作品タイトル不明
アルファード・ヤマモト
血糖値スパイク中の脳というものは、とにかく世界が 薄(・) ぼ(・) ん(・) や(・) り(・) しているというか、何かオブラートに包まれているかのような錯覚を覚える。
しかも、脳の奥の奥……中心部と呼ぶべき箇所では何やら栓が抜けかかっていて、例えば今座っているこのソファへ横たわったりすると、完全にそれが抜けて意識を決壊させそうなのだ。
そうして陥る眠りは、さぞかし心地よいに違いない。
もっとも、いかに完璧な変装をしているとはいえ、そのような醜態を晒すこのイラコ・ジーゲル様ではないが。
要約すると普段に比べてあらゆる感覚器が機能不全状態となっているこの俺であったが、それでも、すぐ近場のストリートで巨大な金属質量がドッタンバッタン大騒ぎしていれば、さすがに気付く。
「イラコ……!」
「ああ、エステ……逃げるぞ!
――勘定、置いてくよ!」
金のやり取りいうものは、とっくの昔に電子決済が標準化されているが、絶対に死にたくない俺は、いついかなる時でも逃走及び潜伏が可能なよう多少の紙幣を懐に入れている。
また、例えば今使っているベルトのバックルなどは、純金にコーティングを施し、プラスチックっぽく見せかけている金持ちが隠し財産として扱う品であった。
そんなわけで、数枚の紙幣をテーブルに叩きつけ、今日はテディベアと 暴走族(ゾク) のフィギュアで二刀流となったエステを文字通りお姫様抱っこ。
そのまま店内で伏せ、外の様子をうかがう。
そうしていると伝わるのは、人々の逃げ惑う声や音。
それから、新たに上空から現れたM2と、さっき市街に出現したM2による近接戦の振動だ。
だが、先に逃げ惑う声の方が収まり……。
次いで、人型機動兵器同士による戦闘音も終息する。
俺の縮れ毛がぐぐっ……と動き、毛根で伝えてくるサインは―― ◯(マル) 。
安全だ。外に出ろと伝えているのだ。
よし、ゴー!
何はなくともエステの身を守るべく外に飛び出した俺であったが、すぐそこの駐車場で再会したのは、意外な人物であった。
「お前……エグザイル・カワハラか!?」
「おーおー、イラコっち!
ひっさしぶりだなあ!」
その男……カワハラが、太くたくましい腕を振って、いかつい顔に案外爽やかな笑みを浮かべてみせる。
ゆったりとした派手目なシャツにハーフパンツを合わせた結果、ちょっと横に広い印象を与えるこの青年は、見た目通りのマイルドヤンキー。
「カワハラ、おひさー」
そして、抱きかかえられた眼鏡姿のエステが 暴走族(ゾク) フィギュアを振って挨拶した通り、俺たちの友人であった。
「何があったんだ?」
見下ろすのは、駐車場に倒れた三人の男と、カワハラの足元で弾を抜いて転がされている同数の拳銃……。
いや、およそ推測はつく。
「無防備だったんじゃねえかあ?
おれっちがいなけりゃ、危うかったと思うぜ?」
カワハラの言葉に、俺の縮れ毛がうんうんとうなずくような挙動をみせる……とうの昔に死滅した細胞はだーってろ!
「すると、そいつらは……?」
「ああ、どっかのスパイか何かだろうよ。
おめえ、白昼堂々と命を狙われるなんざ、まるで王子様じゃねえか?」
「いや、正真正銘の皇子なんだけどね。
と、いうことはアルファードも……ああ、いた」
――チュイイイィィン!
耳に馴染みがあるアクチュエーター音と共にこちらへ歩いてきたM2の姿を見て、納得。
18メートル級の人型機動兵器でろくに歩行音も響かせず、かつ、ポケットに手を突っ込んだような意味不明モーションを仕込むやつ、他に知らんわ。
にしても……。
「タイゴン、2号機なんてあったっけ?」
「あれは、頭部とポケットだけ特注してるし、マニピュレーターも五指タイプに換装してるけど、実際はドンナー。
何しろドンナーの基礎設計はタイゴンをアップグレードしたものなので、余分な装甲を排除すれば同等の関節可動域が得られる。
名付けるならば、タイゴン弐式」
「弐式かあ……。
つーか、その語り口だと、お前が特注請け負ったのね?」
もう危険はないだろうと、地面に下ろしてやったエステのスカートを直しながら、尋ねる。
「うい。
誕プレによろって言われたから、手配して宅配で送った」
「子供に堂々と誕プレねだるのが、あいつらしいわ」
そうこうしている間に、人々の声援を受けながらこちらへ歩み寄ってきた弐式が、ポケットに両手を収めた不良立ちで駐車場前に停止した。
「おーい、兄貴!
こっちも片付けといたぜ!」
すっかりギャラリーと化した群衆がファミレスの駐車場前に押しかける中、カワハラが弐式のコックピットへ呼びかける。
すると、襟元と呼ぶべき辺りにコックピットシートが飛び出し、操縦するパイロットを露わにした。
パイロットの姿は、軽装。
黒いワイシャツにジーンズを合わせたシンプルなファッションで、飾り気と呼べるのは首元をキラリと輝かせる黄金色のネックレスくらいのもの。
そんな姿でシートから立ち上がったのは、日系人の青年だ。
身長は、180cmに届くか否か。
サラリとした黒髪を顎の辺りまで届くワンレングスで揃えており、顔立ちと相まってさわやかイケメンな印象を与える。
もっとも、それを台無しにしているのが常に浮かべている軽薄な笑みなのであるが。
アルファード・ヤマモト。
俺より2コ上な彼もまた、カワハラ同様にここ惑星レクで……より正確にいうならば、イセタウンで暮らす友人だ。
「――ほっ!」
そんな彼が――飛び降りる。
それを見て、ギャラリーから巻き起こるのが悲鳴。
当然の反応だ。
何しろ、18メートル級人型機動兵器の襟元から飛び降りたのである。
ビルにして、四、五階分はあるだろう高さであり、常人ならば死、ないし大怪我間違いなし。
だが、アルファードは常人じゃない。
「よっ! ほっ!」
両手をポケットに突っこんだまま、軽やかな三角飛びでタイゴン弐式の肘や膝を渡り歩き、地上へと降りてきたのである。
落下の衝撃など、当然殺されている。
猫のような身軽さだ。
「よーよー!
よーよーよーよー!」
ポケットに手を突っ込んだままこちらへ歩いてくるが、それこそがこの男の 流儀(スタイル) 。
食事などの時を除き、いついかなる時でも両手はしまったままなのだ。
たとえそれが――同門と技を見せ合う時であっても!
間合いに入ると同時に、俺とアルファードの全身から気迫が放たれる。
俺の方は、深く厚く……押し潰すような闘気。
対して、アルファードが放つそれは、鋭く研ぎ澄まされていて――冷たい。
――ビシュリ!
それと同じく、放つ足技にもまた、空を裂く切れ味が存在するのだ。
……速い!
俺のローキックが繰り出されるより速く、顔面狙いの上段蹴りを突き出してくるとは……!
それはガードで捻じ込んだ右腕をスナップさせ受け流したが、ともかく、瞠目すべきスピードであった。
もし、これが実戦であったならば……。
あるいは、イゾーロ・ヤマモト先生のお屋敷に存在する道場であったならば……。
ここから、流れるような連撃を互いに繰り出したことであろう。
だが、ここはこいつの実家があるイセタウンではないし、衆目を集めているファミレスの駐車場だ。
そのため、互いに構えを解いて向かい合う。
「――かっ!
相変わらず、おっせーな!
おめーが一発出す間に、俺は百発蹴りを叩き込めるぜ!」
「だったら、俺はその一発であんたをノックアウトするさ!」
片足上げたアルファードに、拳を突き出して答える。
それに対し、我が友は、軽薄そうな笑みをますます大きくし……。
集まっているギャラリーへ振り返り、こう宣言したのであった。
「お集まりのみなさん、ありがサンキュー!
見ての通り、俺はここにいる第四皇子イラコの 友達(ダチ) ……。
そして、地元超大好き! 惑星レク機動防衛隊所属、イセ新選組隊長のアルファード・ヤマモトだ!」
「おなじく、特攻隊長のエグザイル・カワハラ!」
すかさず入ってきたカワハラと共に、親指上げたグッドサインをキメるアルファード。
そして、二人は異口同音にこう言ったのだ。
「「応援ください!」」