作品タイトル不明
3話 血の付着
――少し時間を戻す。
魔人国国境近い人種王国村。
「アァァッ、ネズミがこそこそ一匹まだ隠れているようだなッ」
メラがライトに風貌が似ている人物――ライトの兄エルスに気付き動揺した。その僅かな気配の揺れに気が付き、魔人国側『ますたー』ゴウはそちらへと視線を向けたが、
『ガァアァァアァァァァアァッ!』
メラは、身長が2mを超えて両腕と両脚が太くドラゴンのように鱗に覆われている異形の姿をしている『分身体』を動かす。
分身体はゴウの攻撃によって牙を折られるほどのダメージを負ったが、メラからの『アタシが逃げるまで全力で時間を稼げ』という指示で、撤退までの時間を稼ぐべく襲いかかる。
別に1日以上時間を稼げと言っている訳ではない。
『SSR 転移』カードを使用する数秒でよかった。
分身体は口端から血を流しつつも、再度、ゴウへ向けて毒火炎を吐き出す。
竜の腕で殴りかかる単純な攻撃は、ゴウの摩訶不思議な術で防がれるが、毒火炎だけは大きく上空へと避けた。
故に『毒火炎を防ぐ手段がゴウにない、弱点の可能性が高い』と考えたのだ。
「アアッ? テメェ、もしかして俺様を見下しているのか?」
メラ分身体の意図を察したのか、ゴウは苛立った声を上げる。
彼は最初こそ、毒火炎を回避するため上空へと回避していたが――今度は、逃げもせず正面から立ち向かう。
メラ分身体は、最初こそ驚くが、毒火炎の火力を強める。
(毒火炎を正面から受けるとは、馬鹿め! 高レベルだから火炎・毒物無効化能力でも所持しているから過信して正面から喰らったんだろうが、そいつはただの毒物じゃないんだよ! 本体から数千の毒物を引っ張ってきて調合した特別製だ! 例え毒物無効化能力所持者でも浴び続ければ、能力を貫通して動きを鈍らせ、じわじわ麻痺させていく! このまま一定の距離を保ちつつ、毒火炎を浴びせ続けて動きを鈍らせたら、今度は直接体に流し込んで完全麻痺させて『奈落』最下層へと連れていってやるよ!)
分身体はゴウの慢心を逆手にとって、彼を麻痺、拘束して『奈落』最下層へと連行する事すら考えた。
もし達成したら大金星、ライトも手放しで称賛を送っていただろう。
……達成できていればだ。
「ふッ!」
『……? はぁ?』
メラ分身体から放たれた毒火炎がゴウによって打ち払われる。
魔術やマジックアイテムなどを用いた訳ではない。
ゴウは2本の腕が円を描き、毒火炎をまるで自身のモノの如く操り逸らしていく。その際、毒も、火炎も、一切効果がない。
ゴウの髪の毛一本、皮膚の一枚も焦がさず、毒を侵食させることもできず受け流された。
あまりの出鱈目具合にメラ分身体は思わず、間の抜けた声を漏らしてしまったほどだ。
『ま、魔術も、マジックアイテムも使わず、ただ2本の腕を回しただけでどうして毒火炎を受け流せるんだよ! 普通、ありえないだろ!? 貴様、何か特別なスキルでも使っているのか!?』
「アアァ、スキルだァッ? まぁある意味、特別なスキルだな……。オマエのようなただの『化け物』には到底理解できないだろうがなァッ」
ゴウは含みがある台詞を返す。
メラ分身体も実際、意味が分からず困惑してしまう。
そんな分身体にゴウは、殺意を纏った台詞を告げる。
「大道芸は終わりか? ならそろそろ殺すぞォッ」
『ッゥ!』
明確な殺意を浴びて、分身体は慌ててゴウから距離を取る。
接近して殴りかかれば、気付けば自分の方が地面に打ち倒され、どんなに力を込めても片手で押さえ込まれてしまった。
遠距離から毒火炎を吐き出せば、なぜか髪の毛一本燃やすことも出来ず、2本の腕を振るっただけで受け流されてしまう。
文字通り手も足も出ない状況だが、まだ接近戦より、距離を取って隙を狙った方がマシだ。
相手は『ますたー』といえど人種。
スタミナなら分身体側の方に分があるかもしれない、と分身体は考える。
だが、この消極的な作戦にゴウが苛立つ。
「アァァッ、距離を取れば俺様が隙を見せるとでも舐めているのかァ! 別によォ、遠距離攻撃なんて魔術や特別なスキルなんて無くても不便はないんだよォ。こんな風になァッ!」
ゴウが苛立ちをぶつけるかの如く、地面を蹴り飛ばす。
『!?』
たったそれだけで分身体の目の前に巨大な土砂の津波が現れる。
メラ分身体は咄嗟に両腕のドラゴン腕でガード。
防御を固めるが、
『グガァアァァ!』
硬度の高いドラゴンの鱗で覆われた両腕でガードしているにも拘わらず、レベル9000前後のゴウが蹴り飛ばした土砂の威力が高すぎて防ぎきれず、両腕どころか全身がたった一撃でボロボロにされてしまう。
(た、ただの蹴り出された石飛礫にもかかわらず分身体の体をここまでボロボロにするなんて。どんだけの威力なんだよ……)
分身体が胸中でゴウの実力の高さ、強さ、破壊力に驚愕してしまう。
だが同時に、内心で笑った。
(こんなアタシの分身体以上の怪物を相手に、時間を稼いで本体を無事に転移させた。ライト様《ご主人さま》の元へ情報を持ち帰る事に成功した。この時点でアタシ達の勝ちだ!)
分身体がゴウの気を逸らしている間、既に本体であるメラは『SSR 転移』で撤退済みだ。
『巨塔』経由で確実に、これまでの情報がライトの元へと届く。
この時点で分身体からすれば勝利といえた。
故に思わず内心で笑ってしまったのだ。
(後はゴウやドク、あの ライト様(ご主人さま) に似ている護衛者の体に、アタシの血を 少しでも浴びせるだけ(、、、、、、、、、) 。そういう意味ではボロボロになってちょうどよかったな。これなら自然に血を浴びせることが出来る。)
ゴウの一撃で両腕の鱗は飛ばされた飛礫によってボロボロとなり血を流している。
この後、破れかぶれで両腕を振り回し、血を周囲に飛ばしても不自然さはない。
( ライト様(ご主人さま) のため、『奈落』にいる皆のため、最後まで任務を全うさせてもらおうか!)
分身体は絶対の忠誠心を捧げるライトのため、自身が与えられた任務を最後まで全うするため撤退もせず、喜々として絶対に勝てないゴウへと再び戦いを挑むのだった。
☆ ☆ ☆
分身体は最後までゴウへと戦いを挑んだ。
遠距離では逆に自身が不利だと悟り、ボロボロの体で最後まで抗うが――当然、勝利できる筈もなく、最後は少しの情報も漏らさないため自分で自分の体を燃やし灰となる。
その燃える姿を横目にゴウは苛立ちを露わにした。
「チッ! 最後まで無駄に粘りやがってェ。しかも無駄に汚ねェ血をばらまきやがってよォ……クソがァッ!」
「個人的には珍しいサンプルだったので死体を確保したかったのですが……まさかこちらに死体すら渡さないため、自らを焼くとは……」
ゴウは体に付いた血に苛立ち、ドクは燃えて灰になった分身体へと惜しそうな視線を向ける。
ディアブロ領地から来た魔人種兵士達はゴウ達の戦いに圧倒され、自分達に害が及ばなかったことに安堵していた。
ゴウは盛大に苛立ちながら、 空(から) になった人種村に背を向けて歩き出す。
「ちょっとゴウさん、どちらに向かわれるのですか?」
「アアァッ、依頼にあった『腕利き』って奴は倒したんだ。後はオマエだけでも十分だろうが」
魔人国第一王子ヴォロスから依頼された『魔女が派遣した腕利きの始末』。
そして、こちらは極秘だが『ディアブロ領地兵士を使った彼の暗殺』という依頼がある。
ゴウ的には、『魔女が派遣した腕利きを始末した』以上、自分はもう用済み。後はヴォロスから直接依頼されたドクの仕事だと考えているようだ。
(――チッ、面倒だが必要なことだからな)
もちろん、それだけの理由でゴウがこの場を離れる訳ではない。
他にも理由はあるが……ドクにわざわざ話す必要はなかった。
所詮、仲間と言っても互いに利益で結ばれた者同士だ。本音を語るほど信頼はしていない。
ゴウはドク達に背を向け1人、魔人国国境へと引き返す。
「ゴウさんの我が儘にも困ったものですね。ですが実際、『魔女が派遣した腕利きを始末』した以上、居てもらっても意味はないですしね。それにまだ敵が居たとしても、こちらにはわたくしの最高傑作の護衛が居るので問題無いと言えば無いのですが……やれやれですね」
ドクはその場で溜息混じりに肩をすくめる。
ゴウ相手に力尽くで言うことを聞かせることなど出来ない。
目にした通り、実力は確かだからだ。
またゴウの実力を眼にして、あまりの強さに魔人国兵士達が怯えているというのもある。
(もしかして、彼はそれに気付いて自分が居ない方が良いと考えたのでしょうか?)
思わずドクは考えてしまう。
そんな殊勝な性格ではないのはよく知っているため、すぐにその考えを自分で否定し苦笑いを浮かべる。
唯我独尊を地で行くゴウが、他者を気遣うなどありえないからだ。
「あ、あの、自分達はこれからどうすれば……」
1人黙って苦笑するドクに、魔人国兵士が待ちかねて指示を仰ぐ。
その声にドクは意識を戻し、振り返る。
「気配的にこの村に人種はもういません。今日はここに泊まり休憩後、明日、任務通り別の村を襲いましょう。わたくし自身の研究のため、魔人国のメンツのため、また人種の進化、栄光のため人種狩りをおこないましょう」
ドクは仮面越しで分からないが、満面の笑顔を浮かべて指示を出したのだった。