軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第108話 乱れ舞う水花と絶対の鎧

カスミ・クシュリナは、七番通りにある自らのギルド、藍の乙女亭に向かう途中、近道を通ろうと裏路地に入ったところで、『 人払い(クリア・アウト) 』の魔法が使われていることに気がついた。

――おぼろげに浮かんだ月の明かりを背にして、一人の男が路地の出口を塞いでいる。すでにカスミは、腰に帯びた太刀の柄に手をかけていた。

「……こんな夜更けに、人払いまでして女を襲うか。私がそれほどか弱く見えたか?」

「ははっ……相変わらず、気が強い。だからこそ、手に入れたくなるんだが」

「っ……お主……いつから王都に……副都で活動しているのではなかったのか?」

カスミを待っていた男は――レオン。彼女にとっては、良い記憶のない相手だった。

「盲目でも見えてるって話だったが、俺の顔をすぐに思い出さないなんてな。薄情な女だ、あんたは」

「……覚えていたくもなかったからの。お主のことじゃ、ろくな用事で戻ってきたわけではなかろう」

レオンの左目は眼帯で覆われている。しかしその常に浮かべている自信に満ちた気配も、女を見る時の粘りつくような視線も、嫌になるほど変わっていないとカスミは思った。

光を失った彼女でも、感じ取れるのだ。レオンとは、そういう男なのだと。

「私を恨んで、今さら復讐にでも来たか。この太刀をかわせるほど腕を磨いてきたと言うなら、その力を見せてもらおう」

「復讐ってのは違うよ。これは勧誘だ。拒否権はないがな」

レオンはそう言いながら剣を抜く。カスミはその剣に見覚えがあった。白銀に金で装飾を施した、派手好みを示す剣。カスミの用いる愛剣の素朴な拵えとは対極に位置するような剣――それを初めて目にしたときから、カスミは自分とレオンの『武』に対する考えが、相容れないものであると悟っていた。

「話にならぬ。あの時も、私がお主に好意を抱いているなどと勝手に決めつけて……女を、自分の自由になる道具としか思っておらぬのだな」

「そんなことは思っちゃいないさ。ただ、『協力を願う』だけだよ」

「ならば私の答えは一つ……お主に協力することなど、金輪際ありえぬっ!」

カスミの身体を、青みを帯びた魔力が覆う。それを見てもレオンは動かない――しかしカスミは躊躇せず、自身の必殺の一撃を繰り出した。

――『クシュリナ流剣術・水花』――

特殊な鞘によって魔力を圧縮して封じ込め、剣を抜き放つことで、魔法の力を宿した斬撃を放つ――それが、カスミの家が代々受け継いできた剣術の奥義だった。

カスミは身体の三箇所に精霊力の媒介となる魔石を装備しており、火、水、雷のいずれかの精霊の力を借りることができる。『水花』が水精霊の力を用いた剣技であることは、受ける瞬間までレオンには見切れない。

盲目とは思えぬ速度――まさに電光石火の肉薄。そこに抜剣の際の瞬間的な加速が加われば、回避できる者などそうはいない。

「はぁっ!」

天に轟くような気合いの一声と共に放たれた斬撃――レオンの顔から笑みが消え、白銀の剣でカスミの刀を受ける。

「―― 迂闊(うかつ) なっ!」

――『水花・弐ノ太刀』――

剣を受けても、水精霊の力を圧縮させた刃がレオン本体に襲いかかる。クシュリナ流剣術においては魔法を利用し、一撃目の後に追撃を加えることを真髄としていた。

「くっ……!」

駆け抜ける水の刃は、レオンの脇腹から右肩にかけてを斬り上げていく。淡い月光を浴びて、水しぶきが 霞(かすみ) のごとく舞い散る。

しかしカスミは刀を納めなかった。過去にレオンの片目を傷つけたときにも同じ技を使った――その時とは、手応えがまるで違うのだ。

(私は今、何を斬った……いや、斬っていない。私の剣は、この男に届いていない……!)

カスミは瞬時にレオンから距離を取ろうとする。しかしその前に、レオンの口元にある笑みを見て、強烈な悪寒が彼女の全身を駆け抜けた。

「前と同じ技を使ってくるとは、随分と舐められたもんだ」

「くっ……うぅ……は、放せっ……!」

レオンはカスミの襟を掴み上げ、彼女の身体を持ち上げる。カスミは逃れようとして拳をレオンの身体に打ち込むが、まるで手応えがない。

「あんたは強いし、いい女だ。あの頃は本当に、上手くやっていけると思ってたんだぜ?」

「ぐっ……だ、誰が……お主のような、男とっ……」

「言葉は選んだ方がいいな。あんたの剣術は、地面に足が着いてないと大した威力を生み出せない。それくらいは俺も学習するさ……どうだ、少しは見直さないか?」

悪びれもせず言うレオンに答えず、カスミは掴まれた襟を外そうとする――だが、レオンの手は少しも緩まず、カスミの呼吸を辛うじて許すだけの余地を残しながら、彼女にとって嫌悪すべきものでしかない言葉を並べ立てる。

「俺はずっと、SSSランクなんてものを疑問視してるんだ。魔王討伐隊が強いのは分かるが、果たして俺達と比べて、本当に確実に上だと言えるのか? 『沈黙の鎮魂者』なんて呼ばれてるのは、両手の指で余る年の子供だったって言うじゃないか。そんな子供が俺やあんたの上に立つと評価される国は、おかしいだろう。認められるわけがない」

「……お主は……彼らの力だけではなく……心も、遥かに及ばぬ……私からすれば……お主がSSランクとされている方が、よほど認めがたい……うぅっ……!」

レオンはわざとカスミに最後まで言わせてから、締め上げる手の力を徐々に強め始めた。

朦朧とする意識の中、カスミが苦しみに目を開く――そこに自分の顔が映っていないことを確かめて、レオンはその笑顔を悪辣に歪めた。

「目が見えなくて、よくそこまで強くなれるもんだな。いや、目が見えないから弱いと決めつけたあの時の俺が甘かったわけか」

「ぐっ……ぅ……」

蹴りつけても、殴りつけてもレオンは大木のように微動だにしない。カスミは消えかかる意識の中で、やはり『攻撃しても手応えがない』と悟る。

(何かが、私の攻撃を遮っている……それが何か分からなければ、この男は倒せない……)

「ははは、必死で考えてるみたいだな。あんたも俺と同じように、『俺が昔と変わらない』と決めつけている。それじゃ、答えは……おっと。これ以上はまずい」

カスミが失神しかけていることに気づくと、レオンは腕の力を緩める。そして意識を朦朧とさせた彼女を下に降ろし、その頭上からささやき声で語りかけた。

「誰か助けに来てくれると思ったのなら、そいつは間違いだ。人払いをしたことには気づいたようだが、それだけじゃない。誰もこの区画で行われていることに気づかないように、空間を『隔絶』したんだ」

レオンが何を言っているのかは、カスミにはもう理解できない。これから自分の身に起こることを理解しながら、どうすることもできない。

「……俺はそういう力を手に入れたんだよ。そうだ。これは俺の力だ……幸運だろうが偶然だろうが、紛れもなく俺の力なんだよ。俺は、妹より劣ってなんかいない」

(……妹……レオンが歪んだのは、その妹が理由か……違う、そんなことは決して……)

辛うじて意識を手繰り寄せ、カスミがレオンを見る。

その瞳を目にしたレオンの笑みが、初めて崩れた。

「俺をそんな目で見るな……俺は可哀想なんかじゃない、弱くもない! 魔王を倒さなかったからなんだって言うんだ、俺はこの国じゃ最強だったんだ! 金も、名誉も、女も、全部、全部俺のものでなくちゃならないんだよ! この国だって俺は手に入れる、そうするために力も手に入れた!」

「……しかし、それは……本来、お主のものではない。自分で、そう言っておる……」

レオンは自分の迷いを指摘され、さらに怒気を強める――しかし、その瞳が急速に冷めていく。

「……あんたも俺には似つかわしくない力だって思うのか。ルガードの奴と同じように。この『鎧』さえなけりゃ、俺を倒せると思ってるのか?」

レオンの身につけている鎧は、ただの白銀の鎧のようにしか見えない。しかし、カスミの剣技を完全に防ぎ、無効化するだけの力を持っている。

この鎧に、何かがある。それをレオンが明かしたのは、彼がカスミを逃がす気がないからなのだということは、彼女にも十分理解できていた。

(……ディック……無念じゃ。お主と手合わせをする前に、こんな所で敗れようとは……じゃが、私は……)

「おっと、怖い怖い。そんなに殺気立つなよ……っ!」

「うっ……!」

――刺し違えてでもレオンを倒す。そう決意した瞬間に、レオンの手刀がカスミの首筋に打ち込まれていた。

「怪我は後で直してやる。ラトクリスの神官どもに、丁重に扱わせてやるよ……その前に……」

レオンは屈みこみ、カスミが動かないことを確かめる。そして笑いながら、彼女を仰向けに転がした。

「……ック……」

「誰か呼んでるつもりか? 残念、誰にも聞こえないよ。ここで起きてることに気づけるやつなんていないんだ。ほら、もっと全力で助けを呼んでもいいぜ? 少しだけ待っててやるよ」

月の光を受け、カスミの瞳が輝く――しかし、彼女には何も見えていない。

そう思いこみ、勝利を確信していたレオンは気がつく。

――隔絶された空間でも、空から届く月の光は同じ。その光が、隠れた。

「何だとっ……!?」

「……ディック……やはり、お主は……」

カスミの瞳が向いている先。路地裏から見える空に現れたものは――レオンが『隔絶されている』と言った空間を切り開いて、飾り気の無い剣を携えて降下してくる、黒いジャケットを着た冒険者だった。

◆◇◆

アイリーンがいつもそうしているように、建物の屋根を飛び移りながら、俺は一直線に「カスミさんが突然姿を消した」と報告された路地に向かった。

そんな芸当ができる人間が師匠以外にいるのかと、最初は目を疑ったが、あるがままに事実を認識し、分析する――結界の類によって周囲から隔てられ、誰にも認識されない区域を作り出し、そこにカスミさんを誘い込んだやつがいる。

しかしそれは、光を歪めることによって視覚を錯誤させる、ある種の幻術のようなものだ。原理さえわかっていれば、破る方法は幾つもある。

――『 魔力剣(スピリットブレード) ・ 光波(ライトウェーブ) 』――

剣を覆う魔力を、光に変える――そうして放つ斬撃は、あらゆる光を利用した結界の類を切り裂くことができる。

それが「できる」と判断したのは、敵の魔法の原理を一目で理解することができたからだ。俺が知っている魔法に近いものなら、分析は難しくない。

切り裂いた結界の向こう、遥か眼下に見えたものは、こちらを見上げて驚愕する男と――倒れている、カスミさんの姿。

争ったことを示すように、衣服が乱れている。

それを見た瞬間に、俺の目に見えるもの全てが灰色になり、まるで時間が止まったかのように、敵の動きが緩慢に見える。

俺との実力の差を、男は悟っていた。こちらを見上げて驚愕していたその顔が、俺の姿を見て恐怖に歪んでいる。

「うぁぁぁぁぁっ……!」

男は必死になって剣を繰り出し、俺の振り下ろしを受けようとする。男の実力では、受けられずに剣は折れる――そう分かっていても、加減するという考えはなかった。

――『 斬撃回数強化(スピリットブレード・アタックライズ) 』――

「うぉっ、おぉっ……おぁぁっ……!!」

繰り出した斬撃を、敵は悲鳴のような声を上げつつも――信じがたいことに、剣で受けていた。

いや、違う。一度の斬撃を六倍に増やし、そのまま三連撃を撃ち込んだというのに、敵は全く受けきれていないにもかかわらず、傷を負っていないのだ。

(どうやって防いでるんだ……この男の実力は、SSランク相当であることは間違いない。それでも俺の攻撃を無効化している……強化魔法……いや、違う。これは……)

――『 光輪鎧(ライトアーマー) ・ 斥力障壁(リパルス・フォース) 』――

「っ……!!」

突如として敵の身体を守るように光の輪が現れ、それは爆発的に拡大して、俺の身体を不可視の身体で押し飛ばし、敵から引き離す。

「ははっ……はははははっ……そうだ、やっぱり俺は最強だ……こいつがいれば、俺は二度と、劣った存在なんて言われることはないんだ……!」

力で上回っているはずが、俺の攻撃が無効化される。それがなぜなのか、今この瞬間に理解できた。

敵自身よりも、『契約している精霊の方が強い』のだ。俺の剣を防ぐほどの防御力を持つ精霊がいるとしたら、剣精、楯精と並ぶ希少な固有精霊だと考えられる。

(『こいつ』っていうのは、防御してる精霊のことを言ってるのか……? まるで、人に語りかけてでもいるみたいだが……)

「はははっ! 何澄ましてんだよ、お前の攻撃は届かなかったんだ、もっと悔しそうにしてみろよ! 正義の味方気取りでもっと必死に撃ち込んで来いよっ!」

心底嬉しそうに笑いながら、男が斬りかかってくる。窮地を乗り切ったという安堵もあるのだろうが、その打ち込みは鋭い――しかし、コーディと訓練している俺には、二段ほど落ちる剣技だと感じられた。

「くっ、こ、こいつっ……なぜ入らない……俺は気に食わないやつは一撃で殺してきた……っ、なのに、なんでっ……」

「……本当にそうか? 自分より弱いやつだけをいたぶって、強いつもりでいただけじゃないのか」

「っ……黙れっ、黙れぇっ! くそがぁぁぁぁっ!」

俺が幼い頃、成長の途上だったとしても、こんな奴にも苦戦したのだろうかと疑わしくなる。今の俺には、SSランクの敵でも脅威に感じない――敵の打ち込みは重くもなく、魔法を使おうとしても、それを後出しで押さえ込むことすらできる。

激昂して言葉にならないことを言いながら、男はがむしゃらに斬りつけてくる。落ち着けば剣術の型はしっかりしているのだろうが――勝つことに囚われすぎて、無駄な動きがあまりにも多くなっていた。

「なぜ切り返してこない……どいつもこいつも馬鹿にしやがって……妹は運が良かっただけだ……あいつが騎士団長なんて、俺を見下ろす身分にいていいわけがない……っ!」

反撃する気にならなかったのは、この男が、俺の親友と呼べる相手――コーディの兄である可能性が高いからに他ならない。

普段の俺なら関わりを持ちたいと思わない、そんな人種だなんて思いたくもなかった。可能なら、俺達の前に姿を見せないで欲しかった――それも、俺のエゴだと分かってはいる。

「……コーディが日頃、どれだけ鍛錬してるか知ってるか」

「あぁっ!? 貴様がっ、貴様が俺の妹をそんなふうに呼ぶなっ! あいつはっ、あいつは俺に付き従うべきなんだ! 兄であるこの俺にっ、跪いてっ、全てにおいて敵わないと言うべきなんだっ! 何か俺が間違った事を言ってるか!」

何もかも間違っている。どれだけ自分の強さに自信を持っていたか知らないが、妹が自分を超えていったからといって、嫉妬する必要などないのだから。

「あいつがどれだけ血の滲むような思いをして、魔王討伐の旅を終えたか。貴族と騎士団の均衡を取り持つために、あいつがどれだけ苦労したか……その何もかも知らずに、ただあいつを踏みつけにしようとしてるお前に、兄の資格なんてない」

「知るかァァァッ! 俺がっ、俺が最も強くなくちゃならないんだ! 魔王討伐隊なんて認めない、どんな方法を使ってでも排除してやる!」

強さではなく、人の上に立つことへの盲目的な執着。『鎧』があれば勝てると思っていたのだろうが、俺に一撃も入れられないことで、次第に本性が剥き出しになっていく。

そんなもののためにラトクリスは攻め入られ、メルメアは助けを求めるために国を離れなくてはならなかった。

――そして、もう一つ。レオンは、大きすぎる罪を犯している可能性がある。

大振りの一撃を受け止め、俺はレオンを一歩ずつ押し返しながら問いかける。

「ぐぅっ……ぉぉ……その身体のどこから、そんな、力がっ……!」

「……レオン・ブランネージュ。あんたがラトクリスを攻めて、ベルベキアから搾取したせいで、ベルベキアは俺達の国に攻め入る計画を練った。それも、あんたが仕向けたことなのか……?」

俺の問いかけに、レオンは初め、答えるまいとしたが――何を思ったか、口の端を歪めて笑みを作り、あっさりと言った。

「ああ、そうだ……そうだよ、俺が指示してやった。国が乱れれば、魔王討伐隊にも揺さぶりがかけられるだろう? ベルベキアの黒鉄騎士団がアルベインに流れこんでくれれば、もっと面白かったんだがなあ……知ってるか? ベルベキアの遊牧民どもは、色の白いアルベインの女を珍しがって、自分たちのものにしたがってるんだぜ。そんな奴らを煽ってやって何が悪い? したいようにさせてやってるだけだろうが……!」

それが挑発であることは分かっていた。レオンが俺の怒りを誘おうとしているのは、外套の内側に仕込んだ暗器の類を、離れぎわに俺に投擲するためだということも。

――それよりも、何よりも。

俺と仲間たちが守ろうとしてきたものを、脅かした相手への怒りが勝っていた。

「ははっ! 侮るなよ、英雄気取りの偽善者がっ!」

嘲笑しながらレオンが俺に蹴りを繰り出し、反動で距離を取ろうとする。その衝撃を殺しながら、同時に俺は『限定拘束』を解放した。

――『 負荷解除・拘束解放(スピリットリリース・リミットバースト) 』――

全力を出す必要がないというのは誤りだった。最初からこうすべきだった――俺はまだ、どこかで「コーディの兄」に対しての遠慮があった。

俺がよく知るあいつなら、この男に制裁を加えることを決して咎めたりはしない。例え、血を分けた兄であっても。

レオンの投擲した、おそらく毒の塗られた金属針のような暗器が、やつの狙い通りに命中する。

そう見えただろう――残されているものが、俺の作り出した幻影であることにも気づかずに。

――『 魔力幻身(スピリットゴースト) ・ 水影(アクアミラージュ) 』――

「あ?」

レオンの間抜けな声が聞こえた。俺は水精霊の力を借りて、自分の姿の写し身を作り、その場に残していた――金属針が貫通しても、俺の影は表情一つ変えない。

「これは……まさか、 その女(カスミ) の……!」

(――そうだ。カスミさんの分を、きっちり返してやらないと気が済まない)

カスミさんは水精霊魔術を得意とする――そして、すでに水精霊の力を利用する技を使っており、この辺りは水精霊の力が濃くなっている。だからこそ、この速さで無音詠唱を完成させることができた。

久しぶりの拘束解放で、自分の速度を制御するのが難しいほどだった。瞬時にレオンの背後に回り、殺気を放つ前に終わらせようとする。

しかし、それでもレオンの『鎧』は、俺の攻撃に反応してみせた。

――『 光輪鎧(ライトアーマー) ・ 絶対障壁(フォースウォール) 』――

どんな俺の攻撃も阻んでみせる。それは、明らかな挑戦だった。

しかし俺とレオンの『鎧』に、双方誤算があったとすれば――。

この場に俺の仲間が一人も訪れないと、思い込んでいたことだった。

「――ディックッ!」

いつも凛として、俺達を鼓舞してくれる、勇ましい剣士の声。

コーディ・エルステッド。彼女が光の剣を携え、俺がそうしたのと同じように、空から降りてくる――そして彼女は、途中で俺に『剣』を渡す。

コーディの手に握られた剣が光球に変化し、瞬時に俺の左手に握られる。光の速度だからこそ可能な芸当――そして俺とコーディがまだ強く結びついているからこそ、俺は光剣の力を借り、存分に引き出すことができる。

(レオンを守る壁にぶつけるんじゃない。壁の向こうのレオンに攻撃を通す……他の武器ではできなくても、光剣ならばそれができる……!)

「――おぉぉぉぉぉっ!」

――『 魔力剣・波動変換(スピリットブレード・ウェイブライズ) 』――

「うごぁっ……!!」

物質の剣ではできない芸当。光剣の力を、あらゆるものを貫通する波の力に変換し、俺はレオンの後方に展開された障壁に向けて、真っ向から撃ち込んだ。

何重にも重ねられた障壁をものともせずに貫き、レオンの身体を波が通り抜ける。全身に強烈な振動が伝わり、レオンは前のめりに倒れた。

建物の壁を駆け下りて、コーディが着地する。彼女はいつもの騎士鎧ではなく、急いで来るためか、軽装のままで来ていた――そして息を切らせることもなく、倒れているレオンに歩み寄る。

「……コーディ、どうしてここに来られたんだ?」

「予感は、していたんだ。彼の行方は、ずっと知らなかった……けれど、彼ならありうるとも思った。欲しいものに正直で、人を傷つけることを厭わない。そんな人だから……」

コーディはレオンを兄とは呼ばなかった。それは、二人がずっと昔に断絶していて、そのまま今に至るということなのだと思った。

それでもコーディなら、自分を少なからず責めるだろうと思った。どんな兄であったとしても、簡単に切り捨てて割り切れるようなやつじゃない。

「……この男が……コーディの、兄貴なんだよな」

「……そう。レオン……彼は、僕の兄だ」

否定はしない。しかしそれを俺に打ち明けることが、どれほど辛いのかを示すように、コーディは唇を噛んでいる。

「笑ってしまうよね。情けないよね……僕は今でも兄を前にすると、小さな頃のことを思い出してしまう。まだ、兄が冒険者でも何でもなかった頃……家族で暮らしていたときのことを」

「……それは何も、悪いことじゃない。レオンがこうなったのは……レオン自身が、そういう生き方を選んだからだ。コーディは、何も悪くない」

「……兄が、僕の『剣精』が原因で歪んでしまったんだとしても……?」

レオンは妹に対する激しい劣等感に苛まれていた。SSランクであったレオンが、当時十三歳のコーディに実力で抜かれ、コーディは魔王討伐まで成功させて帰還した――その事実に耐えられず、レオンは王都から去った。

レオンが不在であったから、正体が露見する憂いもなく、コーディは騎士団長に就任することができた。その時は、レオンが王都にいたこと、副都に移ったことを、彼女は知らなかったのだろう。

国王陛下に騎士団長の地位を望み、国を守ると決意したコーディの顔には、魔王討伐隊が解散するということ以外に、何の憂いも感じなかったのだから。

「俺は……コーディの強さを見ても妬まなかった。他のみんなに対してだってそうだ。いつも憧れてたし、他のことで並ぶだけの貢献ができればと思った。表舞台に立つ皆の影で、支えることができれば良かった。補助魔法をかけることも、旅を快適にするために色々考えたりすることも、全てが誇らしく思えたんだ」

「……ディック」

「……楽しかったんだ。コーディたちと会ってから、ずっと、今までも」

だから、自分を責めないで欲しい。誰もが得ることのできないその力を、誇りだと思ってほしい。

そんな慰めを言えば、何か嘘くさくなりそうで、何を言っていいかわからなくなる。

「僕は……そんなディックだから。君がいてくれたから、救われていたんだね」

コーディの瞳から、涙がこぼれる。それを手で拭いながら、彼女は俺に向けて微笑みかけた。

ずっと抱えてきた、兄との確執。そこから少しでも自由にしてやることができたのなら、今はそれ以上望むことはない。

しかし、レオンは拘留しなくてはならない。ラトクリスを俺たちが解放し、彼が全ての罪を償うまでは。

牢に連れていくのか、それとも騎士団の施設を使うのか。どちらにせよ、俺もレオンを運ぶために協力するつもりで、倒れたままのレオンを担ぎ上げようとする。

「ディック……ッ、離れよ、まだ、何かが……っ」

「……っ!?」

倒れているカスミさんが、必死に訴えようとする――レオンの身体が魔力の光に覆われたかと思うと、それは何もなかった空間に、女性の姿を形成する。

(これが……レオンを守っていた存在……? 『鎧精』なのか……?)

人工精霊のスフィアの他にも、人の姿を取れる精霊がいるのだとしたら――俺たちは、それを今まさに目にしていた。

薄く紫に色づいた銀色の髪に、身体のごく一部だけを、肌に吸い付くような質感の僅かな布地で覆ったような姿。人間の年齢に換算すれば、その容姿は俺やコーディよりも年上だろうか。

彼女は無機質な瞳でこちらを見ている。よほど女性に対して無関心でなければ、簡単に魅入られてしまいそうなほどの美貌の持ち主だ。

「僕の『剣精』が反応して……ディック、この 女性(ひと) は……っ!」

攻撃を仕掛けるか、それとも。

――それを迷ったのは、レオンの前に立ちふさがるようにして現れた女性が、余りにも華奢に見えたからだった。

「……まだ、この男を廃棄するわけにはいかない」

「っ……!」

それは一瞬の出来事だった。レオンの足元に音もなく魔法陣が生じ、その姿が消える――この女性が転移させた、そう悟ると同時に、コーディは決断し、牽制のために光剣を矢に変えて放った。

―― 光剣(ライトブレード) ・ 光速連弾(アサルトバレット) ――

「……その『剣』では、私には届かない」

「っ……!」

足止めするために放たれる光弾は、女性の身体に接近する前に『曲がった』。

光の軌道を歪めた――やはり、間違いない。彼女はコーディの剣精と同じように、光に干渉する力を持っている。

(やはり『鎧精』の化身……だとしたら、何が通じる。本体のレオンに攻撃が通っても、この鎧には通じてない……いや……!)

精霊は魔力で存在している。ならば、魔力を吸収する――それで弱体化できるはずだ。

―― 魔力剣(スピリットブレード) ・ 闇刈り(ソウルリーバー) ――

「おぉぉっ……!」

ヴェルレーヌの力を分けてもらったことで、魔族が得意とする技術を使えるようになった――そのうち一つが、攻撃と同時に魔力を奪うという技術。

俺の剣が、ダークエルフであるヴェルレーヌが持つ魔力の色と同じ、紫の刃に変わる。

しかしそれを見た女性――鎧精は、攻撃を受けることを選択しなかった。

―― 光輪鎧(ライトアーマー) ・ 多重鏡面結界(ディメンジョンミラー) ――

俺が剣で斬ったのは、魔力で作られた『鏡』だった。

物質の鏡とは違い、全方位の風景を映し出した鏡。町の一区画を光の幻影で囲み、隔離するという芸当ができたのだから、こんなことができても不思議はない。

そして鎧精自身は、離れた場所に作り出した鏡に自分の姿を移し、瞬時に移動してみせた。俺の用いる疑似転移は光の速さには程遠いが、魔力で構成されている精霊であれば身体に縛られた人間の速度を超えられるということだ。

裏路地の入り口まで一瞬で移動される。続けて同じやり方で移動することもできるのだろうが、鎧精はあえてそうせずに、俺たちを見ていた。

「……レオンを、ラトクリスに転移させたのか?」

問いかけても鎧精は答えない。今にも消えてしまってもおかしくはないが、俺もただ手出しできずにいるというわけではない。

「……っ」

コーディも、鎧精も、遅れて気がついた――俺は、鎧精が魔力で作り出した鏡を、魔力を吸収する力を持たせた剣で斬った。

――つまりそれは、魔力で出来ている鎧精の一部を、俺の中に吸収したということでもあった。

「レオンを転移させたあとなら、何をするにも自前の魔力を消費する。さっきの鏡の魔法そのものが、あんたの一部だ。それを、俺の中に吸収させてもらった」

「……一部だけでは意味がない。私の『鎧』を使えるわけではない」

「そうだな。だが、あんたを追跡することはできる。あんたと契約してる人間は、本当はレオンじゃない……もしレオンと契約してるなら、彼を『廃棄する』なんて可能性はないはずだからな」

一度契約した精霊は、契約者の命令を遵守する。俺が知りうる限り、精霊魔法とはそういうものだ。

「俺はあんたの速さに追いつけるよう、準備をしておく。次に会ったときは、逃がさない」

「……覚えておく。我が主の敵となる者たちよ。剣精ラグナの力を使いこなせていないなら、私を斬ることはできない。覚えておくがいい」

鎧精が姿を消す。王都全域の情報網に引っかかることなく、足跡が完全に消える――それでも、俺だけは彼女の存在を感じ取れる。

「……僕は、剣精を使いこなせていない。だから、彼女に届かなかった……兄は、『鎧精』の力を借りていたんだね」

「ああ……だが、レオンが鎧精に選ばれたってことは、考えにくい気はしてた。誰かがレオンに鎧精を貸して、混乱を起こさせるよう仕向けたんだ」

その誰かは、ラトクリスにいる。レオンとルガード、二人の悪意をさらに利用した者がいるということだ。

全ての根源を叩くには、鎧精の守りを破らなければならない。最強の剣である剣精の力で、最強の鎧である鎧精を破る――そのためには。

「……コーディ。剣精が、人の姿を取ったことはあるか?」

「それは……鎧精と同じように、僕のラグナも人の姿を取れるっていうのかい?」

「鎧精は人の姿を取って、あれだけの防御力を発揮した。剣精にも意志があるのなら、力を引き出すには対話する必要があるのかもしれない……と思ってな」

全ての精霊は意志を持つものだが、人の姿になれる精霊はスフィアだけだと思っていた――しかし、鎧精という例外が増えた。

その鎧精が自分を破れる可能性があると認識した剣精も、同等の存在であると考えるのは、それほど的外れでもないように思う。

「……僕は今の光剣でも十分に強いと思っていた。剣精の力に頼り切っていた……僕はまだ、剣精に認められていない。力を貸してもらっているだけだったのかな」

「あれだけ鍛錬して強さを保ってるコーディが、さらに強くなるっていうのは……正直、震えるけどな。俺にできることは協力する。時間は少ないが、やれることをやってみよう」

俺はカスミさんにジャケットをかけ、その身体を起こした。回復魔法をかけると、意識のはっきりしてきたカスミさんが、俺にしがみついてくる。

「っ……カ、カスミさん……」

「……不甲斐ないが、今は助けてもらったこと、礼を言う。ディックが空から来てくれたとき、救世主とはこのことじゃと思った。お主は、本当に強い……」

「いや……戦いはまだ終わってない。だが、レオンたちにはもう好きにはさせない。全部、俺たちが決着をつけるから」

剣精の力を引き出し、鎧精の守りを破る。それで俺たちの元に、『剣』『鎧』『盾』の三種類の固有精霊が集まることになる。

そして鎧精を破ることが、ラトクリスを解放することにも繋がる。俺はカスミさんの背中を撫でながら、コーディと視線を交わして頷きあった。