軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十話 振斗の思惑

「何をいうのですか、ヤマト!? そのようなこと、認められるわけがないでしょう!」

悲鳴にも似た声でヤマトの降伏案に反対を唱えたのは姉のランだった。

カササギもすぐさまこれに同意する。

「ラン様のおっしゃるとおりですぞ、ヤマト様。あなた様は今や崋山王家唯一の男児。さように弱気なことを口にしてはなりませぬ。偉大なるギエン様の血を継ぐ者として、でんと構えていてくだされ」

もっともらしいカササギの言葉を聞いたクルトは、子供にここまでいわせているのはお前の頼りなさが原因だろう、と内心でせせら笑ったが、その感情をおもてに出すことは注意深く避けた。

最後に口をひらいたのは光神教の 振斗(しんと) である。ただし、それはヤマトに向けた言葉ではなく、この場にいる者たちに向けた呼びかけであった。

「ラン様、カササギ様、それに皆様も。ヤマト様は魔物に襲われたすぐ後ゆえ、いささか気がたかぶっておいでなのでしょう。ここはひとまず散会し、また後刻、身体を休めてから話し合うのが得策と心得ます」

クルトに対しては 傲岸(ごうがん) に振る舞う 振斗(しんと) だが、崋山軍の中では誰に対しても丁寧に振る舞う。いかにも聖職者らしい人当たりの良さであり、補給を一手に担っていることもあいまって、 振斗(しんと) に対する崋山将兵の評判は悪くなかった。

振斗(しんと) の言葉を聞いたヤマトは何かいおうと口をひらきかけたが、それにおしかぶせるようにカササギが膝を叩く。

「うむ! 振斗(しんと) 殿の申されるとおりだな。魔物どももすぐに襲いかかってくることはあるまい。皆、酒を飲み、飯を食らって英気を養うがよい。物資は心もとないが、なに、 振斗(しんと) 殿がすぐに調達してくれるであろうよ!」

そういってガハハと大笑するカササギに、 振斗(しんと) がかしこまって「お任せください」と応じる。

こうなってしまえば八歳の子供の言葉を聞こうとする者はいない。軍議はなし崩し的に散会となり、将兵たちはそれぞれの持ち場に戻っていく。

こころもち肩を落としたヤマトも、姉に抱きかかえられるようにして部屋を後にした。護衛の任を帯びたクルトはふたりについていこうとしたが、その前に 振斗(しんと) から声をかけられる。

クルト、と名を呼ばれ、あご先で外を示される。ついてこいと言外にいわれ、クルトは苛立ちを押し隠しながらうなずいた。

そうしてクルトを 人気(ひとけ) のない一画に誘い出した 振斗(しんと) は、声を低めて素早く口を動かす。

「ランを殺せ、クルト」

「……なに?」

「ランを殺せといったのだ。可能なかぎり 惨(むご) たらしく殺した後、手足を叩き斬って 達磨(だるま) のごとく転がしておけ。それを中山の仕業に見せかければ、あの小僧も二度と降伏など口にすまい」

姉であるランを惨殺することで、ヤマトに中山への憎しみを植えつける。 振斗(しんと) は自らの思い付きを気に入ったのか、悦に入ったようにくつくつと笑う。

一方のクルトは、 唾(つば) でも吐きそうな顔で 振斗(しんと) を横目で睨んだ。

「やりたければ自分でやれ。俺の手をわずらわせるな」

「ほう? まさか女子供を手にかけるつもりはない、などとぬかすわけではあるまいな? 滅鬼(めっき) 封神(ほうしん) は御剣家にとって鉄の掟であったはず。貴様が鬼人に情けをかけたことを知ったら、式部めは何というであろうなあ?」

「御館様は鬼人を討てとはおっしゃったが、無意味に苦しめろとはおっしゃっていない。死体を辱めろ、ともな」

式部からランを斬れと命じられたのなら、クルト――クリムトは特に悩みもせずに従うだろう。かつてイシュカでスズメを斬ることに躊躇しなかったように、鬼人が女子供であることはクリムトにとって剣を止める理由にならない。

だが、斬る相手を無意味に苦しめる趣味はなかったし、死体をもてあそぶ意思もなかった。青林旗士が鬼人を斬るのは恨みや憎しみのためではない。 角(つの) によって鬼神とつながっている鬼人族を放置すれば、やがて大陸全土が鬼界と同じ荒野と化してしまうからだ。

クリムトにしてみれば、 振斗(しんと) の言葉は掟の意味すら知らない愚か者の妄言にすぎず、そんな愚か者の命令に従うはずもなかった。

なにより、今のクリムトには姿隠しの神器を手に入れるという目的がある。まがりなりにも 振斗(しんと) に従い、鬼人たちにまじって生活しているのはこのためだ。ここでランを斬ったところで神器が手に入るわけもない以上、ますます 振斗(しんと) に従う理由はない。

いっそのこと――クリムトの脳裏に刃物のような思考がよぎる。

いっそのこと、 振斗(しんと) がランを斬ろうとしたときにランを助け、 振斗(しんと) を斬ってしまえばよいのではないか。そうしてランやヤマトに恩を売って神器の情報を探る。崋山王家の末裔というからには、神器の情報をまったく知らないということはないだろう。

それは単なる思い付きだったが、ひとたび芽生えた思考は驚くほどの速さでクリムトの心をとらえた。自分はこれほどまでに今の状況に鬱屈していたのか、と遅まきながらクリムトは自覚する。

ディアルトから渡された 魔力(マナ) 回復薬(ポーション) も残り少ない。その意味でもそろそろ大きく動くべき時だった。 振斗(しんと) はいまだに何やら話していたが、自分の着想の可否を検討していたクリムトは、そのほとんどを聞き流した。

「クルトめ、式部の手下の分際で私に口答えするとは生意気な!」

クリムトが去った後、 振斗(しんと) は忌々しげに生木でつくられた床を蹴りつけた。

振斗(しんと) にしてみれば、御剣家は方相氏の末席につらなる 下賤(げせん) の家にすぎず、その御剣家の臣下であるクルトは 陪臣(ばいしん) ――配下の配下――のようなもの。本来、クルトは這いつくばって 振斗(しんと) の命令に従わねばならない立場なのである。

だが、クルトの側にその認識はないらしく、あの 白髪(はくはつ) の剣士が 振斗(しんと) に敬意を向けることはなかった。互いの立場をわきまえさせようと、剣を抜いて思い知らせたこともあったが、クルトの態度はかわらない。いったい式部は配下にどのような教育をしているのか、と腹立たしく思った。

ただ、いつまでもここにいない者に腹をたてていても仕方ない。 振斗(しんと) も 振斗(しんと) で現状を打開する必要性は感じているのである。むしろ、大興山で最もその必要性を感じているのは 振斗(しんと) であるかもしれない。

もともと 振斗(しんと) が――ひいては光神教が崋山の残党に力を貸したのは、鬼界統一を果たした中山の勢いを少しでも食い止めるためだった。

光神教にとって鬼界を統一する勢力の誕生は喜ばしいことではない。争い合っていた鬼人たちがひとつに団結すれば、それだけ光神教の影響力は薄れてしまう。覇者となった鬼人の王が、光神教に対して服従を要求してくることもありえよう。

それゆえ、光神教は鬼界に統一王朝が誕生しないよう密かに策動し続けてきた。ある勢力が力をつければ、対立する勢力に力を貸し、その勢力が強大になれば、また違う勢力を後援する、といったように。

事実、崋山の勢力が抜きん出ていた頃、光神教は中山に助力していたのである。その中山が思いがけない速さで覇者になってしまったため、今度は崋山に 与(くみ) している、というのが今の光神教の立場だった。 振斗(しんと) はその実行責任者にあたる。

ただ、 振斗(しんと) にとって計算外だったのは、中山が思った以上に強大であり、また周到であったことだった。カササギをそそのかし、ヤマトを旗頭として反乱を起こさせたまではよかったが、その後は呼応して立ち上がる者もおらず、反乱はたちまち行き詰まってしまう。

これでは中山の勢いを止めるどころか、中山のために不平不満を持つ 膿(うみ) を吸い出してやったようなものである。計画を主導した 振斗(しんと) の責任も問われることになるだろう。

そこで 振斗(しんと) が考えたのが御剣家を利用する策だった。

反乱の本拠地を大興山に置き、そこを中山軍に攻撃させる。この戦いは中山軍が勝つだろう。勝って意気揚々と西都に引き上げる中山軍の背後を御剣家に襲わせるのだ。

首尾よくアズマが死ねばそれでよし。鬼界はふたたび乱世におちいるだろう。そこまでうまくいかずとも、中山の勢いを殺ぐことはできる。 振斗(しんと) としても、人手と資金をかけて反乱を引き起こした策謀を正当化できるのである。

振斗(しんと) ら光神教徒と違い、御剣家の旗士たちには鬼界における行動限界がある。必然的に活動できる範囲も決まっているのだが、大興山はぎりぎりその活動範囲に入っている。そのことは五十年前、御剣家が時の鬼人王を討ちとった戦いが証明していた。

すでに 振斗(しんと) はこの案を式部のもとに送っており、協力を要請――というより自分に従って兵を出すよう命令している。返答は来ていなかったが、代わりにクリムトがやってきた。

偶然というにはあまりにも出来すぎたタイミング。 振斗(しんと) はクリムトのことを式部が派遣した兵だと考えた。クリムトはいわば尖兵であり、中山軍がやってきたら鬼ヶ島に取って返して主力部隊を連れてくるのだろう、と。むろん、これは誤解なのだが、クリムトはわけがわからぬながらも相手に話をあわせ、 振斗(しんと) に誤解を気づかせなかった。

以上の理由から、 振斗(しんと) は中山軍が来るまで大興山の反乱を維持する必要があった。間違っても、崋山の方から降伏を申し出るような真似をされるわけにはいかなかった。それは 振斗(しんと) が立てた計画の失敗を意味する。

そうなれば、本殿にいる光神教の上層部は 振斗(しんと) の能力に疑問を持つだろう。特に今代の方相氏の長は厳格にして冷徹であり、 振斗(しんと) のように稀少な 儺儺式(ななしき) の使い手であっても、無能とみなせば容赦なく処断する。

ヤマトの降伏を阻止することは、 振斗(しんと) 自身の身を守ることでもある。クルトが動かぬというなら 振斗(しんと) 自身が動くしかあるまい。

もとより方相氏は 滅鬼(めっき) の士。鬼人を討つことにためらいなどあろうはずはなかった。