作品タイトル不明
新たな噂
高等部の生徒達がドラゴンに実際に触れて興奮し、歓声を上げて盛り上がり始めると、中等部と初等部の生徒達も少しずつドラコの方へ向かってきた。
やがて、ドラコを中心に人だかりができ、初等部の子達も積極的にドラゴンの鱗の硬さを触って確かめたりしている。中には尻尾から背中までよじ登ろうとする生徒の姿もあった。その頃には怖がっていた初等部の生徒達もドラゴンのすぐ近くまで来ており、恐怖心も薄らいでいるように見えた。
むしろ、今ではドラコの方が群がる生徒達に驚き、困惑しているようである。
「ドラコ」
名を呼び、絶対に動いたら駄目だと言葉にせずに伝える。すると、ドラコはピクリと背筋を伸ばすような仕草をして動きを止めた。それを見ていた生徒たちの一部が何やらコソコソ話していたが、それは気にしないことにした。
「……とりあえず、これでドラゴンへの過剰な恐怖心は無くなることでしょう」
そう告げると、ストラス達は呆れたような顔で息を漏らすように笑う。
「……まさか、こんな形でドラゴンを連れてくるとはな」
「確かに、ドラコちゃんを実際に見たらドラゴンが怖くないって思えますよね!」
「私もこんなにじっくりドラゴンを見る機会は初めてですよ……」
ストラス達からそう言われて、軽く顎を引いて答える。
「初等部の生徒達の怖がり方を見て、簡単には恐怖心を無くすことは出来ないと考えました。だから、私が怖いかどうかではなく、ドラゴン自体への恐怖心を減らす方法が無いか考えたのです。そう考えたら後は簡単です。実際に大人しいドラゴンに触れてしまえば、未知なる存在への恐怖心も減ることでしょう」
そう答えると、ロックスが呆れたような顔で眉根を寄せた。
「いや、あんなに大人しいドラゴンなど普通いないが……」
「ドラコの教育にはとても時間を掛けています。それに、直近はシェンリーさん達も手伝ってくれたので、多人数の人間を相手にしても興奮しないようになれました。ドラゴン初心者の人は是非ドラコで慣れてもらいたいですね」
ロックスの疑問に答えると、コートが乾いた笑い声をあげる。
「なにか違うような気が……」
コートが苦笑しながらそんなことを言っていたが、結果は大成功なのだ。いまや、集まっていた全ての生徒達がドラコに夢中である。これでドラゴンへの恐怖、ひいては私への恐怖心も無くなることだろう。
散々注意されたので、ここでドラコに何かを壊させてドラゴンの戦闘力を実際に体感してもらう等ということもしない。ここでドラゴンの危険度を知ってもらうことは重要だが、今回は趣旨が違うので敢えてそれはしないのだ。
今一番大事なことは、私が初等部で恐れられなくなることである。
一週間後。ドラコは無事、暴れることもなく素直に住んでいる山の麓の森林へと戻った。学院は再び日常の風景を取り戻し、私も学院内で悲鳴を上げて生徒に逃げられることも無くなった。
ドラコを呼んだことは結果として正解であったと言える。
しかし、予定外の事態も発生してしまった。
「アオイ先生!」
「わぁ、アオイ先生だ!」
遠くで子供の声がしたと思ったら、ばたばたと複数の足音が迫ってきて、すぐに取り囲まれてしまう。
「アオイ先生! ドラコは!?」
「また呼べないの!?」
「アオイ先生がドラゴンに戻るのも見たい!」
興奮した様子の初等部の生徒達が大喜びで私に群がり、口々にドラコについて喋り出す。服を引っ張られながら、興奮した子供達を諭すように声を掛けた。
「ドラコは普段は森で遊んでいます。勉強も山や森でしてるのですよ。皆さんも、ドラコに負けないように学院で魔術を勉強しましょうね」
「えー!」
「私も勉強したらドラゴン飼える?」
「アオイ先生、ドラコに乗って学院に来たら良いのに!」
子供達は大騒ぎしながら私の周りを走ったり跳んだりしている。どうやら、ドラコを通じてアオイという存在も子供達の興味の的になってしまったようである。正体はドラゴンかもしれないという噂はそのままなので、中には私がドラゴンになるところを目撃しようという生徒もいる始末だ。
「先生ってドラゴンになったら何色?」
「ドラコが黒だから黒じゃないの?」
「え? ドラコってアオイ先生の子供なの?」
また変な噂が広まりそうな議論を始めた子供達を見て、思わず強めに否定の言葉を口にした。
「違います。私は人間ですから」
「嘘だー」
「嘘だよね」
「絶対にドラゴンだよ。アオイ先生が呼んだらドラコが言うこと聞いてたし」
確かに、アオイという教員が初等部で怖がられることはなくなったと思う。しかし、反対に子供達に懐かれ過ぎてしまった気がした。
「アオイ先生、おはようございますー!」
「おはようございます」
「今日も賑やかですねー!」
「あははは!」
中等部や高等部の女子生徒達の間でも話題になっているらしく、朝から子供達に群がられる私を見て楽しそうに笑う生徒も増えた。
おかしい。怖がられないように行動したはずだが、まるでマスコットのような扱いになってしまった気がする。予定外だ。
中々上手くいかないものだと、私は溜め息を吐いて頭を左右に振ったのだった。