作品タイトル不明
15話 兄
「あぁぁっ……ら、い、と……」
「ッ!? にーちゃん! エルスにーちゃん! 意識が戻ったの!?」
ドクによって改造され怪物と化したエルス兄が僕の名前を呼ぶ。
兄は人種死体ゴーレムに取り込まれていた。
僕はドクに弄ばれる人種死体ゴーレムを燃やすためにも、『UR 炎環地獄(ヘル・ファイア) 』を解放。
『UR 炎環地獄(ヘル・ファイア) 』は、一定時間消えない灼熱の業火が広範囲に渡って広がる。この炎が燃え移った場合、水でも魔術でも消すことは出来ない。消化方法は一定時間経過するか、使用者の意思のみだ。
故にドクが得意とする支援魔術でも干渉できないため、このカードを選んだのだが……。
狙い通りドクが支援魔術で 炎環地獄(ヘル・ファイア) を消そうとして失敗。
その炎の強さに怯えて、人種死体ゴーレムから出てきたのはいいが……兄にまで炎が移ってしまう。
僕が慌てて炎を消し、火傷を治癒するため『SSSR 祈りの息吹(オーバーヒール) 』を使用した。
兄の火傷は回復系カードの力で、最初から無かったかのように癒すことが出来た。
そんな回復系カードの力か、『UR 炎環地獄(ヘル・ファイア) 』の痛みか、はたまた奇跡か、兄が人種としての意識を取り戻したのだ。
これには改造者であるドクも仮面でいまいち表情は分かり辛いが『馬鹿な、ありえない』という空気を漂わせている。
僕は涙目で兄へと駆け寄り、三年以上振りに言葉を交わす。
「にーちゃん!」
「ら、い……ら、い、ど……ガァァァアアァッ!」
僕が近付くと、頭を抑えた兄は怪物の意識に再び乗っ取られ、雄叫びを上げ殴りかかってくる。
「ライト様!」
「ニャ!」
「メイ! アオユキ! 絶対に手を出すな! いいか、これは命令だ!」
殴りかかってくる兄に反応して、メイとアオユキが僕を守ろうと動こうとしたが、命じて動きを止めた。
僕は兄に攻撃を加えられるが、防御のみで一切の攻撃をおこなわない。
「ガァアァァァァッ!」
丸太のように太い腕で手加減など一切ない殴打。
しかし、僕はレベル9999だ。
現在の兄がいくら怪物のような力を持っていて、普通の人種なら一撃で即死するような殴打でもダメージは無い。
僕は構わず声をかける。
「にーちゃんが守ったユメも無事だよ。今、安全な場所で一緒に暮らしているんだ。とーちゃんやかーちゃん、村の皆はいなくなっちゃったけど……今度は誰にも、どんな脅威、悪意からも絶対に手を出されないから! 僕がユメ、にーちゃん、皆を守るから! だからまた一緒に暮らそう!」
「うぅううぅ……ら、いど……らい、ど……」
僕が声をかけると、にーちゃんがうめくように呟き、頭を押さえる。
僕は頭を押さえる兄の手に触れた。
その手は僕の知る兄のモノではない。
皮膚は鋼鉄のように硬く、冷たくて、肌触りも悪かった。
しかし自分に流れる血と同じだから分かる。
これがエルスにーちゃんの手だと。
手に触れると……兄の瞳から狂気が薄れ、真っ直ぐ僕と見つめ合った。
互いに瞳を重ねると、貧農時代の過去が蘇る。
――夕日だ。
真っ赤な夕日が幼い僕とエルスにーちゃんを包み込む。
帰宅する時間に気付かず、遊んでいた幼い僕をにーちゃんが迎えに来てくれたのだ。まだユメも産まれていない幼い頃だ。
頭ひとつ分、背の高いにーちゃんに手を握られながら、僕は家路へと帰る。
僕はその日、時間を忘れて遊んでいたせいで、とーちゃんとかーちゃんに怒られ、嫌われてしまうことに怯えていた。
約束を破った僕が悪いから、ちゃんと『ごめんなさい』と謝るから。だから嫌いにならないで欲しかった。
しかしエルスにーちゃんが否定する。
『とーちゃん達が怒っているのはライトになにかあったのかと心配しているからだよ。兄ちゃん達が、ライトを嫌うなんてことは絶対にないから』
ほんとう? とーちゃん、かーちゃん、にーちゃんはぼくをきらいになったりしない?
この問いににーちゃんは僕へと振り返り、夕日に負けない笑顔で、断言する。
『もちろん。兄ちゃんはライトを嫌いにならないよ。たとえ何があっても家族一緒にずっとだ』
その言葉が幼い僕の悲しみを止めてくれた。
家族いつまでもずっと一緒だと言ってくれたにーちゃんの言葉が、僕は涙が出るほど嬉しかった。
幼すぎて忘れてしまっていた記憶。
「――らいと、」
だから、にーちゃんの変わらない笑顔に刺激を受け、幼い頃の記憶を思い出す。
にーちゃんの笑顔は当時と変わらない温かい、家族の笑顔だった。
「らいと、おおきく、なったんだな……」
にーちゃんが笑う。
触れていた手を解き、にーちゃんは笑顔のまま僕の頬を愛おしげに撫でる。
撫でた後――自分の心臓へと手を突き刺し、抉り、握り潰す。
「……にーちゃん」
にーちゃんの温かい血が僕へとかかる。
にーちゃんはそのまま何も言わず、地面へと倒れてしまう。
「にーちゃん……」
にーちゃんがなぜ自分で自分の心臓を握り潰したのか。
これ以上、怪物に意識を奪われず、僕――家族を襲わないため、自らの核である心臓を握り潰したのだ。
理屈は分かるが、感情が追いつかない。
僕は地面に膝を突き、にーちゃんを抱き起こす。
自分で心臓を握り潰すなど、辛い苦痛を味わったにもかかわらず、にーちゃんは安堵したように微笑んでいた。
まるで大切な家族を命懸けで守った誇らしげな笑みだ。
僕の瞳から涙がこぼれ落ち、にーちゃんの頬を濡らす。
「にーちゃんは昔からいつもそうだ……自分の事を後回しにして、僕やユメのことばかり優先して……。自分もお腹が空いているのに僕達に譲ったり、危ないことや辛いことも『自分はライト達の兄ちゃんだから』って……」
復讐を誓う者でも、世界の真実を探る者でも、『奈落』最下層の絶対的主でもなく――貧農時代の僕として、何も言わなくなったにーちゃんを抱き、子供のように泣いてしまう。
僕の泣き声に釣られてメイ、アオユキまで悲しみの涙を流す。
――ただ唯一、ドクだけが歓喜の雄叫びを叫んだ。
「素晴らしい! 素晴らしいですよ! ワタクシが求めているのはこれ! 人種の美しい可能性! 可能性より美しく、未来より尊いモノ!」
僕達の悲しみなど一切無視して、ドクは心底嬉しそうに断言する。
「愛です!」