作品タイトル不明
番外編6 シリカと巨塔の魔女
「そんなに怖がらなくても大丈夫だよ。『巨塔の魔女』様はお優しいお方だから」
「……わ、分かりました」
見た目はとんでもない美少女だが、そのせいか逆に個性が薄くなっている妖精メイドに連れられて、シリカは『巨塔』へと足を踏み入れる。
(どうしてこんなことに……)
シリカは内心で頭を抱えていた。
自身が営んでいる店が休みだったため、従業員少女と一緒に出来たばかりの巨塔温泉へと足を伸ばした。
温泉は非常に気持ちが良く、日頃の疲れが溶けて消えてしまいそうなほどだ。
その気持ちよさを味わいつつ、従業員少女と雑談していた。
シリカは妖精メイド達の存在に気付かず、ぺらぺらと自身の知識を話す。
妖精メイド達曰く、『その知識が新しい雇用を生み出すため、魔女様に是非伝えて欲しい』と言われた。
現在、『 巨塔街(きょとうがい) 』は人口が増加し、仕事が足りない状況だ。
あまりに急に人口が増えたためである。
一応、『巨塔』側が街拡張のための公共事業を起こし、なんとか受け入れている状態だ。
力がある男性ならこれで良いが、女子供を受け入れる仕事が足りていない。
そこでシリカの話を耳にした妖精メイド達が、『巨塔の魔女』に『女子供でも出来る新しい雇用を生み出せるかもしれない』と思い、そしてその説明のためにシリカは『巨塔の魔女』の元へ向かうことになったのだ。
(うううぅ……お腹が痛くなってきたよ……)
『 巨塔街(きょとうがい) 』住人達にとって、妖精メイドはまさに『神の遣い』である。
自分達を救った存在から遣わされているからだ。
だが、シリカはこれからその上、『神の遣い』を遣わしている神そのもの、『巨塔の魔女』にあって話をしなければならないのである。
元奴隷で、解放後も一般市民として生活しているシリカが緊張感からお腹が痛くなるのは当然だ。
美少女過ぎる妖精メイドの案内で、シリカ達でも入ったことがある『巨塔』一階を過ぎて、階段を上がって二階以上を目指す。
(2階以上に上がってミキちゃんは戻ってこなかったんだよね……)
一時一緒に暮らしていたミキの顔を思い出す。
彼女も二階以上に上がって、二度と戻ってこなかった。
それどころか居ない者扱いされているほどだ。
ミキの処遇を思い出し、シリカがより一層緊張感を抱く。
妖精メイドに連れられ、そのまま三階、応接室へと連れて行かれる。
妖精メイドが扉をノックして中に入ると――温泉に入らず先触れとして出た眼鏡妖精メイドがメイド服姿で給仕を務めていた。
そして、その給仕が向かう相手――フードを頭からすっぽり被った『巨塔』のトップ、『巨塔の魔女』がソファーに座って、部屋に入ってきたシリカに気付き視線を向ける。
それだけでシリカの胃がより一層痛む。
(ま、まさか『巨塔の魔女』様と部屋でお話することになるなんて……ッ)
一応、人種王国第一王子クロー、第一王女リリスが『巨塔』視察に赴いた際、案内中の魔女に声をかけられた経験はある。
あくまで『1村人』として声をかけられただけだ。
こうして部屋で、注目を向けられて話をした経験などない。
『巨塔の魔女』は、艶やかで極楽の音楽のような声音でシリカへと話しかける。
「貴女が温泉について、新しい雇用を生み出す案がある少女ですわね。彼女から聞きましたが非常に素晴らしい案だと。是非、わたくしにも聞かせてくださいですわ」
「は、は、はい! わ、わたしでよろしければ!」
「あらあら、そんな緊張しなくてもいいのですわよ。でも、突然呼びだして連れてこられたら、そうなってしまうのも仕方ないですわよね。お話を聞く前に、少しお茶を飲んで気分を落ち着けましょうか。どうぞ、そちらへ」
『巨塔の魔女』は自分の正面に置かれたソファーへ促す。
『いえ、さっさと案を口にして帰りたいので』なんて言えるはずもなく、シリカは大人しく従う。
相手は口調こそ優しげな女性のモノだが、『巨塔の魔女』はエルフ女王国を陥落させ、獣人種を虐殺、各国を出し抜きリリスを人種女王に押し上げた人物である。
シリカのような一少女に『緊張するな』という方が無理な話だ。
「特製のお茶菓子も用意させますわ。姿勢を楽にして、楽しんでくださいな」
『魔女様の前で姿勢を崩すことなんて出来る訳ないでしょ』とは言えない。
シリカは精神を絞りつくし、笑顔を作る。
「ありがとうございます! お、お茶菓子楽しみです!」
――その後、お茶、お菓子をシリカは口にするが緊張し過ぎて味が分からなかった。
それでも『美味しい』を繰り返し、お茶菓子を平らげた。
胃がしくしく痛むのを気合と茶で流し込む。
新しいお茶菓子が追加された所で、『巨塔の魔女』から促されて温泉で話した商売アイデアをようやく口にする。
「……なるほど、確かに新しい雇用が作れそうですわね。しかも力の無い女性や子供でもできそうですわ」
『巨塔の魔女』は一通り話を聞き終えて、興味深そうに何度も頷く。
「ですが、『温泉の湯、湯気で料理する』は理解できますが、湧き出た温泉をただ詰めて売るというのが気になりますわね。極論、お湯が冷めてしまったら、ただの水でしかありませんから」
「よ、妖精メイド様達にもお伝えしましたが、ただのお湯を売るのではなく、入るだけで健康に良い温泉のお湯を詰めて売るのです。入るだけで健康になるお湯を、直接飲むのは体に良いらしく、健康飲料として販売できるかと。もちろん、人が入ったお湯を売るのではなく、ちゃんと綺麗なのを売るべきですが」
「なるほど……健康飲料ですか。面白い発想ですわね」
『巨塔の魔女』はシリカの話に納得する。
「温泉街があるドワーフ王国に詳細を聞いてみるのもありですわね……」
『巨塔の魔女』が暫し黙り込み、明晰な頭脳を高速で動かし、思案し出す。
その時間は数秒ほどだが、『巨塔の魔女』的には非常に有益な話だったらしい。
顔はフードを被っているため確認できないが、声の調子が非常に明るくなる。
「貴女のお話は非常にためになりましたわ。力の弱い女性、子供の雇用を作り出す一助になりますの。今回のお話のお礼に褒美を後ほど贈らせて頂きますわ」
「お、お役に立てたのならさ、幸いです!」
『巨塔の魔女』の言葉に、シリカは返事をする。
色々胃が痛くなる展開が多かったが、話は終わった。
お陰で少しだけ胃の痛みが消えた気がした。
『巨塔の魔女』の口元が緩む。
シリカはその瞬間、背筋に冷たい予感を覚えた。
「改めてお名前を伺っても宜しいかしら?」
「し、シリカ、と申します……」
「シリカさんですわね。覚えておきますわ。今後また何か案がありましたら、妖精メイドに声をかけてくださいまし。もし有用であれば採用し、しっかりとお礼の方も致しますので」
「あ、ありがとうございます」
『巨塔の魔女』エリーはあくまで善意で、『シリカの名前を覚える』と口にしたのだ。
別段嫌がらせではない。
とはいえシリカからすれば相手の『巨塔の魔女』はとてつもない力を持つ、文字通り天上人である。
自分の名前を覚えておくという発言自体で、プレッシャーでお腹が痛くなってしまう。
こうして元奴隷で、現在は小さな店を切り盛りするだけのシリカは、『巨塔の魔女』に名前を覚えられてしまったのだった。