作品タイトル不明
番外編4 温泉回・シリカ
「温泉、気持ちいい~」
「本当に気持ちいいですねぇ」
『 巨塔街(きょとうがい) 』郊外に建設された新築の建物――巨塔温泉に、巨塔街で店を営んでいる少女シリカと、彼女と一緒に働いている従業員少女が足を運び、温泉を楽しんでいた。
彼女達が入浴しているのは、泉のように広い最も一般的な温泉である。
シリカ達が入っている温泉の他にも、果実が浮かぶ湯、かけ湯、薬草湯などがある。
ちなみに奥の扉を潜ると混浴風呂もあるが、混浴風呂は『巨塔の魔女』からの指示で使用禁止になっている。
(禁止にするなら、なんでわざわざ混浴を作ったんだろう?)
シリカはお湯を肩にかけつつ、胸中で疑問を抱く。
その疑問の答えなど返ってくるはずもなく、代わりに現在シリカの店に住み込みで働いてくれている従業員少女が喜びに溢れた声で告げる。
「シリカさん、お店が休みの日にわざわざ来てよかったですね。まさか温泉がこんなに気持ちいいなんて」
「だね。わたしもお父さん達や行商人の知り合いさんから聞いた話でしか知らなかったけど、昼間から大きなお風呂に入れる温泉がこんなに気持ちいいなんて知らなかったよ」
シリカの亡くなった両親は元々行商人だ。
行商人には仲間同士の横の繋がりがあり、噂話、商売ネタ、危険情報などのやりとりをする。
シリカは幼い頃、その繋がりから色々話を聞くことが出来たのだ。
その中に温泉についての話があった。
「ドワーフ王国にあるって話だったけど、まさかわたしがお貴族様のように温泉に入れるようになるなんて、ほんと信じられないよ」
「シリカさん、分かります。祖国を追放されたばかりのあたしがそんなことを言っても、絶対に信じませんよ」
従業員少女は自虐というより、笑い話のタネにする口調で語る。
従業員少女は、 人種(ヒューマン) 王国から他国の間者として働いていた者達の『親類縁者だから』と一緒に祖国を追い出された者達の1人である。
本家が他国の間者として 人種(ヒューマン) 王国の内部を探り、分家は一切その事実を知らなかったケースが多かった。
しかし 人種(ヒューマン) 王国女王に即位したリリスが、見せしめも兼ねて『外患罪として取り潰し、親類縁者含めて国外追放』するしかなく、結果的に従業員少女のような存在が生まれることになった。
そんなもらい事故のような不幸に巻き込まれた者達の多くが、『巨塔』に亡命してきたのである。
彼女の笑い話のネタにシリカも乗っかる。
「祖国を追放されたのは、悲しいお話だけど……わたし的にはお店を1人で切り盛りする必要がなくなってすっごく助かっているけどね」
「あははは、あたしとしても男の人はちょっと苦手なので、シリカさんの下で働けて本当にありがたいですよ!」
現在、シリカが任されている店はこの2人によって切り盛りされていた。
過去、一度だけミキという少女が従業員少女のように働いていたが……現在、彼女の存在はなかった事にされている。
従業員少女が縁に背中を預けていた体を捻り、正面を向く。
体重が軽いせいで、ぷかりと少女のお尻が温泉表面に浮かび上がる。
(ちょっとはしたないな……。でも女湯だしいいのかな?)
「でも、温泉施設が出来たことでまた忙しくなりそうですね」
シリカが注意するかどうか迷っていると、少女のぼやきに意識を再度彼女へと向ける。
「忙しく? ……ああ、そうだね。確かに温泉施設が出来たから石鹸の需要が増えるね」
現在、彼女達の他にも『 巨塔街(きょとうがい) 』に住む女性達が、入りに来ていた。
彼女達の手には当然、石鹸がある。
温泉施設で購入することも出来るが、自分で使っているのを持って来ている者達も居るだろう。
そうすると当然、石鹸需要が増えて、シリカ達が切り盛りするお店が繁盛、忙しくなると予想したらしい。
『でも』とシリカが補足する。
「石鹸を扱っているお店はわたし達の所だけじゃないから。そこまで気にする必要はないよ」
「そうなんですか?」
シリカの言葉通り、『 巨塔街(きょとうがい) 』にある店にはほぼ必ず石鹸が置かれている。
値段も外の街で買うより半額、場所によっては三分の一程度だ。
ライトが病気予防のため、 恩恵(ギフト) 『無限ガチャ』から大量に『N、石鹸』を妖精メイド達の手で店に卸しているのだ。
お陰で『妖精メイド様石鹸』としてありがたがられ、男性もよく買っていく人気商品となった。
「だから、心配するほど忙しくなることはまずないよ」
「へぇ~さすが商人の娘さんですね」
「あははは、商人の娘じゃなくて、行商人だよ」
シリカは褒められて、温泉の熱とは違った理由で頬を染めた。
実際、『 巨塔街(きょとうがい) 』の各店舗に石鹸が置かれているため、シリカの予想通り彼女達の店だけが忙しくなることはない。
(さらに彼女が従業員として来てくれたお陰で、普段の作業も楽になったし。妖精メイド様達にも新たな従業員をお願いしているから、新しい子が入ったらさらに楽になるよぉ)
今まではシリカ1人で切り盛りしていたためきつかったが、現在は2人で営業している。
お陰で負担はぐっと減って、さらに従業員が追加されたら自分は帳簿をちょこちょこ弄っていればいいだけになるだろう。
そんな楽な未来が近付いていることを肌で感じた。
(2人になったお陰で追加人員を待つのも苦じゃないし、来たら一気にわたしの負担も減ってもっともっと楽になる。そしたら、休日も増やして、のんびりお茶を飲んで、お菓子をゆっくり食べる……そんなお貴族様のような生活がもうすぐ来ちゃうよ。これわたしの時代が来ちゃっているよ! もう1人で四苦八苦しながらお店を切り盛りすることなんてないんだ!)
シリカが胸中で勝利を確信していると、隣に居る従業員少女が漏らす。
「でもちょっと残念ですね。忙しくなれば、もっとお店の売り上げを伸ばすことが出来たのに」
「うーん、どうだろう? 石鹸自体、あまり利益を追求した商品じゃないから。忙しくなってもお店の売り上げ、純利益はそこまで伸びないと思うよ」
シリカは完全に油断した頭で何も考えず思い付いた意見を述べる。
「もし今まで以上の利益を上げようとするなら、石鹸を売るんじゃなくて温泉を使って商品を開発した方がいいと思うな」
「温泉を使って? でも、温泉って入るだけじゃないですか。もっと施設を増やすんですか?」
「違うよ。ドワーフ王国の温泉町だと『温泉』に入るだけじゃなくて、その温度や湯気で料理したり、温泉のお湯そのものを使って色々商品を作っているって、昔、行商人仲間の人から聞いたことがあるんだ。それを『 巨塔街(きょとうがい) 』の温泉でもやればいいんだよ」
「ほう、それは面白そうな案ですね」
「ちなみにどんな商品があるんですか? 作るのが難しかったりします?」
「ううん、そんなに難しくないらしいよ。温泉の中に卵を入れて茹でて『ゆで卵』を作ったり、温泉の湯気で野菜やお肉を蒸し焼きにしたり、後は温泉のお湯をそのまま詰めて販売するの」
「し、シリカさん」
従業員少女がおどおどした態度でシリカを呼ぶ。
油断しきって、温泉に身を任せて目を閉じたシリカはその小声に気付かない。
疑問の声が上から降ってくる。
「温泉のお湯をそのまま販売ですか……。いくら何でも手抜きでは?」
「そんなことないよ。こうして温泉に入っているだけで体に良いんだよ? つまり飲んだらもっと体にいいんだよ。もちろん、わたし達が入った温泉のお湯じゃなくて、綺麗な物を売るんだよ? そして温泉で作った『ゆで卵』や蒸し料理も、温泉の成分が食材に伝わって食べるだけで健康になるんだって。あくまで子供の頃、行商人仲間の人から聞いた噂だけどね」
「でも、わたし達だけじゃなくて 人種(ヒューマン) の女性や子供でも出来そうな仕事だよね。もしかしたら新しい雇用を生み出すことが出来るかも」
「えぇ~、雇用なんて。まるで妖精メイド様っていうか、魔女様が考えないといけないことを言うん――!?」
ようやくシリカは気付く。
目を開けて、声が聞こえてくる方へ視線を向けると……見た目はとんでもない美少女だが、そのせいか逆に個性が薄くなっている美少女、眼鏡を掛けた生真面目そうな妖精メイドが彼女を見下ろしていたのだ。
先程までの会話は全て、シリカを見下ろす妖精メイド達とのものだ。
シリカはそうとは気付かずずっと話をしていたのである。
妖精メイド達も今日は休日で、ライトが入った温泉に浸かるためわざわざ地上へと出向いたのだ。
プレオープン日にライトと同じ時間に入れたのは一部の妖精メイド達だけ。
他妖精メイド達まで順番に入った場合、いつまでも『 巨塔街(きょとうがい) 』住人達が入浴する順番は回ってこない。
それでは本末転倒のため、功労があった妖精メイド達を優先してプレオープンに招待したのである。
シリカは温泉に浸かって掻いた汗とは別の――冷や汗を全身に浮かべる。
妖精メイドの美しい肢体。
女性でもその裸体に釘付けになりそうだが、シリカは焦っていたため反応すらせず、湯から急ぎ立ち上がり頭を下げる。
「も、申し訳ございません! 妖精メイド様達とは気付かず、失礼な口をお聞きしてしまって! ご容赦くださいませ!」
『 巨塔街(きょとうがい) 』住人達にとって、妖精メイドは比喩抜きで『神の遣い』である。
『 巨塔街(きょとうがい) 』を保護する『巨塔の魔女』が遣わしているのだ。
『神の遣い』扱いされるのは必然である。
そんな相手にシリカは気付かなかったとはいえ、気安く会話していたのだ。
他客達、従業員少女が青ざめた表情で注目してしまうが、妖精メイド達側は一切気分を害していない。
むしろ、宝物を見つけたかのようにシリカを見つめていた。
「全然怒っていないから気にしないで。むしろ、貴女の知識は非常に貴重なモノだよ!」
「ですね。未だ『 巨塔街(きょとうがい) 』には、皆が満足するほどの雇用がありません。貴女の案が採用されれば新しい需要と雇用が生まれます。怒ることなどなにもありませんよ」
見た目はとんでもない美少女な妖精メイド、眼鏡を掛けた生真面目そうな妖精メイドが手放しで褒める。
褒められているがシリカは安堵より、胃が痛くなる思いだった。
彼女達は笑顔で続ける。
「善は急げって言うことで、今から魔女様に貴女の案をお伝えしたいから、お時間いいかな?」
「これで功績を立てることが出来れば、あの娘達(ギャル、オタクっぽい妖精メイド)のように、もしかしたらあのお方(ライト様)に褒めて頂けるかもしれませんよ!」
「本当だよ! もうこれで部屋にいる間、あの2人にマウントをとられることもなくなるね!」
「うっぷ……ッ!」
妖精メイド達の発言に今度こそシリカは胃の痛みを覚える。
内容から自分はこれからこの街のトップ、『巨塔の魔女』と顔を合わせて先程の案を直接伝えなければならないらしい。
想像しただけで胃がキリキリと痛む。
しかし普段からお世話になっている妖精メイド達を拒絶する選択肢などあるはずがなかった。
見た目はとんでもない美少女が眩しい笑顔で告げる。
「それじゃちょっとわたし達に付いてきてくれるかな? もちろん、今日の温泉代は持つし、さらにお礼はするから安心してね」
「では、先に戻って『巨塔の魔女』様への先触れをして来ますね」
眼鏡妖精メイドがシリカの返事も聞かず、さっさと出入口へと向かう。
その歩き方は速いにも拘わらず非常に優雅だった。
また彼女が先触れに出てしまったことで『お断りする』ことが事実上不可能になった。
シリカはこれから確実に『巨塔』のトップである『巨塔の魔女』と顔を合わせ、温泉商品について突発的だがプレゼンすることになる。
「…………」
シリカが助けを求めるように従業員少女へ視線を向けるが……彼女自身、何も出来るはずがない。
他野次馬達に視線を向けるが、誰も彼もが視線を逸らした。
「それじゃ『巨塔の魔女』様の所に案内するね。魔女様は気さくなお方だし、さっきのお話を伝えるだけだから、怖くないよ」
「わ、わかりました……よろしく、お願い致します……」
シリカはなんとかそれだけを口にすることが出来た。
いくら妖精メイドが『魔女様は気さくなお方だし~』と口にしてもシリカは元奴隷の一般人である。
本気で気軽な態度を取ることなど出来るはずがない。
『撤退する道はない。繰り返す。撤退は許されない』状態だ。
こうしてシリカは売られていく仔牛の如く、美少女妖精メイドの後に続き温泉出入り口へと歩き出す。