作品タイトル不明
ゼファー・ショウナン
その集団が浜辺の騒ぎを見かけたのは、ほんの偶然のことであった。
何しろ、通常のイセタウンに至るルートからは離れた枝道の先にある、アクティビティ用の海岸である。
観光客たちが俗世を忘れ、一種神聖な作業である海女の素潜り漁を思う存分に体験できるよう配慮された結果だ。
ゆえに、普通ならば、体験プログラムの予約を入れていない人間が迷い込むことはない。
だが、銀河歴961年に至った 今日(こんにち) においても、マナーを守らない迷惑な観光客というのは尽きぬ者。
レンタカーをこの浜辺へ走らせた彼らは、先日のイラコ皇子暗殺未遂事件に端を発するイセ新選組のバズりへ乗っかってここへ来たものの、似たような観光客で観光街は飽和状態。
ならば、バーベキューでも楽しもうと、ホームセンターで購入したグリルや、スーパーで買い込んだ食材を、レンタカーで持ち込んだのである。
重ねて述べるが、ここは体験プログラム用に整備されている海岸であり、当然、プログラム参加者や、許可を得た者以外のバーベキューは禁止されていた。
が、彼ら迷惑客にそのようなルールは関係ない。
火を起こしたくなったその場所がオレたちのバーベキュー場! もちろん、ゴミやグリルはその場に放置するのだ!
そのような輩たちであるがゆえに、面白そうなネタを見つければ、即座に飛びつく。
「おい、見ろよあれ……!
スクリュースピンペガサス狼牙キックのイラコ皇子じゃねえか!?」
「本当だっ!
ねえ! 写真撮ってよ! 写真!」
「ハンパねえ!」
「SNSに上げようぜ!」
いくつもの軽自動車やミニバンが停車している防波堤の下、地元の住人や謎の老人たちに混ざってバーベキューを楽しんでいる第四皇子イラコの姿を見て、すぐさまはしゃぎ出したのである。
「なんでこんなところにいるんだろう?」
「ほら、例のイセ新選組とかいうのが、第四皇子の友達だって」
「それで、遊びに来ているのかあ」
「つか、あのメイドちゃん超かわいくね?」
こっそりピースサインしているメイドを除き、さすがに気が抜けているのか、イラコ皇子をはじめ、浜辺の人間がこちらに気づく気配はない。
ゆえに、写真は撮り放題。
あとは、SNSへの送信をタップするだけというところで、その声が響き渡ったのだ。
「見ない顔ですねえ……!」
猫を撫でるかのような、語尾の部分が上げられた発音……。
それに気づいた厄介観光客の男女が振り向くと、彼はそこにいたのである。
「オレはイセ新選組副長、ゼファー・ショウナン。
アンタら、ここで何してんの?」
そう言ってきたのは、日系人と思わしき20代の青年だ。
思わしき……であるのは、本来は黒色だろう髪を薄い金色に染め上げているから。
その上でサイドを刈り上げ、天を突くかのように立ち上げているのだから、凶暴な顔つきと相まって、凄まじい威圧感があった。
着ているTシャツは、オーダーメイドか、あるいはハンドメイドか……。
水色をベースに、袖口が波のようなギザギザ模様で白く染め上げられている。
下に着用しているのは建設現場の作業員が使っていそうな作業着で、防波堤の地面をジャリリと踏みしめる安全靴は、見るからにゴツい。
「あ、ああ……」
「いや、その……」
厄介観光客の男女が急に押し黙り、互いの顔を見合わせたのは、理由があった。
声をかけてきたゼファーなる男の背後には、同様の格好をした青年たちが、ズラリと居並んでいたからである。
圧倒的多数――しかも、明らかに物々しい男たちが、知らぬ間に自分たちを取り囲んでいて、殺気すら感じられる様子で睨んできている……。
この状況に、恐怖を感じぬ者などいようはずもなかった。
「聞いてんだよなあ……。
――何してんの?」
そのことを十分に分かっているだろうゼファーは、しかし、容赦をしない。
厄介観光客たちを見据えたまま、再度の問いかけをしたのだ。
無論、そんなことをせずとも、おおよその察しはついているだろうし、問いかけそのものに意味はない。
ただ、恐怖を増すのが目的。
すでに、迷惑観光客の男女たちは、ヘビに睨まれたカエルのような有様だ。
「それ、見せてくれる?」
「は……はい」
ゆえに、ゼファーから手招きされると、言われるまま、SNSへの送信直前だった携帯端末を差し出したのであった。
「ふぅーん……」
つまらなそうな顔をしながら、携帯端末を数度スワイプさせるゼファー。
「まあ、悪いけど写真は消させてもらうよ」
そして、数度の操作を経た後、携帯端末を投げ返した。
「他の人らも、携帯見せてくれる?
なんつーか、これは身内の集まりだから、勝手に撮影とか、ましてやSNSにアップとかされるのは困るんだよねー」
投げられた端末を慌てて受け取る男をよそに、他の男女へも端末の差し出しを要求する。
マナー知らずの厄介客といえど、恐怖は知っているもの……。
素直にゼファーや、あるいは周囲の新選組構成員と思わしき青年たちへこれを渡した。
「あと、ここらの浜辺は素潜り体験プログラムを予約している人たち専用なんだけど、アンタらなんでいんの?
ここの予約と使用許可入れてんの、今日はあの爺ちゃん婆ちゃんと、うちの身内だけなんだよねー。
もしかして、無許可でバーベキューでもやろうとしてた?」
言いながら、迷惑観光客たちが乗ってきたレンタカーを眺め回す。
そして、勝手にトランクを開いた。
「あーあ、やっぱり。
困るんだよねえ、そういうの。
挙句、グリルとか浜に捨ててったりしてさあ。
分かる? その罪深さ?
ここの浜辺は、この惑星に入植してきたうちらのご先祖様が、そりゃもう一生懸命に整備してきたものなんだよ。
それを、気楽に環境破壊されたらさあ……たまんないよね?」
中身をあらためながら語るゼファーだ。
そのややねちっこくもある物言いに反発したか、あるいは思ったより穏便な対応で舐める気持ちが湧いたか……。
ともかく、迷惑観光客の一人が、我慢ならぬと口を開いた。
「べ、別にやってないんだからいいだろっ!
大体、さっきから、あんたらなんなんだ?
なんの権限で、こんなことしてる?」
その言葉に……。
ゼファーが、考え込むように遠くを見つめながら答える。
「権限ン……?
別にそんなもんはねえなあ。
オレらただ、地元超大好き人間の集まり。
三度のメシより、正義感で動いてるっつーか?」
「ああ」
「やめられない」
「止まらない」
クック……と。
新選組を名乗る青年たちが、異様な笑みを漏らす。
それはただ、面白おかしくて笑っているわけではない。
もっと 仄(ほの) 暗く、陰湿な感情。
どこか、排斥的で、コミュニティに属さない者を徹底して拒むような……。
そんな雰囲気が、漂っていた。
「ま、とにかくアレだ。
うちのモンが街まで送っていくから、マナーよく観光を楽しんでくれよ」
口は笑みの形に開いているが、果たして、これを笑顔に分類してよいものかどうか……。
不気味なものを漂わせるゼファーの言葉に従い、新選組の構成員たちは迷惑観光客たちをレンタカーへと押し込む。
のみならず、構成員の二人ばかりが単車を転がしてきた。
表面をメッキで仕上げ、マフラーを集合管に改造。
ハンドルは猿がぶら下がっているような形状のエイプハンガーにし、シートもやたらと段差の付いたものへ換装されたこれで、自分たちを送っていくつもりらしい。
いや、連行か。
「い、行こう……」
「ああ……」
こうして、迷惑な観光客たちは、結果的にいささかも秩序を乱すことなく、アットホームな雰囲気に包まれた海岸から追い出されていく。
「悪いな。
今はオレたちの皇子様に、せいぜい良い思い出を作ってもらわなきゃいけないんでね」
そんな彼らを見送りながら、ゼファーは肩をすくめて聞こえないようにつぶやくのだった。
防波堤の下、楽しむイラコたちを見下ろす目は――冷たい。