軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第151話 第二パーティと青狐の舞踏

『銀の水瓶亭』において、探索部と依頼遂行部を束ねる立場にあるのがSSランク冒険者であり『影撃士』のゼクト・クルシファーである。彼が率いるパーティは、ギルドマスターが率いるパーティを第一パーティとして、第二パーティと称される。

SSランクの冒険者はゼクトの他に、『黒の獅子亭』のレオニード・バランシュ、『藍の乙女亭』のカスミ・クシュリナを含めて現在五名のみが王都に拠点を置いている。シェリーが『蛇』討伐作戦を経て大きく戦闘評価を上げているため、今はSSランクに認定待ちの状態だが、両手の指で数えられる少数であることに変わりはない。

アルベイン国内にはあと十五名のSSランク相当者がいるが、全員が現役の冒険者というわけではない。冒険者として依頼を受けている人員は十名ほどで、彼らも緊急事態の際に、常に依頼を受けられるような場所にいるわけではない――もしくは報酬が高額すぎて依頼できないということもままある。強いということは、冒険者の価値そのものなのだ。

しかしゼクトは、あまり報酬の額にはこだわらない。彼の行動指針は所属するギルドに対する恩義を果たすこと、その次が妹のミヅハを守ることで、ようやく三番目が自分の信条に従うこととなる。

「兄上、うちも連れてってくれてありがとう」

ゼクトはディックの招集を受け、六人編成のパーティを組んで東に向かっていた。馬車組合から一台馬車を借りて、御者の経験があるマッキンリーが馬を操り、客車にはゼクト、ミヅハ、リゲル、ライア、ティオの五人が乗っている。

リゲルは揺れなどものともせずに居眠りをしており、ティオもライアの肩に頭を預けて眠っている。その向かい側に、ゼクトとミヅハの兄妹が座る形だ。

「マスターから事情は聞いた。何か、補助魔法のようなものをかけてあるそうだな」

「う、うん……なんや、身体におまじないを描いてもらって。これがあったら、いつでもマスターに守ってもらえるんやって」

「……『 遺失魔法(ロスト・スペル) 』……いや、そうではない。おそらく 魔法文字(ルーン) か。マスターが直々に描いてくれたのか?」

「うん……あっ、ちゃ、ちゃうねん、そうやなくて、ヴェルレーヌさんが代わりに描いてくれたんや。うちも一応女の子やから、マスターは恥ずかしいこととかせえへんし」

ミヅハは頬を赤らめて慌てるが、ゼクトは全く動じていない。そんな兄を見て、ミヅハははぁ、と嘆息する。

「マスターもそうやけど、うちの兄上も心配やなぁ。やっぱりうちが見てないとあかんね」

「……何のことだ?」

「ううん、何でもあらへん。兄上、そろそろうちらも降りへんとあかんのやない?」

ゼクトは客車の窓から身を乗り出し、周囲の風景を確認する。馬車は平地からなだらかな傾斜のある街道を登り、山際の森近くへと差し掛かっていた。

――そのときゼクトとミヅハ、そしてライアはほぼ同時に、ある気配を感じ取った。

「道の脇に馬車を停めてもらえるか。このまま進むのは得策ではない」

「了解です。さすが、音を聞くことにかけてはライアさんたちには敵いませんね」

客車には窓があり、御者をしているマッキンリーに話しかけることができる。マッキンリーはライアの指示通りにすると、道脇の林の中に入れる場所を見つけ、馬車を見えにくい位置で停車させた。

「ん……す、すみませんゼクトさん。俺、寝ちゃってました?」

「ああ、半刻ほど寝ていたな。この悪路で寝られるというのも大したものだ」

身体を丸めて寝ていたリゲルが、馬車が停まったことに気づいて飛び起きる。

「たはは、どこでも寝られるのが数少ない特技なんで。剣も特技にしたいんですけどね」

「ティオさんもそろそろ起きへんと。前髪が長いけど、寝る時に便利なんやね」

「そのために伸ばしているわけではないと思うがな……」

珍しくゼクトが妹の冗談に付き合うところを見てリゲルも笑う。自分のことを話されている気配に気づいて、ティオも目を覚ました。

「っ……す、すみませんライアさん。寄りかかって眠ってしまって……」

「気にすることはない、こういう仕事のときは寝られるときに寝ておくべきだ。まだ伸び盛りであればなおさらな」

「ライア姐さんはやっぱり最近丸くなったなぁ、マスターは『ストイックなソードマスター』ってまだ思ってはるみたいやけど」

「あの方とは、ギルドに入ってからまだゆっくり話せたことがないのでな……印象がまだ初めのときと変わっていないのだろう。しかし私などよりよほど強い 剣聖(ブレードセイント) 殿とお知り合いなのに、私が 禁欲的(ストイック) とは……」

ライアは自分たちが慕っている『デューク・ソルバー』が誰であるのかをまだ知らない。ディックに近しい人物で、『銀の水瓶亭』にいればいずれ会えると思っているのだが、その機会は訪れないままだった。

「ライアさんの言うデュークさんとうちのマスターだと、うちのマスターのほうがやっぱり強いんですかね?」

「デューク殿は武人ではなく学者なのだろうし、比べるものでもない。お二方は私たちにとって恩人であり、その背中を目標とする存在だ」

リゲルの疑問にライアは誠意を持って答える。ゼクトはスライサーを抜いて刃を確かめ、戦闘の準備をしながら二人のやりとりを聞き、そして言った。

「……それを伝えれば、マスターもライアに対する印象を和らげるだろうな。さて、雑談はここまでにして出るとしよう」

ゼクトは仲間たちが馬車から降り、一定の距離まで離れたあと、馬車の周囲の木に触れて魔法を使う。『影撃士』は魔法による罠を設置することを可能とする――馬車に近づいた敵に自動的に反応して発動する『影縫い』の罠で、敵がかかればその場に縫い止めることを可能とする。

馬の餌となる人参と果物、水を与えたあと、ゼクトたちは気配を殺して林の中を移動し、馬車を待ち構えている者たち――敵の気配の後ろまで慎重に回り込んだ。

(……ゼクトさん、俺が言うのも何ですが……奴ら、妙に統制が取れてませんか?)

木陰に身を潜めて盗賊たちの様子をうかがったあと、リゲルが小声で言う。

ゼクトは周囲を観察し、盗賊が馬車を襲う際の手筈に見当をつける。街道を通る馬車が緩やかに曲がる道で減速したところに、丸太を積んだ木製の車を叩きつけて停止させる。そこに、三ヶ所に分かれて伏せている盗賊たちが襲いかかる。

隊商の護衛は馬車の前後、そして中間に配置されることが多いが、護衛が騎兵である都合上、馬車を強制的に停められるような方法には弱く、事前に罠を仕掛けられるとリスクが高まる。

(荷を運ぶ経路が一つしかないために、盗賊が目をつけたのだろう。盗品も王都から離れれば、捌くルートは幾らでもあるだろうからな)

(兄上、うちがやってみてもええかな? あの木の車は動かへんようにしたほうがええと思うし)

(ああ……加減を気をつけることだ、普通の人間は凍傷を起こせば簡単に死ぬからな)

(そんなミスせえへんよ、マスターは守備兵に盗賊を引き渡したいって言ってたから、ちょっと冷たい思いしてもらうだけにせんとなぁ)

「いやあ、愛らしい姿をして怖いことを……」

「しかし頼りになる。ティオ、今回のところは自分の身を守ることに徹すれば良い」

「は、はい……頑張ります……っ」

ティオは自分の身長よりも長い槍を持っており、馬車の側面に固定して運んでいた。

彼女が使う槍は、祖父のレオニードと同等の剛槍である――それを軽々と片手で持ち、背中に担ぐが、長い前髪に目が完全に覆われる。

「ティオさん、髪はそろそろ切ったほうが……リーザさんがそういうのは得意だって話ですよ」

「す、すみません……でも、このほうが……落ち着くので……」

リゲルの遠慮のない指摘に、隣で聞いていたライアが苦笑する。

「武人にとって最も重要なことは、平常心を保つこと。ティオが落ち着くのであれば、髪の長さは問題ではない。それに女性が髪を切るのは決心が必要なことだ」

「さすが、女性のことは女性が一番良く分かっていますね……おっと、軽口を叩いてる場合じゃありませんか」

ライアに睨まれてマッキンリーは肩をすくめる。ミヅハは袖のないクロースアーマーの上から外套を羽織り、フードを被ると、足音を立てずにそろそろと移動を始める。

山間を抜ける街道に木の車を飛び出させるため、街道側から見ると枝などで偽装されているが、その向こう側に盗賊たちが潜んでいる。革の武具で武装し、剣や斧で武装している――彼らは街道に目を向けていて、背後にミヅハが回っていることには気づいていない。

(ちょっと寒くなるけど我慢してな)

丸太を積んだ木の車に向けて、ミヅハが手のひらを上に向けて差し出す。そして、ふぅ、と吐息をついた。

―― 氷柱の吐息(アイシクル・ブリーズ) ――

吐息が通り抜け、空気に煌めきを残す――そして盗賊たちが気づく前に、木の車を一気に凍気が包み込み、一瞬にして凍てつかせた。

「これは……っ」

「――待て、触れるな。離れろっ!」

盗賊たちが凍りついた車に触れていれば、凍結の対象となっていた――初手で一掃できるとも考えていたミヅハだが、試み通りに行かなかったとはいえ動揺してはいなかった。

「……小娘、おまえの仕業か?」

「そうやって言ったらどうするんかなあ。うちを捕まえてみるとか?」

挑発するように言うミヅハ――五人の盗賊たちは言葉もなく、殺気さえもなく、ただ武器を構える。

(なんや、この人ら……盗賊やったら、結構ギラギラしてそうなもんやのに。五人とも、全然感情が見えへん)

盗賊というよりも、訓練された戦闘集団のように思える。それでもミヅハは、自分の力が彼らに負けているとは考えない――彼女の鋭敏な聴覚は、ゼクトたちが二手に分かれて盗賊たちと戦っている音をとらえている。

(人間の姿で戦うのも久しぶりなんやけどなあ。アイリーンお姉さんに教えてもらったことがようやく活かせそうや)

盗賊たちは無言のまま――最もミヅハに近かった一人が、剣で突きかかってくる。

(なんや、この感じ……ただの突きやない……!)

盗賊の踏み込みの速さは、ミヅハの予測を上回っている。しかし初めから全力を出せるように構えていたミヅハは、自らが感じた凶兆に従い、最低限の動きで避けるのではなく大きく回避する。

「――ッ!!」

ほぼ無音で盗賊の繰り出した剣――その刃が『開いた』。

刃の形状が攻撃と同時に変化する仕掛け武器。複雑な機構で強度が不足するところを、魔力で剣を覆うことで補っている。

盗賊が、剣を強化する魔法を使った。ディックの強化魔法には及びもつかないものだが、それでもミヅハは目を見開くほかはなかった。

突きを避けたミヅハに、後ろにいた盗賊二人が短刀を投擲する。一本ではない、二人合計で八本が同時に襲いかかる――しかし。

「――はぁっ!」

さらに回避するのではなく、ミヅハは外套を脱ぎ捨てながら蹴りを繰り出した。

八本の短刀がキンという金属音と共に跳ね返され、空中を舞う――ミヅハはアイリーンに似た武闘着を身に着け、その脚には脚甲が着けられていた。

そして盗賊たちは、即座に反撃に出ることはできなかった。繰り出した蹴りと同時にミヅハの尻尾が、青い軌跡を空中に描き――凍てつく旋風が巻き起こる。

―― 青狐旋風尾(せいこせんぷうび) ・ 雪風(ゆきかぜ) ――

「うぉぉぁっ……ぁぁ……!!」

最も隣接していた剣使いが、ミヅハの尻尾から生じた強烈な凍気を浴びて吹き飛ばされる――そして他の三人が強風に手をかざして後ずさる。

「――ぼーっとしてたらあかんよ?」

「ぐぉっ……!」

「うぐぁっ……!」

ミヅハが脚に力を込め、溜めた力を爆発させる――残像を残して間合いを詰め、蹴りで一人を吹き飛ばし、次の一歩でもう一人に接近し、回し蹴りで地面に叩き伏せる。

「――ふざっ」

四人目が何かを言おうとしたときには、ミヅハの踵が脳天に落とされていた。兜を被っていたために致命傷は免れるが、そのまま膝を突いて前のめりに倒れ込む。

「ふざけてへんよ、うちも本気やから。手加減なんてしてられへん……あんたら、ただの盗賊じゃあらへんみたいやね」

最後の一人はミヅハに無機質な目を向け、何も答えない。ミヅハは嘘寒いものを覚えて、思わず一歩後ずさる。

「な、なんやの……何も答えへんと……」

「――その身体、優れしものと見なす」

目の前の男が発したものではないような不気味に響く声。次の瞬間、目の前の盗賊と、倒れている盗賊たちの身体が赤い光に包まれる。

(こ、こんなの知らへん……一体何が起きてるんや……っ)

――一刻も早く、この場を離れなくてはならない。

ミヅハの本能がそう訴えかける。しかし彼女は、逃げられないという矜持のはざまで、判断をわずかに遅らせてしまう。

五人の盗賊の身体から離れた赤い光が、ミヅハに向かって襲い掛かる。

彼らの速度では自分に追いつくことも、攻撃を当てることもできないとミヅハは考えていた。しかし赤い光は、ミヅハが見てから避けられるようなものではなかった。

(兄上、マスター……ごめんなさい、うち……)

『――こんなときのための保険だ。ちゃんと頼ってくれ、ミヅハ』

迫る赤い光を前にして身を竦ませるしかなかったミヅハは、確かにその声を聞いた――そして。

「きゃぁっ……!?」

ミヅハの胸元から蛍のような光が飛び出し、彼女を守るように結界が出現する。

――『 防壁の二重檻(プロテクトプリズン・ダブル) 』――

「マスター……!?」

ミヅハの身体に書かれた魔法文字を媒介にして、『 小さき魂(スモールスピリット) 』が召喚される。ディックの分け身ともいえるその小さな光は無詠唱で防御結界を展開する――しかし一つ目の防壁を赤い光がすり抜け、二つ目の防壁とせめぎ合う。

『――なるほど、魔力壁が有効か。ごり押しはあまり好きじゃないんだがな……!』

――『 防壁の四重檻(プロテクトプリズン・クアドラブル) 』――

結界がさらに増え、ミヅハに食らいつこうとしていた赤い光が押し戻され――そして。

赤い光が薄れ、空気に溶けるようにして消え去る。ミヅハはぺたんとその場に座り込み、ふよふよと浮いている蛍のような光を見上げた。

「……マスター、ありえへん……防御結界を、後から何枚も追加するやなんて……一枚でもすごい大変やっていうのに」

『必要があればそうする。まあ、ともあれ……無事で何よりだ。俺ももう少し早く出てくるべきだったが、つい見守りたくなった』

「……うち、マスターに恥ずかしくあらへんように、ギルドの一員として頑張りたくて……でも、まだ全然駄目です。マスターがおらへんと、うち一人じゃ……」

『ゼクトが盗賊の一部隊をミヅハに任せたんだ、立派に役目を果たしてる。しかし、こいつらはどうも普通の盗賊じゃないな……』

「っ……あかん、兄上たちも危ないかもしれへん。うちだけへたりこんでられません!」

『ああ、そうだな……行けるか? ミヅハ』

「もちろんですっ!」

ミヅハは立ち上がると、他の場所で戦っている仲間たちに合流しようと駆け出す――ディックの意思を宿している『 小さき魂(スモールスピリット) 』は、彼女を先導して飛んでいった。