軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

番外編2 時計屋

「あたいはさいきょーだからな! ご主人様からも、『ナズナは強いから自分が居ない間はみんなを守って欲しい』って頼まれちゃうぐらいさいきょーだからさー!」

「凄いねナズナちゃん。ならにーちゃんより強いの?」

「妹様、確かにあたいは強いけど、さすがにご主人様ほどではないよ。ご主人様はさいきょーのあたいよりさいきょーだから。つまりご主人様がちょーさいきょーな訳だよ!」

「…………」

『奈落』最下層廊下。

若干、頭の悪い会話をしながらナズナとユメ、その背後を今日の側使い妖精メイドが静かに後へ続く。

ナズナは妹ユメに対して、小学生男子が女子に対して自慢するように、以前ライトに頼まれた台詞を口にしていた。

実際、正確には……ナズナは確かに『奈落』最下層最強だが、冒険者として連れて行くには強過ぎる上に臨機応変な状況を求められる現場には向かず、ダンジョンや『奈落』最下層内部で他に割り振る仕事がなかった。

だがメイ達ばかりに仕事を振って、ナズナには無しという訳にいかない。

なによりライトはナズナの無邪気な明るさ、『ムードメーカー』としての彼女を評価していた。

その明るさを曇らせるマネをする訳にはいかず、捻り出した答えが『自分の居ない間、万が一に備えて皆を守っていて欲しい』だったのである。

ナズナはライトの言葉を真に受けて、ユメに対して自慢気に語っているのだ。

当然、ユメはライト側の意図に気付いており、わざわざ訂正する意味も無いため空気を読みナズナへ笑顔で返答する。

その辺りの空気を読む力も、人種王国メイド見習い時代に身に付けた技術だ。

背後に控える妖精メイドがユメの大人な対応に無言で称賛を送る。

また実際、ナズナがライトを除いて『奈落』最下層最強なのは間違いないのだから、わざわざ細かい点について訂正する必要もない。

『ぴよぴよ。ぴよぴよ。ぴよぴよ』

廊下の一角に設置された置き時計が、時間を告げる。

その際、時計の天辺から黄色に塗られたヒヨコが鐘の音に合わせて前後に動く。

この置き時計もライトの 恩恵(ギフト) 『無限ガチャ』カードから出た物だ。

『奈落』最下層は当然地下にある。

故に地上時代と違って、『太陽の傾き』によって時間を計ることが出来ない。

代わりに『無限ガチャ』カードから出た『時計』というアイテムを利用することで、その問題を解決しているのだ。

むしろ、『太陽の傾き』より正確に時間を認識することが出来て、より効率的に諸々の仕事をこなすことが出来るようになったのは嬉しい誤算だ。

今では『奈落』最下層にはなくてはならない品物の一つとなっている。

――ただし問題がゼロとはいかないが。

ユメが可愛らしい黄色いヒヨコが時計の扉から出て前後する動きに、声を上げる。

「ひよこさんだ! ほら見てひよこさんが鳴いているよ。可愛いね、ナズナちゃん――なずなちゃん?」

ユメ自身、何度か時計からヒヨコが出るのを見たことがあった。

何度見てもその動きは可愛らしい。

初めてその現場を一緒に目にしたナズナへ、同意を求めるため振り返ったが……。

ナズナは怯えた様子で時計へと近付こうとしない。

ユメは思わず首を捻る。

「どうしたのナズナちゃん? もしかしてヒヨコさん嫌いなの?」

「ち、違うよ妹様。あたいもあの可愛い動きと鳴き声をするヒヨコは可愛いし、大好きだよ。で、でも……」

ナズナが緊張感から喉を鳴らす。

「妹様も知らされた通り、 『奈落』最下層(ここ) で暮らす上で色々ルールがあることを教えられただろ? その一つに『無闇に時計に触らない、弄らない、壊さない』ってあるのを覚えている?」

「もちろん、覚えているけど……」

「そのルールはご主人様でも破ることが出来ないんだ。けど、あたいは以前、そのルールを誤って破っちゃって滅茶苦茶酷い目にあったんだよ……」

「にーちゃんでも破れないルール? しかも、ここで一番強いナズナちゃんが酷い目にあったの?」

その事実にユメが驚きの表情を作る。

ナズナは真剣な表情そのもので語り出す。

「あれは妹様がまだ来る前のことだった……」

ナズナが遠い目で過去を語り出す。

「あの日も、ヒヨコが『ぴよぴよ』鳴いていて可愛かった。だからあたいは、もっと近くで詳細に見ようと思って、『ぴよぴよ』出てくる小鳥を掴んで確認しようとしたら……」

「したら?」

ユメが小首を傾げて問う。

ナズナが緊張した面持ちで告げる。

「力が入っちゃって『ぴよぴよ』動くバネ部分を壊しちゃって……。そしたら、あいつがいつの間にか側にいてあたいを問答無用で殴ってきたんだよ」

ナズナは自分自身を抱きしめ震える。

「あたいはさいきょーで、『奈落』最下層に居るみんなを守らないとだけど……あいつだけは苦手なんだ」

「…… 吾人(ごじん) も時計に『触るな』と念押し4(し)たにも拘わらず、触った上に壊すお馬鹿3(さん)は苦手なんですがね」

「うぎゃ!」

突然、背後から声をかけられ、ナズナが驚きで声をあげる。

振り返るとナズナが『苦手』と口にしていた人物が立っていた。

身長は高く180cm。

細身、スーツに袖を通し、革製の手袋を嵌め、工具がつまった金属製の箱を手にしている。

もっとも目を引くのは顔だ。

時計の文字盤がそのまま顔になっているのだ。

秒針、短針、長針がこつこつと規則的に動いている。

彼こそ『奈落』最下層に置かれている時計のメンテ維持、清掃、調整等をおこなう時計専門家『SSSR 時計屋 レベル1051』だ。

顔が文字盤なのにどうやって声を発しているのかは不明である。

苦手な相手が突然、顔を出したため、ナズナがユメの影に隠れて威嚇する。

「で、出たな時計屋!」

「出るも何も、そろそろこちらのヒヨコ時計のメンテナンスをする時間なのですから。吾人が顔を出すのは必然に決まって1(い)るではありませんか」

時計屋が肩をすくめて呆れる。

彼は台詞の言葉を数字に置き換える癖があった。

なのでやや特徴的な話し方をする。

他にも癖――というより悪癖があった。

時計屋がナズナから、ユメに顔を向け直す。

「ユメ様もそこのお馬鹿のように決して時計には触れないようお願い4(し)ます。時計は精密な機械。下手に触れて汚れて壊れてしまう可能性もあるので。是非、お気を付けてくださいませ」

時計屋の悪癖は『自分以外が時計に触るのを嫌うこと』だ。

例え相手がライトでも触るのを嫌う。

なので『奈落』最下層に設置された時計は基本、時計屋が毎日清掃、点検、遅れが無いかの確認と時間合わせなどをおこなっているのだ。

彼の顔部分の時計は必ず正確な時間を刻んでいるので、それと見比べて1/1000秒単位できっちりと時間を合わせていく。

時計というのは、小さな部品で構成されている精密機械だ。部品は金属で構成されていて、温度変化によって膨張収縮し狂いや故障の元となるし、磁気の影響なども受ける。当然衝撃や振動にも弱い。湿度の変化も当然影響する。ゼンマイを適度に巻く必要があるのは当然として、数ヶ月に一度は分解し、油をさして摩耗している部品を交換する必要もある。

そんな精密機器のメンテナンスを、彼は一手に引き受けている。それは、この『奈落』の皆のスケジュール、秩序の一旦を担っていると言っても良い。

大切で繊細さが求められる仕事だが……その分彼の性格も細かく、時計に触れた程度では不機嫌になるぐらいだが、壊すとぶち切れて『奈落』最下層最強のナズナでさえ躊躇いなくぶん殴る神経質な持ち主である。

故にナズナとはやや相性が悪いようで、彼女は時計屋を苦手にしていた。

ナズナはユメの背後に隠れつつ、怒声を返す。

「あたいは馬鹿じゃねぇ! 馬鹿って言った方が馬鹿なんだぞ! この時計馬鹿!」

「ふふん、時計馬鹿。褒め言葉ですね。ナズナ様も以前、釘を刺したようにもう二度と時計にはお手を触れないように。お忘れな9(く)」

「分かっているよ、時計馬鹿! 用がないならさっさと通り過ぎろ!」

「いえいえ、先程も言った通り、吾人はヒヨコ時計のチェックがありま4(す)ので」

時計屋は自身より圧倒的レベルが高いナズナを相手に、一切の揺るぎなく職務を敢行し出す。

手にもった金属箱を床に置き、蓋を開き道具を手に作業を開始。

そのマイペースな態度にナズナは不機嫌そうに唇を尖らせ、ユメの手を取る。

「だったらあたい達が行くだけだ。行こう妹様! こんな奴の側に居たら、またひどい目にあうかもしれないし、邪魔したら怒られるからな!」

「う、うん、分かったよナズナちゃん。時計屋さんもごめんね、またね」

「いえいえ、お気遣い7(な)くユメ様」

ユメはナズナの態度を謝りつつ、引っ張られ移動するのに抵抗しない。

時計屋も彼女の態度など一切気にせず、時計のチェックに勤しむ。

その態度に一切の動揺はない。

(村や人種王国でもだけど、ここにも色んな人、人間関係があるなぁ)

ユメはナズナに手を引かれつつ、思わず過去を振り返り、胸中で感想を抱く。

『三人寄れば派閥が出来る』というが……『奈落』最下層でも様々関係模様があることをユメは改めて実感したのだった。