作品タイトル不明
ジョーダンのアドバイス
「よう、俺だ。ジョーダンだ。
どうしたエステ? お前からかけてくるなんて珍しい……」
馬鹿な田舎貴族の青年をからかっていた時とは全く異なる、家族へ向ける真摯な声音で受話器に語りかける。
なお、この通信装置は見た目こそ20世紀の電話機が生き残ったような代物であるが、実際は現代的な機能を備えているため、当然ながら立体映像の投影なども可能。
にもかかわらず、ジョーダンが先ほど同様のサウンドオンリーで通信を開始したのは、周囲にいるバカどもの姿が入らないよう配慮したためであった。
あるいは、可愛い女の子の方の妹の姿を、バカどもに晒したくなかったからか。
あの妖精のように可憐な妹へ欲望を向けていいのは、兄イラコだけなのだ。
まあ、問題はそのイラコが、一向に目覚めないでいることなのであるが……。
おそらく、今回もそのイラコに関することなのだろう。
そう思いながら、穏やかな笑みでエステの言葉を待つジョーダンであったが、すぐに眉を寄せることになる。
『イラコが、婚約することになりそう。
相手は、捕虜にしたヨーギル王国の王女シレーネ』
耳にした言葉の内容も驚くべきものであったが、機械音声のように無機質なエステの声に、確かな感情が秘められているのを感じたからであった。
ともあれ、ともあれ、だ。
「そうか……可能性の一つとして考えてはいたが、親父も思いきったことをしたな。
結婚ならばともかく、婚約なら破棄するルートもあるからか?
……いや、20の兄上と19のシレーネ王女なら年齢的にも釣り合うし、将来の橋頭堡を固める目的なら有り有りのトレードか」
すぐさま、高速で諸々の勘定を行う。
もし、 第一皇子(ベルトルト) のように軍内で派閥を率いていたならば、エステに聞くまでもなく自力で情報を得ているだろう。
あるいは、財界でもっと深く根を張っていたならば……。
が、ジョーダンはまだまだ売り出し中の16歳であり、しかも、せっかく授かったベース艦を売り払った結果、父皇帝からひんしゅくを買い、重要な事柄から露骨に遠ざけられている。
そのため、こういった国家レベルでの動きに関する情報では、完全な後手であり、今回の一件も寝耳に水なのであった。
「……くそう。
せっかく今まで、兄上に近づこうとする女の子たちを頑張って遠ざけてきたのに」
第二皇子ペーターが一番の例だが、皇室の皇子たちは、それぞれタイプこそ異なるものの美形であり、女子にモテる。
しかし、実のところぶっちぎりでモテるのが、唯一の庶子にして第四皇子たる兄イラコ。
正室との子供でない分、ワンチャン感じやすい立ち位置というのはあるだろう。
また、よほどのことがない限り、常にへらりとした……よく言えば親しみやすい面構えをしていて、カッチリした美男子よりもかえって受けがよいというのもあった。
あるいは、人柄か、様子のおかしいその戦闘能力か……。
とにかく、何かにつけては近しい年代の女子へ……しかも無自覚にフラグを立てるのが、あの兄。
そして、その度に「それもタクミ・イヌイってやつの仕業なんだ」「そう、リューガ・バンジョーだ」「お前もいずれ分かる……†帝国の闇†がな」という具合に、騙したり特定個人に負担を集中させたり話をうやむやにしたりしてフラグクラッシュしてきたのが、ジョーダンなのである。
だが、そのディフェンスもついに突破された。
こんなことなら、ジョーダン自身も前線に……いや、やはりそれは怖い。
表向き皇帝の位を狙っている体ではいるが、ジョーダンが欲しいのは金と女と猫だけである。
それに、イラコのように、向かう敵全てを指先でダウンさせるほどの戦闘能力があるならともかく、そうでないなら戦場に行く時点で覚悟が必要なのだ。
だから、ジョーダンにできるのはせいぜい、司令官として、手に入れた駆逐艦たちをモンキー回しのように操ることだけなのであった。
閑話休題。
今すべきことは、推しのイラ×エスを成立させるため、安楽椅子探偵のごとく妹にアドバイスを送ることである。
「……俺のアドバイスが必要だよな?
でも、それには材料が必要だ。
俺は、あの『勇者武闘タイゴン』とかいうトンチキな再現映像を含む公式の報道でしか、そっちの事情を知らない。
もっと詳しく、生きた情報をくれ」
それから……。
ジョーダンはエステが語る内容を、余すことなく手元のコピー用紙へと書き込んでいった。
何しろ天才の名をほしいままにしているエステであるから、その記憶力に疑う余地など一切なく、給糧艦アマテラス内で起こった日常的な会話から何からが、詳細に語られる。
これらは、極めて重要な情報。
いうまでもないが、人間関係というのは積み上げて構築されるもの。
落ちモノ系のパズルゲームがごとく、日常的な積み重ねが時に消却され、時には積まれたままとなることで形作られていくのだ。
そんな中で、やはりジョーダンの立場からすると見逃せないのが、通信士を務めるというモリー婆さん主催のお茶会に集まった面子。
この情報――値千金。
その場で話されたという内容まで加味するのならば、これはすなわち、その円卓へ集結していた面子の会社こそが、これから伸びる銘柄であるということ。
無論、こういった情報の扱いは、21世紀の昔から様々な形で規制されている。
政治というのは――たとえ独裁政権であっても――常に経済へ従属するものであることを思えば、第六皇子たるジョーダンといえども、迂闊には使えない。
が、それを差し置いても、莫大なアドバンテージであることは確かだ。
「へえ……。
『アグリ・ノヴァ社』に『プロテイン・ダイナミクス社』。
『チェン・コンソーシアム』とは、また懐かしい名も……」
『イラコと一緒に働いたという詐欺行為の話も出てきた。
二人が頑張ったおかげで、 帝国軍主力M2(ドンナー) を開発することができた。ぐっじょぶ』
「……あそ。
お前の役に立てて、兄上共々嬉しいよ。
まあ、この情報は恋愛戦線の役には立たないから、うちの顧客を儲けさせるために使うわ。
もち、その婆さんたちに睨まれない範囲でだけどな」
受話器を首で挟みながら、肩をすくめてみせる。
証券会社というのは、その気になればカスみたいな株を顧客に掴ませ……あるいは、利益が確定したとしてもとにかく売らせず、株を保持させ続けることで利益を得ることもできる商売だ。
だが、ジョーダン率いる ウルフ(W) ・ ウォールズ(W) 社はそれをしない。
信頼というのは、一度失われたら容易く取り戻せるものでないことを、よく分かっているからだ。
マイナスからゼロへと信頼を戻すのは、ゼロから信頼を積み上げるよりも難しい。
ゆえに、最後の最後で裏切って最大利益を叩き出すため、常日頃は信頼関係の構築に腐心し、誠実な商売を心がけているのである。
『……さっきから、わたしの情報でジョーダン 兄(にい) ばかりが得をしている気がする。
早くアドバイスがほしい』
「おっと、そうだった。
いや、職業病というか、ついついな。
それで、話を聞いたところでいくと、ディートの姉上っていう絶対的ラスボスの存在を除くと、この恋愛戦線のプレイヤーは他にシレーネ王女と副官のマミヤ少尉が挙げられるわけだ。
そのうち、マミヤ少尉に関しては親父とサンダーアイの間で親交があるとはいえ、ほぼ無視してもいいだろう。
大企業たちの集まりで、でかい権限を与えられたとはいえ、どちらかというとビジネス的な繋がりだ」
そう、恐れることはない。
実はそのマミヤ少尉こそ、イラコがかつて行っていた匿名文通の相手であったりしない限りは……!
「んで、そのシレーネさんに至っては、そもそも敵国の人間。
婚約にしたって成立したわけではなく、今現在、打診をしている段階。
となると、冷静に考えて恐れる必要はない」
そこで、手にしていた万年筆――イラコの愛用品と同じブランドだ――を、クルリと回転。
思慮深き 愛猫(あいびょう) エリザベスもこれにはたまらず、「ニャ」と猫パンチを繰り出した。
「いいか?
そもそもうちがキリスト教圏の国家である以上、お前さんが兄上に対して取る戦略は、ただ一つ。
すなわち――魂の正妻だ」
『魂の正妻……!
いい響き……!』
「そうだろう、そうだろう。
見た目全然想像はつかないけど、タイゴンの後継機種であるドンナーを量産ラインに乗せたことで、兄上の半身と呼べる機体の予備パーツ類を潤沢に確保。
現段階でも、兄上はお前に寄っかかっていると言っていい。
その、アマテラスオオカミとかいう面白合体含めてな……」
……俺も普通にベース艦改造してたら、変形合体機能を仕込まれていたんだろうか?
とりあえず、エステの性格的に 第三皇女(ディート) の斬撃艦フレイヤと、 第七皇子(ヴィーチェ) の兵員輸送艦ツクヨミには、同種の機構を仕込んでいそうだ。
そんなことを考えつつ、最終的なアドバイスに至る。
「まさに、良妻。
エステ・ジーゲルなくしてイラコ・ジーゲルはあり得ず。
だったら、この上は他のライバルが積み上げられない思い出を積み上げて、精神的な結び付きをより強くすればいい。
そのためのお膳立ては、俺がしとくからさ」
『それで、具体的に何をすればいいの?』
「ふっふっふ……答えは簡単」
チッチ……と、手にした万年筆を振るう。
スイッチが入った純白のペルシャ猫は、パンチングボールを使うボクサーのように猫パンチの猛ラッシュだ。
そのかわいらしい姿に目を細めながら、ジョーダンは答えを告げたのであった。
「ずばり……ファミレスデートだ」