作品タイトル不明
番外編7 ネムムの気分転換
『奈落』最下層、訓練所。
「…………」
『AAAaaaaaaa!』
ゆらゆらと黒い影が蠢く。
数は10体。
ネムムが訓練用に召喚した『レベル2000 影の群(シャドー・フロック) 』だ。
訓練所に備え付けてある 恩恵(ギフト) 『無限ガチャ』から排出された『SSSR 影の杖』から、『レベル2000 影の群(シャドー・フロック) 』を1日に5回召喚できる。
使用から1日経つと消えるが、再び再召喚できるというマジックアイテムだ。
『レベル2000 影の群(シャドー・フロック) 』の奥に、ツルリとした金属の約4mはある巨体のゴーレムが待機している。
『レベル3000 マジックゴーレム』だ。
こちらも『SSSR 影の杖』同様に、『無限ガチャ』カードから排出された『SSSR マジックゴーレムの杖』と喚ばれるマジックアイテムから召喚されたゴーレムだ。
魔術金属で作られたゴーレムを1日1回杖から喚び出すことが出来る。
訓練所には、このようなマジックアイテムが数種類存在した。
訓練する際、遠慮なく倒せる相手が必要な時、この杖が使用される。
杖から喚び出される相手を消滅させたりしても1日経って再度召喚することが出来るし、1日経てば自動的に消えるため、訓練相手には最適だからだ。
「…………」
『AAAaaaaaaa!』
ネムムが地面を蹴り、駆ける。
彼女の動きに合わせて 影の群(シャドー・フロック) とマジックゴーレムが互いに連携して動き出す。
ネムムがこの2つを召喚した理由として、 影の群(シャドー・フロック) は物理攻撃を無効化し、伸び縮みする両腕で相手を拘束する特性を持つ。
拘束して相手の魔力、体力、生命力を吸い尽くし、自分のモノにするのだ。
さらにマジックゴーレムは物理、魔術攻撃どちらにも高い特性を持っており、 影の群(シャドー・フロック) と連携して、拘束した相手を自身の質量で叩き潰そうとしてくる。
一体でも厄介な特性を持つ相手が、互いに特性を上手く連携させてネムムに襲いかかってきた。
『AAAaaaaaaa!』
影の群(シャドー・フロック) がネムムの生命力に反応し、連携して影の腕を伸ばす。
影の腕は素速く伸び縮みして、距離感を狂わせる。
さらに物理攻撃を無効化するため、攻撃魔術などの魔力攻撃でしか傷つけることが出来ない。
だが、生半可な攻撃魔術では 影の群(シャドー・フロック) は吸収してしまうため、低レベルな魔術師にとっても厄介な相手だった。
ネムムは無手で突撃し、高速で伸び縮みする 影の群(シャドー・フロック) を回避し続ける。
影の群(シャドー・フロック) が、連携してネムムを捕らえようとするが、彼女は10体×2本の腕に全方向から襲われても慌てる様子もなく冷めた態度で回避し続けていた。
いつまでもネムムを捕らえられない 影の群(シャドー・フロック) に苛立ったのか、マジックゴーレムが彼らに構わず拳を振るう。
『オオオオオオ!』
マジックゴーレムに発声器官はないため実際に声を出している訳ではないが、関節や身体を軋ませ叫びにも似た音をたてる。
それぐらい気合が入った動きで、 影の群(シャドー・フロック) ごと、ネムムを叩きつぶそうと拳を振り下ろす。
影の群(シャドー・フロック) には物理無効なため、非常に有効な作戦とも言えたが――その拳はネムムにはかすりもしない。
彼女は冷めた態度で、腰に下げている2本のナイフに手を伸ばす。
「……やはり 影の群(シャドー・フロック) 程度では遅すぎて逆に感覚が狂いそうね」
ネムムがナイフを振るうと、一瞬で10体の 影の群(シャドー・フロック) が細切れになる。
ナイフに魔力を通して、物理無効の 影の群(シャドー・フロック) を切り刻んだのだ。
そして――。
「『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』の……馬鹿共め!」
ナイフを握ったまま、マジックゴーレムを殴り倒す。
ネムムが全力で殴ったマジックゴーレムは、ボールのように吹き飛び訓練所の壁に激突。
その一撃が致命的だったらしく、活動を停止してさらさらと空気に溶けていく。
影の群(シャドー・フロック) もだが、どちらも倒すと最初から無かったかのように消えてしまうため、死体の始末をしなくていいのも訓練相手に最適だった。
『UR、アサシンブレイド ネムム レベル5000』にとっては物足りない相手だったが、最後、マジックゴーレムを殴り飛ばしたので気分が少しだけすっきりしたらしい。
最初に比べて幾分、気分が晴れた表情になったが……完全とはいかない。
ネムムは未だ『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』への不満を胸に抱えていた。
「『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』の馬鹿共がもう少しちゃんとした暗殺者だったら、自分がこんな気分になることもなかったのに……ッ」
思い返すだけで、折角少しは晴れたネムムの気分が再び悪くなってしまう。
なぜ彼女はこれほど気分が悪いのか?
少し前に、ライト――ダークの命を狙って『暗殺結社 処刑人(ブロー) 』、トップ5の暗殺者『 死剣(モルテ・スパーダ) 』が動き出した。
情報を知ったライト達は早速、『 死剣(モルテ・スパーダ) 』の1人を撃退。
その後、『奈落』で最も暗殺に精通しているネムムが、得意気な表情でライトに対して『暗殺』の恐ろしさについて警告したのだが……。
以後、襲いかかってくる『 死剣(モルテ・スパーダ) 』達は、とても『世界最高の暗殺結社』とは言えないレベルの者達だった。
あまりに拙すぎて、ゴールドなど得意気に警告したネムムのマネをしてからかってきたほどだ。
さらにそのネムムのマネを聞いたライトに笑われてしまったのだ。
ライト自身悪意で笑ったのではなく、ゴールドがネムムのマネをしているギャップ等に反射的に噴き出しただけ。
とはいえ、敬愛するライトに笑われたのは事実。
ネムムがナイフを握ったまま頭を抱える。
「あいつらのせいで自分は大恥を掻いてしまったじゃないか……。作戦上、エリー様にお渡しするしかなかったが、やはり自分の手で始末してしまいたかった……ッ」
捕らえた『 死剣(モルテ・スパーダ) 』は作戦上、必要だからとエリーに引き取られた。
今頃、記憶を読み取るために脳味噌を弄られている最中だろう。
ネムム自身が手を出すより、よっぽど苦痛を味わう嵌めになるだろうが……やはり恥を掻かされた腹いせに自分がとどめを刺したかったと思ってしまう。
そんな自分に向かって近付いてくる気配に気付く。
いくら怒り、羞恥心で今にもその場で顔を押さえて、ゴロゴロ転げ回りたい気分でも、敬愛する御方の気配を逃すほど間抜けではない。
ネムムはナイフをしまって、訓練所に姿を現したライトへと駆け寄る。
「ライト様!」
「ここに居たのか、ネムム。もしかして訓練中だった?」
ネムムはライトの元へと駆け寄ると、その場で膝を突き頭を垂れる。
彼の質問に彼女は笑顔で答えた。
「はい、ですがちょうど終わった所なのでお気になさらず。台詞から自分をお捜しだったようですが、何かご用事でしょうか?」
「用事ってほどではないけど……」
ライトは気まずそうに頬を掻きつつ口にする。
「『 死剣(モルテ・スパーダ) 』を相手にした時、ネムムのことを悪意があった訳じゃないけどちょっと笑っちゃったから。お詫びにお菓子を買って来たんだ。よかったら一緒に食べないか?」
「じ、自分のためにですか!?」
訓練でも晴れなかったもやもやとした不快感が、その一言で吹き飛ぶ。
例えるなら空を覆っていた暗雲が一瞬で吹き飛び、真夏の爽やかな青空が姿を現したような状態だ。
あまりの嬉しさに頬が熱くなってしまう。
「も、もちろんです! 自分をそこまで気に懸けてくださるなんて……嬉しいです!」
「喜んでもらえてよかった。それじゃお茶会でもしようか」
ライトはネムムに喜んでもらえて安堵する。
ネムムもライトに声をかけられた喜びから、スキップするような勢いで彼の後に付いていったのだった。