作品タイトル不明
ジェムソンとアードベッグ
誰一人言葉を発する者はいない。ただただ、謁見の間の中心に浮かぶ映像を食い入るように見ていた。
謁見の間の中央には巨大な立方体が浮かんでおり、その中では空から見下ろすような角度でフィディック学院の一部が映し出されている。
『学院内では魔術を行使して良い場所が定められております! 特に、上級以上の魔術の詠唱をしている方は即座に詠唱をお止めください!』
立方体の中から、スペイサイドの声が響き渡った。その後、ジェムソンの興奮した声が続く。
『その方、どこの誰だ!? まさかとは思うが、今の無礼な発言はこの私にしたのか!?』
『私はこのフィディック学院の教員です! それよりも、どのような地位や権力があろうと、このフィディック学院内では学院のルールに従う必要があります! それは王族だとて例外ではありません!』
『無礼な! こちらの要求を聞きもしない貴様らに問題があると何故分からん!?』
『フィディック魔術学院では一対一の個人講義などは行っておりません! 生徒の人数も多いので、そういった講義を行うことが出来ないのです! そもそも、上級教員の通常の講義ですら人数制限がかかるくらいです! きちんと正規の手続きを行って受講をお願いします!』
『この……っ! 無礼者めが!』
スペイサイドが学院のルールを伝えて説得しようとするが、ジェムソンは一切聞き入れなかった。そして、ついにジェムソンが攻撃的な風の魔術を発動させる。対して、スペイサイド達教員が魔術の無効化とジェムソンの拘束に動いた。
結果、ジェムソンは石の壁の中に閉じ込められて喚いている。
その段階でレイドは渋い顔をしていたが、その後のアードベッグ登場場面で更に顔を顰めることとなる。
『……力で他国の王族をねじ伏せ、拘束するとは。フィディック学院の教員がそのように過激だとは思いませんでしたな』
そんな言葉と共に、アードベッグがジェムソンを囲んでいた壁を壊して現れた。
『爺! 遅いぞ!』
『ジェムソン殿下が好き勝手に移動し過ぎなのです。それで問題まで起こしてしまっては私にもどうしようもありませんぞ……まぁ、ともあれ、この場は私にお任せください。いくらフィディック学院といえど、教員ごときに後れは取りませんからな』
『馬鹿どもめ! さっさと私の言うことを聞かないからこうなるのだ! アードベッグはカーヴァン王国の宮廷魔術師長だぞ! 己の過ちを後悔するが良い!』
ジェムソンとアードベッグがそんなやり取りをした後、アードベッグは明らかに上級以上に該当する魔術の詠唱に入った。
「……も、もう良い! 止めてくれ……!」
さぁ、これからアードベッグが魔術を行使するぞといった場面で、当の本人から待ったが掛かった。
空中に浮かぶ映像は、アードベッグの足元を火のサークルが取り囲む場面で停止する。言われた通りに映像を止めてアードベッグに目を向けると、顔色の悪いアードベッグが地面にへたり込んでしまっていた。
その様子を見て、レイドが溜め息と共に口を開いた。
「……アードベッグ」
名を呼ばれて、虚ろな目でアードベッグが顔を上げる。それを見下ろして、レイドは首を左右に振った。
「この恐るべき魔術で映し出された光景は、事実か……そう尋ねようとしたのだが、聞くまでもないようだな」
何処か悲しそうにそれだけ呟き、レイドは階段の下にいる騎士に命令する。
「アードベッグをつまみ出せ。ないとは思うが、自暴自棄になって暴れぬよう特別牢に入れておくように」
「は、はは……っ!」
騎士はレイドに深々と一礼して返事をすると、素早く三人見繕ってアードベッグの元へ移動した。
「アードベッグ殿……一旦、退席願う」
騎士はそれだけ言うと、アードベッグの返事も待たずに立たせ、謁見の間から出て行った。その様子を、皆が固唾を飲んで見送る。
「……アオイ殿」
不意に、レイドが私の名を呼んだ。それに振り向いて返事をすると、レイドは何とも言えない表情でこちらを見ていた。
「……それで、グレン侯爵とアオイ殿は我が子、ジェムソンと宮廷魔術師長のアードベッグが起こした不祥事を、どのように処罰したいと? その為にわざわざカーヴァン王国まで来たのだろう?」
苦み走った顔でそんなことを言うレイドに、グレンは眉根を寄せる。
「いやいや、処罰を望んできたのではないのじゃ」
グレンがそう答えると、片方の眉を上げてレイドが疑念に満ちた目を向けてくる。
「なに? では、金銭か、何かの権利でも寄越せということか?」
その言葉に、グレンは困ったような表情で私を見た。何を求めてここまで来たのか、説明をしてほしいということだろう。そもそも私が望んだことなのだから、それに対しては全く問題ない。
そう思い、グレンに替わって答えることにする。
「陛下……失礼を承知で申し上げます。教員としての意見ですが、陛下は我が子への教育の方針について見直しを行うべきだと思っています」
そう告げると、一気に空気が冷え込み、謁見の間が凍り付いてしまったような気がした。やはり、失礼だっただろうか。だが、レイドも一人の親である。教員としては平等に家庭内教育について助言をするべきだろう。王族だから、貴族だからと放置していては不公平である。
そう判断しての発言だったが、少し言い方が悪かったらしい。何人かの騎士や魔術師が声を荒げるほど激高していたが、当のレイドは冷静だった。
レイドは皆を睥睨するように見て、口を開く。
「……騒がしい。まずは、アオイ殿の意見を聞かせてもらうつもりだ。静かにせよ」
レイドがそう告げると、皆が口を噤む。目にはまだ怒りが宿ったままの者たちも多かったが、それでも一旦静かにはなった。それを確認してから、レイドは再び口を開く。
「……それで、アオイ殿は我が国の王族の教育方針が間違っている、と言いたいわけだな? ジェムソンには幼少期より私が厳選した専属の乳母を付け、優れた騎士と魔術師に教育を受けさせてきた。それが間違いの原因だった、ということか?」
レイドが改めて詳しく聞いてくる。声は冷静だが、目には厳しい感情が見られた。その目をしっかりと見返して、左右に首を振る。
「ジェムソンさんは確かに優れた魔術の技術をお持ちのようでした。しかし、私が言いたいのはそういった能力的な部分ではありません。単純に、他者を思い遣る心や良識についての話です」
「……ジェムソンは良識に欠ける、と言いたいのか」
私の言葉を聞き、レイドの声が硬くなった。まさか、そこまで言われるとは思っていなかったのかもしれない。これまで家庭訪問した際も同様だったのだが、多少であっても子供の問題を口にすると両親は表情を硬くし、警戒心を持ったような雰囲気となる。それが名誉を重んじる王侯貴族ならばより顕著なものとなるだろう。
そういったことも踏まえて、少し丁寧に説明をすることにした。
「ジェムソンさんの言動や行動には、自身が王族であるという事実から来る自信が影響を与えていると考えられます。自分が王族だから他者よりも優れている。または、自分が王族だから他者よりも偉い……そういった勘違いが傲慢な発言、行動を起こさせてしまっていると思います」
そう告げると、レイドの目が鋭く細められた。
「……勘違い? 勘違いとはどういうことだ? まさかとは思うが、この私が寛大な対応をしたことで自分が王族になったと思い違いをしたか? アオイよ。お前は他国の一市民であり、王族はもちろん貴族ですらない。地位を口にするなら、ただの教師だ。そのお前が、この私に何と言った」
レイドが怒気を隠さずにそう口にすると、直接言われたわけではない騎士や魔術師達の背筋が伸びた気がした。謁見の間にいる者たちが緊張する気配を感じつつ、レイドの目を睨むように見る。
「陛下。もし、陛下自身が王族は特別な存在であり、他者を傷つけても良いとお考えなら、それは間違いであると言わせていただきます。個人的な考えかもしれませんが、王族や貴族とは国の重鎮であり、皆から尊敬されるような人であるべきだと思っています。その重鎮が国民のことを蔑ろにし、貴族ではない者を差別するような文化が形成されたなら、その国はいずれ滅びるでしょう。私がもしそういった国の国民であったなら、早々に別の国へ移住します」
はっきりとそう告げると、レイドは眉間に深い皺を寄せた。何かを考えるように押し黙ったレイドを見上げて、ここが正念場であると意を決する。
「陛下……いえ、 レ(・) イ(・) ド(・) さ(・) ん(・) 。今は教員として生徒の保護者を相手にしていると思って話をいたします」
そう口にすると、レイドは難しい顔で唸った。
「……続けるが良い」
レイドが低い声でそう口にしたので、頷いて話を続ける。
「はい。それでは、話を続けさせていただきます。もしも、王族が特別であり、何をしても良い存在であると仮定します。そんな人物が、感情の起伏によって国民を大勢殺してしまったとします。その場合、国民はどう思うでしょうか?」
「それはジェムソンの話とは違う。怪我人すら出なかったと言っていたではないか」
レイドが不機嫌そうに反論した。
「いえ、それはただの結果論です。たまたま、フィディック学院の教員が対応したお陰で怪我人は出ませんでした。しかし、その対応を魔術師でない者がしていたなら、間違いなく怪我人は出ました。魔術の直撃でなくても周囲の建物が崩れれば人が死んでいたかもしれません。もし嘘だと思うならば、もう一度映像をお見せいたします」
ジェムソンを盲目的に庇おうとしている。そう感じた私は厳しく断言した。すると、レイドは口を噤む。上手い反論が出来ないと感じたのかもしれない。ならばと、話を続けることにする。
「……では、話を戻します。そのように癇癪を起して毎回死傷者を出してしまうような王様を、レイドさんはどう思いますか? 国民はどう感じると思いますか?」
改めて尋ねると、レイドは顎を引いた。
「……死んだ者によるとは思うが、下手をしたら、国民は国に反乱することもあり得る。もし野心を抱く大貴族がいたならば、これ幸いと暗躍し、反乱軍の規模を大きくしていくことだろう。国が乱れれば他国から狙われることも考えられるな」
冷静になったレイドが自分の考えを述べる。
「私もそう思います。それでは、王族であっても安易に他者を傷つけるような行動はすべきではない、という話は納得していただけましたか?」
「……異論はない」
レイドがそう口にすると、謁見の間でわずかに驚きの声が上がった。王族が行うことは全て正しい、もしくは王族の行動は非難することが出来ない。そう思う人物が少なからずいるということだろう。
「君主制である以上、王という存在は国民の代表であり最上位の立場であることは間違いないでしょう。しかし、特別な存在であるというわけではありません」
「立場と存在、同義ではないのか」
「違います。立場は王という肩書そのものです。一方、存在とはその人自身のことです。もし、国が滅んでしまったとしたら、その王だった人は他国でも王として扱われるでしょうか? 下手をしたら、敵対する国に真っ先に殺されてしまうことすらあり得ます。では、王という立場はどうして最上位の存在でいられるのでしょう?」
「……国があるから、か」
レイドが答える。しかし、半分正解といったところだろうか。
「はい。その通りです。そして、その国とはそこで暮らす人々がいるからであり、人々が王を王として認めてくれるからこそ成り立つものだと思います。例えば、私がカーヴァン王国の一人の国民であったとして、レイドさんやジェムソンさんが何かに腹を立てて私の家族の命を奪ってしまったとしましょう。実際に起きていないことなので分かりませんが、もしかしたら私は怒りに我を忘れてこの城に殴り込み、皆を殺してしまうことだってありえます」
もしも家族が殺されたら……そう思い、無意識に少し過激な物言いをしてしまった。対して、レイドは何か言い返そうとしたのか、口を開いた。しかし、結局何も言わずに険しい顔のまま口を閉じたのだった。
私は一度深く呼吸し、本題に入る為に口を開く。
「……学院はしつけの場ではなく、学びの場です。今回、ジェムソンさんはフィディック学院に相応しくないとして入学することは出来ませんでした。しかし、もし今後気持ちを入れ替えて公正かつ公平な見方、態度や言動を行うことが出来るようになれば、フィディック学院は喜んでジェムソンさんの入学を受け入れることでしょう。ねぇ、グレン学長?」
そう締め括ると、最後に話を振られたグレンが「ふぉ!?」と奇声を発した後、深々と頷いた。
「む、むぅん……その通りじゃ。威厳は重要じゃが、王族や貴族とて無闇やたらと偉ぶってはいかんとわしも思っておるぞい。他国の王族もおるわけじゃし、是非とも謙虚な態度で学院生活を楽しんで欲しいのう」
グレンがそう言って軽やかな笑い声を上げると、その笑い声が室内に反響した。その反響が鳴り止めば再び沈黙が場を支配する。
咳き一つ聞こえない中で、グレンが不安そうに目を泳がせた。
「……ジェムソンを呼べ」
不意に、レイドが発言する。その言葉に、騎士の一人が背筋を伸ばした。
「はっ! 少々お待ちください!」
騎士は慌てた様子で返事をして素早く退出する。すぐ近くで待機していたのか、ジェムソンはすぐに扉を開けて入ってきた。後ろにはアードベッグを連れて行った騎士達が付いてきている。
「父上、何かご用でしょうか」
ジェムソンは私の顔を一瞥しつつ、レイドに声を掛けた。その言葉に頷き、レイドは険しい顔でこちらを見下ろす。
「……アオイ殿、当事者を呼んだ。学院であったことをもう一度話してくれるか?」
そう言われて、少し当惑する。レイドの狙いがよく分からなかったからだ。しかし、答えないのも変なので一先ず言われた通りにしてみる。
「それでは、もう一度お話しさせていただきます」
そう前置きしてから、再びフィディック学院でジェムソン達が行ったことを詳しく説明した。最初はにやにやと笑みを浮かべていたジェムソンだったが、ジェムソンとアードベックの魔術で死傷者が出ていたかもしれないという話を聞き、表情が苛立たしげなものへと変わっていった。
「……と、いうことで、ジェムソンさんにはフィディック学院から出てもらいました」
状況説明だけをして話を終えると、レイドは溜め息を吐いてから顔を紅潮させるジェムソンを見る。
「……ジェムソン。アオイ殿の言葉に間違いはないか」
レイドがそう確認するとジェムソンは半笑いで肩を竦める。
「父上。それは事実とは全く違います。私はカーヴァン王国王家の血筋を持つ者として、威厳を以てフィディック学院へ赴きました……しかし、そこのアオイを筆頭として、学院の教員たちは明らかにカーヴァン王国の王族を下に見ていたのです! 私は我がカーヴァン王国は六大国でも特に素晴らしい国であり、強大だと信じています! だからこそ、そういった極めて無礼な態度にも負けず、毅然たる対応をいたしました! それでも、状況は多勢に無勢……宮廷魔術師長のアードベッグ殿も一緒でしたが、十人を超える教員を相手では残念ながら……」
と、ジェムソンは悔しそうに自己弁護を行なった。なるほど。誇張はあるが、上手く言い訳をしている。現場で見ていなければレイドは厳しい判断をすることが難しくなっていただろう。
だが、今回はレイドはすでに実際に起きた状況を映像で確認してもらっている。申し訳ないが、ジェムソンの言葉は見苦しい言い訳にしか聞こえないだろう。
そう思って様子を窺っていると、レイドは深く溜め息を吐き、どこか冷たい目つきでジェムソンを見下ろした。
「……なるほど。王族らしい、毅然とした態度、か。確か、以前もそのように話したことがあったな。とある上級貴族の傲慢な子息が、王族を侮辱した為、王の血を引く者として厳しく対応した……他にも、勢いづく商会の商人が知識の乏しい子供だと適切な対応をしなかった為、処罰を行った、といったものだったか。今思えば、そんな報告を何度も受けたな」
低い声でそう呟くと、ジェムソンは胸を張って頷く。
「はい。王族として高い志と強い意志を持ち、毅然とした態度で威厳を示す。これまで通り、私はカーヴァン王国の王子として、当たり前のことをしたまでです」
ジェムソンが答えて、レイドは目を細めた。
「…… こ(・) れ(・) ま(・) で(・) 通(・) り(・) 、か」
そのレイドの言葉と態度に、ジェムソンはようやく違和感を感じ取る。
「……ち、父上? まさか、我が子である私の言葉を疑っているのですか?」
ジェムソンが愕然とした顔でそう尋ねた。レイドは厳しい表情で睨み返した後、私に視線を移して口を開く。
「あの魔術をもう一度頼む」
「……承知いたしました」
レイドの言葉に頷いて返事をし、再び過去の光景を披露する。
その映像が流れて、ジェムソンは大声で映像が嘘であると叫んだが、もはや誰からも信じられることはなかったのだった。