作品タイトル不明
入国3
フェルターとチーフが距離を置いて対面し、一瞬の間が空いた。だが、すぐに詠唱が始まる。
先に動いたのはチーフだ。魔術は予想通り、身体強化である。
「 速度強化(ラピディティアップ) !」
魔術は純粋に速度のみの強化のようだった。素早さを強化したチーフは、フェルターの詠唱が終わる前に決着をつけようと地を蹴る。
単純に速度を強化したと言っても、チーフの魔術はかなり高度なものだった。詠唱を聞いていて感じたことだが、魔術をかなり高い次元でものにしている。速度を上げる為の手足や腹筋の強化もそうだが、加速して戦うことにより強くなる衝撃に備え、皮膚や筋肉の硬質化も同時に行われているようだ。
地を蹴って低空で跳躍したチーフが、右足を頭の上にまで振り上げてフェルターへと迫る。上に挙げた足を振り下ろして攻撃しようとしているのだろう。
感心しながらチーフの攻撃を眺めていると、フェルターも詠唱を終えて魔術を発動させた。
「…… 身体強化(リーンフォースメント) 」
フェルターが魔術を発動させると、まるで霧のように淡く白い光が体を包む。その淡い光がまるで蜃気楼のようにゆらりと動いた。
そう思った時には、フェルターの姿はその場から消えていた。
「な……」
空中から踵落としの要領で右足を振り下ろしてきたチーフは、突如として姿を消したフェルターを捉えきれずに地面を踏みつけることとなる。
空振りになった踵落としは、激しい地響きと共に地面に亀裂を作りあげた。
速度もそうだが、その速さを生かした恐ろしい威力だ。普通の人間であれば鎧を着ていても一撃で圧死してしまうだろう。
しかし、当たらなければ意味がない。
チーフは大振りの攻撃をした割に素早く態勢を立て直し、周囲を確認するように素早く左右を見た。そこへ、フェルターの拳が迫る。
恐らく、チーフからしたら突然目の前に拳が現れたような心境だろう。それだけ、フェルターの回避から攻撃までの時間が短かったということでもある。
結果、チーフは体を固くしてフェルターの拳を額で受け止めることしか出来なかった。重く、硬いものが衝突するような激しい音が響き、チーフは地面を転がるようにして吹き飛んでいく。
一撃だ。相手の攻撃を余裕を持って回避しての一撃である。これには、二人の決闘を見守っていた兵士たちも唖然とした様子で固まってしまった。
「……む? もう終わりか」
振り抜いた拳を下ろしてフェルターがそう口にするが、チーフは地面に転がったまま動かなかった。それを見て、先にストラスとエライザが走り出す。
「フェルター! やり過ぎだ!」
「だ、大丈夫ですかー!?」
教員として生徒の暴力行為に反応したのだろうか。いや、お互い了承の上での戦いだったので、それは違うのか。そんなことを思っていると、オーウェンが倒れたチーフを指差した。
「ハイラムに治療させてみるか」
「え? でも、まだちゃんと教えていませんよ」
「ただの昏倒だ。気つけ程度ならちょうど良い」
オーウェンの言葉にそれでも無理だろうと思ったが、オーウェンの中では良い案だと思っていそうである。仕方なく、ハイラムに声を掛けた。
「難しいとは思いますが、気絶した者の意識を取り戻す癒しの魔術をやってみましょう。詠唱と効果については教えますので」
「え? 僕が癒しの魔術を?」
予想外の発言を受け、ハイラムは目を丸くして聞き返してきた。だが、もう決定事項である。黙って見つめていると、ハイラムは諦めたように両手を挙げた。
「……はいはい。やってみますよ」
「頑張りましょう」
オーウェンの言葉に同意したくはないが、確かに失敗しても悪化しないし、簡単といえば簡単な内容だ。癒しの魔術の取っ掛かりにはちょうど良いかもしれない。
そう思って倒れたチーフの隣に二人で移動した。そして、ハイラムに詠唱を教え、気絶や失神と呼ばれる状態について軽く説明をする。
「……つまり、意識が消失している状態ですね。しかし、五感は残っているようです。なので、通常であれば強い匂いのものを嗅がせるなんて方法でも気つけになります」
「強い匂い……?」
「まぁ、今回は脳に刺激を与えて、意識を取り戻そうという癒しの魔術になります」
ざっくりと説明をして、ハイラムの表情を窺う。しかし、予想通りキョトンとしていた。とりあえず、頭を揺さぶるようなジェスチャーを交え、もう一度説明してみる。
「……分かった。やってみるよ」
最終的には理解することを半ば諦めて挑戦することにしたようだ。だが、人体や臓器の働きを学んでいる最中ということもあり、何となく理解はしていそうである。
そして、ハイラムはやはりとても優秀だった。
どのように想像したのかは分からないが、ハイラムなりに脳に刺激を与えるというイメージを持って詠唱し、魔術を行使することに成功する。
すると、ハイラムの癒しの魔術を受けたチーフは、寝た状態で二度三度と激しく痙攣し、即座に目を覚ましたのだった。
「……はぁっ!」
ひっくり返りそうな声を出して勢いよく上半身を起こしたチーフに、隣で見ていたストラスとエライザが頬を引き攣らせる。
「……これまで見てきた癒しの魔術と違うような……」
「お、起きるのは起きましたね……」
そんな二人の感想が聞こえていないのか、ハイラムはチーフが無事に起きたことに静かに感動していた。
「……本当に起きた」
その小さな呟きを聞き、ストラスとエライザも口を噤むのだった。