軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

レイドの後悔と未来

「……今日は、短い時間にも関わらず酷く疲れた」

人払いをして僅かな人間しかいなくなった謁見の間で、レイドが深い溜め息とともにそう呟く。

王としての仮面をとった、一人の父親としての言葉なのかもしれない。家族の予想外の裏の顔を知ってしまい、強いショックを受けたはずだ。誰でも、信じていた息子が非行に走ってしまったらそんな気持ちになるだろう。

レイドは疲れた顔のまま、こちらを見た。

「……アオイ殿。お陰で私は自身の眼がどれだけ曇っていたか知ることが出来た。目を背けたくなるようなことはあったが、な……」

レイドは自嘲気味に笑いながらそう口にする。それにグレンは同情的な微笑みを浮かべて頷く。

「わしも家族のことでは随分と悩んだものじゃよ。いや、今も悩んでおるがのう……とはいえ、見放してはならんぞい。偉そうなことを言うようじゃが、わしは家族を最後まで見放すようなことはしないつもりじゃ。じゃから、レイド陛下もジェムソン殿下を見限るようなことはせずに、改めてご子息の教育について考えてみても良いかもしれんのう」

グレンは自らの髭を片手で撫でつけながら、さも人生の先輩らしい台詞でレイドを諭していた。つい最近まで自室に引き籠ってしまった孫をどうして良いか分からずに四苦八苦していた気がするが、気のせいだろうか。

そんなことを思いながら二人の様子を眺めていると、レイドは肩を落として同意の言葉を述べた。

「……貴重な助言、痛み入る。肝に銘じておこう。しかし、私は正直自ら子育てをした経験などないのだ。どうすれば良いのか。何を教えれば良いのか分からぬ。恥ずかしい話だが、もし可能なら我が子の教育を頼むことは出来ないだろうか。もちろん、最大限の報酬を用意する。他にも、カーヴァン王国の最重要人物として貴人の勲章を授与しよう。どうだ?」

レイドがそんな提案をしてくるが、首を左右に振ってはっきりと拒絶する。

「申し訳ありませんが、お受けしかねます。教員として私が行えることは教育の方向性を示す程度でしょう。教育係ならば別の人を任命してください。出来たら、一般市民の気持ちを理解できる人で、尚且つ他種族への偏見や差別意識を持たない人が望ましいです。また、その人にはきちんとジェムソン殿下を叱る権利を与えてください」

そう告げると、レイドは眉根を寄せた。

「……そのような人材がいるだろうか。いや、しかし、確かにアオイ殿に頼るのは間違いであるな」

それだけ呟くと、レイドはぐっと足に力を入れて立ち上がる。

「今日は、とても良い勉強をさせてもらった。また是非とも話を聞きたいと思っている。もし良ければ、暫くカーヴァン王国に滞在してもらえるだろうか。王城で特別待遇を約束しよう」

レイドがそう言って私とグレンを見下ろしたが、私はこれにも首を左右に振って答えた。

「いえ、申し訳ありませんが、すでに多くの日数をかけてしまいました。もうフィディック学院に戻らなければ、生徒達の教育が遅れてしまいます」

そう告げると、レイドは噴き出すように笑い出す。

「は、はっはっは……! アオイ殿の見方がすっかり変わってしまったな。これほどはっきりと自分の考えを正直に言われるといっそ気持ちが良いくらいだ。貴殿はどこまでも一教員なのだな?」

レイドに笑いながらそう尋ねられて、笑顔で頷く。

「はい。それが私の誇りですから」

「……一時はどうなることかと思ったぞい。肝が冷え冷えじゃわい」

王城を出て、グレンが苦笑しながらそう呟く。

「そうですか? 思ったよりもレイドさんが話が通じる方で良かったと思いましたが」

そう答えると、グレンは呆れたような顔で私を見た。

「わし的には脅し半分で話をつけた気がしてならんのじゃが?」

「脅してなどいませんよ。グレン学長がそんなことを言うから私の変な噂が流れるんです」

「え? わしのせい?」

二人でそんな会話をしながら王城の中庭を出て城門を潜ろうとすると、門番の衛兵に呼び止められた。

「お待ちください。陛下より、お二人をお送りするように言われております。お二人を王家の馬車でフィディック学院まで送迎いたしましょう」

そう言って、衛兵が城門の向こう側に手のひらを向けた。その方向を見ると、今まで見た中で最大規模の六頭立て馬車の姿があった。真っ黒な馬車は品の良い装飾が施されており、一目で最高級品であることが窺い知れる。

「おお、素晴らしい馬車じゃな……!」

グレンは目を見開いてテンションを上げた。明らかに嬉しそうな様子を見せているが、送迎してもらったのでは帰り着くまで何週間かかるか分からない。

「……申し訳ありませんが、我々は自分たちが乗ってきた馬車で十分です。お気持ちだけ受け取っておきます」

そう答えると、衛兵は驚いたように目を丸くする。

「え? あ、その、勿論、お二人が持ってこられた馬車は同行する者が引いて参りますが……」

断られると思っていなかったのか、衛兵は困ったような雰囲気でそう言った。もしかしたら、失礼の無いように送迎するように等と言われているのかもしれない。

どうしようかと思っていると、後方から声をかけられた。

「そう困らせないでやってくれ、アオイ殿」

その声に振り向くと、お供を連れたレイドが歩いてきていた。

「なんなら、その馬車はフィディック学院に寄付するとしよう。それならどうだ」

レイドにそう言われて、不要である旨を伝えようとしたが、先にグレンが口を開いた。

「おお、それは嬉しいぞい! あんな馬車が欲しかったんじゃよ」

ほくほく顔でそんなことを言いだすグレン。しかし、そんな高級な物を受け取るのは流石に申し訳ない。

私はレイドに体ごと向き直り、深々と一礼した。

「そのお気持ちは大変有難いのですが、こんな高級な馬車をいただくわけには参りません。丁重にお断りさせていただきます」

そう言って断ると、背後でグレンが嘆く声が聞こえた。物欲などあまり見せないグレンが珍しい限りである。

顔を上げると、レイドが困ったように笑っている顔があった。

「ふむ、そうか。ならば、ここで見送るだけとしよう。また、我が子や孫の中で魔術の才がある子が生まれたら、是非ともフィディック学院で魔術を教えてやってほしい」

レイドはそう言って寂しげに笑う。その言葉に、私の魔術具がまだカーヴァン王国まで出回っていないのだと知った。

「……あの、レイドさん。もしご迷惑でなければ、誰でも魔術師になれる魔道具を作っていますので、そちらをお渡ししましょうか?」

そう告げると、レイドは目を丸くして固まる。以前もそうだったが、どうやら誰でも魔術を使えるというのは世界共通の非常識らしい。仕方ないので、実際に魔術具を取り出してレイドに差し出した。

「こちらは 灯(ライト) という魔術が込められた魔術具です。これを魔術が使えないと思っている方に渡して使わせてみてください。誰でも、魔力の使い方の初歩を学べると思います」

そう言ってボールペンほどの小さな魔術具を差し出すと、レイドは言葉もなく受け取った。

「…… 灯(ライト) ? なんの魔術だ、それは……」

不思議そうに魔術具を手にしてそう呟いた瞬間、魔術具の先から真っ白な光が放たれた。

「っ!?」

「なんと……!?」

眩い光に照らされて、レイドだけでなく御付きの者たちも驚愕の声をあげる。徐々に光が弱まり、レイドは薄目を開けて魔術具を観察した。

「……先ほどの魔術名に反応したのか? なんということだ。詠唱も不要であり、何の意識もせずに魔術が使えてしまった」

驚きを隠せないレイドに、改めて魔術具を紹介する。

「こちらの魔術具には初歩的な魔術が込められています。自分の魔力を使ってこの魔術を使うことによって、魔力を操作する感覚が持てなかった人たちにも魔術を使えるようにする道具です」

説明すると、レイドは魔術具を顔の前に持ち上げて唸った。

「これは、世界が変わるような発見だ。古代の遺跡から出土するような遺物には似たような魔術具があるが、どれも貴重で国宝やそれに準ずる物として取り扱われてきた。中には貴族でもないのに金の力で手に入れている者もいるようだが……」

レイドがぶつぶつと呟きながら魔術具を観察する。

「何度かその昔の魔術具というものを拝見しましたが、どれも強力な魔術ばかりでした。魔力を扱いなれていない人では扱うことは出来ないことでしょう。その点、この魔術具は最も初歩的な魔術を簡単にして組み込んでいます。なので、魔術の才能が無いと思われていた方には最適だと思いますよ。是非、この魔術具を使って魔術を覚えさせてみてください」

そう告げると、レイドは浅く何度か頷いた。

「う、うむ……分かった。しかし、これを、私が受け取って良いのか? どの国も喉から手が出るほど欲しがるような物だと思うが……」

「フィディック学院のあるウィンターバレーの一部お店ではもう売っているはずですから、これ一つくらいなら問題ありません」

「な、なんと……」

問題ないと答えると、レイドは衝撃を受けて呻いた。その様子に微笑みつつ、踵を返してグレンの方へ行き、レイドに一礼した。

「それでは、ありがとうございました」

そう告げると、後に続くようにグレンも口を開く。

「レイド陛下。今度は是非フィディック学院でお会いしたいのう。歓迎しますぞい」

グレンがそう言って笑うと、レイドは苦笑して頷いた。

「……うむ。世の中は色々と変わっておるようだ。私も、たまには他国へ赴くとしよう」

「おお、それは良いことじゃと思いますぞい」

二人がそんなことを言って笑う中、私は衛兵から自分たちが乗ってきた馬車を持ってきてもらった。馬車は馬が二頭で引いているが、馬は不要である。

「あの、こちらの馬はお返しします」

そう衛兵に言うと、不思議そうな顔をしながらも衛兵は素直に馬の鞍に付けられた紐を外した。

「それでは、グレン学長。帰りましょう」

「む? おお、そうじゃのう」

名を呼ぶと、グレンは嬉しそうに馬車の方へ向かってくる。

「そうか、飛翔の魔術が使えるのだったか」

レイドが馬を外した馬車を見てそう呟いた。それに頷き、馬車に乗り込んだグレンの背中を見てから魔術を行使する。

風が周りをふわりと包み込み、馬車が浮かび上がった。

「おお……見事な魔術だ」

地上からそんな感嘆の声が聞こえて来る。それに片手の手のひらを振って応えつつ、城下町の方へ向かって空の上を移動する。

「ん? 何か買い物かのう?」

馬車の窓からグレンが顔を出してそう尋ねてきたので、地上を指差して答えた。

「執事やメイドの方々にお世話になったので、お礼の言葉だけでも伝えて参ります」

「……律儀じゃのう」