作品タイトル不明
ハイラムの感情
ハイラムに魔法陣による癒しの魔術の可能性を示唆したところ、話を聞きたいと言ってくれた。
これなら、魔法陣についての理解も進み、更にハイラムの悩みも解決するかもしれない。いや、ハイラムの悩みを解決するのが主の目的なのだが、どうせなら魔法陣を広めたいとも思っている。もしかしたらハイラムはメイプルリーフ聖皇国に帰ってしまうかもしれないと言っていたし、出来るだけ早急に魔法陣を理解してもらいたいところだ。
「それで、何故私のところに来る?」
「オーウェンと二人がかりで早急に魔法陣の理解を深めてもらいます」
「……そうか」
半ば強引にオーウェンに協力してもらうことにしたのだが、諦観の滲んだ返事で了承された。後で美味しい食事に連れていってあげよう。
そんなことを思っていると、オーウェンの研究室で室内の物を珍しそうに見ているハイラムが振り返って口を開いた。
「……それにしても、本当に癒しの魔術を魔法陣で再現できるの? もしそれが本当なら、これまでに見つかった魔術具の中にも癒しの魔術の魔術具が存在してもおかしくないと思うけどね」
と、ハイラムは疑問を呈した。それにオーウェンが一番に反応する。
「ふむ、それは単純なことだな。私も癒しの魔術を魔法陣で再現することが出来ないと思っていたが、アオイから聞いた魔術における考え方を知って変わった」
「考え方? それだけで?」
オーウェンの言葉にハイラムが眉根を寄せて疑惑の視線を向けるが、オーウェンは腕を組んで口の端を上げる。
「それに関しては私も疑問を持っていたが、実際に経験すれば変わるだろう。明確に仕組みを理解して魔術や魔法陣を扱えば魔力を効率的に操作、変質させることが出来る。結果、魔術が発動した際の効果も大きく変わるのだ」
「……へぇ? それじゃあ、癒しの魔術に必要な知識って何かな?」
オーウェンの熱弁に少し興味を惹かれたのか、ハイラムは目を僅かに開いてそう尋ねた。それにオーウェンは腕を組んで首肯する。
「人体の仕組みだ。人間の体や臓器がどのようになっていて、どのように動いているのか。それを理解することが最も重要である」
ハッキリと断言する。それに、ハイラムは目を瞬かせた。
「……それは、通常の詠唱による癒しの魔術もってこと? 確かに、医療の道を心掛けている人が癒しの魔術に覚醒することもあるけど、極めて稀だと思うけどね」
ハイラムは難しい表情でそう答える。どの国も癒しの魔術は希少なので、基本的には薬草などを使った医療が主となっているのだが、癒しの魔術で有名なメイプルリーフでも医者は多く存在するらしい。
「聖人や聖女と呼ばれる方々にお会いしましたが、あれだけの癒しの魔術が使えるなら医者など不要ではありませんか?」
反射的に疑問を口にすると、ハイラムは鼻を鳴らして肩を竦めた。
「癒しの魔術は精霊魔術と同様に選ばれた者だけが使える魔術って言われているからね。メイプルリーフ聖皇国でも独自の方法で癒しの魔術の才能があるか確認をして、素質がある人物は元聖人や聖女が教える学院で癒しの魔術を学ぶことが出来るんだ。まぁ、幼少時に素質が無いと判断されても、十二歳くらいまでなら後で才能が開花することもあるから、それまでは誰もが癒しの魔術の基礎を学びながら主要四属性の魔術を勉強するのが普通かな。ちなみに、僕は十二歳までに才能が開花しなかったから、せめて得意な水と風の魔術で宮廷魔術師相当の魔術師を目指せってことでフィディック学院に来たんだよ」
と、ハイラムは珍しく身の上話を交えてメイプルリーフの学習環境を語った。メイプルリーフ聖皇国での癒しの魔術の才能の有無を確認する方法も気になったが、今はそんな話をする時ではない。後でクラウンに聞いてみよう。
そんなことを思いつつ、ハイラムに対して口を開く。
「魔法陣ならば、そんな得手不得手は不要だと思っています。必要な知識と魔法陣の基礎を理解してしまえば、どんな属性の魔術でも自分自身で研究して、いつでも行使可能になります。それに、今の話を聞いて少し別の可能性についても考慮すべきかと思いました」
「……別の可能性?」
「はい。人体の仕組みや治療についての知識が備われば、もしかしたらハイラム君も詠唱での癒しの魔術を使えるようになるかもしれない、という可能性です」
「え?」
驚くハイラムの前に椅子を持ってきて、背中に手を置いて座らせる。
「さぁ、まずは人体について学びましょう。魔法陣にしても、詠唱による癒しの魔術に付いても、まずはそこからが大切です。人体について学び、次に魔法陣の基礎を学びましょう。ハイラム君だけ特別ですよ?」
そう告げると、ハイラムは黙ったままだったが、静かに頷いたのだった。