作品タイトル不明
帰ってみると
色々あったが、目標は達成できた。色々と気になっていた用件が無事に済んだことに安堵しつつ、我々は一直線にフィディック学院へと向かう。
「と、飛ばし過ぎじゃなかろうかー」
馬車の窓からグレンが顔半分だけ出してそう口にした。
「いえ、これでも半日かかるくらいの速度ですよ」
そう答えると、グレンが半眼になる。
「……半日で着くのがそもそもおかしいんじゃよ」
と、文句なのか不満なのか分からない言葉を口にした。
それから更に二時間半ほどで、ようやくフィディック学院が見えてくる。遠目からでも大きくて立派な学院が目に入り、やっと帰ってきたという感覚になった。
なにせ、カーヴァン王国の食事の味に慣れるほど滞在したのだから、とても久しぶりだ。
徐々に速度を落としながら学院の真上まで移動して、ゆっくりと中庭に降下する。地上では空から馬車が降りてくることに気がついた学生が声を上げていた。
ゆっくりと中庭の広い場所に降り立つと、校舎の方から何人も生徒達が向かってくる姿が目に入る。
「アオイ先生!」
「どこ行ってたんですか!?」
真っ先に声を掛けてきたのは偶然居合わせたアイルたちだった。アイル達は馬車を面白そうに眺めながら話しかけてくる。
「ちょっとカーヴァン王国まで行ってました。予定よりもかなり時間が掛かってしまいましたが……」
苦笑しつつそう答えると、馬車からグレンも姿を現した。
「おお、着いたかのう。物凄い速さじゃったが、それでも長時間椅子の上に座っておると腰が痛むのじゃ」
グレンはそんなことを呟きながら、癒しの魔術を使って自らの体を治療する。
「あれ? 癒しの魔術もお使いになられるんですか?」
「おや、アオイ君の講義で教わったんじゃよ」
グレンのその言葉に、思わずグレンの顔をまじまじと見てしまった。
「癒しの魔術は概念と簡単な怪我の治療しか実演してませんが、もう覚えられたのですか?」
聞き返すと、グレンは一瞬キョトンとしたが、すぐにホクホク顔で頷いた。
「おお、そうじゃよ。なにせ、わしはフィディック学院の学長じゃからな。しっかり覚えたぞい。凄いじゃろう?」
得意げなグレンを見て、素直に拍手を送る。
「素晴らしいです。流石はグレン学長」
賞賛すると、グレンはにこにこと笑いながら片手を振った。
「いやいや、大したことじゃないぞい? アオイ君の教え方が良かったからじゃろうし」
「……いえ、やはり、新しい魔術でもすぐに覚えられるのはそれだけ様々な魔術を扱ってきたということでしょうし、熟練の域にまで達した経験からくる勘所でしょう」
「ふぉっほっほっほ! いやいや、そんなに褒められると照れてしまうぞい!」
褒められなれていないのか、グレンは軟体生物にでもなったかのようにぐにゃぐにゃとしながら笑う。私は頷きながらグレンの経験値を活かせないか考えた。
「学長。良かったら、私の精霊魔術の研究を手伝ってもらえますか? 私一人の視点から研究するよりも遥かに効率的な……」
私はグレンに振り返り、力強く共同研究を訴えようとした。だが、そのタイミングで邪魔が入る。
「アオイ! 帰ったか!」
元気はつらつといった大声とともに現れたのは、ラングスだった。エルフの王子の登場に、一部女子生徒から黄色い歓声が上がる。ラングスは少々変わった性格をしているが、見た目はとても良いので女子生徒からの人気は凄い。
「ただいま戻りました」
そう答えると、ラングスは両手を広げて輝くような笑みを浮かべた。
「おかえり、アオイ! 早く帰ってこないかと毎日思っていたぞ! なにせ、私はアオイのこ……」
「それはどうも。とはいえ、それほど長く学院を空けていたわけではありませんが」
余計なことを言いそうなラングスの言葉を途中で遮り、さっさと横を通り過ぎる。すると、今度は五人ほどの男がわらわらとこちらに歩いてきた。
ストラスとロックス、フェルターにコートだ。もう一人は見知らぬ男だが、年齢は二十歳ほどだろうか。もしかして会ったことのあった人だろうか。思い出そうと頭を捻る。すると、一番後方にいたはずの見知らぬ男が、ぐいっとストラス達の前に出て口を開いた。
「おお! 貴女がアオイ殿ですか!」
「え? あ、はい。どちら様でしょうか?」
やはり会ったことのない人で間違いなかったようだ。一安心しつつ正体を尋ねる。それに男は爽やかな笑みを浮かべて自らの胸に手を当てた。
「私の名前はホス・マッカイ。ブッシュミルズ皇国の上級貴族、マッカイ侯爵家の者です」
ホスという男はそんな自己紹介をした。ブッシュミルズ皇国といえば、フェルターや同僚のヘネシーの出身国である。フェルターは獣人だし、ヘネシーも獣人のハーフなので目立たないが尻尾が生えていたりする。
しかし、ホスは完全に人間にしか見えない。目立たないだけで耳や尻尾も生えているのだろうか。
気になって上から下まで眺めてしまった。すると、ホスが笑って片手を振った。
「どうやら、私に興味を持っていただけたようですね」
ホスは柔らかな微笑みを浮かべてそんなことを言う。それに思わず否定の言葉を口にした。
「え? いえ、別に……」
そう答えたが、ホスは嬉しそうな顔で首を左右に振る。
「恥ずかしがることはありません……侯爵家とはいえ、我がマッコイ侯爵家は庶民的でね。私もよく庶民の通う店などに行くこともあります。私たちはとても話が合うと思いますよ」
と、ホスは馴れ馴れしく私の肩に手を置いてそんなことを言った。
「な、ななな……っ!?」
ホスの奥で、ロックスが顔を真っ赤にして奇声を上げる。こちらを指差しながら目を真ん丸にする姿は、まるで悪戯を発見した小学生のようである。
「今のところ、あまり話が合うような気はしておりませんが……」
困惑しつつ、ホスの手首を肩からどかせて一歩後ろに引き下がった。対して、ホスは困ったように笑う。
「まずは、お時間がある時にお食事などいかがでしょうか。この街一番の高級店へお連れしますよ」
と、ホスは懲りずに食事のお誘いをしてきた。よほど私と気が合うと思ったのだろうか。私は一向にそんな気配は感じていないというのに。
「……あまり気乗りしないですね。別の方を誘ってみてはいかがでしょう」
仕方がないので、少しはっきりと否定的な意見を口にした。仮令鈍感な人であっても、これならば分かってもらえるだろう。
そう思ったのだが、ホスは全く気にした様子もない。
「なんと……これは随分と手ごわい方ですね。上級貴族という部分に引け目を感じているのか、それとも強く押されると距離をとってしまうのか……どちらにせよ、貴女は可愛らしい兎のようだね」
ホスは輝くような笑顔で、そう口にした。
どうしよう。なんと言えば分かってもらえるのか。本気で困りかけていたその時、ホスの後ろからロックスが走ってきた。
「えぇい、いい加減にしろ! しつこいぞ!」
ロックスが珍しく良いことを言った。密かにロックスの言葉に頷いていると、コートが肩を竦めてロックスの後ろから顔を出した。
「ホスさん。とりあえず、こんな公の場で女性を口説くのは止めた方が良いですよ。女性は恥ずかしい思いをしますし、もし良い返事を頂けなかったらホスさんの名誉にも影響があるかもしれませんから」
にこやかにコートがそう告げると、ホスは冷たい目をコートとロックスに向けた。
「なんだね、君たちは」
ホスがそう口にすると、ロックスは腕を組んで鼻を鳴らす。
「ロックス・キルベガン。このヴァーテッド王国の第二王子だ」
「コート・ヘッジ・バトラーです。コート・ハイランド連邦国のバトラー家の者ですよ」
二人が答えると、ホスは目を見開いて固まった。そこへ、二人の後ろから低い声が聞こえてくる。
「……フェルター・ケアンだ」
フェルターが一言名乗ると、ホスはビクリと肩を震わせてそちらを見た。
「……け、ケアン侯爵家の? まさか、あの暴れん坊と噂の……!?」
口の中で何か小さくモゴモゴと呟き、ホスはこちらに顔を向ける。
「す、少し、用事を思い出しました。そ、それでは、また後日……」
「ああ?」
「ひぇっ!?」
ホスが別れの言葉を口にしている最中に、ロックスが低い声を発した。それに驚き、ホスは踵を返して去っていく。ほとんど走っているかのような早足で歩く後ろ姿は、とてもではないが高貴な人物には見えないものだった。
「……最近、ああいう輩が増えてるぞ」
ホスの後ろ姿を呆れつつ見送っていると、ストラスが近くに来てそんなことを言った。
「え? そうなんですか?」
あんな変な人が増えているのか。フィディック学院も有名になり過ぎて変な人が集まっているのではないだろうか。
そう危惧していると、ロックスが分かりやすく大きな溜め息を吐いて首を左右に振ってみせた。
「はぁ……面倒なことにな。殆どが、エルフの王に認められた希代の魔術師と縁を作りに来ただけだ。相手をするなよ」
ロックスはそう言って横目に私を見る。
「……希代の魔術師? 私が、ですか」
聞き返すと、ロックスはガクッと肩を落とした。そして、コートが乾いた笑い声をあげる。
「まぁ、アオイ先生は興味が無いでしょうが、各国では色々と噂になっていますし、これを良い機会と捉えて野心に燃える貴族が多くフィディック学院に来てしまった、という状況です」
そんな説明を受けて、思わず頭を抱えたくなる。つまるところ、私の魔術師としての知名度が上がったことが原因ということだろうか。
「私は今は結婚する気などありません。色々とするべきことがいっぱいありますからね。そもそも、良く知りもしない人から近づかれても困ります」
そう言って息を吐くと、コートが嬉しそうに笑う。
「そうですよね。いや、実はうちも父が是非アオイ先生とお近づきになれ、みたいなことを言っていたので、どうしたものかと思っていました。私もまだまだ若輩者なので、アオイ先生の気持ちは良く分かります」
コートは声のトーンを上げてそう言った。どうやら、変なプレッシャーを感じていたようだ。
「親の言うことなんて気にせず、自分が一緒になりたいと思う人を選んでください」
そう告げると、コートは照れたように笑う。
「そうですね。しかし、貴族の家とは中々そう簡単に割り切れない部分もあると思います。ねぇ、皆さん」
コートが笑いながらロックス達にそう話を振ると、グッと顎を引いてロックスが怒鳴った。
「ど、どういう意味だ!」
怒るロックスの隣では、フェルターがものすごく難しい顔で腕を組んで唸っている。
「……俺は、いや、違う。俺はアオイを師匠として……」
ぶつぶつと自問自答している様子のフェルター。また、奥ではストラスも同様に変な顔で悩んでいた。
その三人の顔を順番に見てコートが苦笑していると、馬車の方からアイル達がそっと近づいてきた。
「アオイ先生? 本当に誰とも結婚する気ないの? 王族から侯爵まで選び放題だと思うけど……」
「特に興味はありません」
きっぱりと、アイルの言葉を否定する。
「むしろ、王族や上位の貴族の方と結婚などしたら、面倒ごとが増えそうです」
自由に魔術の研究も出来なくなるに違いない。そう思って答えたのだが、なぜかロックスが拳で打たれたようによろめいていた。
「……モテるのう」
と、馬車を飛翔の魔術で浮かせてグレンが歩いてくる。
「どちらかというと道具のように利用しようとしている人がいる、という方が正しいかと」
そう答えると、グレンは眉をハの字にして笑った。
「分からんぞい。中には本当にアオイ君を愛している者もおるやもしれん。そういった人からの言葉は蔑ろにしてはいかんぞい?」
グレンはそれだけ言って、私の返事も待たずに校舎の方へ歩いて行ってしまった。
「……まるで、グレン学長はそういった人物を知っているかのような態度でしたが」
困惑しつつそう呟くと、コートが笑いながらロックス達を見た。
「どうでしょう? 我々にはさっぱり……」
コートがそう口にした直後、フィディック学院の正門の方から大きな声がした。
「おお! アオイ殿ー!」
どこか懐かしい声に振り向くと、白いローブが目に入った。
「クラウンさん?」
名を呼ぶと、メイプルリーフの魔術師であるクラウン・ウィンザーが走って来る。何年も経ったわけではないのに随分と懐かしい気持ちになった。まさに魔術バカと呼んでも良いほどの魔術研究家であり、宮廷魔術師の一人でもある。
「どうしたんですか?」
近くまで来て肩で息をするクラウンを見上げて、何の用事があってフィディック学院に来たのか尋ねた。
すると、クラウンは私の肩をガシッと両手で掴み、顔を近づける。
「アオイ殿! 帰ってくるのを待っていました! さぁ、私に新たな魔術の道を教えたまえ! ああ、勿論こちらも魔術の研究結果を提出する所存である!」
と、ものすごい熱意をもってクラウンは迫ってきた。それに思わず頷き、校舎の方を指差す。
「わ、分かりました。それでは、校舎の方で話しましょう」
答えると、クラウンは満面の笑みで頷いた。
「おお! ありがたい! それでは、私は先に!」
クラウンはそれだけ言い残し、一足先に校舎の方へ走って行ってしまう。
「……場所は決めてませんでしたが」
そう呟いたが、すでにクラウンは走り去った後である。それに吹き出すように笑い、私はアイル達を見た。
「どうも私は恋愛というよりも、ああいう方と魔術について議論する方が性に合っているようですね。我ながら、困ったものですが」
アイルの先ほどの質問に少しズレた回答をしつつ、自嘲気味に笑って校舎の方へ歩き出した。
さぁ、暴走するクラウンを探しに行かなければならない。面倒なことだが、メイプルリーフの宮廷魔術師であるクラウンの研究結果を聞けるのなら好奇心の方が勝つ。
クラウンは立派な魔術バカだが、私も人のことは言えないなと思ったのだった。