作品タイトル不明
番外編1 リリス(偽)
「ナズナ様、お茶は音を立てて飲んではなりませんよ。優雅ではないので」
「ぐにゅ、む、難しい……」
『奈落』最下層の一室でユメ主催のお茶会が開かれていた。
主催と言っても、『ナズナちゃん、姫様(偽)と一緒にお茶会がしたい』というユメの要望で開かれただけだ。
感覚的には……おままごとの延長線上に過ぎない。
姫様――『UR、 2つ目の影(ダブル・シャドー) 』で作られたリリス(偽)の指導の元、ユメとナズナがテーブルマナーを教わる。
ユメは人種王宮でメイド見習いとして雇われていた事もあり、ある程度礼儀作法を学んでいるためスムーズに茶会を楽しむ。
ユメがリリス姫(偽)とお茶会をしたかったのも、過去メイド時代に良くしてもらったことが多々あり、本物のリリスに懐いていたため、本人と会えない寂しさを埋めるための行為だった。
一方でナズナは戦闘なら相手の技能を盗むぐらい器用だが……堅苦しい礼儀作法はなかなか難しく苦戦していた。
ユメがニコニコ笑顔でアドバイスを送る。
「ナズナちゃん、最初は音を鳴らさないように気を付けつつ、ゆっくりと飲むのがいいよ。そのうち慣れて気にしなくても出来るようになるから」
「ううぅ、妹様がそう言うなら……。でも音を立てずに飲むって難しいぞ。音を立てずに敵を倒すのは得意なんだけどな」
ユメのアドバイスに耳を傾けつつ、物騒なことを口にしながらナズナが再度挑戦する。
だがやはり音を立てずに飲むのは難しく、苦戦していた。
その姿をユメは微笑ましく見守り、過去を思い出す。
「ユメも最初は、ナズナちゃんのように上手く出来なかったけど ノノ様(メイド長) や姫様の指導で上手く出来るようになったんだよ。懐かしいな……みんな元気で過ごしているかな……」
「…………」
ユメの言葉にリリス(偽)は、お茶を傾けつつ目を閉じる。
(さすがにユメ様に『メイド長ノノは間者で祖国を裏切っていたため、他間者だった者達同様に国外追放。リリス本人は元国王と兄を排斥し、人種女王の座に即位し、 人種(ヒューマン) にとっての不平等な現状を改革しようと努力している最中』とはお聞かせ出来ませんね……)
『UR、 2つ目の影(ダブル・シャドー) 』――使用者に姿形そっくりな状態で現れる影。着ている衣服も再現し、言動、癖も本人そのもので見分けはつかない。
故にリリスの 2つ目の影(ダブル・シャドー) は彼女同様に、 人種(ヒューマン) の不平等な現状に不満を抱き、改革を望んでいた。
出来れば 人種(ヒューマン) のためにも、今すぐ 人種(ヒューマン) 王国に乗り込み、リリス(本物)の手伝いをしたい所だが……。
例え変装をしても、リリス(本物)の手伝いは出来ない。
万が一にも変装がばれたら問題になるし、同時に女王が2人存在し『船頭多くして~』状態になったら目も当てられなかった。
もちろんリリス(偽)にリリス本人から、権力の座を奪おうなどという野心は全くない。影は影でしかないということは『UR、 2つ目の影(ダブル・シャドー) 』である自分自身の魂に生まれた時から刻まれているし、自分自身が一番良く分かっている。
あくまで人種の未来がより良いモノになるための努力をしたいだけだ。
しかし、その善意が必ずしも良い方向に向くとは限らなかった。
場を混乱させるだけの可能性も十分ある。
『ちょっとお試しで……』とやるにはリスクが高すぎた。
(ここで私が出しゃばってもよい結果にならないのは明白。歯痒いお話ですが……)
あくまでリリス(偽)は偽者でしかない。
唯一リリス(偽)に出来ることと言えば、こうしてユメの希望にそってお茶会や話し相手、礼儀作法の先生役をやって彼女の気分を和ませることだ。
決して、人種王国に顔を出して現場を混乱させることではない。
リリス(偽)は自身の役割を胸中で確認していると、ナズナが爆弾発言を始める。
「? 妹様は人種王国の知り合いに会いたいのか? なら、会いに行けばいいじゃないか」
『!?』
ナズナの発言にリリス(偽)、他今日のユメ側付きメイド達が声を出さずに息を呑む。
ユメは気付かず、ナズナの言葉に反応した。
「でも、姫様や ノノ様(メイド長) 達は忙しいだろうし……邪魔をしちゃ悪いよ」
ユメが言う『忙しい』は『元国王から王位を奪いリリスが即位したため、目が回る程忙しい』ではなく、彼女が居た時のような『日常的忙しさだから』と遠慮しているのだ。
ライトもさすがにユメに『リリスが女王に就任して~』など説明していない。
その説明をする場合、リリス達の政争に関する生臭い話をしなければならなかった。
そんな話をわざわざユメにする必要はない、したくないため伝えていなかった。
しかしナズナに、その辺りの事について釘を刺したらユメと顔を会わせるたびに動揺してしまうだろう。
彼女は隠し事には向かないタイプだ。
故にナズナにも何も伝えずにいた。
これなら隠し事など無くなるからだ。
そのためナズナは気楽な調子で『会いに行けばいい』と口にしたのである。
さらにナズナは軽い口調で、
「なんなら今すぐご主人様にあたいが聞いてこようか? 確か今なら、執務室で書類仕事をしている筈だから、聞くだけならすぐだし」
「本当、ナズナちゃん!」
「もちろん、妹様の頼みならあたい、喜んで訊いてくるよ」
「……少々お待ちくださいナズナ様」
ここでナズナを1人向かわせたら酷い事になると悟ったリリス(偽)が声を出す。
彼女は笑みを浮かべて、何気ない態度で提案する。
「ナズナ様のような上のお立場の淑女が連絡も入れず、直接ライト様に意見するのははしたないですわ。なので、一度メイドに言付けを頼み、ライト様のお時間を頂戴できるか確認するのがよろしいかと」
「確かに王宮に勤めていた頃、先触れもなく主に意見したいって人は礼儀を知らない失礼な方だから、断っていい。もししつこいようなら ノノ様(メイド長) に連絡するようにって習ったな……」
ユメが人種王国メイド時代に習ったことを思い出し、口に出す。
この言葉とリリス(偽)の指摘に、ナズナが胸を張りつつ告げる。
「なら妹様の仰る通り、まず妖精メイド達に先触れを出してもらうか。あたいはしゅくじょだからな!」
ナズナ的には『淑女』という言葉が、『大人の女性』的に聞こえて琴線に触れたらしい。
『では、先触れをお願いしますね』とリリス(偽)が流れるように、メイドに視線を向け促す。
視線を向けられた妖精メイドが軽く一礼して部屋を出る。
向かう先は当然、ライトが書類仕事をしている執務室だ。
リリス(偽)のファインプレイのお陰で、ライトは突然爆弾を放り込まれるようなマネを回避することに成功。
この一件でライトはリリス(偽)に感謝の言葉をかけた。
ライトに忠誠を誓うリリス(偽)にとっては何よりの褒美、喜びとなった。
☆ ☆ ☆
――ちなみにユメがリリス(本物)達と会う話はというと……。
「ユメの会いたい気持ちは理解できるけど、リリス様、メイド長も現在色々忙しくてちょっと無理そうなんだ。『ユメに会えなくて私も寂しいです。いつか時間が出来たらお茶会をしましょう』っていう言付けと、お手紙を預かってきたよ。だから、今回はこれで我慢してくれないか?」
「姫様からのお手紙!? ありがとうにーちゃん! ユメ、大丈夫だよ。我が儘言ってごめんね」
ユメはお礼を告げつつ、リリス(本物)からの手紙を嬉しそうに受け取る。
どうやら今回、手紙だけで十分ユメは満足したようだ。
手紙も実際、リリス(本物)にお願いして、直筆で書いてもらった。
リリス(本物)自身、ユメに会って色々話をしたいらしいが……。
ドロドロの政争を見せるのも憚れるため、ライトの意見に賛成し今回は手紙で当たり障りのない近状を書くことになった。
ライトはお礼として、さらに追加で『SSSR 不眠不休薬』を彼女にプレゼントしたのだった。