軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ジョーダン・ジーゲル

腰は深く落としてがに股となり、右手は誘うかのようにすくった構え。

左手は手のひらを上に向けながら、頭の上へ置く。

独特なファイティングポーズから繰り出されるのは、よく踏み固められた地面がトランポリンへと変じたかのような跳躍。

ひと跳びで、どれだけの高さに跳んだのか?

その跳躍力そのものも人間離れしたものであったが、そこから見せた動きが素晴らしい。

空中で身を捻っての宙返り、前転、体を上下逆にしてのスピン……。

一度の跳躍でいくつもの動きが連続で繰り出され、それによって渦を巻いた空気が重力の枷から解き放ち、本来ならあり得ぬ変幻自在な動きを可能にする。

まるで――燕。

その少年が繰り出した一連の動きと蹴りを見て、幼年期の瞳はキラキラと輝いた。

なんて美しいものなんだろう……なんて綺麗なものなのだろうと、そう思ったのだ。

この姿を、絵に残したい。

だから、しばらくの間、腹違いであるその兄に、くっついて回ったのである。

共通する父に頼み込んで彼へ命じてもらったから、断れなかったというのもあるだろう。

しかし、根はお人好しな兄であるから、表では嫌がっていても、心の奥では悪く思っていなかったと思う。

そして……今。

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「ナイク……分かるよ。本当に分かる。

壁一枚隔てた先は真空の宇宙で、吸ってる空気も感じてる重力も作り物。

おまけに、指揮する駆逐艦は火力も防御力も平凡……スピードだって高速艦には及ばず、取り柄といえば小回りくらいだ。

すぐにでも死ぬんじゃないかと思って、不安な気持ちになるのは当然だ」

古式ゆかしい受話器を手にした銀河帝国第六皇子――ジョーダン・ジーゲルは、猫撫で声で通話先にそう語りかけていた。

「しかも、領地には可愛い妹を残している。

もし、自分の身になにかあったなら、あの子はどうなってしまうだろう?

後継者を失った家は?

心配事は、数知れないと思う」

心の底から君を心配しているのだと、そう呼びかけるような語り口。

だが、ワイシャツにスラックスというラフな格好の16歳が浮かべているのは、軽薄な笑み。

中性的ですらある整った顔は愉悦に歪められており、これを見れば、実際に心の底でどう思っているかは一目で分かった。

もっとも、古典的な通信装置を使っていることから分かる通り、この会話は音声オンリーなのだが。

『ああ、そうなんです、殿下。

あの時、自分は……自分たちは、どうにかしていた。

辺境部の田舎貴族であっても、軍艦に乗って前線へ赴けば、きっと活躍できると。

大間違いだった!

週に一度か二度は、必ず駆逐艦の喪失報告が発される! 週に一度か二度ですよ!

駆逐艦っていうのは、犠牲になるために生み出された艦種なんだ!』

「ナイク、おいナイク……落ち着けよ」

さらりとしたブロンドのセンターパートを撫でながら、なだめるように呼びかける。

だが、受話器を手にしていない左手は、地獄へ落ちろと言わんばかりに親指を下に向けていた。

それを見て、この王城内執務室に集った悪友たちが、受話器に拾われないようこらえた笑いを漏らす。

「いいか?

まず、死ぬために作られた兵器っていうのが間違いだ。

トッコーじゃあるまいし、この銀河帝国にそんな兵器は存在しない。

それぞれ必要不可欠な役割が存在するだけだ。

バスケットに、センターやパワーフォワードがあるようにな」

仲間たちにニヤニヤとした笑いを向けながら、口では諭すように呼びかけ続ける。

『あ、ああ……それは確かにそうかもしれないですけど。

でも、死にやすい艦種なのは間違いないじゃないですか!』

「そうだ。死にやすい艦種だ。

でも、ナイク……君たち30人は、僕の名代となって、その駆逐艦を駆り、誰もが嫌がる死にやすいポジションで戦っているんだ。

分厚い電磁シールドに守られたシールド艦の連中や、あるいは火力艦で後ろに構えてる連中より、よっぽど名誉なことだよ」

『いくら名誉でも、死んでしまったら――』

「――なあ、死ぬ死ぬって言うけど、実際は今こうして、俺に通信してきてるだろ?」

食い気味にそう言って、仲間たちと目配せ。

見てろよ? 決めてやる。

「週に一度か二度は駆逐艦が沈んでる? 毎日じゃないだろ?

この銀河帝国にどれだけの駆逐艦があって、どれだけの戦場があると思うんだ?

冷静に考えてみなよ? 交通事故に遭うような確率さ。

それをくぐり抜けるだけで、君たち30人は英雄として凱旋できるんだぜ?

地位は保証されるし、名誉は思いのまま。

君が気になってるあの子だって、振り向かせられるかもしれない」

『あの子に……』

「もうジョーダンが手を出しちまったけどな」

「違いねえ」

悪友たちがそう言って笑ったので、声のトーンを落とすよう仕草で伝えた。

「だから、安心して任務を果たしてくれ。

たまにこうして、愚痴くらいは聞くからさ」

『ええ、ええ……ありがとうございます。

親愛なる……ジョーダン殿下』

中指を立てながら言ってやると感謝の言葉が返ってきたので、ガチャリと受話器を置く。

それから、もう片方の中指も通信装置に向かっておっ立てた。

「ハッ! 田舎貴族野郎なんか知るかよ!

俺の代わりに前線で死んでこいってんだ!

――ファ◯ク! ファ◯ク! ファ◯ク!」

「ファ◯ク!」

「ファ◯ク!」

宇宙の彼方にいる馬鹿野郎へ全員で中指を立ててやり、帝国紙幣を取り出す。

これを筒状に丸めて、片方の鼻へと当てた。

この札ストローで吸い込むものなど、一つしかない。

そう……。

「ようこそ!」と言わんばかりに机の上でコロンとヘソ天した思慮深き 愛猫(あいびょう) ――エリザベスである。

ペルシャ猫である彼女は、純白の長毛が美しい。

その中でジョーダンがチョイスするのは、後ろ足の――付け根!

さっきまで丸まっていた結果、イイ感じに蒸し上がったそここそは、極上のドラッグ・ポイントなのだ。

「スゥー……」

されるがまま札ストローを押し当てられたエリザベスの匂いを、存分に吸い上げる。

執務室を見やれば、ジョーダンにならい、悪友たちも連れ込んだ猫に札ストローを当てキメていた。

しばし訪れる無言の時間。

「――ハアッ!」

だが、吸い終わって顔を上げてみれば、胸中に宿るのは無敵の超人となったような気分。

頭は冴え渡り、脳が様々な快楽物質を絶え間なく血中へと流し込む。

最高に……ハイッ! っていう気分だ!

「イエス! イエス! イエス!」

「やっぱり、猫は最高だぜ!」

「フゥーハハァー!」

全員で笑いながらハイタッチ。

なんの意味があるハイタッチかなど、知ったことではない。

しいて言うならば、馬鹿な辺境貴族の若者たちを上手くおだててノせてやったことへのそれだろうか?

――ジリリリリリ!

と、通信装置がこれまた古典的な受信音を響かせたのは、その時であった。

「お、今度は誰だ?」

「また、女みたいな泣き言か⁉」

ジョーダンが私設した証券会社―― ウルフ(W) ・ ウォールズ(W) 社のオフィスにもしている都合上、スチール製のデスクが並んでいる執務室に、悪友たちの下卑た笑い声が響く。

父皇帝から賜ったベース艦をトレードに出した結果、貴族家の直轄軍から得られたのは中古の駆逐艦が五隻と多額のキャッシュ。

その中古駆逐艦には 勇(・) 猛(・) 果(・) 敢(・) な帝国貴族の若者たちを自身の名代として乗せ、前線に派遣しているため、先のナイク同様に陳情してくる者が現れる可能性は、十分にあった。

「いや、ちょっと待て……。

妹だな。 第七皇子(ヴィーチェ) じゃなく 第四皇女(エステ) の方。

女の子の方の妹」

だが、着信の表示を見たジョーダンは、ニヤけていた顔をすぐさま引き締めることとなったのである。

もっとも……。

「フワッフワッ!」

……馬鹿な悪友が一人、空気も読めず下半身を下品に振っていたため、裏拳で黙らせてから通信回線を開くことになったのだが。

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※本作は娯楽作品であり、 猫吸(ヤク) を奨励する意図はありません。