軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第107話 ギルドへの帰還と迎撃態勢

俺の魂が自分の身体を離れ、スフィアに宿っていた期間は六日。こう言ってしまうと短いが、ひどく長く感じた。

皆が治療のために頑張ってくれて、スフィアは騎竜戦に出るために、毎日騎竜の練習に励んでくれた。生まれたばかりの彼女は皆と遊びたいという気持ちもあるのに、それを俺に言うことはせず、代わりにこんなことを言うのだ。

「お父さんと一緒なら、何でも楽しいよ。歩いてたり、風景を見てたり、一緒にお昼寝してるだけでも楽しいから」

健気な娘を持ったものだと、しみじみ思う。人工精霊ということは関係ない、彼女は俺にとって、そして皆にとっても大切な家族だ。

その 家族(スフィア) を傷つけようとしたルガード。そして、彼と組んでいる人々には、然るべき対処をしなくてはならない。

ヴェルレーヌの召喚した固有精霊『揺蕩う者』の牙に残った痕跡を見る限り、ルガードは深手を負っている。王都に戻る前に『揺蕩う者』がルガードの追跡をやめた地点に立ち寄ってみたが、そこにはまた、ルガードとは異なるもう一人の人物が痕跡を残していた。

俺は使ったことはないが、これは葉巻というやつだ――火を点けて使用した形跡が残っている。これを誰かが、ルガードがいた場所に残していった。

ある植物の葉を乾燥させ、紙で巻いて筒状にして、火をつけて煙を吸い、肺で薬効のある成分を吸収する。気分が落ち着くものもあれば、興奮させたり、催眠効果を及ぼすものもあるという。

そして、付近には戦闘が行われたことを示唆する形跡も残されていた。川沿いの森を見ると、何者かによって幾つかの木が切り倒されていた――そして、獣のものらしい血の痕も残っていた。

残された魔力の痕も入念に消していったのか、辿ることはできなかった。しかし俺は確信する、ルガードと何者かが接触し、接触した人物が葉巻を残していったのだと。

葉巻に火を点けた人物は、何らかの魔法を使っている。そのときに生じた魔力の残滓は、ルガードのものではなかったからだ。

葉巻に火を点け、捨てていった人物が誰なのか。誰も調査に来ないと思っていたのか、来ても何もできないと侮っていたのか。俺には、後者のように思える。

どのみち、アルベインのSSランク冒険者の現状について確認すれば、誰が今国内に不在で、ルガードと手を組む可能性があるかが分かるだろう。

◆◇◆

王都西にある火竜の放牧場に降りた俺たちは、シュラ老と二人の子供たちに竜の世話を頼んで、転移魔法陣を使って『銀の水瓶亭』の地下に戻った。

「ここは……私たちはもう、アルベインの王都に入っているのですか?」

地下の魔法陣部屋は四方を石壁に囲まれており、迷宮のような様相を呈している。メルメアが少し心配そうにするが、部屋を出たところで酒蔵を目にすると、イリーナ共々安心してくれた様子だった。

「うちのギルドの地下だ。この上の一階では酒場をやってて、二階は住居になってる」

「確かに、賑やかな声が聞こえてきますね……酒場が一番賑わう時間ですから、お邪魔をしないように気をつけねばなりませんね」

イリーナは、自らの身につけている騎士の鎧を見下ろす。これではエルセインの軍人ですと言っているようなものなので、着替えてもらわなければ。

「あっ、お帰りなさい、ディック様! 店長がもうすぐ帰ってきはるって言ってたから、今か今かと待ち構えてたんや」

ウェイトレスの格好をしたミヅハが降りてきて、俺の前にやってくる。パタパタと尻尾を振るその姿はなんとも愛らしい――普段は長いスカートの中にしまっているのだが、気持ちが高ぶると尻尾が動いてしまうらしく、スカートがめくれてしまう。

「ミヅハさん、スカートが……気をつけないと、お父さんが照れちゃうので」

「あっ……ご、ごめんなさい。うち、ついマスターが帰ってくると、反射的に嬉しくなってしもてん。兄上にも、もうちょっと落ち着きなさいって言われてるんやけど……」

「留守のうちは、店の様子はどうだった? 皆に任せておいて大丈夫そうだけどな」

「はい、いっぱいお客さんが来てくれました。でも、常連さんが店長さんがおらへんと寂しいって言うてはって……あと、女の人が一人来てはりましたよ。ちょうどさっきまでおったんやけど、他のギルドの偉いさんやって」

「そうなのか、入れ違いになったな……誰が来てたんだ?」

「カスミさんっていう方です。ほんとは騎竜戦を見に行きたかったみたいなんやけど、『ディックの留守を守るのも、私たちの務めじゃからな』っておっしゃってました」

カスミさんの特徴的な口調を想起する。いつも着ている東方の衣装さえ、しっかり着崩さずに着てくれたら、彼女とは落ち着いて話せるのだが――どうも会うと誘惑されることが多いので、真面目な要件があるとき以外は顔を合わせづらい。俺はそこまで誘惑に強い人間ではないのだ。

しかし「留守を守る」なんて言い方をされると、しっかり礼は言っておきたいという気持ちになる。

――ただでさえ、俺はこれから、王都の要人に警護をつけなくてはならないと思っている。その重要な役割を担うカスミさん、レオニードさんには、最大限の協力を仰ぎたいし、彼女たち自身にも気をつけてもらいたい。

「イリーナ、メルメア。俺は行くところがあるから、一旦外に出る。戻ってくるまでは、ヴェルレーヌの指示に従ってくれ」

「はい、かしこまりました。ヴェルレーヌ様はすでに戻られているのですか?」

「結構前に帰ってきて、ギルドハウスに二人を泊めるのは手狭やから、お屋敷の客室を手配するっておっしゃってました。イリーナさんは、ベアトリスさんってご存知ですか? 縁あって、その方がうちのマスターの眷属になって、別荘の管理をしてるんです」

「っ……ベアトリス様とは、ファリド家のご息女でいらっしゃいますか!? 彼女はかなり前に、召喚事故で行方不明になられたとお伺いしましたが……よもや、アルベイン王国で召喚を受けていようとは。ディック様が彼女を救出されたのですか?」

召喚事故――確かに、魔王国側から見るとそういうことになってしまうか。

シュトーレン家が研究していた、高位魔族を召喚して隷属させるという技術。正直なところ、よほどのことが無ければ封印してしまった方がいいと思うが――ベアトリスの死霊を引き寄せる性質を恐れたシュトーレン家の人々は、おそらく召喚魔法も役立たずだと見なしただろうし、研究は放棄されていると考えられる。いずれにせよ、プリミエールに打診して、研究資料がどうなったかは確認しておいた方が良さそうだ。

「……高位魔族を召喚し、契約する。そのような魔法が、アルベインに存在するのですね。もしそれを『彼ら』が使っていたら、もっと酷いことになっていました」

シュトーレン家の『召喚契約魔法』は流出していない。もしそれを悪用されると、高位魔族を召喚して魔王国の力を削ぐことができてしまう。

「今はその魔法の研究は止まってるし、広められてもいない。俺がベアトリスを救出というか、眷属にしたのはめぐり合わせの妙ってやつだが……結果としては、召喚事故の被害者を増やさずに済んだってことになるか」

「はい。ディック様のなされたことは、魔王国の民に安寧をもたらす、大きな意義があります。お話を聞けば聞くほど、ディック様の器の広さを知る思いです……」

「本当に……ディック様のことをうかがうほど、私もご指導願いたいと思わずにいられません。軍人として根性は鍛えられておりますから、どのようなご命令も果たしてみせます! さあ、何なりと!」

体勢が整ったらすぐにラトクリスに向かおうと思っているが、イリーナがどうしてもというならば、王都に滞在する間も何かの役目を頼みたい。彼女には、将来的には竜の調教師をしてもらいたいと思っているのだが、すぐに国を上げて騎竜士の育成に取り掛かるというわけにはいかないので、準備期間が必要だ。

「ああ、そうだ……メルメア、ヴェルレーヌとも話してたが、王都ではダークエルフは珍しい。できれば、白エルフの姿になってくれるか。そうしたら、イリーナと一緒に頼みたいことがある」

「はい、ディック様のご命令とあれば、どのようなことでもお受けいたします」

「ディック様じきじきの任務を、早速いただけるなんて……気を引き締めなくては」

「とりあえず、これに着替えてもらえますか? 前、制服の数が足りへんかったから、店長が替えをいくつか発注してたんです。それが、ちょうど届いてますから」

「あっ、その服……私の分もありますか?」

スフィアが聞くと、ミヅハは嬉しそうにする――ギルドでは最年少なので、同年代の容姿をしているスフィアと接するのが嬉しいようだ。

「もちろんや。店長がうんと可愛いのを頼むって言って……せや、スフィアちゃんもお店のお手伝いしてみる?」

「うん! お父さん、お手伝いしてきてもいい?」

「ああ、みんなに教えてもらってやってみるといい」

ミヅハが制服を持ってきてイリーナとメルメア、そしてスフィアに渡す。娘の仕事ぶりを俺も見守りたいところだが、今は店に待機しているわけにもいかない。

「……あ、あの。マスター、着替えの見学をされるって言うんやったら、うちは今さら気にせえへんけど、このお二人は恥ずかしいんとちゃうかなって」

「っ……い、いえ、こちらの店で勤務するとなれば、体型などが条件に即しているかどうか確認する必要が……ディック様、入店試験をお願いいたします!」

「洞窟で介抱をしていただいたときに、スフィアさんの『お父様』……つまり、ディック様には見られていると思うのですが……いかがでしたでしょうか……?」

「っ……ま、まあその、極力見ないようにしてたからな。それに入店試験で身体検査なんてしてたら、うちの店に入ってくれるような人は見つからないだろうし」

イリーナとメルメアはなるほどという顔をする。この反応を見ると、魔王国にはギルドとか酒場というものが無いのではないかという気がしてきた。

「そんなつまらへんこと言わんと、身体検査してもええのに。うちは、この店に入る時は、ディック様に全部見せるのが儀式やと思ってます」

「そ、そうなんですか? それなら、私もお父さんに全部見せなきゃ……!」

「スフィア様がそこまでされるのであれば、やはり私も……!」

「あっ……ディック様、どちらに行かれるのですか? まだ、身体検査が……」

「ぜ、全員見なくても合格だ! 俺は用事があるから、帰ってくるまでよろしく頼む!」

何とか押し切って、逃げるように階段を上がる。すると、ヴェルレーヌがトレイの上に、飲み物の入ったグラスを載せて待っていた。

「急ぎのようだが、喉を潤していったらどうだ?」

「あ、ああ……ありがとう。新入りが増えるが、よろしく頼む」

ヴェルレーヌが用意してくれたのは、氷室から取り出した氷を砕いて入れた、聖域梨の清水割りだった。一口飲むと、清涼感のある風味が広がる。

「身体検査か……と言っている場合ではないな。『揺蕩う者』の攻撃では、やはり仕留めきれていなかったようだな」

「ああ、そうだな。深手は負ったはずだが、ルガードを誰かが助けたみたいだ」

「……ルガードの仲間は、アルベイン国内に潜入している。その後の動向は、把握しようがないということか」

ヴェルレーヌは厳しい表情をするが、俺は半分ほど飲んだグラスをトレイの上に置き――笑ってみせた。

「何か、手があるというのか? ご主人様といえど、隠密行動しているだろう相手の足跡を追うなどと……」

「追うんじゃない、網にかけるんだ。奴らはおそらく、俺のギルドがどんな機能を有しているかを把握していない。ただの冒険者ギルドだと誤認させるように、これまでずっと行動してきたからな。少なくとも、彼らが国を出るまでは」

俺が理想のギルドを作るために最も重視したのは、情報部という組織の練度を高めること。

――作り上げた『情報網』は、表に出ない依頼を浮き上がらせるために使う。それ以外のためには極力利用してこなかった。

王国の政治に干渉するようなことも、見知らぬ貴族の私的な活動を調べ上げることもしなかったからこそ、後手に回ることはあった。ヴィンスブルクト、ロウェと、謀略を巡らせた後に対処するというのは、いつでも多大な苦労を強いられる。

しかしそういった謀略を、立ち上がる前に潰すというのは、この国を俺の理想の国に変えることに他ならない。俺はもっと限定的な影響力を持てればそれで良かった。

「……ご主人様の『情報網』には、敵と見なしたものに対抗するための真の姿がある。そういうことなのだな」

王都にある12の通り、貴族の住む地区、教会区、大学区――騎士団の拠点まで。情報部員はそれぞれに情報収集できる範囲を持ち、この王都にある死角といえば、それこそ個人の寝室くらいだ。

「敵が俺たちのことを甘く見ているなら、必ず来る。そう分かっていれば、備えるのはそこまで難しくない」

「この広大な王都を見て、私は初め、アルベインの国力の豊かさに舌を巻いたものだ。その全てを把握し、急襲に備えるなど……どれほど難しいことか」

「俺も普段は必要ないと思ってる。王都の住民が知らない間に自分の生活を把握されてるなんて、あってはならないことだしな。だが、今だけはそうも言っていられない」

「……そうだな。私も、留守をしっかりと守らせてもらう。ご主人様、ご武運を」

「ああ。ヴェルレーヌも、気をつけてな。何かあったらすぐ駆けつけるが、おそらく敵はこのギルドを狙ってはこないだろう」

敵が何を狙ってくるのか分からない。だが、俺は自分の大事な人たちを決して傷つけさせない。

――例え王都の隅で凶行が行われようとしても、俺の手で防いでみせる。

酒場の裏口から出ると、そこにはサクヤさんの姿があった。

「お帰りなさいませ、マスター。騎竜戦の勝利、おめでとうございます」

「ありがとう、サクヤさん。スフィアも頑張ったし、皆も助けてくれた」

「ヴェルレーヌ様に、何があったのかは聞いております。最後は、マスターがルガード・バレンスタインを撃退したと……彼らは、王都に来る可能性があるのですか?」

「ルガードはおそらく来ない。あいつは俺に腕を切り落とされたとき、笑ってはいたが、負けを認めてるようには見えた。来るとしたら、もう一人の仲間の方だ。サクヤさんは、アルベイン王国のSSランク冒険者で、ルガードと手を組みそうな人物に心当たりがあるか?」

尋ねると、サクヤさんはわずかに表情を曇らせる。

――その可能性は、考えるまいとしていた。これから倒さなければならない相手が、仲間の肉親などということは。だが、もう見てみぬふりはできない。

「レオンっていう、冒険者なのか」

「……はい。レオン・ブランネージュ。マスターが前に、コーディ騎士団長の経歴についてお調べになるよう命じたとき、私もそのことに気が付きました。二人の家名が同じであること、出身地が同じであることに」

コーディが、男性を信用できなくなった原因である人物。両手の指で数えられる人数しかいないSSランク冒険者の一人。

かつては王都にいたが、魔王討伐隊――俺達がエルセインから帰還した時期に副都パルドールに移住している。しかし数年前に姿を消して、それきりになっていた。

SSランク冒険者が、戦いで命を落とすとは考えづらい。生きているとは思われていたが、アルベインの目が届かない場所で好き勝手にやっていたというのか。

「レオンは王都に来たばかりのころ、両親の旧友である『黒の獅子亭』のレオニード氏に師事していました。しかし素行が悪く、SSランクに認定されはしましたが、ギルドマスターには推薦されずに終わっています。その後副都に移り、自分のギルドを立ち上げました」

「レオニードさんに……そうだったのか。あの人は、女性を不幸にする男を許さないからな。破門されたとしても無理はない」

「『金の天秤亭』の前代マスターはレオンと交際していましたが、婚約を一方的に破棄され、自殺未遂を起こしたと記録にあります。藍の乙女亭のマスターにも強引に関係を迫ったそうです……そのとき、レオンは片目を負傷しています」

カスミさんにまで不埒なことを考えるとは――しかしカスミさんもさすがだ、レオンを返り討ちにしていたとは。

度重なる問題行動を起こしながらも、レオンは実力だけは認められていた。それは、戦闘評価が純粋に高いということなのだろう。

「レオンが王都を出たときの冒険者強度は、63248です。ルガードは70810ですので、ルガードにレオンが追従していると考えられますね」

「……いや。それは5年も前の話になるからな。俺が戦ったルガードは、7万っていう手応えよりは、一回りは強く感じた」

「ルガードたちが、SSSランクに近づいている……ということですか?」

「そうだ。もし、レオンがそれほど実力をつけているとしたら……」

レオンが昔よりも強くなり、過去に因縁を持つ人物に復讐を考えるとしたら――狙うのは、カスミさんだ。

もしくは、レオニードさんとコーディ。いずれにせよ、レオンと過去に接触のあった人物を重点的に守る必要がある。

「レオンが襲撃してくる可能性がある人物に、警戒するように伝えてくれ。念のために、ルガードの容姿も伝えてくれるか」

「かしこまりました。マスターは、どうされるのですか?」

「カスミさんの所に行く。さっきまで店に来てたそうだが、どの道を通って帰ったかは把握してるか?」

俺の問いかけに、サクヤさんは言葉ではなく、俺と『繋ぐ』ために身につけたピアスに触れてみせた。

それだけで、カスミさんの現在の状況が伝わってくる。それだけではない、王都の人物の誰を指定したところで、『網』のように配置された情報部員は、一瞬にして全員が情報を共有することができる。

「……ディー君ったら。それだけの魔道具を作ろうとしたら、材料を集めるのも大変なのに」

「し、師匠……上で休んでたんじゃないのか?」

「ううん、ディー君の指示を待ってたんだけど、このギルドを守ることが、私とヴェルちゃんの仕事なのかなって」

「恐れながら、『銀の水瓶亭』の情報部は、このような時のために訓練を重ね、実務経験を積んできたのです。現状で、王都の中で把握できない点は、個人の住宅の寝室や、ごく私的な場所のみです」

彼女も俺と同じ認識でいる。一人では理想のギルドを作れない――マスターの俺もまた、ギルドを構成する一部という考えで、皆にも理解してもらい、考えを共有している。

「ミラルカちゃんがお風呂でどうしてるかとか、アイリーンちゃんの胸がまた大きくなっちゃったとか、そういうことは把握しないようにしてるんだね」

「あ、当たり前だろ……女性の情報部員だからって、やっていい範囲を超えてるしな」

「うん、いい子。ディー君は私にとって、世界中に誇れるお弟子さんだよ」

お褒めの言葉は嬉しいが、そうこうしている場合ではない。スフィアも気になったのか、裏口から様子を見に出てきてしまった。

「リムお母さんも行くなら、私も……」

「ううん、スフィアちゃんはここにいようね。お母さんもお仕事手伝うから」

「ほんと? でも、お父さんが……」

「俺のことは心配しなくていい。師匠と皆のおかげで、元気が有り余ってるんだ」

それでも心配そうにするスフィアの前に膝を突き、抱きしめる。スフィアはきゅっと俺の背中にしがみついた。

「お父さん、頑張ってね。それと、リムお母さんのこと、師匠じゃなくて……」

「それは……ま、まあ確かに、スフィアの言うとおりだな。リムセリット……さん……いや、やっぱり師匠が一番しっくりくるんだよな」

「ふふっ……ディー君、私はずっとディー君って呼んでるんだから、いつでも変えていいよ」

そう言われると、早く名前で呼んだ方がいいのだろうかと思わせられる。考えてみれば『師匠』というのは、俺が彼女に甘えていることを示す呼び名だ。

「……『ディー君』のままでもいいんだが、スフィアの手前、大人として認められた呼び方もいいんじゃないかと思うな」

「そ、そう……? えっと……ディ……ああっ、今はちょっと保留ね。私の中では、ディー君はずっと可愛いディー君だから……」

「仲睦まじくて何よりです。しかし私も、当初はディックと呼び捨てにしていたのですよ。それほど敷居が高いものとも思いませんが」

サクヤさんの思ってもみない発言に不意を突かれる。これはもしかしなくても、師匠に何かしらの対抗意識を抱いてしまっているのでは……。

「……んー? ディー君、サクヤちゃんとのことってしっかり聞いてなかったけど、どういう流れでギルドに入ってもらったの?」

さすが師匠、勘がいい――と言っても、彼女が疑うような出会い方では決してないが。

しかしどう説明するかと考えかけたとき、俺もサクヤさんも気づいた。

『情報網』の網目を織りなすギルド員の一人が、異変を伝えてきたことに。