軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

婚約申し込み報告

「あらあら、困ってしまいましたー。

久しぶりに会いに来てくれたイラコ様が、どういうわけか正座してママを見上げていますー」

プッニプニな頬に片手を当ててゆさりと胸を揺らした母が、やれやれといった仕草で軽く頭を振る。

一方、俺はといえば、石だらけで荒れているイセの海岸に膝をつき、あらたまった姿勢となっていた。

無論、情け容赦なきサブミッションによって精魂尽き果てつつあるからだ。

関節技こそ王者の技。

熟達したそれにより関節を極められると、技を受けた側はたちまちのうちに消耗し、元々の気力体力に関係なく一切の抵抗力を喪失するのである。

ただ、それは理由の第一。

もう一つの理由は、そもそも、姿勢を正さねばならない報告事項が存在するからであった。

それは……。

「母う――」

「もうー……。

イ・ラ・コ・様ー?」

母上と言おうとしたところで、口を両側から指で挟み込まれてタコチュー状態にさせられた。

み、見た目は水仕事一つすらこなしたことがなさそうな綺麗な指であるというのに、ゴリラめいた握力……!

「あらあらー?

ママの握力をゴリラに例えてはいけませんよー?」

思考が……思考が読まれているっ!?

まずいっ……!

「その……お母上殿!」

そこで、決然と口を挟んできたのが、本日はスカートタイプのスーツを着用しているシレーネさん。

一つ結びにした亜麻色の髪と、何より大質量のお胸をゆっさりと揺らしたモデル系の美女が、キリリとした眼差しを母に向けた。

「あらあらー。

困ってしまいましたー。

ママはイラコ様のママなので、母上ではありませんー」

「では、ママ上殿」

「まあ、新しい言葉の響きー。

面白いから、オーケーですー」

……オーケーなんだ。

ともかく、メイド服のお胸をプルンと揺らした母が、シレーネさんの方へ体を向ける。

「――かふっ!?」

一方、それで解放された俺もガックガクになった頬と顎を押さえながら、シレーネさんの隣へ走り寄った。

こういうのは、俺が言うべきことだ。

男だからとか、女だからとか、じゃない。

だって、この人は俺の母――。

「――ママはイラコ様のママだからママですよー?」

はい! ママ上!

やはり思考が読まれているっ……!

まずいっ……!

つーか、さっさと本題に入らないと、しょうもないコントが終わらないっ……!

「ママ、話を聞いてください!」

「はいー? なんでしょうかー?」

「私は、こちらにおられるヨーギル王国の第一王女シレーネ殿下へと、婚約を申し込む儀となりました!」

今だ! 関節技をかけられていない今しかない!

どこの家庭でもそうであるように、仮借なきサブミッションの影に怯えながら、なんとか言い切る。

「あらー……」

それを受けて、またもモッチモチな頬を片手で押さえながら思案げなポーズとなる母……じゃなかったママ。

俺の隣では、両手を太ももの前で合わせたシレーネさんが、緊張しきりな様子で立ち尽くしていた。

「あらあらー」

そんな俺たちをよそに、まずママが視線を送ったのが、猛烈な無表情で食後のアイスキャンデーをキメているエステ。

「あらあらあらー」

それから、微妙な表情で様子を見守るマミヤちゃんやディートの方にも視線を向けながら、何やら考え込んでいた。

「まあ、なんだ?

イラコ皇子も、これで皇子だからな。

フリードリヒの野郎も、国策ってものを考えないわけにはいかな――」

「――サンダーアイさんの意見は聞いてませんよー?」

「うす、サーセン」

あっさり黙ってしまうメケーロ爺ちゃんである。伝説の傭兵、弱っ!

「まあまあ、イラコママちゃん。

イラコちゃんも、これで皇子様ですからね。

その婚姻に関しては、皇帝陛下も国策として考えねばなりません」

「あらあらー。

モリーさんにそう言われると、立つ瀬がありませんねー」

一方、ウェットスーツの頭部分を外し、いつものお団子状にした白髪を露わにしたモリー婆ちゃんがタバコ吸いながら告げると、今度は困った風に首を傾げる我がママンである。

「ちっ。

おれん時と反応違いすぎじゃね?」

「文句がありますかー?

サンダーアイさんー?」

「うす、ありません」

そして、また黙らされるメケーロ爺ちゃんだ。なんでそんなうちのママに弱いの?

んで、そうか……モリー婆ちゃんも知り合いなんだ……俺のママと……。

ひょっとしなくても俺、ママンのこと全然知らないな。

元メイドであり、今も魂のメイドであること。

そして、イラコママであることしか知らねえ……。

長期休暇の時に顔を合わせる何をして暮らしてるのかよく分からないけどお小遣いを弾んでくれる親戚のおじさん、というネットミームを見たことがあるが、それに近しいところはある。

「はぁー……。

でも、確かにそうですねー。

あれだけ可愛らしかったイラコ様も、もう20歳。

立場を思えば、婚約や結婚の話が出てくるのは自然なことですー。

ママもそう遠くない未来に、イラコママからイラコグランマになってしまうのでしょうかー?」

「イラコママ、イラコママ。

よしんば孫が生まれたとしても、イラコのグランマにはならない」

アイスキャンデーは齧る派ではなく舐める派のエステが、やんわりとママの言葉を修正する。

「オイオイオイオイオイ。

というか、黙って聞いていたけどよ。

イラコ、婚約すんの? マジで?」

一方、蚊帳の外状態からいきなり口を挟んでくるのが、アルファードだ。

「ぴゃー、それも、こんな美人の姉ちゃんとかよ!

やっぱ、皇子様だとちげーな!」

その弟分であるカワハラも、皆大好き棒付きフランクフルトを両手に持ちながら騒ぎ始めた。

「ってか、今、ヨーギル王国の第一王女って言ってたよな?」

「アルファードの兄貴。

ヨーギルっていうのは、どこの国っすか?」

「バッカお前。

この惑星レクから向こうへ行った先、今ドンパチしてるのがジンバニア王立連合で、ヨーギル王国ってのはその主体となってる五つの国家の一つだ」

普段は両手をポケットに入れたまま抜かないアルファードだが、今ばかりは小瓶のビールを手にしたままカワハラへ解説してやる。

どうやら、乗ってきた俺の車を動かすのはカワハラの役割になるようだ。

「……ってーと、敵国の人間だよな?

イラコっち、マジで何があったん?

報道されてる範囲だと、前線まで行ってお菓子とタバコ配って、帰り道にジンバニアの隠密隊を壊滅させてきたって話だけどよ……」

「あー……それはだな」

ボリボリと、いつも通り……とはいかず、 死(ママ) の恐怖に怯えているのか若干ストレート気味になっている縮れ毛をかく。てめーらはとうに死滅した細胞なんだから、普段から大人しくしてろ。

さておき、予期せぬママとのエンカウントから流れで報告してしまったものの、本来は、シレーネさんの存在からして一般国民には伏せている超国家機密。

果たして、どう説明したものか……。

「イラコ様ー?

ママもそうなった経緯は気になりますし、アルファード君もエグザイル君も、小さな時から知っているご近所さんですー。

イラコ様にとっても兄弟も同然ですし、遠慮なく話してくださいー」

そんな俺の背中を押したのが、ママ。

まあ、確かに、な。

「そうそう、今さら水くせえぜイラコ」

――ビュビュッ!

……と、風を裂く音と共に、数発の蹴りをハンドインポケットで放ってみせたアルファード。

しかも、放り投げたビールの瓶を、つま先で受け止め、直立させていた……なかなかの曲芸だ。

そんな足技の名手が、黒髪をさらりとなびかせながら、いつもの軽薄な笑みで笑いかけてくる。

「ああ、おれっちもアルファードの兄貴も、イラコっちと同じく、イラコママから暗殺拳を教わった同門なんだからな!」

――ブオウッ!

……と、丸太を振り回したような音で、シャドーパンチを繰り出したのがカワハラ。

「そっか……そうだな」

二人の言葉に、俺は決意を固めた。

我ら三人、共に同じ武術を学んだ同門同士!

どうして隠し事をする必要があろうか!

「あらあらー。

アルファード君とエグザイル君に教えたのは、無料格闘講座動画のテコンドーとカラテですよー?」

「「「そうなの!?」」」

イラコ・ジーゲルと、アルファード・ヤマモトと、エグザイル・カワハラ……。

我ら三人、全然同門ではなかった。