軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

イセタウン

俺は生まれも育ちも銀河帝国であり、当然ながら、歴史教育のテキストに関しては、我が国の文部省が発行したものしか読んだことがない。

が、これだけは確信を持っていえる。

かつて、ノア・ホーア・レッドドワーフが行ったアビス級反応弾による地球消滅事件。

どのようなイデオロギーを持つ国家であろうとも、この人類史最悪の事件に関しては、必ず歴史教育のテキストに載せていることであろう。

この事件に関して要約すると、まー、頭でっかちなインテリ革命家っていうのが、人類の革新とやらを目指し、クッソ極端な手段――母なる地球の破壊を行った感じです。

惑星核内部で核マントルの連鎖崩壊を引き起こした地球は、わずか数分で消滅。

数十億もの人命を道連れに、45億年以上続いた歴史の幕を閉じたという。

このくだりを初めて学んだ時、俺は背筋と生まれながらの縮れ毛がゾワゾワしたね。

人間というのは、こうまで愚かになれるものかと呆れ返った。

このノアという金髪オールバックの革命家自身、地球の消滅に巻き込まれて 消息不明(死んだ) というし、マジで誰も得してない出来事だ。

そして、そうなると、生き残った人類が当然困ってしまったのが……文化の消失。

何しろ、地球そのものの消滅である。

ストーンヘンジもタージ・マハルもルーブル美術館もブロードウェイ・シアターもジャパンの皇居も、みんなみんな仲良く宇宙の塵と化してしまっていた。

文化とは、アイデンティティそのもの。

あるいは、憲法以上に集団を一つの集団たらしめている繋がりである。

これを失ったままではいかんと、銀河で興った各国が着手したのが、史料再生都市の建設。

例えば、スペイン広場など……。

かつて、人々に文化的アイデンティティをもたらした名所などを、史料を基に再現。

あくまで、そのものではないフェイクとなるが……失われた歴史を、再び積み上げようとしたのであった。

俺の母と和菓子の師であるイゾーロ先生が現在暮らしているイセタウンは、そういった史料再生都市の一つ。

目的は、ジャパンの宗教――神道において極めて重要な拠点であった伊勢という土地を、神社ごと復活させるというもの。

この惑星レクが、そもそもはフリーレーン自由商業同盟に属する入植惑星だったことは、以前にも語った通り。

その商業同盟において、日系の人種が占める割合はかなり大きかったため、その精神的支柱となる宗教拠点都市の再生は、必要不可欠であったのだ。

ゆえに、町並みや産業は、かつて地球のジャパンに存在したという伊勢……その20世紀から21世紀頃にかけてのそれへ準ずる。

目玉というべきレプリカ伊勢神宮の周辺に存在するのは、やはりレプリケーションされたエド時代及びメイジ時代風の和風建築物。

再現されたものとはいえ……いや、あるいは再現した建物だからこそだろうか?

実際にエド時代やメイジ時代に建てられたそれと比べれば、どうしても映画のセットじみているというか、わざとらしさのようなものを感じてしまうが、それは裏返すならば、綺麗であるということ。

本物ではないが、綺麗で快適。

なんならば、サムライやニンジャのコスプレをして町中を散策することもできるこの地の主産業は、やはり――観光。

古くはお伊勢参りと呼ばれ、神道を信仰する人々が、聖地巡礼的に徒歩での観光旅を楽しんでいたそうであり、復元された現在も宗教色こそ薄いが、同じく観光客で栄えている。

もっとも、この惑星レクは首都そのものが巨大なビーチやカジノ類を備えた大規模観光都市であるから、イセタウンを訪れる人というのは、どうしてもニッチな、ジャパン贔屓の人間に限られるけどな。

名物は、赤福。

こしあんをやわらかな餅にたっぷりと乗せた和菓子で、あんに付けられた滑らかな三本の線が目に美しい。

俺が羊羹バカ受け間違いなしと踏んで給糧艦アマテラス内でせっせこ羊羹作りに励んでたのは、この地で赤福がふっつーに好評だったからなんだよな。

今思えば、最初からジャパン文化に理解のある人しか来ない都市なんだから、当然であった。

で、観光に次ぐ柱となっているのが、当初こそイルカの食害が問題視されたという海産業。

この惑星を開拓した人々が海に放ち、無事に定着したのは――無論、そうなるよう関係者が大いに努力したのだが――伊勢海老やアワビなどの高級どころから、サバ、アジ、イワシなどの大衆的な魚に至るまで、元となった伊勢に近いラインナップ。

そして、これも本来の伊勢と同様、牡蠣や真珠の養殖も盛んであった。

そもそも、惑星レクに存在するこの土地が、穏やかな内湾、入り組んだリアス海岸、流入する河川など本家海岸部と同様の特徴を備えていたからこそ、再現場所として選ばれたわけだしな。

再現された神宮への奉納物としての側面もある以上、ある意味、建物の再現よりも力を入れられている部分なのだ。

そんな海産業であるが、一部で行われている漁法はひどく――独特。

ボートで繰り出し、釣り糸でも垂らすのか――ノー。

では、網でも投げ入れるのか――ノー。というか、それは普通の漁法。

ならば、素潜りでもするのか――イエス!

イエス! イエス! イエス!

圧倒的――イエス!

それも、普通の漁師さんたちが、潜水するわけではない。

――アマさんだ。

漢字で書けば海女、英語に直すとシーウーマンといったところか。

彼女たちが行う伝統的な漁は、その名にふさわしき海と一体になるもの。

一切、道具の手助けを借りず、ただ己の肉体のみを頼りに海中へ潜り、貝類や海藻類を採ってくるのである。

……などと書くと、勘違いする人が出てくるかもしれない。

ええ!? 女の人が素潜り漁をするなんて、超スケベじゃないですかあ! と。

だが、残念!

そういうのに大らかだった超大昔はそれなりにエロかったようであるが、20世紀頃から命を守る目的もあり、服装はウェットスーツにアップデート済み。

そもそも論として、海産業というのは一生をかけて従事する人が多い界隈であるのだから、んーな年若いネーちゃんたちばかりというわけではなく、相当数の熟女や、あるいは老婆が含まれている。

「――ほっ!」

「キャー! モリーさんすごーい!」

「本当! 小柄さからは考えられないくらいの肺活量!」

例えば、今海から上がってきた小柄な老婆。

普段はお団子に結っている白髪から何から、全身を実用性第一の分厚いゴムのウェットスーツで包んだ親愛なるアマテラスの通信士は、やはりウェットスーツ姿のお婆ちゃんクルーたちからキャイキャイと称賛されていた。

「――はあっ!

アマテラスの動物たちを任せてきたせがれに、美味いもん食わせてやらないとねえ!」

男と見まがうほどの恵まれたガタイを浮上させ、手にしたウニを掲げてみせたのは、アマテラスで飼育している牛さんやニワトリさんたちのドンであるラド婆ちゃん。

二房の三つ編みにした白髪はやはりスーツ内へ仕舞われているが、少年のように輝く瞳を見れば、ひと目で彼女であると分かる。

そして、青々とした美しいこのイセの海で、己の肉体を頼りに漁へ挑むのはお婆ちゃんたちだけではない。

「「「せーい!」」」

メケーロ爺ちゃんを始めとする筋骨隆々のむくつけきジジイ共も、なぜかフンドシ一丁で海に飛び込み、サバイバルナイフにぶっ刺したイワシやサバを掲げながら浮上してきていた――せめて素手でさあ。

「なんで……なんでみんないるの……」

おろしたてのスーツが汚れるのもいとわず、ごつごつとした無数の石が転がる海岸に突っ伏す俺。

「「「浜焼きの準備はできておりますぞー!」」」

ふと顔を向ければ、こんな時でも白衣は脱がない四角顔の黒髪メガネたち――クシナダのクルーたちが、レンタルしてきたグリルに炭火を起こしながら叫んでいた。