作品タイトル不明
第150話 騎竜配達と盗賊の根城
気がつくと微風に揺れるカーテンから、柔らかい朝の日差しが入ってきていた。
目覚めは良かったのだが、何か変な夢を見ていたことを思い出す。その内容があまりにもあまりなものだったので、俺は思わず頭を抱えた。
魔王討伐隊の旅をしているときも五人で同じ部屋で寝ることは無かったのに、夢の中で俺は四人に付き添われて眠っていた。ミラルカに腕枕をし、ユマに寄り添われ、アイリーンには膝枕をしてもらい、コーディには微笑ましげにその様子を見られていた。
(あれは俺の願望なのか……四人が俺に夜這いをしてくるとか、そんなことを潜在的に期待しているのか……?)
「……お父さん?」
「ディー君、どうしたの? 頭でも痛いの? よしよしってしてあげようか?」
「ふむ……やはり、昨晩のあの気配は……いや、あえて何も言わずにおこう。私も女の友情を重んじるほうなのでな」
寝室の入り口から、スフィア、師匠、ヴェルレーヌが縦に顔を並べて覗き込んでいる。その光景を見て思わず笑ってしまい、多少気分が楽になった。
三人が部屋に入ってくる――なぜか師匠は俺のベッドに近づくと、シーツを手にとってくんくんと匂いを嗅ぎ始めた。
「リムお母さん、お父さんの匂いを嗅いでるの?」
「う、ううん、そうじゃなくて……気のせいかな? 気のせいだよね、だって私たちに黙ってそんなこと……違うの、一言言っておいてほしいとかじゃなくてね?」
「た、確かにそれはあるが……私たちが参加したとしても、それはシェリー殿にとっては抜け駆けに見えてしまうのでは……」
「……さっきからどうしたんだ、二人とも。何か動揺してるみたいだけど」
「どっ、どどっ、動揺なんてしてません! ディー君こそ朝ごはんができてるから、物憂げな雰囲気を出してないで起きなさい!」
「っ……わ、分かった、起きるけどな、気になることは気になると言わせてもらう」
俺もようやく起き抜けでぼやけていた頭がはっきりとしてきて、師匠とヴェルレーヌは昨晩何かあったのかを知っているのではないかと思い当たる。
「……お父さん、次にここに来たときは私と一緒におやすみしよ?」
「ああ、そうだな……ど、どうした? 二人とも」
ベッドに身を乗り出してくるスフィアの頭を撫でると、二人がじっとりとこちらを見てくる。
「スフィアちゃんの言うことなら素直に聞いちゃうんだから……ヴェルちゃん、どう思う?」
「娘煩悩というのは分かっているが、少し考えさせられるものがあるな……わ、私も、スフィアのようにしてもらいたいという気持ちは無くはないし……」
「お父さん、ヴェルお母さんもよしよしってしてあげて? リムお母さんも」
「そ、それはその、何というかだな……」
ここぞとばかりに娘を頼る師匠とヴェルレーヌ。俺は一体何をしているのかと思いつつ、ベッドの両側に座って身を乗り出してくる二人の頭を撫でた。サラサラの髪の感触は素直に触り心地がいい――と思っていると、二人とも顔を赤くして目を閉じていた。
「ディックー、おは……あぁっ!?」
「……何がどうなれば、朝からこんなことをする流れになるのかしら」
「二人が素直になったというだけなんじゃないかな。ディック、今日の君は立派だね」
「お二人とも、心地よさそうです……だ、駄目です、羨望という感情を、神に仕える者が抱くなんて……」
アイリーンたち四人もやってきて、それぞれ自由なことを言ってくれる。ベアトリスまでいつの間にか従者姿で部屋の中にいる――期待するような目で見られても、全員の頭を撫でるなんて恥ずかしいことはとてもできない。
「弟くん、昨日はいっぱい負けちゃったからお返しを……あら?」
「わー……一番すごい格好して出てきちゃった。セレーネさんは朝が元気なタイプなんだ」
「そ、そういうわけじゃないのよ、昨夜はお酒を飲んだあとだったから、ついぐっすり眠っちゃって……」
「あ、あのな……俺もいるんだから、そういう格好は控えた方が良くないか」
朝から肌の露出が多い、踊り子のような衣装で姿を見せたセレーネに忠告する――するとなぜかアイリーンが落ち着かなさそうにし始め、コーディは不自然に後ろを向き、ミラルカは腕組みをしたまま目をそらし、ユマは申し訳なさそうに人差し指を突き合わせ、せわしなく視線をさまよわせる。
「もしかして、四人とも 昨夜(ゆうべ) 、私の用意したあれを……」
「セ、セレーネさん、その話は後で……せっかくの朝食が冷めてしまうからね」
「ちょっ……待って、せっかく朝から一大決心をして着替えてきたのに……っ、ごめんね弟君、賭けに負けた分は後で倍返ししてあげるわね……っ!」
皆がセレーネを連れて部屋を出ていく――残ったのはスフィアだけだ。無邪気にベッドに寝そべって俺を見上げてくる。
「お母さんたち、もう少し素直になったらいいのに」
「そ、そうなのか……?」
「お父さんもだよ?」
そう言われてしまうと、何も言い返せない。俺の娘だけに手強く成長してしまった――スフィアにはいかなる建前も、そのうち通じなくなってしまいそうだ。
◆◇◆
別邸で朝食を摂ったところで、一旦解散することになった。セレーネは賭けに負けた借りは冒険者として仕事をすることで返したいと言うので、そのうち依頼を振らせてもらうことにする。これで、元マスターのセレーネがうちのギルド所属に戻ったわけだ。
昼営業の準備をするために酒場に戻ると、店の裏口にいつも食材を運んでくれる配送人のダグラスが来ていた。
「お世話になっております、アルベイン中央市場からのお知らせに上がりました」
俺は店主という体を隠蔽しているので、代わりにヴェルレーヌが出て応対してくれる。ダグラスはヴェルレーヌの姿を見るなり緊張しているが、だいたいの男性がそうなるので無理もない。
「わざわざご足労をいただき、ありがとうございます。お知らせというのは?」
「は、はい……こちらの酒場では市場と直接取り引きされることは少ないようですが、念のためにお伝えさせていただきます。このところ、シーファスト港から王都に向かう馬車が盗賊団に襲撃される事件が続いており、果物などの輸入品が品薄となっております。ウェルテム商会で騎竜運送が営業を始めましたので、そちらの経路から手に入るものはございますが、手数料の分だけ割高となりますのでご了承ください」
盗賊団に関する依頼は冒険者ギルドに持ち込まれる依頼の中でも大仕事の部類に入る。普段なら騎士団や、地元の自警団が対応に当たる案件だが、中にはそれらの力を頼ることができず、近隣の冒険者ギルドに征伐依頼が持ち込まれることがあるのだ。
地方のギルドにBランク以上の冒険者がいることは少なく、支部を設けているギルドも少ない。王都以外には副都に支部を置くことがあるくらいで、遠方の住民は王都に出向いて依頼を持ち込むことが多かった。
しかし俺のギルドの場合は事情が異なる。魔道具による連絡網が国中に広がっているので、該当する地区で事件が起こったとき、それを依頼として持ち込むよう住民に働きかけることができる。こちらが出張る形のときは報酬額は抑えめにしているので、依頼遂行時は喜ばれることが多かった。
(ご主人様、情報部に盗賊団の件の報告が上がっているのではないか?)
(ああ、そうだな……それに騎竜運送の話が出てるとなれば、少し面倒なことになる可能性があるな)
俺はウェルテム商会と提携し、エルセインが譲渡してくれた黒竜を使った騎竜運送の試験運用を始めていた。『クヴァリス』が接近しているときは休止していたが、また再開したばかりのところだ。
火竜牧場の管理をしてもらっているドラゴンマスターのシュラ老は、故郷の村から騎竜を生業としたい騎竜士見習いを招いて、騎竜運送における黒竜の騎乗者を務めてもらうことになった。イリーナが責任者を務めているが、彼女はエルセインからも騎竜士見習いを連れてきてくれたので、人材不足は当面解決できたといえる。
しかし一つ気がかりなのは、騎竜運送を始めることによって、馬車組合と対立が起きないかということだ。馬車組合が本来請け負うはずだった仕事を、騎竜運送に持っていかれると思われてしまう可能性は多々ある。
騎竜運送便はまだ便数が少ないため、馬車よりも料金が高い。そのために使い分けをしてもらうというのが俺の理想だ――竜で運ぶことで鮮度の高い食材を国内各地に届けたり、急ぎの要件での移動手段を増やしたりということにも繋がるが、従来通りの馬車輸送を否定しているわけではない。
「ご報告をありがとうございます。当店の仕入れには大きく影響はありませんが、中央市場で問題が起きているとなれば、それは王都の店舗全体の問題となります。こちらでも対策を考えさせていただきます」
ヴェルレーヌの言葉に恐縮しつつ、ダグラスが帰っていく――幾ら美人に接したからと言っても、地に足がつかなさすぎだ。
「ただの盗賊団なら、Bランクのパーティでも対応できるのだろうが……ご主人様は、念には念を入れるのだろうな」
「ランクに余裕を持ったほうが安全に捕縛できるからな。人間が相手だと、ただ倒せばいいってわけじゃないのが難しいところだ」
殺人を請け負うような組織に変わってしまったギルドは、もう王都にはない。冒険者の本分は人々に恐れられるような依頼を受けることではない――それが俺の指針だ。
「しかし、どのような形で動くかというところか。状況次第では、盗賊団の討伐は早急に行わなくてはならぬが……」
「どうやら、ギルドらしい形を取ることはできそうだな」
「ん……?」
ヴェルレーヌは俺の意図するところがすぐにピンと来なかったようだが、店の呼び鈴が鳴ったところで、得心がいったというように微笑んだ。
「なるほど、当事者がここに来ることは分かっていたということか」
俺たちは店のホールに戻る。するとそこには、焦茶色の外套を羽織った男の姿があった。
ウェルテム商会の主人、ジョイス・ウェルテム。いつも忙しくしているため無精髭が残っている痩せぎみの男が、今日は髭を剃り、しっかりと正装していた。
(しかし、いつもより頬がこけて見えるな。心労が積もりに積もっている様子だ)
「毎度どうも……おっと、今日は違いやしたね。コホン……似合わないのであまり王都言葉は使いたくないんですが。今回ばかりはそうも言っていられませんか」
いつも野卑な言葉をあえて使っている男が、元来の言葉遣いに戻る。いつもは常に笑みを浮かべているが、今日は口元が笑っていない。
初めて会った頃、ウェルテム商会を立ち上げたばかりの頃は、その目の輝きは狼のようだった――と言っても、誰も信じないのだが。ジョイスは元来、アルベイン商人の頂点に立つと言っていたほどの野心家なのだ。
「お客様、『オーダーはいかがなさいますか?』」
「本当に久しぶりですが、ちゃんと覚えていますよ。『ミルク』を……そうでなければ、『この店でしか飲めない、おすすめのお酒を』」
「かしこまりました。『当店特製でブレンド』いたしますか?」
「はい。『私だけのオリジナル』で」
ジョイスは外套を脱ぐと、いつも俺が座っている席の隣に座った。俺はヴェルレーヌに目配せをして、今のジョイスに合っている酒のレシピを頼む。
「あなたは当店の特別な客人として認められました。本日はどのようなお話でしょうか?」
「このギルドの……いえ、貴方がたのことですから、もう把握しておいででしょう」
いつもなら遠回しに話すところだが、まだ昼営業が始まるまで少し時間があるので、周囲に気を遣う必要はない。今回は特例というやつだ。
「騎竜運送の運営については任せてたが、それ自体は順調みたいだな」
「ええ、お陰様で。人を運ぶのはまず試験的に予約制で三便ほどやらせてもらってますが、これが好評で増便の要望がひっきりなしです。中には倍の料金を払うから先に乗せてくれと言う顧客もいらっしゃるくらいですよ。皆さん、空への憧れってものがあるんですね」
「そういうあんたも目が輝いてるけどな。自分でも乗ったんだろ?」
「顧客が利用するものを体験しておくのは、商売人の義務ですよ……と、格好をつけたいところですが。正直を言って、少年のように心が躍りましたよ。東部海岸のシーファストと王都を半日もかからず往復できるなんて、世界が変わる体験ですね」
興奮気味に語るジョイスを見ていると、協力して騎竜運送を立ち上げたこと自体は良い結果が出たと思える。
「……しかしですね。騎竜運送が上手く行っていることで、今回馬車組合からあらぬ嫌疑をかけられてしまいまして」
「シーファストから王都に向かう馬車を、盗賊団が襲って被害が出てるそうだな」
「さすがディックさんですね、話が早い。一を話すだけで十が伝わる御仁は、私も寡聞にして貴方以外を知りません」
「世辞はいい。つまり馬車組合に被害が出て、利益が出るのは騎竜運送だと言いがかりをつけられてるわけか」
ジョイスはさすがに力なく笑い、肩をすくめる。馬車組合が騎竜運送の営業開始に伴い、危機感を覚えるだろうというのは分かっていた。そこに同時期に盗賊団が出没すれば、疑心暗鬼になるのは無理もない。
「ディックさんならご存知と思いますが、私は商売敵を粗野な方法で攻撃することは決してしませんよ。長く付き合いのあった馬車組合の組合長から疑われるのは、正直を言ってやりきれないものがあります」
「馬車も運送に利用してることに変わりはないし、そこまで仕事が競合することは無いんだがな。あまり簡単に人を疑うのは感心できないが、悪いのは盗賊だ」
「まさにその通りです。本来なら馬車組合から依頼を持ち込ませていただくべきなのでしょうが、彼らにしてみれば踏んだりけったりなのですよ。盗賊の襲撃で荷を盗まれた上に、討伐依頼まで負担するというのはね」
このジョイスという男は、商会を自分の代で大きくするためだけにその能力を最大限に生かしてきた。冒険者評価でいえば、人脈と商人としての才覚だけでAランクに達するような人物だ。
それでいて、金が全てという考え方はしていない。だからこそ俺も信頼して、商人の力を借りたいと思ったときに相談することができる。
「お客様、こちらが当店オリジナルのブレンド『フレイム・スカイ』になります」
以前、ティミスたちのパーティに火竜を討伐させる依頼を受けたとき、前衛のライアに飲ませた『サラマンダーの骨酒』という酒がある。火竜のブレスに耐性を持たせるために作ったものだが、その『サラマンダー』の尻尾を干したものもまた貴重な妙薬で、これを漬けた酒はヴェルレーヌの好物である『 霊命酒(アムリティア) 』にも匹敵するほどの強壮作用を持つ。
サラマンダーの鮮やかな赤い体色そのままの『 火蜥蜴(ひとかげ) の尻尾酒』は、そのまま飲むと目から火が出るほどに濃いのだが、それをすっきり飲む方法がある。『シャインスカイ』と呼ばれる高山帯で取れる空色の果実のジュースで割る――すると空色のジュースの中に垂らした赤い酒が、まるで夕日が沈むような具合の色合いになる。
「これはまた……騎竜運送の前身たる、火竜牧場。そこで育成されたディックさんの火竜をイメージしたお酒というわけですか。全く洒落たことを……しかしこういった趣向は、女性を口説くために使わなくては勿体ないような気がしますね」
「ゴホッ……酒は無粋なことを考えずに飲むものだ。そういう目的はメインじゃない」
「なるほど……恐れ入りました。私も真面目な依頼をしようというのに、茶化している場合ではありませんでしたね」
ジョイスは酒の入ったグラスを傾ける。そして目を見開いて感嘆する――舌が肥えているだろうジョイスを驚かせられるなら、ヴェルレーヌに頼んで作ってもらった甲斐があった。
「身体が燃えるような酒精を確かに感じるのに、すっきりとして飲みやすい。この甘みと酸味は果実のようだが……空色の果汁など見たことがありません。ディックさん、貴方も罪な人だ。また私の知らないルートで美味しいものを仕入れてきて」
「色々ツテはあるからな。カルディラ食料品店の常連になれば、店主が旅した先で手に入れた品を分けてもらえる」
「数が限られているでしょうから、大量流通を是とする商人には売ってくれないということですね。いや、それにしてもディックさんはいつあの店の品揃えをチェックしてるんです? 多忙を極めるあなたが足繁く通っているなんてことは……」
「その多忙の中に、行きつけの店を回ることも含まれているのです。この方はそれでいて自分を飲んだくれ扱いしろと言うのですから、無理があるというものです」
グラスを拭きながらヴェルレーヌが言う。ジョイスは笑っているし、俺は苦笑するしかない――無理があると言われても、そのスタイルを変えるつもりもないからだ。
「初めて会った時は、利発ですが目立たない少年だと思いました。しかしそれはただ演じているだけなのだと気づいたとき、私はディックさん……いや、旦那から離れられなくなってしまった。彼ほどの『人間たらし』にはなかなか会えるものではありません」
「本当にそうです。気がつけば店に出入りする女性が増えていて、気が休まらぬことこの上ない」
「ヴェルレーヌ、素が出てるぞ……まあそれはいいとしてだ。ジョイス、依頼は馬車組合を襲っている盗賊団を退治することでいいのか?」
「はい。報酬については、前金として金貨五千枚。成功報酬として一万枚でいかがでしょう」
盗賊団の規模次第では、それくらいの報酬が出てもおかしくはない。しかし騎竜運送に対する馬車組合からの疑いを解消することが目的なのだから、ウェルテム商会だけに負担させるわけにはいかない。
「日頃のご愛顧の御礼としてはこの額でも全く足りていませんが、どうか受け取ってください。これ以上の額を提示すると、ディックの旦那は受け取らないと踏んでの額です」
「……分かった。基本的には仕事に関わるメンバーの取り分だからな、安くするのは彼らにも申しわけない」
「ギルドという組織形態で、冒険者から手数料を取らないというのは世界を探しても『銀の水瓶亭』だけでしょう。だから、大々的に名前を知られていなくても王都で最も優秀な冒険者が揃っている。私も小さいながら組織の長ですから、学ぶところは本当に多い……ああ、今日はしゃべりすぎていますね。この酒は本当に 旨(うま) い」
ジョイスは『フレイム・スカイ』を飲み干すと、グラスを静かにテーブルの上に置き、報酬の支払いに関する契約書を俺の前に置いた。そして酒の代金として金貨をカウンターに置き、席を立つ。
「依頼を終えたら少し休もうと思っていましたが、お陰様でまだ動けそうです」
「あまり無理するなよ。今回の件、解決まで三日は見ておいてくれ」
早くて明日には必要なメンバーが集まるよう招集をかけるので、明日のうちに解決するということもあるだろうが、現地で何が起こるのか分からないので三日としておく。短く見積もりすぎてもそれ以上かかったときにジョイスに心労をかけることになる。
しかしその設定でも想定していたより早かったらしく、ジョイスは外套を羽織ってフードを被り、笑って答えた。
「ディックの旦那が三日と言えば三日だって信じられまさぁ。他の誰が言う三日よりも頼りになりやすぜ」
「……前にも言ったと思うが、あえてキャラを作る必要はないんじゃないか?」
ジョイスはその忠告を聞くつもりはないらしく、ただ笑うばかりだった。その飄々とした態度の奥に、誰よりも義理を重んじる商売人の誇りがあると知っているのは、一部の人物だけでいいということらしい――全く、俺が言うのも何だが変わったやつだ。
客人が店を出るのを一礼して見送ったあと、ヴェルレーヌはこちらを見て微笑んだ。
「彼もまた、ご主人様に惚れ込んだ一人なのだな。時間が許せばもう少し話したいという様子だったが」
「それは仕事が終わった暁に、ということにしておくか。さて……」
「盗賊団ということであれば、ご主人様が直接赴くというのは大げさすぎるか。私が行ってきて制圧してきてもかまわぬが……」
「賊の強さについて情報が入ってるようなら、それを見てからだな。1、2ランク上の冒険者で構成されたパーティで対処できるだろう」
ゼクトでも過剰戦力になるだろうし、リゲルとライア、マッキンリーに新人のティオという構成でも十分だと思う。しかしゼクトは相手を痛めつけずに無力化する技を持っているので、対人においては他のメンバーが果たせない役割を果たしてくれる。
「おはようございまーす! って言うても、もうお昼やけど……あっ、マスター! マスターや、マスターがおる!」
昼の部でウェイトレスをするためにやってきたミヅハがこちらに駆け寄ってくる。狐耳が嬉しそうにぴょこぴょこと動き、ふさふさの尻尾は近くにいたら当たりそうなくらい勢いよく振られている。
「ご主人様、ミヅハも技巧的な戦い方という意味では兄に劣らぬものがある。クルシファー兄妹に任せるのも良いかもしれぬな」
「え……なになに? もしかして、うちに冒険者のお仕事させてくれるんですか? できれば戦ったりできるようなのがええなぁ、最近氷も出してへんから」
ゼクトに強さを求めるストイックなところがあるように、妹のミヅハも戦いに楽しみを見出す気質があるようだ――SSランクのゼクトと、獣化していなくてもSランク相当のミヅハ。この二人がいるパーティなら任せても大丈夫だろう。
「……そこまで安全を期しても、さらに念を入れたいのがご主人様だな。ミヅハ、こちらの部屋に来るがよい。ご主人様の加護を得られるまじないをしてやろう」
「えっ……そ、そんな……ええんやろか、うち、まだ何もしてへんのにそんな……」
「あ、ああいや……何というか、できれば描いてもらってくれ。俺がミヅハたちの状況を把握できるようになるが、それが嫌っていうこともあるだろうから、無理にとは言わない」
「そ、そんなことありませんっ、うちは全然大丈夫です。なんやったら、そのおまじないが年中かかっててもええくらいです」
ミヅハは胸に手を当てて言う。そこまで信頼してもらえているのは素直に嬉しいが、ゼクトからするとどうなのだろう。
加護というのは『 小さき魂(スモールスピリット) 』の媒介となる印を身体に書き込むことだ――妹を監視しているようなものでは、とゼクトに苦言を呈されないだろうか。そういったことにやたら理解がある兄なので、おそらく黙認してくれるだろうとは思うのだが。