作品タイトル不明
入国1
各国の国境や国内の領地を区切る場所に設置される関所や砦。これらを通過する際、人数に合わせた通行料や関税などが徴収されることもある。また、それらを管理する管理者は国に害を与える者や、不利益を与える者を入国させないという権限を持つ。
ブッシュミルズ皇国も例に漏れず、国境を守る砦には入国管理者がいるようだった。
まだ少し遠いが、見るからに強そうな鎧姿の男女が砦から出て一列に並んでいる。中心には背が高く、髪の長い銀髪の男がおり、その隣にはローブを着た赤い髪の少女もいた。基本的に兜はつけていない者の方が多く、皆が獣人らしく獣の耳や尻尾を露出させている。
「……ここは、パラダイスでしょうか」
「何を言っている」
危ない。あまりにも衝撃的な映像を見てしまったせいで心の声が漏れてしまったらしい。怪訝な目で見てくるオーウェンに咳ばらいを返し、顔を上げた。
パッと見た感じだが、銀髪の男は狼か狐の獣人に見えた。耳や尻尾がふさふさだ。可愛い。そして、赤い髪の少女は小さな見た目に似合う耳が垂れたタイプの獣人だった。とても可愛い。他の獣人たちも男が大半ではあったが、やはりフサフサで可愛い。鎧は軽装のタイプが多いらしく、皆尻尾を出した状態で立っていた。揺れている。
「……狼、キツネ、猫、イノシシ? 後は熊っぽい方もいらっしゃいますね。なるほど」
「……何を観察している」
刺激させないようにゆっくり馬車を移動させながらそんなやり取りをしていると、砦の前に立つ背の高い銀髪の男が口を開いた。
「そこで止まれ!」
低い、力のある声だ。見た目は細めな体型だが、それに見合わない力強さがあった。
指示に従って立ち止まり、その場で返答する。
「ヴァーテッド王国のフィディック学院より参りました。教員のアオイ・コーノミナトです。また、学長のグレン・モルトも同行しております。入国は可能でしょうか?」
そう尋ねると、男の隣に立つ赤髪の少女が口を開く。
「国境警備隊の隊長をしております。モア・ボアと申します。どうぞ、こちらへ」
赤髪の少女が大きな声でそう言った。まさか、あの銀髪の男ではなく、赤髪の少女が責任者だとは思わなかった。こちらに来いと言われたので、馬車を砦のすぐ前にまで移動させる。
兵士たちは馬車を引く水と氷で出来た馬たちを見て目を丸くしていた。
「……流石はフィディック学院の方々ですね。こんな魔術は見たことがありません。本来なら身分を証明するようなものを求めるところですが、これだけの魔術を見せられたら不要ですね」
モアがそう言うと、銀髪の男も真剣な顔で頷く。
「……これがどのような魔術か分からないが、戦闘にも使えるのだろうか」
その質問に、オーウェンが眉根を寄せて口を開いた。
「これはこのアオイのオリジナル魔術だ。まぁ、エルフの精霊魔術の模倣ではあるがな。使えるのもアオイと私しかいない」
と、オーウェンは不機嫌そうに答える。質問の意図とはズレてしまっているが、どうやら学院で習得できる魔術じゃないぞと言いたいようだ。
そんなオーウェンの言葉に、銀髪の男たちは目を見開いて驚いていた。皆の目がこちらに向けられ、ざわざわと騒がしくなる。
「こんな魔術が作れるのか……」
「モア隊長とどっちが上だ?」
「それは、比べられないだろ」
騒がしい声の中にそんな言葉も混じる。それを聞き、モアが見た目通りの魔術師であると確認できた。モアに目を向けると、苦笑が返ってくる。
「あまり気になさらないでください。私など、まだまだですので」
と、モアは謙虚に答える。兵士たちの反応を見る限り、モアも相当な腕を持つ魔術師らしいが、はたしてどれほどなのか。とても気になる。
しかし、今はそんな話をしている場合ではない。
「あの」
「はい?」
声を掛けると、モアは首を傾げてこちらを見上げてきた。
「耳が垂れていらっしゃるようですが、何の獣人でしょうか?」
「え? い、犬でしょうか? 私の母の血を強く引いているようで……」
「触っても?」
「……え、えぇ!?」
ごく自然な流れで尋ねたつもりだったが、モアは警戒するように二歩、三歩と後ずさった。だめだったようだ。そんな私とモアのやり取りを眺めてから、銀髪の男が口を開いた。
「……残念だが、もう日が暮れる。夜間の入国は基本的にできないようになっているのだ」
と、銀髪の男が答える。どうやら規則があるらしい。確かに、夜間に国防の為にもその辺りは厳しくしなくてはいけないだろう。
その時、黒い馬車から一人の大柄な男が姿を見せた。
「……チーフ・ハンガー。今回は例外だ」
そう言って、フェルターが腕を組んで銀髪の男を睥睨する。フェルターの姿を見て、兵士たちは「おお!」と驚きの声を上げた。好意的な歓声だ。しかし、チーフと呼ばれた銀髪の男は無言だった。
「フェルター様!」
モアも笑顔でフェルターの名を呼ぶ。どうやら、皆顔見知りらしい。これなら入国は問題ないだろう。
私はホッとしながら状況を見守るのだった。