作品タイトル不明
139 番外編 処刑場
いつも、兄はアーニデヒルトを気にかけていた。
夫である王が側妃を娶った時も、帰ってくるように言ってくれたのも兄だ。
「お兄様は、それからどうされたの?」
アーニデヒルトは昨日のことのように、処刑の時を思い出してしまう。
ギロチンに向かう足場、いわれのない罪をきせられ、どんなに訴えても聞いてくれる人はいなかった。
ギロチンの恐怖と哀しみ、悔しさ。
アーニデヒルトに石を投げた市民もいた。
なによりも冤罪をかけた王、恨みが消える事はない。
その中でも、兄はアーニデヒルトを助けようとしてくれたのだ。兄はアーニデヒルトを信じてくれていた。
それが知れて、アーニデヒルトの心が軽くなっていく。
「アーニデヒルト様、家族のサロンには歴代の当主の肖像画が掛けられています。どうかそちらにお移りいただけませんか?
長い話になります」
ドゥブレッドは腰を落ち着かせて話をするようだ。
今のアーニデヒルトは受肉しており、生きている姿と変わりはない。
ドゥブレッドは、アーニデヒルトが2000年の長き時を生きていると思っているのかもしれない。
「私は、長い時間を眠っていました。その間の事を知りたいのです」
アーニデヒルトの言葉に、ドゥブレッドは感じていた違和感を納得したようだ。
アーニデヒルトを案内していたドゥブレッドは、後ろを歩くアーニデヒルトに振り向いて、胸に手を当てて礼をする。
「アーニデヒルト様のお心のままに」
サロンには、ドゥブレッドの妻と息子、娘が待機していた。
「アーニデヒルト様、初めておめにかかります。妻のマルシェでございます。こちらは、長男のケービック、長女のエルデガートです」
アーニデヒルトがサロンに入ると、3人が立ちあがり深い礼をして自己紹介をする。
「顔を上げて座ってちょうだい。
兄の子孫という事は、私の身内なのだから、緊張を 解(と) いてくださいな」
アーニデヒルトの言葉で、3人はサロンのソファーに座るが緊張は残っているようである。
ドゥブレッドは古い本をサロンのテーブルに置くと、アーニデヒルトの向かいに座った。
「こちらが、2000年前の事が書かれた本であります。
今では、簡素化されたものが 御伽噺(おとぎばなし) として各国で出版されております」
「それでは。我が家に伝わっている話をさせていただきます」
ドゥブレッドは姿勢を正して、2000年前の話を始めた。
アーニデヒルトが白銀竜に姿を変え、言葉を残して消えた。
「この地の祝福は消えた。空が晴れる事はない。雨が降ることもない。大地がこの国を呪うだろう。
お前達が逃げた地を、呪いが追うだろう。
私を 貶(おとし) め、お前達を助けた者も 報(むく) いを受けるがいい」
その言葉は遠くまで響き、処刑されるアーニデヒルトに石を投げた者は恐れで地に 伏(ふ) した。
「こんなことはありえない!」
王は真っ青な顔でアーニデヒルトの罪状を訴えていたが、誰一人同意する者はいなかった。先ほどまで王妃の処刑に賛同していたのに、王妃がそんな事をするはずがないと言えなかった後悔に身を震わせていた。
空は雲で 覆(おお) われ始め薄暗くなり始めると、処刑場に集まっていた人々は我先に逃げ始めた。
神の使いの白銀竜を、自分達は処刑しようとしたのだ。
『お前達を許さない』
白銀竜の言葉が消えない。
「王が無実の王妃を処刑したのだ」
「王妃がいながら側妃など娶るからだ」
「王を 誑(たぶら) かした女だと言っていた」
「白銀竜の妃を処刑した王を殺せ」
「殺せ! 殺せ!!」
人々は、絶望で狂乱になっている。
シュビレーヒ・ストレイグスは竜となって領地から飛んで来たのだが、白銀竜が消えて行くのを遠くから見れただけだった。処刑場に着いて見たのは暴徒と化した市民だった。
騒乱に紛れて、処刑された母親の遺体を回収し、ギロチン台に散らばる髪も拾い集めた。
ギロチンの刃が妹の首を斬る時に切れた髪だというのは、すぐにわかったからだ。
その髪を拾い集め、シュビレーヒ・ストレイグスは竜化すると空に舞い上がった。
母親の遺体と妹の髪を埋葬してあげたい、という思いと共に、王への怒りで瞳は真っ赤になっていた。
白銀竜となった妹はどこに行ったのか? 探しても存在の痕跡さえ見つからなかった。
王都にいた父親はどうして、処刑を止めなかったのか?
答えはすぐに分かった。
妻が裏切って不貞の娘を生んだという王の言葉を信じて、妻と娘の処刑を容認したのだ。
王が逃げ去った処刑場に、一人立っている父親を見つけて、シュビレーヒ・ストレイグスは詰め寄った。
「母上が父上を裏切るはずない。何故にそんな言葉を信じたのですか!?」
シュビレーヒ・ストレイグスの言葉が聞こえないかのように、父親の反応はなかった。
ただ、そこに立っている、まるで死にたいかのように人の浪にもまれている。
市民が暴徒化して、処刑場は混乱の渦である。
ギロチンの刃が落とされ、王妃の首を 刎(は) ねる前に白銀竜に変わったと思いたいが、首から 血飛沫(ちしぶき) が飛び、それさえも竜に構成するのを多くの人が見た。
罪を犯していないと声を上げる王妃の首を、自分達は刎ねたのだ。
神の使いの白銀竜だからこそだ、復活して自分達に呪いをかけて消え去った。
暴徒が王宮に詰めかける間も、空は厚い雲に覆われ、光を遮っていく。