作品タイトル不明
番外編3 ウルシュ
『奈落』最下層執務室。
普段、僕は地上で冒険者『ダーク』として活動しているが、ときおり時間を作って『奈落』最下層で書類仕事をしている。
内政はメイド長で、右腕ともいえるメイが取り仕切ってくれているが、どうしても僕でないと判断が付かないモノもあった。
そういう仕事を終わらせる時間である。
僕が決裁しなければならない部分――一番分かり易いのは、『奈落』ダンジョンについてだろう。
執務室、机に向き合いながら、書類の一枚を確認する。
「上のダンジョン……『奈落』に最近、冒険者が増えている?」
「はい、資料に書かれてある通り、過去にガルーを捜索しに来た獣人ウルフ種の族長の手の者達を撃退した頃に比べて、やや増加傾向にあるようです」
メイが書類を確認する僕に対して、記憶している内容を口にした。
『種族の誓い』の元メンバーでもあり、次期獣人ウルフ種族長候補の1人であるガルーが『奈落』ダンジョン内で失踪。
族長達はメンツ的に彼を捜索しなければならず、一時獣人種が『奈落』ダンジョンへとガルー達捜索に来ていたが……。
「半分は殺して、半分は脅しのために生かしておくって話だったと記憶してるけど……。報告では僕の事前指示通りにおこなっている話だし。何かの間違い……っていう可能性はないか」
捜索隊は見せしめに半分殺して、もう半分は当分『奈落』へ近付かせないように宣伝するため生かしておくよう指示を出していたのだ。
予想通りなら、噂話を耳にした者達は『さすが世界最強最悪のダンジョン、近付かないでおこう』と考える筈だが……。
僕の指示をメイ達がぞんざいに扱うはずがない。
僕の 恩恵(ギフト) 『無限ガチャ』カードから排出された者達の忠誠心は本物だ。それこそレベル10からレベル9999など多くの者達がいるが、皆関係なく絶対の忠誠心を捧げてくれている。
……時折、『過剰すぎるのでは?』と思わなくないが。
そんな彼らが、僕の指示を中途半端にこなす筈がない。
(なら、他に何か原因があるのか?)
メイは僕の考察が一通り落ち着くのをタイミング良く見計らい、口を挟む。
「その件につきまして『奈落』ダンジョン管理統括から、直接ご報告したいとのことです」
「ウルシュが直接?」
「はい、最近、ダンジョン管理統括が忙しく、念話だけでの会話が多かったため、久方ぶりにライト様と直接面会したいとのことでしたので」
「僕も地上で冒険者として動いていたから、『奈落』ダンジョンを任せているウルシュ、トントン、アリア達と全然顔を会わせていなかったな……。確かにいい機会だね」
ウルシュは『奈落』ダンジョン全体の管理、指揮、統括を任せている配下の1人だ。
トントンは天使、悪魔の羽根が片翼ずつ生えた子豚で、主にダンジョンの宝箱関係などを任せている。
アリアは女性でダンジョンのトラップ、モンスターの管理全般を任せている。見た目は非常に美しい美少女だが……。少々変わった、個性が強い面を持つ。
基本的にこの3名に上の『奈落』ダンジョン管理を任せていた。
他サブで数名補佐がいる形になる。
その総責任者であるウルシュが、僕に会いに来るらしいが……。
「事前の打ち合わせではそろそろ顔を出す筈なのですが……」
「珍しいね、彼が時間に遅れるな――」
「にーちゃん!」
ノックも無く、扉が開く。
僕に対してこんな無礼なマネはナズナでもしない。
もし、そんなマネをしたら現場を目撃したメイや妖精メイド経由でエリーの耳に届き、お説教を受けるためだ。
唯一、こんなマネが出来るのは僕の血縁であるユメだけである。
とはいえ、彼女も人種王国メイド見習いなどの経験もあるため、普段ならこんなはしたない真似はしない、年の割にしっかり礼儀作法を学んでいる妹なのだが……。
どうも興奮気味で、やや暴走している状態らしい。
今日のユメの側付き妖精メイドも慌てた様子で、部屋に入ってくる。
まるでおてんばな姫に翻弄されているメイドのようだった。
そんな興奮気味のユメが両腕に抱き抱えている生物を、僕に見せてくる。
「にーちゃん! 見て! この子、見つけたの! とっても可愛いでしょ! ユメ、こんな可愛い犬みたこと無いよ!」
ユメはどうやら、移動中に腕の中にいる犬を発見。
あまりの可愛さと珍しさに捕獲して、僕に見せに来たらしい。
その生物は尖った大きな耳に、つぶらな瞳、短い足。胴が長く、ユメに抱えられているのもあり、余計長く感じた。
尻尾は短く、歩くたびに可愛らしくお尻が揺れるのだろうと想像がつく。
見た目は足が短く、胴が長い犬だが、頭部に天使の輪が浮かんでおり、ただの犬ではないことが一目で分かる。
しかし、その輪も彼の可愛さを引き立てる一要素にしか過ぎなかった。
彼こそ『レベル5000 雷鳴の統括者 ウルシュ』だ。
見た目は天使の輪を持つ可愛らしい犬だが、雷系攻撃魔術を極めた魔術師犬である。
『禁忌の魔女』エリーですら、雷系攻撃魔術においては一目置く人物だ。
なおかつ『統括者』の名の通り、他者の管理、指示、動かす技能にも長けているため『奈落』ダンジョンの管理統括を任せていた。
そんな彼、ウルシュがユメの腕の中で、彼女に頬擦りされる。
恐らく、僕への報告移動中にユメに見つかり捕まったのだろう。
そのせいで時間通りに来られなかったらしい。
僕自身、ウルシュの愛玩犬的可愛さを否定するつもりはないが……彼には、愛玩犬として致命的な欠陥がある。
その欠陥とは……。
「ウルシュ……ごめんね、妹が迷惑をかけたみたいで……」
「いえ、わたくしが、ライト様の妹姫君であるユメ様へのご挨拶が遅れたのが原因。むしろ、わたくしこそ謝罪させて頂ければと」
「!?」
ユメが抱き抱えている犬――ウルシュが喋ったこと、それ以上に彼の声が渋い男性のものだったことに驚く。
ウルシュの愛玩犬として致命的な欠点は、その渋い声である。
声自体は非常に渋く、重く、格好良いものだ。
僕自身、将来大人になったらウルシュのような渋く格好良い、落ち着いた声質になりたいと思うほどである。
ただしウルシュの可愛らしい外見との落差が酷すぎて、声を聞いてしまうと愛玩犬として見ることが出来なくなってしまうのだ。
他にも……。
「ユメ姫様、一度床にわたくしを下ろして頂いてもよろしいでしょうか?」
「あっ、はい……」
あれだけ可愛がっていたユメも、ウルシュの声を聞き、外見的落差に驚き落ち着いてしまう。
指示に従い抱き抱えていた彼を床へと置く。
ウルシュは渋い声で、深々とユメに挨拶を始める。
「改めてご挨拶が遅れてしまい申し訳ありませんでした。わたくしは、上の『奈落』ダンジョン統括を任されております『レベル5000 雷鳴の統括者 ウルシュ』と申します。偉大なる絶対者ライト様の妹姫君であらせられるユメ姫様にこうしてお会い出来たこと、誠に恐悦至極に存じます。わたくしは基本的に上に広がっている『奈落』ダンジョン管理にかかり切りのため、今後顔を合わせる機会はあまり多くはないかもしれませぬが、どうか記憶の片隅に留めておいて頂ければ幸いです」
「あ、あの、ゆ、ユメです。こちらこそ初対面で抱き抱えちゃってごめんなさい……」
「いえ、わたくし自身、自分の容姿が非常に愛玩犬として適していることを理解しておりますので。むしろ、ライト様の妹姫君であらせられるユメ姫様に抱き抱えられ、愛でられるなど、配下の者として大変光栄なことかと。できれば、このままユメ姫様の気が済むまで撫でられるのも吝かではございませんが、ライト様にお伝えしなければならない儀があり、大変申し訳ありませんが、暫しお時間を頂ければと。報告が済み次第あらためて、ユメ姫様に撫でられる時間を作りお伺いさせて頂ければ幸いなのですが、よろしいでしょうか?」
ウルシュは渋い声で、堅苦しい、真面目な言葉で告げる。
性格は真面目で、温厚。
社交性も高く、礼儀正しい。
『奈落』最下層でも一目置かれるほどの人物ではあるのだが……容姿の可愛さとのギャップが激しすぎて、最初に出会った者は皆当惑してしまう。
ユメも例に漏れず、容姿、声、態度の落差に困惑し、生返事を返す。
「あ、はい、お仕事がんばってください……」
「ユメ姫様の寛大なるお言葉、誠にありがとうございます」
ウルシュが再度、ユメに向かって深々と頭を下げる。
顔を上げると、背後に控えていた妖精メイドに目配せして、ユメを執務室から連れ出す。
これから話す内容をユメに聞かせるには刺激が強い。
そのため遠ざけたのだろう。
短い足を動かし、改めて僕達側へと向き直る。
その動きは非常に可愛らしい。
メイも好ましく思っているのか、口元が若干緩む。
「――絶対なる主様の前で、礼儀に欠ける態度を取ってしまい大変申し訳ございません。しかし、ユメ姫様には非は無く、もし罰するならどうかわたくしだけに留めて頂ければと」
「大丈夫、怒ってなんていないよ。むしろ妹が迷惑をかけたみたいでごめんね」
「寛大なるお言葉ありがとうございます」
しかし見た目の可愛らしさに比べて、声が格好良すぎるのと固い口調が全てを台無しにする。
メイもウルシュが喋り出すと、緩んだ口元を元に戻していた。
僕は軽く咳払いをしてから、話を再開する。
「では、上の『奈落』ダンジョンについて報告を聞こうか」
「はい、では――」
と、ウルシュが報告を口にする。
――ちなみにガルー捜索隊半壊の情報が広まったにも拘わらず、若干『奈落』ダンジョンに向かう冒険者が増えた理由は……。
逆に危険過ぎて、万が一上手くいってガルーや半壊部隊が残した装備品や遺品などを手に入れたら、多めの金銭を得られると考えているらしい。
危険な警告が逆に欲望を刺激する一面になるとは……。欲望には底がないな。
ある意味、良い勉強になった。
他にもウルシュから直接報告を聞く。
報告を終えた彼は、約束通り、次はユメに撫でられるため彼女の部屋を伺うらしいが……。
ユメが彼をどんな態度で迎えるのかは、さすがに僕も予想がつかなかった。