作品タイトル不明
地元
「超ショックだった。
まさか、俺らが教わってたのが、無料の格闘講座動画の武術だったなんて……」
「うす……。
あの血が滲むような修行の日々は一体……」
携帯端末片手に、石だらけのゴツゴツとした浜辺へ突っ伏すアルファードとカワハラ……。
彼らの端末へ映し出されているのは、たった今、ママから教えてもらった大元の格闘技解説動画であった。
どうやら、俺がシレーネさんとの経緯を語っている間、並行して視聴していたらしい。
「それでも、チャンネル登録といいねを押している辺り、おめーらは立派だよ」
「まあな。
イセ新選組立ち上げて、こういうSNS戦略とかが思ってたより大分大変なものだって、気付いたから……」
珍しく軽薄な笑みを消し、マジレスで返すアルファードだ。
こいつも地元を盛り上げるために、色々と苦労しているらしい。
「このイセタウンを盛り上げるために、強くなろうとするアルファード君とエグザイル君の努力は買いますけどねー。
ママが伝承する暗殺拳は一子相伝なので、教えられるのはイラコ様だけですー」
そんな彼らに対し、無情な宣告を行う我がママンである。
昔から、ちょっと変だとは思ってたんだ。
俺たち三人、なんでてんでバラバラの闘法を教わっているのだろう、と……。
「ま、まあ……いいや。
テコンドー気に入ってるし、うん」
ジーンズのポケットに両手を突っ込むいつもの姿となったアルファードが、ゆらりと立ち上がった。
「 てぃあーん(てぃ・ゃーん) !」
そして、ショックを引きずっているのか微妙に怪しい滑舌で、いきなり叫んだのである。
「とにかく、イラコがめでてえことになってるんだ!
これを祝わねえのは、このイセタウンで暮らす人間の沽券に関わるってもんだ!
まあ、婚約云々はさすがに明かせねえがな!」
「うす!
こんな素潜り体験プログラムと浜焼きだけじゃあ、まだまだ祝い足りねえっす!」
「いや、祝ってくれるのは嬉しいけどな?
具体的に、何を……」
苦笑いしながらアルファードとカワハラへ語りかけようとした、その時だ。
この耳が、複数の排気音と走行音を拾う。
これは、段々と距離が……。
「イラコ殿下……。
何か聞こえないか?」
俺に遅れて気づいたシレーネさんが、海岸の出入り口、防波堤となっている部分を見上げた。
「車の音が、いくつも……」
「あんまりパワーのないエンジン音ね」
次いで、成り行きを見守っていたマミヤちゃんやディートもそちらを見上げる。
「これは、マイルドヤンキーが好んで乗る軽自動車やミニバンのエンジン音。
査定を大幅に引き下げるローダウンやエアロ割れ、ヤニ臭と芳香剤のコンボが誇り」
一方、満腹になったのか、いつものテディベアを抱きながら淡々と語るエステさん。
結局、ファミリーカーなんていうものは、可能な限りベーシックな状態を維持している方が、買い取り屋にも整備士にも受けが良い。
特に、残クレ購入の場合は、そもそも完全に所有しているわけではないのだから、注意が必要だな!
――グオンッ!
さておき、パワーは大したことないのに無駄に派手な音を響かせながら、防波堤の先っちょに顔を出したのは、エステが語った通りの特徴を持っている軽自動車とミニバンの軍団。
これは……これは……。
「「「「「応援するよ!」」」」」
続々と車から降り立った人々が、一斉にこちらへ向かって叫ぶ。
彼らの特徴は、男女問わず、やたら派手に染め上げた茶髪や金髪であること。
そして、妙に黒のスウェット率が高いということだ。
しかも、そうしているのは、20代から30代の若年層のみではない。
キンダーガーデン(幼稚園) やジュニアスクールへ通っていそうな年齢の子供――当然のように髪は染めている――も、数多かった。
これは……彼ら彼女らは……。
「まあーイセタウンの皆さんー。
イラコ様の帰郷を聞いて、駆けつけてくださったのですねー?」
のんびりと、首を傾げながら語る俺のママ。
そう、彼ら彼女らこそは、イセタウンの民!
その 生業(なりわい) は、車通勤可能な地元での工場・物流・建設・サービス業。
多くの場合、好物はラーメン、焼き肉、スシ。
激安の殿堂、大型スーパーマーケットやスーパー銭湯が僕らのランドマークさ。
地元大好き! 学生時代の友情は永遠不滅!
薄っぺらい0と1の繋がりで溢れたこの時代において、真の絆で支え合うファミリーが彼らなのである。
それが……それが……。
「俺がイセタウンに来たからわざわざ駆けつけたって、マジか……?」
呆気に取られながら、そんな言葉を吐き出す。
だって、そうだろう?
俺がこのイセタウンで過ごすのは、太陽暦換算で年に三ヶ月程度。
ママやイゾーロ先生の手伝いで町の美化活動とかには参加していたけど、逆に言うなら、付き合いはそのくらいだった。
庶子とはいえ皇族であるのだから、精神的なハードルだってあるはずだ。
しかし、駆けつけてきたイセタウンの人々に、そんなことを気にしている様子は見られない。
ある者は、バッテリー負荷もなんのそので荷台に積み込んだ スピーカー(ウーファー) から、爆音でジャパニーズラップを垂れ流し……。
またある者は防波堤の階段を下り、持参したグリルのセットをし始める。
髪を明るく染め上げた子供たちは、集まってビーチボールなどで遊び始め……。
嫁さんたちは、子供らが羽目を外しすぎないよう目の端で注意しながら、日常の他愛ない出来事を語り合っていた。
なんだろうな……。
あるいは、あそこにいるクシナダの黒髪眼鏡クルーたちがビビり散らかしているように、人によっては忌避感や嫌悪感を抱くかもしれない光景だ。
それが、俺には、どうしようもなく――まぶしい。
「おいおい、何しけたツラしてんだ?
今日は、お前が主役なんだぜ?」
いつの間に、脇へ回り込んでいたのだろう?
横から顔を出してきたアルファードが、軽薄な笑みで俺に問いかける。
同時に、バアンッ! と、力強く背中を叩いてきたのがカワハラ――いってーな!
「みんな、イラコっちが顔を出してくれたのが、嬉しいってよ。
前線で大活躍して、もう地元には戻ってこねーんじゃねーかと思ってたからな」
「それは……ていうか、俺、イセタウンの生まれじゃないし……」
もごもごと口から出してしまったのが、そんな言葉。
分かっている。
言いたいのは、そんなことじゃない。
が、なかなか踏み出せ――。
「――イラコ殿下。
こういう時は、素直に思いのまま行動するものだ」
その言葉に驚き、シレーネさんを見た。
ジンバニアの騎士として教育を受けた女性は、ただ穏やかな……それでいて、真っ直ぐな眼差しを俺に向けている。
そっか。
そうなのかも、しれないな。
彼女の言葉に背中を押され、一歩、また一歩と、防波堤側……地元民たちの方へと歩み寄った。
すると、イセタウンの皆はピタリと動きを止め、一斉に叫んだのだ。
「「「「「イラコ、おかえり!」」」」」
……思い出されるのは、この惑星レクへ降下した時。
これまで 第四皇子(俺) のことなど気にもしなかっただろう人たちが、にわかに集まってパネルで描いた人文字の光景だ。
――“Welcome Home”。
なんて、冷たい響きに思えたことか。
対して、今、眼前に広がっている光景はどうか?
皆、アルファードかカワハラが声をかけて、突発的に集まったのだろうことが明らかな姿。
専用アプリなんか当然ないし、身近なバーベキューグッズやそこらで買った肉などを持ち込んでいるだけで、凝ったサプライズなど、どこにもない。
だというのに、「Welcome」が溢れている。
なんだか、ひどく……そう、ひどく救われた気分。
アガりすぎて、せーのでジャンプしたいくらいだ。
「あらためましてー。
イラコ様、お帰りなさいー」
地元民たちの先頭に立ったママが、俺に向かってペコリと頭を下げた。
ああ、なんということだろう……。
縮地による疑似的な瞬間移動を挟んでいなければ、すごくイイ場面だったのに……!