔の魔女』はあっさりと拒絶。
彼女は胸の谷間から書類を取り出すと、挨拶もせず宣告する。
「『ヴォロス第一王子直筆の委任状』、魔人国国王陛下代理人権限に基づきディアブロさんの領地は没収。領地は魔人国が接収し、貴族の権限を全て剥奪いたしますの」
顔をフードで隠しているため『巨塔の魔女』の表情を読み解くことは出来ないが、声はただただ冷たかった。
ディアブロを含め、その場に居る使用人達も最初、意味が理解できず目を点にする。
ようやくディアブロが言葉の意味を理解するが、彼は冗談だと捉えた。
「あははは、さすが『巨塔の魔女』様、冗談も過激ですね。ミー達の国は確かに些細なすれ違いによって敵対的関係に陥っていました。しかし、今後は互いの国々と交流を重ね、深め合っていけば互いの悪感情もいつかほぐれ――」
「冗談ではありませんわ。魔人国からの正式な通達ですの。ちゃんと正式書類も揃っていますわ」
『巨塔の魔女』は、取り出した書類をディアブロに見せつけるように振る。
「長年続いていた家ですが、残念ながら今日、この日を以てお取り潰しですの。以後はただの一般人として頑張ってくださいまし」
「ふざ、巫山戯るな! どうして、ミーがこんな理不尽を受けなければならないんですか! こんな一方的な行為、絶対に許されませんよー!」
お取り潰しが魔人王国からの正式な通達だと理解したディアブロが、爆発するように抗議する。
相手が『巨塔の魔女』だろうが関係ない。
今ここで、引き下がったら彼の精神を支え、実兄を追い落とした末にようやく得た貴族位を失うのだから。
しかし、『巨塔の魔女』はディアブロの抗議に一切の動揺を見せない。
「本当に心当たりが無いのですか?」
「そ、そんな! 貴族位を理不尽に奪われるような心当たりなどあるはずないではありませんかー!」
彼女の問いに、ディアブロは僅かながら動揺するが、すぐに反論の声をあげる。
既に使用人達がディアブロに対して、『取りつぶしはディアブロのせいなのでは』と疑惑の視線を向けてしまっているが……。
『巨塔の魔女』が話を続ける。
「ではなぜ人種王国に無断で国境を越えて自領兵士を派遣、略奪行為をするよう指示を出していたのかしら?」
「あ、あ、あれは、ヴォロス第一王子からの要請で断れなかったのですよ! ミーは一介の子爵ですよ! ヴォロス第一王子からの要請を断るなんて選択肢、あるはずないではありませんかー!」
「『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』を使って、要人の暗殺を依頼した罪もありますわね」
「い、いや! あれは、で、出任せで、み、ミーを陥れるため誰かが流布した悪い噂でー……」
ディアブロの視線が泳ぎ、『巨塔の魔女』の背後にいるダークへと一瞬だけ向けられる。
彼は以前、『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』にダーク暗殺を依頼したのだ。その依頼は失敗し、さらには『ヴォロス第一王子をディアブロが暗殺しようとした』など、依頼していないことまで広まる結果になった。
『巨塔の魔女』は彼の言い訳など興味なさそうに、手元にある書類をめくり確認する。
「他にも大小色々と罪を犯していますわよね。これだけの罪を重ねているのですから、裁かれるのは当然だと思いますわよ? 第一、もう既に国から正式に通達が出ているのですからどれだけ抗っても意味ありませんわ」
「なぁ、ぐがゎあ……ッ!」
ディアブロは血管が切れてしまいそうなほど怒り、歯ぎしりする。青白いディアブロの顔色が原色を塗ったように赤く染まる。
あまりにも怒り心頭で理性が蒸発。
感情に任せて叫ぶ。
「黙って聞いていれば調子に乗って――兵士達でてくるのですよ! 殺せッ! 『巨塔の魔女』を殺すのですよ! 殺してしまえばミーの領地、地位、名誉を奪われることはなくなるのですー!」
ディアブロは念のため屋敷の影に兵士達の中でも腕利きを選抜し忍ばせていた。
主の声に従い、腕利き兵士達が姿を現すが……。
『巨塔の魔女』が楽し気にクスクスと笑う。
「別に逆らってもいいですわよ。ドラゴン達で領地ごと焼き払うだけですの。そちらの方がわたくし達としては手間が少なくて楽でいいですの」
『グォン!』
『巨塔の魔女』の背後で、待っていたドラゴンが一鳴きする。
その声に反応して、上空を飛び回る約100匹のドラゴン達が、一斉に鳴き声をあげた。
鳴き声を聞くだけで、兵士達はビリビリと肌を物理的に刺激するような威圧感を覚える。
いくら選抜された兵士とはいえ、約100匹のドラゴンなど相手になど出来ない。
逆らった領地が実際にどんな目にあったかも耳にしている。
ディアブロの声に反応して、姿を現したが……手にした剣を振るうことも、弓に矢をつがえることも出来ず、ただただ黙って固まってしまう。
最後に『巨塔の魔女』が止めを刺す。
「ちなみにこの領地は当分国家預かりになるので、兵士やメイドさん達の給金、地位などは全て保証されますわよ」
現在、魔人国第一王子ヴォロスが失踪中で、魔人国のトップは不在だ。
しかし、『巨塔の魔女』の発言通り、大人しく領地を渡すなら、当分の間、給金、地位などを魔女の名前に於いて保証することを認めさせていた
この返答にメイド、下男、兵士達が一斉にディアブロから距離を取る。
武力、権力で負け、待遇も当分とはいえ保証されたら、抗える者はそうそういないだろう。
「ぎぎぎぎぎぐがぁあぁ……ッ!」
メイド、下男、兵士達の手のひら返しに、ディアブロは泡を吹き出しそうになるほど怒り、絶望し、困惑を深めたのだった。